2.神様からのお話
創造神様からの依頼は意外とすんなり終わった。思いのほか強くなく、俺でさえ十分警戒すれば倒せる範疇の魔物だった。
創造神様がこの世の理から逸脱した存在みたいなこというからびびっちゃったよ。それにしても奇妙な魔物ではあった。
三人娘は俺の不注意でスライムの体液を被ったまりも状態になっていたから、今風呂に入っている。面白い姿ではあったんだけど、笑ったらきっと俺はボコボコにされそうな気配すらあった。
女性の鋭い眼光って何歳になっても射竦められてしまう。
男だと威圧的だけど、女性だと首元に剣を突きつけられている気持ちになる。
あの状況も俺に不利に働いた。
だってそうだろ?4人中3人がスライムの体液まみれになったんだ。そして主である存在だけは汚れておらず、従者である三人だけが汚れているのだ。
主の不手際で無様(笑)な姿を晒すことになったのだ。自分が緑のまりも状態でいたらどう思うか、相手の立場になって考えてみよう。
あの時吹き出さなかった俺に盛大な拍手を送られるべきだろう。凄腕の俳優もかくやというのでは?
これは推測も入るが、もし俺にかかっていたとしても大丈夫だった気がする。体を光にすれば物体を通り過ぎることできるし。
「依頼は達成したんだし、創造神様に報告するか?いや、報告するなら外着ではなく、まともな格好にしよう。もし見てたら大変だから」
創造神様なら俺が隠そうとしても暴きだせそうだが、世界を創造した神様に対して敬意を払わないならばこの世界の誰にも俺は敬意を払わなくなりそうだ。
おもむろにクローゼットから着替えを取り出して着替えていく。装備の胸当てや衣類を脱いで上裸になり、シャツに手を伸ばした瞬間、天から響く世界を包み込む声が鳴り響いた。
(お疲れさまでした。タルバ。無事討伐できたようですね)
「そっ創造神様!?はっはい!無事完了しました!」
突然の出来事に驚いて声が裏返ってしまった。素っ頓狂な声で返事をしてしまった俺をくすくすと笑う創造神様。
(ふふふ。そうですか。ならよかったです。今日はタルバの勇姿をちゃんと見ていましたよ?しっかりと)
(あれ?ということは――俺の上裸をご覧になっている!?まずい!!)
俺はシャツを握りしめた状態から即座に床で土下座した。床が靴の土で汚れていたがそんなもの些事だった。なにより創造神様の前でみっともない姿を晒してしまったことに申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
「たいっへん申し訳ございませんでしたぁあああぁぁ!」
世界中に声を届ける勢いの全力の謝罪と気持ちを込めた土下座。今の俺は創造神様に無礼を働いた愚か者だ。俺は出来る限り世界の邪魔にならないように体を縮こませる。
(いいのですよ。人間の裸など人間が誕生した頃から見ておりますから。今更生物の裸を見たところでなーんとも思いませんから)
ラキたちの気持ちが理解できた気がしてきた。自分の主に情けない姿を晒して申し訳ない気持ちと恥ずかしさが入り混じり、この行動を引き起こした自分自身への怒りが表出する。
阿保か俺は。いついかなる時でも創造神様が話しかけてくる可能性を考慮していないなんて。新人冒険者時代を思い出して自己嫌悪に陥る。
新人冒険者がいざという時の準備不足で依頼を失敗することは誰でもよくある話だ。武器や防具の手入れや保存食とかな。冒険者は依頼を受けて即出発になることもあるため、準備を欠かさないことが肝要。
俺も新人の頃くそみたいな先輩や同期ばかりだったが、そこだけは手本にしたものだ。
「そう言っていただけると少しは救われます……」
(創造神ですから。人間の一人二人容易く救えますよ)
「創造神様、言葉の綾です」
(タルバ、これは神に許されたボケといやつです)
神様のボケってツッコんでいいのか判断に困る。ボケを拾わなければ滑らせた感じになるし、拾って言いすぎれば「はい、不敬」って断罪される。神様の胸三寸で下手したら死ぬ世界だ、余計なことはしないようにしたいところだ。
「ツッコミづらいので出来れば辞めていただけるとありがたいです」
(え~そうですか?中々いいボケだと思うのですが)
「それで創造神様、今回の魔物討伐は無事に終えたのですが何かありましたか?」
(特に用という用ではないのですけど、そろそろタルバも聞きたいことがあるのではないかと思いまして)
俺は確かに聞きたいことがある。それは俺の現種族、魔人という存在についてだ。
そもそも魔人という存在は人間の中では御伽噺の存在だ。つい先日俺が戦争に現れるまで魔人の存在は信じられていなかった。
エルフなどの長命な種族は知っていた。しかし人間のように数十年で死亡する種族にとって直接見たことのない者ばかりだ。当然忘れ去られてしかるべきだろう。
「聞きたいこと……俺の使命についてはお聞きできませんでしたが」
(それはそれです。そもそも使命は教えてしまうと破綻してしまう恐れがあるので。それ以外ならいいですよ)
今日の創造神様は妙に優しい気がする。世界を作るだけの度量というものを今日ほど感じたことはない。
てか、創造神様が知らないことってないんじゃね?
