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精霊士養成学園の四義姉妹  作者: 霧島まるは


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46.キロヒ、懇願する人を見る

「ラエギー先生、僕はフキルを止めたいんです」

 会話の一歩目で、クロヤハ(眼鏡)は結論を述べた。

 それは悪い決断ではない。少なくとも、ラエギーにこちらの目的が国への反抗ではないことを、最初に示すことができる。

 寮母室。ラエギーは、いつものように髪をまとめ上げ冷ややかな目でこちら側を見ている。今回参加しているのは、クロヤハとイミルルセとカーニゼク(女好き)とキロヒ。カーニゼクは、おとなしくしているから参加させてくれと懇願しての同席となった。いつもこういう席に置いていかれるのは、彼も寂しいのだろう。いつものようにソファに座るのは、クロヤハとイミルルセだ。

「君たち生徒が介入すべきことではない」

 想像通りの返答。にべもないとはこのことだ。

「フキルは僕の従姉です。身内のことで、無関係ではありません」

 そこへ親戚カードを切る。

「それならば、先に家族を説得することだ。父親でも兄二人でも。大人である彼らが親戚として対応することであり、まだ中級精霊の一年生に出来ることはない」

 その親戚カードを、ずたずたに引き裂いて返すラエギー。正論すぎて、キロヒはぐうの音も出なかった。

「ラエギー先生は、いますぐフキルが捕まるとお思いですか?」

「どういう意味だ?」

「言葉の通りです。フキルの特級精霊は光に関する精霊だと聞いています。姿を見えなくしたり、姿を変えて見せたりも出来るようです。そんな人間を捕まえきれず、十年以上野放しにしてきたのは、ラエギー先生のおっしゃる大人の精霊士たちです」

 キロヒとカーニゼクが震えあがるような強い言葉で、クロヤハが食ってかかる。そして、更に言葉が続く。

「あと何年したら、フキルは捕まりますか? 僕たちはここを五年で卒業しますが、それまでに掴まっていますか?」

 声にならない悲鳴を、ソファの後ろ組はあげ続ける。相手が冷静さを第一にするラエギーだからいいが、大の大人が十歳にこんな詰められ方をすれば、青筋立てて怒り狂う人がいてもおかしくない。

「むしろ……フキルを捕まえる気の薄い人間に任せるより、僕の方がよっぽどやる気に満ち溢れていますよ? それでも子供だからという理由で、追い払いますか? せっかく協力(・・)を申し出ているのに?」

 ここまで詰めて、ようやくクロヤハは一度口を閉じる。ラエギーの反応を見ようというのだろう。キロヒは、特級の圧が来るのではないかと覚悟をしかけていた。

「クロヤハ……君のイヌカナがいる理由は分かる。だが、どうして女子がいる?」

 圧は来なかった。質問に質問がかえってきただけ。

「僕の協力者です。特級相手に正々堂々一人で立ち向かう気はありません。目的が達成されればいいんです」

「……サーポクか?」

「それもないとは言いません」

 ここにはいない、特級精霊の友人である少女の名前が出される。フキル相手にサーポクをぶつけようという考えは、クロヤハにないだろう。しかし少なくとも、最初からサーポクに協力しておくことで、強制従属を免れるという意味では抑止力はある。

「君たちが、フキルを止めたいという気持ちは分かった。しかし、何故それを私に言う? 何か私に協力(・・)を求めているのか?」

 クロヤハの説得が、かなり効いているような反応だ。

「ええ、聞きたいことがあります……フキルは在学中、特級に上霊した後に、この学園でひどく荒れたようですね。一体フキルに何があったんですか? ラエギー先生はスミウだったんでしょう?」

 クロヤハの攻勢は淀みなく厳しい。

 ああと、ラエギーの口が動く。

「確かに、あいつは私のスミウだった。荒れた原因は……君の祖母だ」

「えっ?」

 その驚きの声だけは、クロヤハは十歳に戻っていた。

「君の祖母が、フキルが特級になったことを報告した時に、多くのことを伝えてしまった。それにフキルは耐えられずに荒れた」

「それは一体……」

 驚きながらも食い下がろうとするクロヤハに、ラエギーは首を横に振る。「言うことはできない」、と。

 何故か視線を一瞬、イミルルセとキロヒに向けた。

「先生……それは、私たちのスミウであるサーポクにも関係ある話でしょうか」

 視線に反応したイミルルセが、スミウの盾を構える。情報の切り分けをしようとしているのが、キロヒにも分かった。このラエギーの反応で、フキルだから聞けた話なのか、特級に上霊したから聞けた話なのか、ということが明らかになる。

 ラエギーは「違う」とは言わなかった。何も言わずに、一度目を伏せた。

 特級に上霊すると、何かあるということだとキロヒは判断した。

「そうですか、特級になると何かあるのですね……」

 ラエギーの黒灰の瞳が、イミルルセに向けられる。

「そうでもあるが……そうでもない」

 返事は奇妙なものだった。肯定と否定が同じ高さに並んでいる。

 ラエギーは、はぁとため息をついた。

「君たちなら、そのうち真実にたどりつくだろう……だが、それを知ることを急ぎ過ぎないでほしい。これは私からの頼みだ。同じ内容の話を聞いてたとしても、いつ、誰に、どのように、言われるかで受け止め方は大きく変わると私は思う。だからせめて、最終学年になるまで待ってほしい」

 それは──懇願だった。冷静なラエギーの、冷静さをそぎ落としてまで彼らに伝えようとする願い。

 十歳には、とても教えたくない話なのは、強く伝わった。

「そう……ですか。確約はできませんが、ラエギー先生を苦しめるのは本意ではないので……先生にはこれ以上は聞きません」

 クロヤハもその強い気持ちを受け止め、うつむきながら話を終えたのだった。



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