ex.イグニストゥス=エレロ
長い時を生きた。その自負はある。魔人になったころと比べればもう精神が年老いたものじゃと痛感する。
無責任に力を振るってはカナンと衝突していた時代が懐かしい。肉体は衰えていないが、年齢と共に見せかけの肉体を老化させていた。
魔人からすれば無意味。言ってしまえば趣味の範疇。もちろん、人間に紛れ込むために意図的に老化しているといえばそれまでじゃが、一か所に留まる理由はない。
何を思ってヒルドなんて田舎を拠点としてのかも忘れてしもうた。せいぜい50年前のことじゃが物忘れが酷くなってしまった。
暇潰しにやっていた鍛冶を生業にしたことは意外な出会いを齎してくれた。冒険者たちとの交流自体は煩わしくもあり刺激でもあった。
とはいえ、わざわざ武器を手入れした冒険者たちはあっけなくいなくなってしまう。それは冒険者という職業の性質上仕方のないことじゃった。
今更寂しいとは微塵も思わん。そんな冒険者の中でも一際異質で日陰者のように目立たない男がいた。否、目立たないように仕向けている男じゃ。
その男、タルバとの出会いはある意味必然じゃったのかもしれない。運命論ではないが、あの不死身の小僧は能力で固めた剣もどきをどうにかして手入れしたかった、そして出来る鍛冶師はそういなかった。儂を除いて。
人間の鍛冶師到底不可能じゃ。なぜならば権能の火を用いてやっとじゃったからじゃ。最初は酷かったんじゃぞ?なんせ剣の形状をした物体でしかなかったからのう。
元の剣に色んな鉱物を押し固めた結果、刃は無く、シルエットでしか剣と判定できない代物じゃったからじゃ。それを権能の火で少しずつ溶かして刃を作ったのじゃ。
よく考えれば様々な効果のある鉱石も混じる中、何も発動しなかったことが奇跡じゃった。それは小僧の能力の副次効果じゃったのかもしれん。何も発動しなかったからこそ、見た目はともかく徐々に均質な表面を形作ることに成功した。あとはそれっぽく削って整えるだけじゃった。もはやこれは剣と言えるのか疑問じゃが、それでも分類は剣が一番近い。
不死身の小僧とは奇妙な縁を感じた。小僧はヒルドで活動する冒険者になった。それにしては対して働いていないようではあった。血気盛んな冒険者が多い中で、あまりにやる気のない腑抜けた男。それが儂の印象じゃった。じゃが巨人討伐で全てが変わった。自分の目も耄碌したと思わされる快進撃。
あの覇気もやる気も生気も感じられないふざけた銭湯好きがここらじゃ誰もが知っている有名人に成り上がるとは冒険者というものは夢がある。残念ながら功績は公にならなかったようじゃがの。それでもヒルドや周辺の人間たちは誰もがタルバを認めだした。本人は嫌なようじゃがの。
面白い人間が生まれたと思った。そんな噂の男はミッド大山脈に住みだすという自殺行為を始めた。流石の儂でも人間は生きられないと思い、一言引き留めたほどじゃ。どうやら杞憂だったようじゃがの。そうしてミッド大山脈に住むローカル冒険者となった。頭がおかしいとも奇行とも言える小僧の行動に我々は注目を注がざるを得なかった。それもそうじゃろう。人間は自分と違う存在にこそ注目して様々な感情を向け、似た人間には親近感を抱く。
小僧に関しては大概が地元を救った英雄といったところじゃな。冒険者がよく訪れるからこそ彼らが小僧をどう思っているのか聞く機会もあった。憧れ、尊敬、疑問、好奇心。そんな感情が見え隠れしていた。立ち上がり続ける不屈の闘志、功績を固辞する謙虚さ、なぜ冒険者としてランクを上げないのかという疑問、どんな人物か会って話してみたいという気持ち。タルバという存在がヒルドの冒険者においては一種の身近な目標になりつつあった。
