第一話:ダイヤモンドの目に映る、解明不能な「闇」
王宮の大広間は、王太子ダリウスの婚約者候補を探すための舞踏会で、華やかな熱気に包まれていた。
第一王子ダリウス・アダマント・グレイは、無数の令嬢からの視線と計算された笑顔を浴びていたが、彼のダイヤモンドの瞳は、そのすべてを「無害な嘘」として処理していた。
(今日もまた、興味を引くものはない。皆、自分の利得と王妃の座という「真実」を隠そうともしない)
良き施政者になる努力を惜しまないダリウスにとって、感情や打算は邪魔な要素だった。彼の完璧な理性は、誰の心にも存在する「黒いシミ」を見抜き、彼を深い孤独へと追いやっていた。
「ダリウス兄上、流石の優等生スマイルです。感情が完全に安定していますね」
第四王子アレクセイが茶化すように話しかけてきたが、ダリウスの注意は、広間の隅に立つ一人の令嬢に釘付けになっていた。
エララ・クォーツ伯爵令嬢。
彼女は、有名な「悪役令嬢」だった。しかし、ダリウスのダイヤモンドの眼には、奇妙な矛盾が映っていた。
その瞳が捉えるエララの周囲には、まるで黒い霧のように、巨大で醜悪な闇のオーラが渦巻いていた。これは彼女に向けられた悪意が倍増して反射しているものだと直感した。
(醜悪だ。これほど巨大な負の感情を一身に集めているのか)
しかし、闇の中央にある、彼女の魂の核は――完全に無色透明だった。
感情の起伏がない、研ぎ澄まされた水晶のような清らかさ。ダリウスがこれまで見てきたどの人間よりも、一点の曇りもない「真実の光」を放っていた。
「なんてことだ……。この闇と、この光は、なぜ共存している?」
彼の為政者としての公正な理性が、強烈に揺さぶられた。
その時、エララの隣にいた異母妹が、わざとらしく彼女に囁いた。
「お姉様、もう少し派手に振る舞って? ダリウス殿下がこっちを見ているわ。さあ、いつものように、あの嫌われ役を演じて、私から目を逸させてよ」
エララは、表情一つ変えず、妹の期待に応えた。
彼女は、手に持っていた高価なグラスを、まるで誤って滑らせたかのように床に落とした。シャンデリアの光を浴びて砕け散るガラスの音と同時に、会場の視線がエララに集まる。
「あぁ、やはり悪役令嬢ですわ」 「またよ。少しも反省していない」
周囲のささやきが、彼女の周りの闇をさらに濃くする。
エララは、その罵倒を無表情で受け止めた。飢えを避けるための「業務」を遂行しているだけだった。
その「無機質な悪役」の姿に、ダリウスの好奇心(解明欲)は、沸点を迎えた。
(彼女の清廉な魂と、彼女の周囲に存在する倍増した闇。そして、彼女の感情のない演技。すべてが矛盾している。これは僕のダイヤモンド眼が初めて遭遇した、解明不能な真実だ)
ダリウスは、長年培ってきた優等生の仮面を忘れて、一歩踏み出した。
「エララ・クォーツ伯爵令嬢。この私に、君の真実を解明させてほしい」
彼の冷徹なまでの好奇心は、その場で彼女に婚約という名の「観察許可証」を突きつける決意をさせた。




