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へっぽこ魔人生  作者: 岸辺濫瀟
第6章

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19.本当の権能

 現実世界に戻された俺は眼前のゾンビ塊から眩い光が漏れ出ていた。

 さっきの世界は一体何だったのか。タルバの魂の世界だと思ったが、2人の人影の登場で疑念が膨らんでいった。初めての現象に理解が追いついていない。


 魔人の権能で巻き起こされることは時には天変地異のように世界を変える。それに権能によっては現実離れしたことが多々ある。だから他の魔人の権能によって何かが起きればそうゆうものだと受け入れられた。

 自分の権能だって世界の情報を書き換える権能と言える。そう思えば俺の権能だっておかしな力を持っている。


 たださっきの精神世界は説明がつかなかった。別の人格としか思えない人影が2人。タルバが多重人格でも無ければ精神世界に他人が介在していることがありえない。

 俺は権能によって接触した。それは間違いない。そして結果として、タルバの精神世界に侵入した。


 それはいい。だがあの人影たちは何者だったんだ。


 思考を巡らせたのはほんの数秒。自分の精神を落ち着かせるためだった。ただ思考を中断せざるを得ないことが目の前で起きた。

 ゾンビの記憶を流し込んでいたタルバが全身を輝かせて全てのゾンビを消滅させていたからだ。


(おかしい……さっきまでと雰囲気が段違いだ。この空間を圧迫するような重苦しさ。プレッシャーと呼べるほどの圧が自分に向けられているのが嫌でもわかる……)


「お前は誰だ?」


 俺は圧に屈することなく堂々と問いかける。変貌を遂げたタルバだった人物に。

 男の返答は端的なものだった。


「君を嫌いな人間さ」


――――――――――――――


 彼の精神世界からずっと見ていた。彼があの心臓を手にしたときからこんな時が来ることが決まっていたのかもしれない。

 彼が創造神様の魔人だったから心臓を手にできたともいえる。全ては偶然のようで必然。そう今なら思える。


 正直彼は普通の人間にしか見えない。魔人になる前となった後で人格が変わったなんてこともなさそうだ。

 だからこそ、僕は彼のことが見守っていた。薄れかけていた自我でも感情だけは伝わってしまっていた。


 彼の感情が僕の感情に感化されてしまっていた。そして最近は僕の感情に支配されるようになってしまった。この場所に僕の体の一部があるから余計にそうなっていたみたいだ。

 彼には悪いことをしてしまったと思いながらも、どこか彼には自分と似ていてほしいと願っていた。


 ただそれは自分の欲でしかない。彼には彼の人生があり、自分は口惜しい結末だったがその生を全うした人間だ。死者が彼のように今を生きる者を邪魔してはならないと考えが変わり始めていた。

 ただし彼の使命を知る人間として、彼が今の状況で為す術なく打ち倒されてはならない。


 だから僕は彼の敵を薙ぎ払おう。彼が起きるその時まで。さっきまで多勢に無勢だったんだ。それを平等にするだけ。それくらいなら彼の使命にも影響を与えないはず。


 ゾンビの塊を手始めに消し飛ばしたら、目の前に見覚えのある侵入者がいた。


「お前は誰だ?」


 どうやら僕が彼の体を借りていることに気づいているようだった。さっき会ったのに探るアタナシア=グラニエ。君はやり過ぎてしまったんだ。

 誰であっても彼の使命の踏み台でしかないのだ。選択肢は与えられ、君は選択を誤り、行動は出過ぎた。それに僕は君が大嫌いなんだ。彼が楽に倒せるように弱らせようかな。


「君を嫌いな人間さ」


 そう口火を切った僕は権能を行使して彼の前に光速で移動する。魔人の身体能力があったとしても目でも感知でも捉えきれない速度。

 全力でアタナシア=グラニエの腹を殴り飛ばした。周りから見れば僕が言い切った瞬間にアタナシア=グラニエが吹き飛ばされたように見えるだろう。


 吹き飛ばされているアタナシア=グラニエの背後に光速で追いつき、構える。


「たしかこんな感じだったかな……『水刃』起動」


 呪われた水を再度剣に纏い、アタナシア=グラニエの背中を切りつける。殴り飛ばされた勢いで剣に触れたこと、そして『水刃』の威力によって大きく切り裂かれた。


(彼はこの程度でしか使っていなかったが、もっと強くするか)


