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へっぽこ魔人生  作者: 岸辺濫瀟
第3章
35/104

7.マッチポンプ浄化作戦

 ベゼル王国、古の勇者始まりの地。港町ゲルニーツァ。ゲルニーツァ始まって以来の重大事件が『怪物』ザクス=ルードによって速やかに終息した。


 ザクスが冒険者ギルドに報告を行い、人々の避難が解かれた。彼の戦闘によって停泊所は穴ぼこだらけの更地になり、多少離れた町の中央部もガラスが砕け、外壁に傷がない家など一つもない。一番損傷が大きい家は屋根がなく、家の支柱に亀裂が入っており、家具が破損していた。テーブルや椅子の足が折れているし、タンスやベッドも崩落してきた屋根によって見るも無惨な惨状だ。


 それでもザクスに対して文句を言う人はいない。彼が対応した魔物の危険度は冒険者ギルドから通達されており、彼が勝てなければ確実に死ぬと言われていたから。

 だからこそ人々はザクスにただただ感謝した。それにザクスは自身の討伐報酬を全額町の復興に寄付したこと、復興に足りなければ自身のポケットマネーを使うことを冒険者ギルドに指示していた。


 『怪物』ザクス=ルードは傲岸不遜で権力を嫌う男だと噂では聞いていた町人だが、彼の行動からこの噂が貴族や権力者によって事実を歪められたと思うようになった。


 これだけ太っ腹な行動をする最高の1等級冒険者が噂のように横柄な対応をするとは思えなかった。町人たちの井戸端会議によって飛躍した推論は貴族や権力者がザクスに袖にされたことを恨んで真実を歪曲したことになった。


 ザクスの今回の行動は彼の目的通り、同行しているタルバがそうするよう指示したと話せば彼の株が上がると思っての行動だったが、タルバがいないために体のいい方便として片づけられてしまったのだった。


 こうして避難していたゲルニーツァの人々は戦闘の終息に伴い、それぞれの家々に帰る途中だった頃、後世に語り継がれる前代未聞の珍事は起きた。朝日が昇り始め、砕け散った家の瓦礫や家だった物の土砂を片づけていた頃、空を飛来する不可思議な存在が登場した。


 鳥と呼ぶには姿形や飛行方法がおかしく、魔女に似ている飛行方法だが茶色い液体を噴出していることから魔女とは思えない存在。水棲の魔物にしては操る茶色い液体が海水ではないことが一目瞭然で、魔物でもない人型の生物。

 海の彼方から彗星のごとく現れた人型の存在は、魔女が箒で飛ぶように何かに跨り、お尻から茶色い液体を噴霧しながら空を飛行する。


「ブパッブパッ」


 汚らしい音を轟かせ茶色い液体を噴出して進む姿に町の人々は次第に恐怖を覚えた。町人たちには豆粒のようにしか見えないが明らかな人型でお尻付近から茶色い液体を射出。ブパッという大きなおならをしているかのような音。

 そして双眼鏡を持っていた町人によって飛行している存在が成人男性、トイレで大便をするような態勢で空を飛んでいることが告げられた。


「逃げろッ下痢の雨が降るッ!!」


「じゃああれって下痢ってこと!?キャーッ」


「これがほんとのゲリ(下痢)ラ豪雨なんてなッ」


 状況を理解した人々は阿鼻叫喚の地獄絵図へと早変わりを遂げた。阿保なおっさんが冗談言いながら走り去っていく。

 老若男女問わず悲鳴を上げ、迫りくる下痢のシャワーから一刻も早く逃げようと必死だった。撤去した瓦礫に足を取られ転ぶ者、人に押しのけられよろめく者など我先に逃げる人々によって二次被害が発生していた。


 我先にと逃げ出す人々を追いかけるかのように迫る空飛ぶ下痢男。人々が走り出すと空飛ぶ下痢男も加速する。獲物を見つけたチーターのように海を渡り切る。


 停泊所に茶色い雨が上陸し、町へと侵攻が始まる。ブパッという音がしたタイミングで下痢が扇状に拡散され、広範囲に下痢の雨が降る。

 下痢の雨がゲルニーツァのメインストリートを茶色く染め上げていく。タルバは知らないことだがマフィの作成した黒い水魔石は水棲魔物の怨念も吸っていたため、ただの水を有害な水に変える力を有していた。結果としてタルバにとっては不幸にもただの変色した淡水のはずが異臭を放つ人体に有害な茶色い液体へと進化してしまった。