(タルバ、私はいつも優しいですよ?職務に忠実なだけです。失礼なことばかり考えていると天罰、落としますよ?)
体が死んだように動かなくなる。心臓の鼓動が加速し、呼吸が荒くなる。どうやら神様が言う天罰という言葉にはそれだけで威圧させる効果があるみたいだ。
天罰。それは神の怒りの具現であり、神が下界の存在に直接攻撃するイレギュラーだ。魔人の存在すら信じられていないのだから、天罰なんてないのかと思っていた。
しかし、それは酷い思い込みだったようだ。
世界で一番恐ろしい脅迫だ。君は言われたことがあるか?
世界を創造した一番偉い神様に天罰落とすぞ?って。天罰は避けようがない。世界の理を利用する側の俺では世界の理を作る側の神様の一撃から逃げることはできない。
(まぁ、よいのです。天罰なんて落とす側も面倒なので。さて、そろそろ聞きたそうなことに回答するとしましょう)
(まずは魔人についてですね。魔人が神の使徒であることは正しいです。魔人が使用できる権能は各神に与えた役割と連動しています)
「与えた?」
(忘れてしまいましたか?世界を作ったのも神を作ったのも全て私ですから。役割を与えたのも私です)
「失礼しました。なぜ魔人を作ったんですか?」
(魔人を作り始めたのは私ではないのです。他の神達ですね。彼らは下界に直接干渉出来ませんので、干渉する手足となる存在が欲しかったのです。いわばパシリでしょうか)
「魔人は…パシリ……」
(天罰落せばリセットできる存在なのですから、他の神にとってそこまで愛着がなければその程度の存在です。とはいえ、最近は長年の付き合いもあってそのように考える神は少数でしょうけれど)
思いのほか重要な存在ではなかったことにがっかりする俺。伝説の存在がパシリ程度と言われて気落ちしない者も少ないんじゃないか?
「天使はいないのですか?御伽噺には存在しますが」
(いますよ?ですが、彼らは天界から人々の行動を監視してデータに纏めることが使命です。彼らが纏めたデータを我々神が管理するのです。天使も戦闘能力はありますが下界に干渉することはほぼないでしょう)
「天使ってデスクワーカーだったのか……」
俺のイメージでは便利な力で世界を管理していて神様の遣いと思っていたが、実際は情報処理の存在だったとは。理想と現実は相反するものだな。
(何に落ち込んでいるのかわかりませんが、現実なんてそんなものですよ?そうでもしなければ世界中の情報を処理できませんから)
「他の魔人ってどんな感じなんですか?」
(漠然としていますね。有名な者でいうと破壊神の加護を得た魔人カナン=アズールがいますね。彼女は理性的な女性ですが我慢の限界に達すると全てを破壊しますね。ご存知かと思いますけど)
「カナン=アズール……セントラム大陸の魔人大戦を終結させたというあの……」
(そうです。彼女は最初の魔人ですから、原初の魔人とも呼ばれていますね。魔人になった者は最初、彼女が魔人王だと勘違いするんですよね)
「恐ろしいですね。そんな魔人ばかりですか?」
一瞬間が空いたかと思うと、創造神様からの返答は意外なものだった。
(そうではありません。魔人が生まれてから彼女に匹敵する魔人は生まれていません。故に、彼女が地上最強の生物というわけです。つまるところ彼女もまた特別なのですよ)
地上最強の生物は古の時代から生きる魔人。破壊神から加護を賜る存在。
普段はまともでも我慢の限界になって全てを破壊するという情報だけで近寄りたくないな。
それにしても破壊するってどうやるんだろうか。
触れるものが全部壊れたら生活できないからオンオフできそう。
「カナン=アズールですね。覚えておきます。会いたくはないですが」
(いづれ会いますよ。それにカナンはタルバを放っておかないですから)
「それってどういうことですか?創造神様」
(ご想像にお任せします。私の想像が足りていないとあなたは思っているようですので)
「えっ!?聞いてたんですか!!」
俺があたふたしている間に創造神様との交信は終わった。