 加護による弱体化を解かれている僕は権能を織り交ぜることにした。彼に与えられた権能というのは光だけと思われがちだが、創造神様を象徴する光(・)で(・)あ(・)り(・)雷(・)で(・)あ(・)り(・)火(・)そ(・)の(・)も(・)の(・)だ。《ウォラキアの指輪》を使われた時にはでっち上げの文章を僕が書いたものだ。


 タルバはまんまと書いてあることくらいしか試さなかった。そのせいで今の状況になっていると言えるかもしれない。ちょっと罪悪感が出てきたな。

 でもその辺はごめんって感じかな。僕も心臓として動き出しはじめだったから自我が薄かったし。


 僕は床に落っこちているアタナシア=グラニエを放置して剣の強化に集中しながらしみじみと過去を振り返る。


 まだタルバの心臓になる前だったけど、同じ創造神様の力を持っているから近づいたことで僕の心臓が起動し、創造神様からなんとか文章を書けって言われたっけ。

 ただ僕が書いたことがわかる節はあるっちゃあるんだけどね。来歴って普通は創造神様が書いてるわけじゃないから、人間だろうと魔人だろうと本人には開示されるんだよね。


 ただタルバは創造神様が来歴を書いてるっていうイレギュラーがあって他人には見えず、本人と創造神様は見えるっていう創造神様のプロテクトがかかっているんだ。ただあの文章を僕がでっち上げたせいで彼の来歴を見れなかったというわけ。それに創造神様の名前とか知らないから元の世界でよくあるアスタリスクでごまかしたし。


 レーザーとか彼が知らないだろう単語も入れちゃってるし、肉体変化も別に会ったことがある動物しか変化できないとかそんな制限ないんだよね。


(そう、例えばレーザー。後で出してみるか。出来そうなことは試しておいて、良い感じにアドバイス出来ればいいかも。ほら、明治時代に来た助っ人外国人みたいにさ)


 呪われた水を纏う剣。それを左手で持ち、剣の腹を自分に対して平行にする。剣の根元から手を添えて剣先までゆっくりスライドし、権能で雷を加える。


(水って電気をよく通すから相性がいいね~)


 呪われた黒い水を纏う剣から呪われた黒い水を纏いながら神すら裁く白い雷を纏う剣へと進化した。タルバを傷つけないために丁寧に付加していたのだが、アタナシア=グラニエはやっと背中を再生させて起き上がってきた。


「やっと起きたようだね。ダメだよ。敵の前でそんな悠長にしていちゃ。君はもう少し案山子役をしてもらわないと困るんだ」


「なに……をいっ…………てる………?」


 息も絶え絶えに返事をするアタナシア=グラニエ。魔人のくせに軟弱だね。情けない。魔王のほうが強かったし弱さをみせなかった。時代の移り変わりが嘆かわしいよ。


「もうちょっと自分を強くしてほしいね。これじゃ弱いものいじめしているみたいじゃないか」


 僕は起き上がってきたアタナシア=グラニエに『水刃』を飛ばす。なんと雷付きだ。速度だって雷と同じ。でも今回は光速じゃないから、魔人でも頑張れば見切れるかも?

 期待を込めた目でアタナシア=グラニエを見つめていると、アタナシア=グラニエの右腕にあたってしまった。


「あああああああぁあぁあぁああぁあああッ!!」


 アタナシア=グラニエの絶叫が轟く。そりゃそうだ。これは神を裁くための雷。人間が触れれば消し炭になるし、魔人が触れても当たった部位を切り飛ばせばギリ消滅しないレベル。