 海の潮風に乗ってタルバの撒き散らした水の汚臭が漂い、匂いを嗅いだ瞬間に町人たちは白目をむき、口から泡をこぼしながら失神していった。

 バタバタと道に倒れ行く人々。冒険者であってもこの異臭には耐えきれず意識を手放していった。唯一ザクスのみがこの町で意識を保つことに成功していた。流石のザクスも鼻を摘まむことで正気を保てるラインだった。


「あれは――タルバか?それにしてもこの茶色い液体はなんだ?なんでこんなことをしてるんだ?そしてどこへ行く気だ?」


 冒険者ギルドの2階から飛行するタルバを眺め溢れ出る疑問が口を突いて出る。幽霊船の停泊所に似た穴ぼこだらけの港に崩落し異臭を染みつかせた町並み、苦悶の表情で倒れ伏す人々。ここが世界の終末だと言われても納得する景観だ。

 ザクスはゲルニーツァを横切るタルバを追いかけて町の外へと向かった。


―――――――――


 騒動の元凶であるタルバは困っていた。お尻付近から漂う異臭ではなく、飛んだはいいが着地方法を考えていなかった。街が近づいてから嬉しくなって《エアシッターF》を連続起動して加速したが、高速飛行を終える方法を持ち合わせていなかった。単純にこの空中飛行はブレーキがないのだ。


 剣を今の方向とは逆向きにしたとしてもバランスを崩して落下する未来が見える。《変水の中敷き》を使って水を操作し、着地することも考えたが高所に水を生成して着水しても突っ切ってしまうだろう。低すぎても高高度から打ち付けられればひとたまりもない。ここでは《均衡のチョーカー》も意味をなさない。使えるのは《エアシッターF》ぐらいだ。


(もうゲルニーツァを突っ切ってしまった。これは《エアシッターF》で落下方向に向かって勢いを相殺するしかない)


 【水刃】と《均衡のチョーカー》を解除する。途端に体の自由を獲得するとともに風圧によって両手両足が後方に伸び、大の字で自由落下が始まる。《均衡のチョーカー》を再使用し、両手で両足を抱える姿をイメージする。卵のようなシルエットに無理矢理毛変形する。関節が悲鳴を上げ、神経がマヒするようなヒリついた痛みが断続的に襲う。

 タルバは放物線を描きながら落下方向に尻を向ける。


「ブパパッパパブパパッブパパパパパパパパパパッ」


《エアシッターF》を最大限連続起動する。当初の勢いをから減速することに成功し、ゆっくりと地面が近づいてくる。タルバの尻が大地に接触するも、ギリギリで浮き上がる。お尻を擦りながらも不時着に成功した。《エアシッターF》の効果でホバリングしている。


 全ての魔道具を解除することでタルバは1時間ぶりの体の自由に喜んだ。


「ふぅ~人間やってみるもんだなー。ん~なんていうんだろ、臨機応変な対応ってやつ??挑戦することの大切さを学んだよ」


 ゲルニーツァの町で何が起きているかなんて露知らず、自分が五体満足で帰還したことに大満足のタルバ。大の字で大地に寝そべり、青空を眺めて清々しい爽快な気分に浸っていた。

 そんなタルバの元にゲルニーツァから走ってきたザクスが声をかける。


「タルバ、なにをやってるんだ?タルバのせいで街は滅茶苦茶だぞ?」


 自分が生存したことに大喜びしていたタルバはその一言で冷や水を浴びせられた気持ちになった。


「ザクス、冗談でも面白くないぞ。俺が何をやったっていうんだ?俺は空を飛んで帰ってきただけだぞ?」


「見たほうが早い。すぐゲルニーツァに戻れば全部わかるぞ」


「何言っているかわからないけど、ひとまずついていくわ」


 タルバは体を起こしてザクスについていく。ゲルニーツァの外といってもゲルニーツァの門から500メートルくらいの距離だ。直ぐにゲルニーツァに到着できる。ザクスの言ってることはよくわからんがとりあえず町に行くとしよう。




――――――――――――――


「なんじゃこりゃぁぁああぁあぁあ!?!?!?」


 ゲルニーツァの門を潜るとそこには数日前の姿が嘘だったかのような光景が広がる。死屍累々とでもいうべきだろうか。町は異臭を放ち、家々は崩れ、人々は道や生垣、壁などいたるところに路傍の石のごとく落ちている。

