4 私と踊ってくれませんか
何が何だか分からなくなった姫様への挨拶を終え、ダンスを踊る時間がやってきた。
ダンスの相手は男から誘うのが常識。そして、最初のダンスに誘うことは告白に近しい意味を持つ。許嫁などがいるならばその限りではないのだが……
僕は許嫁もいないし、誰かを誘わなければいけない。
この場合誰を誘うのがベストか。
今日あいさつした相手と父さんの対応具合を考えると、サーナ・メイヤーズを誘うのが妥当だろう。父さんはどことなく仲良くしたそうにしていた。僕が結婚して血というつながりを手に入れるのが一番ネイサン家にとっても家から離れておきたい僕にとってもベストな選択だろう。
「父さん、サーナ嬢を誘って来ようと思います」
「そうだな、それがいいだろう」
父さんは肯定するだけで、それ以上は何も言ってこない。サーナ嬢でよいということだろう。
「それでは行ってきます」
僕は父さんの元を離れ、サーナ嬢を探す。
会場を見回してみると、反対側の端っこにサーナ嬢を見つけた。
他の人物に先を越されないように、少し足早に少女の元へと向かう。
大分近づいたところでようやく彼女の方の視界にも僕が入ったのか、おどおどしながらも僕に視線を向けてくれている。
このタイミングで近づいてくる意味を彼女も分かっているだろうし、視線を背けないということは受け入れてくれそうだ。
あと少し、そのタイミングで予期しない人物が僕の前に立ちはだかった。
その人物は何故か僕を見て、意味深でありながらも綺麗な笑みを浮かべている。
「やっと見つけました」
さらには話しかけてきた。
「リュシー王女……」
思わず相手の名前が口からこぼれ出ていた。
王女は上品に口元を隠しながら、コロコロと笑ってくる。
「ふふっ、そんなに驚いた顔をしてどうしたんですか?」
僕は左右を見て後ろを向くが誰もいない。
「後ろなんか見ても誰もいませんよ?私はユル君に話しかけているんですから」
何だか良く分からないがユル君なんて呼ばれた。名前を憶えられていただけでも驚きなのに、何処か親し気に話しかけてきているのが意味わからない。
さっき王女と話している時に助けてくれた父さんはこの場にいない。
つまり、僕一人でこの状況を乗り切る必要がある。
必死に頭を回転させ、乗り切る方法を考える。
……一先ず必要なのは思考力だ。
思考力を上げるには『思考強化』。
すぐさま『全知全能』を使う。
(『思考強化』を発動)
《ギフト【善】『思考強化』を発動しました》
これでより最適解を見つけ出せるはず。
気合を入れて王女の顔を見ると、今度は王女が驚いた顔をしている。
そして、今度は素のような笑い声を上げ始めた。
「ははっ、はははは。面白いですね」
何が面白いのか僕には全く分からない。
だが、一先ずスルーだ。
今重要なのは王女の要件が何なのかということ。
「ところでリュシー王女、僕に何か用でしょうか?」
「ああ、そうでした」
王女は手を差し出してくる。
「どうか私と踊ってくれませんか?」
「……はっ?」
思わず素の返事を返してしまった。
ダンスを女性から誘うのははしたないこととされている。王女がその程度のことを知らないはずもないだろうし……もしかして、王族ならばその常識も適用されないのかと考えたが、周りのざわめきがそうでもないと教えてくれる。
というか、冷静に考えてみて、僕に選択肢がないことに気が付いた。
王族の言葉など否定した日には、僕どころか一家丸ごと潰されるかもしれない。
最初から選択肢はなかったのか……
「この上ないほど光栄です。どうか私の方からも誘わせてください」
僕は片膝を突き、王女の手を取る。
「リュシー王女、どうか私と踊ってくれませんか?」
「はい、喜んで」
王女は満面の笑みで答えてくれた。
そして、これならば僕から誘っているとも言えなくもない状況を作れたはずで、王女の体面も保てたはずだ。
ざわめきをかき分けながら、僕と王女はダンスホールの中心に出る。
相手が王族ということもあって、僕は中心で踊らなければいけないのだ。
こんな目立つ場所と相手を前にして下手な踊りを見せることは許されない。
ここも『全知全能』の使い時だ。
(『舞踏』を発動)
《ギフト【善】『舞踏』を発動しました》
同時に目の前の王女から声が漏れ聞こえてきた。
「……二つ」
何を言っているのか分からないが、とりあえずの笑顔を返しておこう。
周りに意識を向ければ、いつの間にか多くのペアたちに囲まれていた。
どうやらもう始まるようだ。
曲が始まると、周囲とは一線を画す踊りを王女が舞い始めた。
まるで僕のことを試しているようにも見える。
だが、『舞踏』を発動した僕に死角などない。
王女の踊りに寸分たがわず付いて行く。そして、王女の踊りは一段と激しくなっていく。
もうこれは本気の踊りと言っていいのではないだろうか。
そして、踊りの中で僕が王女の体を抱き寄せたタイミングで、王女が耳元でささやいてきた。
「あなた、何者ですの?」
「えっ?」
バッと王女の顔を見れば、どこか楽し気な表情。
だが、僕からしてみればなにを言われているのかが分からない。
「ただの男爵家次男ですが」
「そういうことを聞きたいわけではないのですが……残念、時間切れです」
王女の体が離れていく。
たしかに耳元でささやき合う、密談まがいのことはもうできない。ここから曲はクライマックスになり、最後まで踊り切ることになる。
一曲目が終われば、ペアを変えるのが決まり。
これで王女と踊るという胃がキリキリするイベントはお終いだ。
踊り終えると、すれ違いざまに王女はささやきを残していく。
「またお話ししましょうね」
「……」
何故か王女からの無茶が再び振りかかてくる予感がするのだった。
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