 流石にアタナシア=グラニエを僕が殺しちゃうと彼の使命に影響するから、今回はだいぶ抑えめだ。イメージは空から降る雷を静電気レベルまで弱くしている。


 アタナシア=グラニエの右腕は残念ながら消し飛んで弾けてしまった。ダメージに耐えきれず内側から破裂したみたいだ。これなら即座に消し炭のほうが優しいのかも。

 右腕がなくなっただけではなく、胴体を介して全身に雷の余波が伝播しているように体が痙攣しながらのたうち回っている。皮膚の表面には雷傷が表れている。


「魔人なんだからさっさと治しなよ。それともそれが限界?昔と比べて魔人も弱くなったね」


 昔見た魔人達はこんな攻撃を食らっても眉一つ変えずに即座に再生させてた。その姿を見て僕は魔人には勝てないだろうと思った。

 どんな攻撃を与えても気づけば元通りの相手に勝ち目を見いだせなかった。


 しかし、現代の魔人はそこまで強くなさそうだ。タルバにとっては朗報かもしれないね。彼を脅かす相手には僕が対応できれば死ぬことはない気がする。

 カナンが敵に回ったら厄介だけど、そんなことも今のところなさそうだし、安泰か。


「ぐぅうぅぅぅうぅう……糞がああああああッ!!お前は誰だあああああッ!!」


 呻き声の直後、再生を終えたアタナシア=グラニエが急接近し殴りかかってきた。


 ……遅いなぁ。それとも僕が速いのかな?

 アタナシア=グラニエの初動を捉えた時、僕にとって最早脅威ですらなくなってしまった。


 彼の権能はタルバの精神世界に侵入した時点まではこの場における最大の脅威だった。しかし、相手が悪かった。

 世界に求められている男をただの生物が殺すことは許さなれない。それは人間の概念で言えば運命とも必然ともいえることだ。


 世界は彼が生きられる選択を残していた。そして創造神様はその余白を使った。

 君は最初から彼に、彼と彼の後ろにある世界そのものに打ち勝つことなど到底出来るはずがないのだ。


「遅いね」


 翼を一度はためかせるだけであっさり回避する。追撃しようと振り返ったアタナシア=グラニエだったが、光の権能を用いて粒子化し背後に回る。


「光速で動く僕を君が捉えることは二度とない」


 僕は右手で彼の右肩を掴む。そしてもう一つの創造神様の象徴である”火”を使った。

 この火は消えることのない世界を照らす最初の光でもある。


 途端に肩が燃え始め、少しずつ火がアタナシア=グラニエを包もうと移っていく。アタナシア=グラニエも火を消そうと必死で振り払っているが、創造神様の象徴である”火”は消えない。

 イグニストゥスという魔人が火を権能として所有しているが、それとは全く概念が違う。


 彼やそれ以外の魔人たちの権能で似たような力があっても決して創造神様譲りの力を凌駕することはない。

 簡単な話だ。神話に登場する消えることのない火を僕は使っている。そして世界を作り上げた後、出来上がった火という概念をイグニストゥスは使用してる。そして彼を魔人にした神もだ。


