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へっぽこ魔人生  作者: 岸辺濫瀟
第2章
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7.王都

ご無沙汰しております。現実での諸々のことが一段落したため、また更新していこうかと思います。

 王都タンジバル。ベゼル王国が誇る最大の都市にして人、物、文化の集積地。タンジバルにないものは存在しないとすら言われる程、人々の交易活動や往来が多い。タンジバルの中心に王宮が据えられ、その周りを貴族街が取り囲む。さらにその周りを平民街、貧民街が円状に広がる。


 俺は数年振りに来た王都であったが、活気に満ちた街の雰囲気は記憶の中の王都と変わらない。行き来する人々は異なるにも関わらず、今も昔も変わらないと思うのは街並みが変わらないからだろうか。


 王都の検閲をくぐり抜けて城門を通ると、王都にいた頃には感じなかった郷愁のような気持ちが胸に飛来する。同時に現実から目を背けて王都から逃げた俺には苦い思い出が脳裏に浮かぶ。

 決していい思い出ばかりではなかった王都での冒険者生活を思い出しながら、王都へと踏み出した。検閲でファンタズマが馬型の魔物として説明することに苦労したが、なんとかわかってもらえた。


 俺のセンチメンタルな感傷を知らずにウィンティとザクスは前を行く。今朝の会話以降、不思議と仲良くなっているのかウィンティとザクスはよく話していた。ウィンティは笑顔でザクスを見上げるように話しかけ、ザクスはぎこちない返答ながらも丁寧に話を聞いていた。


  今朝まではザクスなんて何考えてるかわからない職人肌の人物かと思っていたが、仲良くなると気さくになるタイプかもしれない。だが、今朝は俺を交えてウィンティとも話していた筈だが、なぜぎこちなくなっているのだろうか。


 もしかすれば女性が苦手だったりするのかもしれないな。戦いに明け暮れた戦士が不器用ながらも精一杯話していると思えば微笑ましくもある。2人の親になったような気持ちで見守っていたが、ウィンティが振り返って声をかけてきた。


「タルバさん!何悠長に歩いているんですか!早く依頼を終えましょうよ!」


「わかったわかった。すぐ行くよ」


 そう言うと俺は早歩きで2人に追いついた。ウィンティはジグライトを早く学院に持っていきたいのだろう。そんなことは考えるまでもない。一度は失われた貴重品が見つかり、安全に王都まで輸送出来たのだから後は受け取るだけだ。


 気持ちが前のめりになっていることは誰がどうみても明らかだった。しかし、俺には死神のカウントダウンにしか聞こえなかった。俺は未だにジグライトの偽物を盗めていない。ウィンティに中身を確認されようものなら、俺が行く場所は牢屋だ。

 王都に来て牢屋暮らしなんて嫌すぎる。それに今回俺が盗んでしまった本物のジグライトは多額の金をかけて国が購入したものだ。牢屋に入るだけで済めばむしろかなりラッキーな判決だ。


「そう急かさなくても冒険者ギルドはすぐそこなんだからいいじゃないか」


「呑気なこと言わないでください。一度取られちゃってるんですからね」


「それもそうだけど、王都で何か起きたらすぐに捕まるだろうし大丈夫だろう。こっちにはザクスもいるんだから」


「確かにザクスさんがいれば下衆人なんて木っ端微塵ですけど、それとこれとは話が別です!論点をすり替えないでください!」


「ウィンティ、そんなに熱くならなくとも俺が持ってるんだから盗まれるなんてことはない。タルバの言っていることは間違っていないし、一旦落ち着いた方がいい」


「ザクスさんがそう言うなら落ち着くことにします」


 俺とザクスで対応が違くない?ザクスの方が強いし実績も信頼も上なのは理解できるけど、こうも露骨に態度に出されちゃおじさん悲しいな。ポジティブに捉えるなら距離感が近いから、ネガティブに捉えるなら何言っても大丈夫だろうと思ってるからってところだな。


 外壁の入場門から王宮まで一本道で繋がる大通りをファンタズマと横並びで歩きながら頭をフル回転させる。タイムリミットが迫っており、今更ながら捕まらないように悪足掻きを模索する。ウィンティよりも落ち着くべきは俺なのかもしれない。


