45.キロヒ、解ききれない謎を抱える
「そりゃ、復讐も考えるよなぁ」
夕食の食堂は、どんよりと重苦しい空気に包まれていた。少なくとも、この八人が座っている席だけは。
事情を聞いて、素直に嫌な表情と感情を吐露したのは、カーニゼクだった。
「だってそうだろ? 国に言われてまだ生きていたのに死ななきゃならないって……そりゃ、結果的にすごい学園は残ったけど、それは運良くうまくいっただけだろ?」
パンをちぎってはシチューに投げ込み、ちぎってはシチューに投げ込み。彼はパンを全てシチューに投げ込んで食べる派だ。
「そうだね、でも運が良かった……と言っていいのかな」
「どういうことだ?」
クロヤハは食欲がないようだ。さっきから、まったくスプーンを握ることはなく、視線を食事に落としたまま。誰よりも当事者なのだから、感じている重さもきっと違うのだろう。
「確かに、魔物がどうやって生まれるかは分かっている。その霊骸が無級精霊ではなく、もっと上位の精霊であっても発生する可能性は当然あるって、普通に考えたら思いつく……授業で出てくることはなかったけど」
ヘケテとサーポクは幸せそうに丈夫な歯と顎で食事をしっかり噛み、ニヂロは耳をこちらに向けながらも食事の速度は落とさない。
「でも」と、クロヤハは言葉を切る。イミルルセとキロヒは、そこでスプーンを持つ手を止め、シテカはシチューの中の大きな芋を口の中に押し込んだ。
「でも……それをいきなり幻級精霊で、やると思う?」
「……ねーよ」と、もぐもぐした声で言うのはニヂロ。
「ですわね」とイミルルセ。キロヒも同意した。
「え? え? どういうこと?」
分かっていないのはカーニゼクだ。
「練習を、しているということですわ。もっと下の精霊士で」
「ええぇぇ!」
イミルルセの言葉に、カーニゼクは動揺を大声で表してしまった。一瞬、食堂中がしんと静まり返り、視線が集中する。
「あ、ごめんごめん、何でもないから」と、慌ててカーニゼクが周囲に弁解をすると、すぐに興味を失ったようにそれぞれの会話に戻る。
「ごめん……びっくりしすぎた」
席のみんなからの視線にも、居心地悪そうに彼は小さくなる。声もいつもより更に落とした。他の生徒に知られていい話ではないと、彼もちゃんと分かっているようだ。
イミルルセは「練習」という柔らかい言葉を使ったが、実際は人を使った実験である。どういう精霊士に協力してもらったのかは分からないが。
「うん、僕も考えてて驚いたよ。曾祖母に実際に儀式をさせようとしたということは、勝算があったということだろうからね……幻級精霊が魔物化なんてしてたら、この国は滅んでしまう」
「こっわ……精霊士になるの、怖くて無理になりそう、オレ」
クロヤハの従姉のフキルは、この学園の真実を知ったのだろう。あの教師のように、その場を見た人間もまだ生きているし、秘匿されていもいないようだ。最初のクロヤハがそうだったように、美化された伝説を口伝で残していけば、そのうち本当に起きたことなど消えてなくなるとでも思っているのか。
それをフキルは良しとしていない。きっといつか、彼女は幻級精霊に上霊してこの学園を破壊しに来るだろう。そして曾祖母の魂の解放と、霊骸を循環に返すつもりなのではないか。
しかし、疑問が残らないわけではない。フキルが荒れだしたのは、特級になった後。ちょうど曾祖母のことを知ったのと時間軸が近かっただけかもしれないが、それだけとも思えない。何故なら、彼女はラエギーのことも調べろと言ったからだ。ラエギーは、年齢的にフキルの曾祖母のことにはかかわっていないし、幻級精霊士にもなっていない。この謎が、いまもなお残り続けている。
その話を、ぽつぽつと夕食のこの席でキロヒが口にすると。
「無駄かもしれないけど、ラエギー先生に聞いてみる? いやほら、答えはそのままもらえないかもしれないけどさ、少しくらい何か分かるかもしれないだろ?」
カーニゼクが、さっきの自分の失態を取り戻すべく、前向きな提案をしてくる。ヘケテが二周目の食事を取りに去って行った。
「けどよ……あの先生を、変につつかない方がいいと思うぜ?」
続いて一周目の食事を終えたニヂロが、立ち上がりながらそう言った。
「どうしてですの?」
「あの手の奴は、国に協力のために死ねって言われたら、死ぬんじゃねぇか? それに教師なんて仕事を任されるんだから、絶対に国側だ。生徒を国に都合のいい駒にしなきゃいけないんだからな。そんな奴に、危険思想だって思われたら、アタシたちが危ないだろ?」
それだけを言い残し、ニヂロは二周目に向かう。ヘケテがいそいそと戻って来るのとすれ違っていく。
「あー、そうだよな」
ニヂロのもっともな発言に、がっくりとカーニゼクが肩を落とす。一年生程度の実力で、この学園でラエギーを敵に回してよいことなど何もない。特級のサーポクでさえかなわないのだから。
「僕は、それでもラエギー先生に話を聞きたい」
それでも、クロヤハはカーニゼクの意見を採用しようとしている。
「大丈夫なのかよ」
「僕は……いまは学園に反抗しようと思っているわけじゃない。フキルを止めたいだけだ。それは……ラエギー先生の考えとそう違わないと思う。その方向から攻めて話を聞きたい」
そこまで一気に言い切って、クロヤハはようやくスプーンを握った。これからもまだ続く目的のために、その身体に血肉を蓄えるために。