それは噂に聞く『怪物』のような嘘みたいな1等級冒険者よりも具体的にイメージできる理想の冒険者像じゃった。そんな小僧が自ら噂を広めないことをガナーシュ辺境伯やドーガ周辺の人間に伝えていたことから他のヒルドの人間たちもそれに倣った。不思議な光景じゃった。厳しく訓練された軍隊であればそんな光景もあり得ると受け入れられた。じゃがただの民がそのように高度な情報統制に協力するとは想像だにしなかった。
まるで誰かの意思が介在したかのように誰もがこのことについて口を閉ざした。せいぜい話すのは自分の子供に話すときくらいじゃろう。
まったくどいつもこいつも小僧に夢を抱きおって。あの小僧はそんな大層なもんではないものを……。
小僧が立派な冒険者と思われているのは少し面白いので訂正する必要もないのじゃがな。
巨人討伐から数日しか経ってない頃に来店して、傷一つない状態で会った時には腰を抜かしそうになったがの。小僧に勝手に与えられた『不死』というのは本当なのかもしれないと魔人ながら信じかけた。あまりに奇妙奇天烈な人間。体が丈夫というだけでは説明がつかない。
それからは儂は不死の小僧と呼ぶようになった。最初は誰のことかわからんかったようじゃが自分のことじゃと気づいた小僧の嫌そうな顔は見ものじゃった。眉をひそめ歯を噛みしめる怒ったような不機嫌な顔は顔芸と呼べる域じゃった。
あれから数年が経過したころ、また小僧が手入れに来た。最近見かけないと思えば冬だから引き籠っておったらしい。冬のミッド大山脈に引き籠ろうとするモノ好きは小僧くらいじゃろうな。魔人でもあんなめんどくさい場所住みつかん。それにしてもあの土地をよく購入できたなと思う。そもそも売っていると聞いたことすらなかったのじゃがな。
しっかり手入れをして剣を渡した。それからはまたいつもと変わらぬ日常が来た。
また何日かすると巨人の件と同様に小僧の話で持ちきりじゃった。儂もなぜこんなに活気に溢れているのかとあの映像を見るまで理解できんかった。
儂は映像を見て人は見かけによらぬものじゃと思わされた。いつも態度が終わっているがやるときはやるのじゃと。とはいえ、魔人として全力で映像を見ればわかることじゃが、勇敢に戦ったというより力に振り回されてやけくそになっているようじゃったんじゃが。流石に剣を握っているにも関わらず、フリスビーのように回転することを技というのは無理があるんじゃないかのぉ。
ヒルドの人間たちにとっては些事のようじゃがな。小僧はかつての英雄。今度は映像もばっちり残っており、政治的な理由から隠蔽する必要もない正統な功績じゃからの。ヒルドの人間にとっては巨人討伐のことも含めて祝っているようじゃった。
多くの人間に影響を与え、表面上は立派な冒険者の小僧はある意味英雄と呼ぶに値する。しかし、小僧は隠居したいとか言っておったのにわざわざ面倒事に首を突っ込むなんてのぉ。言っていることとやっていることが真反対じゃな。
本人が望む望まざると世界が英雄を望むのは今も昔も変わらないということじゃろうな。英雄にはなるんじゃなくいつの間にかなるものじゃからな。
儂が魔人になったような時代には英雄なんてものはいなかった。同族よりも優れている存在は多かったがの。儂もその一人だっただけじゃ。
じゃがいつしか世界は数によりも個に固執するようになった。誰もが強力な魔法を操れる、強くなる可能性を秘めた時代から生まれながらにして強くなることを定められ、力を集約させた存在が生まれるようになった。
古の勇者と呼ばれる奴もその一人じゃ。奴は魔王と呼ばれるようになった化け物を打ち倒すため調整され生み出された。奴に充分な力を注ぐため多くの生物は数を減らした。そしてその減った分発生した世界のリソースを束ねた人型の器が奴じゃ。儂は奴のことは知っている程度で詳細は知らん。興味もなかったのでな。
じゃがいつしか世界から消息を断った。世界に求められた誕生したはずの勇者が誰に知られることもなく忽然と消え失せたことに疑問がなかったわけではない。じゃがひっそりと暮らしたいと考えてもおかしくはない。奴が全力で隠れれば誰も見つけられないじゃろうよ。