俺は創造神様に粗相をしてしまったことを実感して自分以外誰もいない自室でいたたまれなさに苛まれたのだった。
――――――――――――――
今日もまた主は素晴らしい手腕で問題を解決された。
私やイリム、アウローラは見ているだけだった。
こうして三人で汚れを落としながらも私たちの注目は主の話だけだった。
「今日の主様の攻撃、見ましたか?手を前に出して掴んだかと思ったらスライムがみるみる収縮!鮮やかな手並みに惚れ惚れしてしまいます」
「タルバ様、すごかった!あいつ倒すの一瞬!つよい!」
イリムとアウローラの感想はもっともだ。私もどうやったかはわからないですが理解できないほどの強さということは理解しています。
「主はどうやって倒したのでしょうね?」
「主様は魔法は使用していなかったわ。能力か……権能しかないわ」
イリムの冷静な分析は私と同じ結論へと辿り着く。アウローラは石鹸の泡と格闘しながら尻尾を振る。
「タルバ様の能力。圧縮で体を潰したと思う。権能じゃない」
私としても権能とは思えなかった。光を扱う権能だとは聞いているため結果と手段が結びつかない。
「そうね。それが一番納得できそう。流石主」
「ラキもアウローラも見たと思いますが、主様の戦闘は一瞬ですね。長期戦をお嫌いなのかと思っていましたが、単純に強さが乖離していただけでしたね」
私たち三人の中で主の存在は謎に包まれていた。私たちを救ったこと、目的も行動理念も謎。魔人としても異質な存在。三ヶ月くらい共同生活を営んでいるが主は自分が戦う姿を見せない。
普段は読書にふけっていて鍛えていない。しかし、今日のようにいざというときにはそのお力の一端を示す。強い権力者。
以前は料理をしようとしていらっしゃったが、それは私たちが不甲斐ないためにそのようなことをしてくださったのだ。私はあの方の優しさを知っている。圧倒的な強さも。
創造神様がどのようにして主をお選びになったかは定かではない。けれど魔人は誰にでもなれる存在ではないとイリムが言っていた。
主のお役に立てているか不安になるが、こうして三人での反省会で主の研究を推し進めていた。
「魔法、物理が効かないか確認してからの能力行使。主にとっては暇つぶし感覚だったのでしょうね」
「あたしじゃあいつ、倒せなかった。能力使っても微妙」
「そうですね。私たちの選択肢ではまず勝てなかったでしょう。勝てても時間がかかりましたね」
主の話ではあの魔物はこの世の理を逸脱していたとのこと。私たちの力はこの世の理に囚われているため、通用しない。にしては主の能力は有効だった。
相性云々ではない。主の力は私たちと同じ世界線にはいない。
今回の収穫はこの事実だけだ。
「主の能力は私たちが能力と言っているものと異なるのかもしれませんね」
「そうとしか思えないですね。ですが――ホッとしますね。同列に比較すれば自分の至らなさに目が行きますが、比較対象から外れると受け入れられますから」
「タルバ様、三竦み戦争の時から変だった。戦争を止めるにしても汚い水出すし、光で遊んでるみたいだった。戦争の止め方も変。そんなことしなくでもボコボコにすればみんな従う」
アウローラの指摘はタルバの不自然な戦い方に着目していた。
強者にとってまどろっこしいやり方を好んで行っている。それは私やイリムから見ても珍妙に見えた。
今日みたいにサクッと殺せばいい。凄惨な戦場を見せつけ、彼我の戦力差を誇示すれば敵は怯え戦闘の意思を潰せる。
「いつまでたっても主のお考えに近づくことは出来ませんね」
「簡単に近づければ苦労はしません。幸い、私たちは半魔人になりましたから時間はたっぷりあります。ラキも戦闘訓練を積めば共に戦えます」
「ラキ!模擬戦ならいつでも歓迎!」
「ええ、すぐに始めます。いつまでも足手纏いではいられませんから」
三人の風呂場での反省会はタルバへの妙な勘違いと思い込みだけで終わった。
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