 人々に限らずゲルニーツァの町は茶色い液体が至る所にかけられており、動いている物体が俺とザクス以外見当たらない。

 海の潮風に乗って異臭が香る。磯臭いとかそんな匂いではない、明らかに糞尿の類の異臭。思わず顔を顰めて鼻を摘まんでしまう。


「ザクス、これは一体何があったんだ?誰がこんなことを……」


「言いづらいが全部タルバがやった。自覚は無さそうだとは思ったがな」


「おっ俺が!?」


「そうだ。茶色い液体はタルバが空を飛んでいる際に撒き散らしたものだ。その液体は何故か異臭を放っていてな。それで人々は意識を失っている」


「え!?いやいやあれは俺が魔法で作った水だぞ?魔道具で色は変わっていたが異臭なんて放つわけが……」


「原因はわからないがタルバの水がおかしいのは間違いない。俺が見ていた。そしてブパッという音と共にその水が拡散された。タルバがゲルニーツァを横断したことで町の中心部を横切る形で水がまかれてしまったというわけだ」


(完全に《エアシッターF》のせいじゃないか……)


 思い当たる節しかないため急速に自分がやってしまったことを理解し始める。この瞬間だけでいいから言語能力を喪失したい気持ちに駆られる。


「結果、ゲルニーツァが港町ということもあって潮風に乗って異臭が拡散。人々は気絶したというわけだ」


「ま、、待ってくれよ。じゃあ家が壊れていることは俺じゃないのか?」


「それは俺が魔物の討伐で起きた被害だ。だがこの現状はタルバが原因だ。どうする?」


「どうするって言われてもな。どうしようもない。ひとまず異臭をどうにかするしかない」


「だったら俺に考えがある。タルバ手伝ってくれ」


 ザクスはこのどうしようもない現実を打開する案があるようだ。いくらそんなつもりがなかったと言ったところで許してもらえる話じゃない。

 災害級の魔物が来た直後に人々を昏倒させた俺は敵だと思われても仕方ないレベルだ。


 ここは流れに身を任せるしかないと自分自身に言い聞かせ、ザクスの提案に乗ることにした。ファンタズマ大丈夫かな……。



――――――――――――――


 ザクスの作戦は簡単だった。まずザクスと俺で人々を一人残らず避難させる。そしてザクスの水魔法でゲルニーツァという街ごと押し流す。

 作戦というより建物を含めて町にあるオブジェクトを残らず洗い流す力技でしかなかった。元凶の俺がいうのもなんだが、異臭を放ち人々の意識を刈り取っているからと言って水で流せばいいじゃんとはならないだろ。


「タルバ準備できたぞ。いつでもいける」


「そ、、、そうか。な、ならやってくれ」


 町中をザクスが片っ端から探し回って生存者を全て回収したことを確認した。そしてついにザクスの洗浄が始まった。


「水属性上級魔法【大津波】」


 ザクスはゲルニーツァの門と同じ高さの津波を発生させ、街を押し流していく。瓦礫も土砂も雄大な海へと帰る。

 残された場所には倒れているゲルニーツァの人々と俺たち二人にファンタズマだけだ。ファンタズマに関しては冒険者ギルドの厩舎で普通に起きていた。動物って人間より嗅覚が強いと思うのだが、ファンタズマは魔物馬だ。その辺は考えても無駄だろう。


 せっかくザクスが街に被害を出さないように気を付けて戦ってくれていたようだが、俺が全てを台無しにしてしまった。

 離島に幽閉され、筏で出港したときはザクスを慮って帰還することをいそいだのだが、そんな心配は杞憂だった。今では1等級冒険者を舐めていたとしか思えない。ただの3等級冒険者が一丁前に心配する必要などなかった。むしろ余裕をもって完勝していた。


 それに引き換え俺がゲルニーツァに来てやったことは刺身食って酒飲んでカジノで全財産失って、密漁に加担し町を汚して人々を気絶させただけだ。なにこのダメ人間。人間の屑すぎるだろ。ザクスに世界の広さを教える旅の最初の一歩で真似してはいけない大人の姿しか見せてない。