毛色は違うがタルバもまた似たようなものではある。逆古の勇者というのかの。ひっそりと暮らしていたところを見つけられた。そんな急展開。
儂としてはタルバが魔人の王になるのならばそれはそれでいいとは思っているがの。正直誰が王になろうと反りが合わなければどうしようもない。魔人とは自由の象徴でもある。
自分の上に誰もいないからこそ独自で好き勝手出来ているのじゃ。かくいう儂も古参魔人という立場上本来は人間界に紛れて生活など良くないのじゃろうがの。
王としての資質があるかは別問題じゃが、悪くはないのではないかと思い始めている。ヘクターやイフィンティブにが言っておったが君臨すれど統治せずを行いそうじゃ。そうとなれば特に気にすることもない。気楽にこの先を謳歌できるというものじゃ。
問題とすれば反対派の魔人とカナンかのぉ。反対派の魔人は誰かの下に就くことを良しとしないタイプの魔人ばかりじゃ。恐らく元の種族で何かしらあったのじゃろう。数百年経過しようとも忘れられない強い記憶というのは残念ながら幸福な記憶ではない。心に刻みつけられ否が応でも思い出させるトラウマのようなもの。
幸い儂にその経験は少ないがそれでも覚えておる。古の勇者以降の時代となれば個人がより注目されていた時代じゃ。彼らはいわゆる生まれながらの強者。そんなやつらを社会に組み込ませようとしたのじゃろうな。
そんなもの無理に決まっているのじゃがな。じゃが大きな組織の全体の利益を鑑みればわからんでもない。1人で100人の働きが出来るのであればその分の人的資源を他に回すことが出来る。体のいいエネルギーの塊じゃからな。そのパーツに本人がなりたいかは別として。
まぁそんな人間はどこにもおりゃせん。上から見れば都合のいい強力なパーツに見えるかもしれんが、本質は完成された個人じゃ。他者を必要ともしなければ、世界を見渡しても比肩するものがそうおらん。魔人になるような者はほんの一握り者が大抵が社会からのはみ出しものじゃ。
はみ出たかったのではなく、彼らが収まる国という容器が狭かったのじゃ。完全実力主義の国なら一瞬で天下を取れる。一番上をいつでも取れるなら自分より弱いくせに偉そうにしていることがこらえられなくなる。若さというのはそういうものである。王や王族と言った実力ではなく血筋という生まれながらの権力を与えられた者と世界から実力を与えられた者。どちらも自分が上に立つべきであると考えてしまうからこそ、こんなことが起きるのじゃ。
儂は生きている時間が長いからこそ知っている。王とは面倒な立場なのじゃ。最終責任者ではあるからな、国が滅びるときは必ず死ぬ。自分の権利しか考えていないような貴族どもを束ね、汚職に目を光らせるとともに自分の命を不自然じゃないように常に守り続けることが必要じゃ。それにこれで戦闘力のようなものがあればいいのじゃが、彼らは往々にして所持していない。
魔人は庶民出身者しかおらんのもこれが関係している。自分の種族内で立場が確立されているということは、その種族という枠組みで常に生きていける地盤を築いているということじゃ。そんな者の中から実力者を作成したところで周囲に洗脳でもされて本来の目的には近づかないのじゃろう。今の神たちは庶民からしか魔人になることを許可せず、世界に求められる才能ある者は庶民出身と決まってしまっている。
昔は違ったがの。じゃからその名残が散見される。ベゼル王国の王族が神の一族として扱われることはこれに関係する。
過去に神たちはお試しでベゼル王国の王族内から実力者を生み出してみた。結果はどうなったかと思う?失敗じゃ。
神からの使命を与え、立場と実力を用いて優位に動かそうと考えたのじゃが神の使命を他者に伝えられないという制約がある。軍を動かそうと部下を動かそうと王族というのは誰よりも監視されている。それは命が大切に思われているからこそであり、先陣を切って戦う立場じゃない。結果として力を与えられた者は実力を評価されて王様になった。いや、なってしまった。