 つまり、あらゆる概念が出来上がる前に作成したありえない事象であり概念を使っているのだ。創造神様専用の力とこの世界に合わせた概念では話にならない。

 上位概念というわけだ。


「さっさと切り落として再生すると良いよ。その火、消えないから」


 右肩を首の根元付近から腰までバッサリと切り捨てたアタナシア=グラニエ。再生しようとするが、欠片も進まない。


「言ってなかったけど、回復魔法とかじゃ切り捨てた君の部位はどうやっても再生しないよ。この権能は存在を焼くから」


 火の力ではあるが、創造神様から賜ったこの権能の本質は光であり雷でもある。雷は神を裁くという要素があり、それは権能として統合していることで火や光にも含まれている。

 要するに見た目ではどんな効果があるかわからん意味不明な仕様になってる。


 ゲーム風にいうなら、火属性のくせに状態異常とか特殊効果がてんこ盛りってことだ。

 クソゲーを強いるってぶっ壊れ性能過ぎない?流石創造神様。魔人の肉体を伸ばしていけばそれっぽく治せるからこんな弱めの威力じゃ意味がないんだけどね。


 アタナシア=グラニエは燃えながら地面に落ちていく。呻きながらも火のついた箇所を無理矢理切り離し、激昂した。


「ああああああッ意味がわからん!なんだその力!!さっきとは権能が桁違いに強くなっている……どうなってるんだッ!!」


 気持ちはわからなくはない。彼がもう少しヒントを貰えていればここまでではないけれど、もっと権能の力は強かった。

 平和な世界になったからこそ、無理に試行錯誤して戦う必要が無かったように見える。平和なことはいいことだけど、彼にとっては良くなかったのかもしれない。


「自分より強い相手などいくらでもみたことがあるだろ?相手の手札が見えないことなど当たり前。そんな怒ることじゃない」


「うるさいッ!理不尽な権能に異常な身体能力の向上。強いと評するにはあまりにも彼我の差があるだろ!」


「そう言われても困る。創造神様の魔人が君のような凡夫と同格なわけないじゃないか。それに僕は君が嫌いだからいい気分だ」


 子供っぽい言い分だが正直に伝えてみた。人間だった時代でも魔人になってからもきっと自分の強さの延長線上に相手がいると思ってたタイプみたい。

 色んな生物の進化先が魔人ではあるから、ある意味それは正しいのだけど、魔人を選ぶ神様達と創造神様との間には明確な上下関係がある。


 破壊神様は別枠としても創造神様が生み出した彼がその他大勢の魔人と同じスペックであることがおかしいのだ。まぁ、加護のせいで彼は同スペックまで落とされていたから勘違いしても仕方なさそうではある。

 それにしても思いのほか自分の感情が素直に押し出ている気がする。一人称も僕に巻き戻っている。


 大人になってから一人称は”私”に変えたから、精神が幼くなっているのは確定そう。もしかしたら再構成する際に必要な情報が欠けてしまったのかもしれない。

 中途半端に大人びた子供って感じになっているのが違和感がすっごい。


「凡夫……?俺が?凡夫…………」


 一方アタナシア=グラニエは僕の言葉を反芻している。録音して再生しているみたいだ。

 なんか思いのほか僕の言葉が刺さってしまっているみたい。うーん。どうしようか。彼と入れ替わった後が大変そうだ。


「まぁいいか。魔人になって勘違いでもしたかい?さっき君が彼の精神世界に来ている間、君の記憶をのぞかせてもらったよ。どこかで自分だけが選ばれた存在だと思ってない?大筋間違ってはないんだけど、創造神様が魔人を生み出したことで彼以外の魔人の価値は一変するんだ。創造神様と他の神々に明確な上下関係があるように、君たち魔人にもそれは適用されるんだ。彼の使命のために彼は弱体化されているから勘違いしたんだろうけどね。本来は今みたいに君たち風情では勝負にすらならないんだ。僕からすれば君たちはスローモーションで動いてるようなものだからね」


「俺たちの……価値……スローモーション……」


 僕は難しい言葉を使わないようにして話しているんだけど、アタナシア=グラニエは最早僕の言葉しか反芻できないみたいだった。

 オーバーキルしている気持ちだ。精神的に崩れてくれる方が彼の相手としては丁度いいかな。


 冷静に対応されてゾンビをどんどん出されても困るし。それに彼女も近づいてきている。

 僕がもう少し弱らせたら、彼と変わろうかな。久し振りに体を動かせて少しは満足したよ。


「さて、もう少し君を追い詰めておくとしようか。その方が彼の使命にもきっといい影響を与える」


 もう右肩付近が抉れているが、体を伸ばしてかなり直ってきた。肩までは治っているけど、右腕は無い状態。

 アタナシア=グラニエの記憶から彼は誰も信用していないし、誰も自分の上に立たせない。そんな雰囲気だった。孤独というか、他人に決定権を委ねたくないというか。


 プライドも魔人になってからかなり強固に形成されている。他者を見下し何とも思わないタイプへと変貌していることに残念に思う。


「俺が思い通りになると思うなああああああああッ!」


 宙を浮く僕に対して地面に這いつくばるアタナシア=グラニエ。


 泰然自若として佇む姿と激昂して血眼になりながら向かって来ようとする姿に存在としての格の違いが如実に現れていた。

 戦闘開始時には同格だった彼らはあっという間に立場が変わっていた。アタナシア=グラニエ優勢からタルバ達の優位へと。


「もういいか。本当はそれなりに済ませようと思ったけど、怒って強くなってそうだし。僕はね、君みたいな人を助けるために戦っていたわけじゃないんだ。昔の君みたいに悲しい思いをする人を減らすために戦ったんだ……。力を持って優しさを捨てた君は僕の嫌いなタイプに成り下がってしまって、本当に残念だ」


 悲し気な表情を浮かべながらアタナシア=グラニエを直視するタルバの体を持つ誰かは、ただただ寂しそうに見えた。

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