 しかも自分の失態をザクスに尻ぬぐいさせる始末。もう逃げ出したい俺。人と接触することのない場所でひっそりと最期を迎えたい。


「これで全てが丸く収まるはずだ。敵の攻撃が続いたことにすればいい。幸い、逆光でタルバの顔を見たものはいないだろう」


「それは無茶があるんじゃないか……?でもそうするしかないか」


「そうだ。幸い町人は誰も死んでいなかったのだから問題ないだろう。国も魔王軍残党の攻撃があったと言えば支援位するだろうしな」


「あ、ありがとうな。ザクス、助かったよ」


「問題ない。それよりも人を起こして回らんとどうしようもないぞ」


 ザクスが使った水属性上級魔法【大津波】は確かに建物を押し流し、異臭を放つ液体を洗い流した。もちろん、全ての建物が押し流されたわけではなく、冒険者ギルドなどの重要度の高い建物は高い強度を誇るため、押し流されずにいた。

 その他にも食料保管庫や教会といった建物は残っていた。ザクスが手加減をしたこともあって町の全てが流されずに済んだという側面もあるだろう。


 ザクスの言っていることはもっともだ。重要な施設は残っているとはいえ、家はなくなったに等しい。少し離れたところにあった『魔魚』やカジノは残されているものの、ゲルニーツァの人々は帰る家をなくしたことになる。

 これから敵がまた攻めてきたため、みんな気絶していたこと、それをザクスと協力して撃退したというでっちあげた話をしていかなければならないのだ。


 でっち上げた話なんてしたくはないが、そんな消極的なことを言っていられるほど俺の立場は良くない。王都での一件は被害者らしき人に出会わなかったが、今回は目の前に広がる無数の人々が被害者だ。

もしも俺がやったということがばれたら顔と名前ありで指名手配だ。それに隠蔽工作に加担したザクスの立場も悪くなる。


 自作自演で被害者を騙す加害者の気分だ。いつばれるか肝を冷やしながら会話の綱渡り状態。ポーカーフェイスで嘘をつき騙しきる熟練の詐欺師になったつもりで俺は口八丁手八丁ででっち上げ話に注力するのだった。


――――――――――――――


 俺とザクスのでっち上げ話は比較的素直に聞き入れられた。そもそも町を救ったザクスが言ってるんだからこれ以上ない説得力だ。

 それに実際に敵の姿を見たのは俺とザクスだけだ。そうなると人々は俺たちの話を鵜吞みにするしかない。まさか1等級冒険者と3等級冒険者がぐるになって隠蔽工作を施していると想像出来るだろう。いや、そんな人はいない。

 

 ザクスは救っただけでなく、討伐報酬を町の復興に充てているのだ。嘘をつくメリットなんてどこにもない。ましてや町を改めて壊したなんて話したところで到底信じられる話ではなかった。


 人々は残された建物を利用して当面の生活を行うことが決定していた。特にカジノのオーナーが魔王軍の残党だったということで強制的に差し押さえられ、カジノは避難所と化していた。カジノは敷地面積も広く、雨風を凌げる十分な強度があるため避難生活を送るには最適だった。まさに棚から牡丹餅だ。


 俺もザクスも何食わぬ顔で復興作業に協力しあっという間に日は沈んだ。俺たちは自分たちのキャンプ道具で町の一角を借りてキャンプを行っている。


 やっていることはバルガンと何も変わらない。俺は王都を発ってからというもの一度も宿に泊まれていないのだが、呪われているんだろうか。王都でもゲルニーツァでも事件を起こしてしまって申し訳ないと感じているが、それとこれとは話が別だ。

 そろそろベッドが恋しくなる。ついでに周囲の目がきついから早急にこの場所から消えて居なくなりたいとも思っていたりする。


「タルバ、明日はあの災害級の魔物や魔族について詳細を報告しなければならない。面倒だがこればっかりはやらなければなさそうだ。タルバはどうする?」


「明日も復興の手伝いをするかな。ひとまずは」


「そうか。到着した日の夜からどこへ行っていたんだ?町を探し回ったが見つからなかったぞ?」


「うーん、話せば長くなるけど聞くか?」


「ぜひ聞かせてほしいところだ。俺を差し置いてどこで冒険していたんだ?」


「そんな大層な話じゃないさ。あれはカジノに行った後……」


 そうしてタルバはここ数日自分に起きた出来事の顛末を詳細に話した。

 焚火の音がパチパチと鳴る真夜中。周囲にザクスとタルバ以外誰もいない町の片隅を焚火の揺らめく炎が2人を照らしていた。



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