それからは他国と自国の貴族たちへの抑止力としてそこにいた。そこにいただけなのじゃ。書類仕事に忙殺され結局彼は使命がどうとかの話ではなくなっていった。流石に使命を果たせないことに苦悩していたようで、最終的には国のゴミどもをリストアップして抹殺して回り自害した。その際に周囲への被害を鑑みず全力で戦ったせいで人類以上魔人以下の力を神格化された。それに殺した相手の素性が悪人だったこともあり、突然の奇行にしか映らないようなことも神からの命令があったと勝手な解釈がなされた。
そしていつの間にかベゼル王国の王族は神の一族に名を連ねていることになっているというわけじゃ。儂は全部知っているからこそ何とも思わんが、神々が黙認する理由がわからない。
その辺は神々の事情何じゃろうがな。世界は複雑そうでいて案外適当なものなのだとやっとわかってきたところじゃ。
そして一番の問題はカナンじゃ。カナンは美しく強力な魔人じゃ。じゃがのそれは本質ではない。確かに美しく権能は凄まじい。魔人が束になっても敵わないほどにじゃ。
長いこと一緒におれば薄々カナンが満ち足りていないことに気づく。なにをしても飢えていると言ったらよいのじゃろうか。魔人という立場になったからこそなおのこと手に入らなくなったのかもしれん。もしもカナンに強さがなければ強さを持つ者を求めたかもしれん。美しさがなければ美しさを求めたかもしれん。人間目線で言えば人は無いものを他者に求めるからの。
じゃがカナンは全てを持ち合わせてしまった。魔人になったことで人間というコミュニティから逸脱した。元々美しかったこともあり富も名声も簡単に手に入った。世の中の欲しいものは手に入る。手に入らなければ手に入る場所にいけば何でも手に入った。カナンにとってこの世の全ては自分が手を伸ばせば手に入るものだと思うようになってしまった。儂ら同族の魔人であってもカナンが全力で戦えばほとんどの魔人が負けるじゃろう。儂やイフィンティブじゃったら引き分けまでいけるかもしれんがの。
そんなカナンは昔から自分を満足させる相手を探していた。戦いでも同族の魔人で満足出来ないのだ。何をやっても満足できないことがカナンの不満であった。それを解消できる相手は時として敵やライバルというかもしれない。または恋人や最愛の相手。カナンの満足できない感情全てを満たす必要がある相手が必要じゃった。
そして破壊神様に聞いたという。その相手はどこにいるのかと。そしたら破壊神様は創造神様の魔人こそがその相手と仰った。
カナンは創造神様の魔人を千年も待った。そして漸く誕生したのがタルバじゃ。今は友好的に接しているが戦いで満ち足りたいと思えばタルバと敵対してもおかしくない。
それどころか千年以上拗らせているのじゃ。自分よりも弱い相手のものにはならないとか言って戦いそうじゃ。
自分が手に入れる側であるが、逆に相手から求められる側でもありたい。そう思ってもおかしくないからのぉ。
タルバがどれだけの権能を持ち、使いこなしているかによるが今は味方でも明日には敵である最強の魔人はギャンブルが過ぎる。
それかカナンが自分の理想通りの相手にタルバを仕立てるかもしれぬし、タルバが理想以下であれば絶望してしまう。
要するにタルバがどれだけカナンの相手をこなせるかで儂もやることが大分変わってくるのじゃ。むしろカナンが絶望してしまったのなら魔人全員でかからなければならぬほどじゃ。
それにカナンが下手に暴れれば世界は崩壊してしまうからの。タルバには今すぐにでもどんな女性をも口説き落とせるジゴロになってもらわねば世界が終わる。
儂はいつでも応援しておるからの。お主が死ぬときは世界も死ぬ。儂らは一蓮托生じゃぞタルバ。