「あっ、冒険者ギルドが見えてきましたよ!」


 ウィンティの死刑宣告にも似た言葉でこんがらがっていた頭が突然クリアになる。全てが終わってしまった時、人は何も考えられなくなると言うが、初めて実感した。


「ぼさっとしてないで早く入るぞ。貴重なものなら他の冒険者にも見えないようにする必要があるからな」


 思わず立ち止まり、棒立ちしている俺の横を追い越しながらザクスが呟くようにして言う。


「あぁ、久しぶりだったからつい、な」


 絞り出した言葉はその一言だけだった。真っ白な頭で吐き出した言葉はなんの解決にもならなかった。俺はファンタズマを冒険者ギルド裏の厩舎に預け、冒険者ギルドに入った。王都の冒険者ギルドは3階建てで1階は3等級までの冒険者が依頼の受注及び完了手続きを行う場所だ。2階は1、2等級の冒険者専用のカウンターがあり、3階にはギルド長や職員の執務室がある。


 1階は多くの冒険者が依頼を吟味し、どの依頼を受注するかや装備、魔物についての情報共有を行なっているためか、雑然とした雰囲気がある。

 ザクスが1等級のため、俺たちは2階へと上がる。2階に上がると1階とは打って変わって、静けさが広がっていた。ザクスは勝手知ったるギルドのためか、面食らってる俺を置いてウィンティと共にカウンターまで向かう。慌てて俺も後ろを追う。


「依頼完了の確認を頼む」


 ザクスが無愛想に受付嬢に言う。


「わかりました。貴重品の護衛依頼ですね。依頼者はお隣のお二人で間違いないですか?」


「はい、そうです」


 受付嬢の問いかけに落ち着き払ったウィンティが返事をする。さっきまで逸る気持ちを抑えきれてなかった人間とは思えない冷静さだ。


ウィンティが返答すると同時に小さな声で受付嬢はつぶやく。


「あなたがあのタルバさんですか……」


 一言、誰にも聞こえないような声で言うと、受付嬢は何もなかったかのように完了手続きを進める。


「それでは中身の確認を行います。中身の貴重品が預けたものと同一かウィンティ様、確認をお願いいたします」


 丁寧な物言いで内容物の確認が始まってしまった。一つ一つと偽鉱石を包む布が取り払われる。


「待った!」


 俺は最後の布が取り除かれる直前に勢いで止めた。俺の唐突な静止に受付嬢の手が止まる。


「どうしたんですか?タルバさん。急に大きな声を出すと驚いてしまいます」


「あ、あぁ。ごめん。ただ、その〜ちょっと待って欲しくて」


「何を待つんだ?中身を確認するだけだろう?」


 ウィンティの軽い注意を受けながら止めた理由を考える。もっともらしくて説得できるものを言わなければならない。ザクスの当然の質問に意を決して返答する。


「この鉱石は一度盗まれてる。それを俺が発見した。それは知ってるだろ?だから確認をするべきは俺だと思っただけだ。ウィンティももちろん、鉱石の特徴を知っているがこの中で最後に確認したのは俺だ。ウィンティには俺が見た鉱石の特徴を伝えているから俺は本物を知っている。そうだろ?」


 俺は早口で捲し立てるようにウィンティに伝える。この場でウィンティを説得できなければ受付嬢は規則に則って確認を行なってしまうからだ。逆にウィンティを説得出来れば俺が確認することを止めるものはいない。


「そうですね。確かにタルバさんからこの鉱石の特徴は伺っています。その特徴がまさに預けた鉱石唯一無二の特徴でした」


「そうだろ?ウィンティは一度襲撃に遭っているし、最後に確認したのはだいぶ前なんじゃないか?それに引き換え俺はつい先日確認したばかりだ。俺の方が特徴以外にも形状や大まかな大きさも覚えてる。俺が確認しちゃダメかな?」


 あくまでも下から許可をもらうようにして頼み込む。俺の方が正確に確認できることをやんわりと主張する。


「そうかもしれませんね。タルバさんにお任せした方がいいのかもしれません」


 ウィンティにとっては中身のジグライトが本物だったらいいのだ。本物をきちんと確認できれば誰が確認しようといいのだろう。逆に本物であることを裏付けられないことが問題だ。


「ここまできて本物じゃなかったら大問題になってしまう。ウィンティとしてはそれは良くないだろ。ウィンティが確認し、勘違いでもしてしまえば今回護衛依頼を受けたザクスや冒険者ギルドが疑われてしまう。俺がやってもいいか?」


 最後の一押しは罪悪感を感じるように誘導する。ウィンティとザクスは今朝よりもだいぶ仲良くなった。だからこそ、その人間に疑いの目が向けられることを良しとはしないだろう。

 それに人間とは責任を逃れたい生き物なのだ。国の偉い人間はメリットだけを享受し、デメリットを押し付ける。ウィンティがそこまで酷いとは思わないが、逃げ道があれば安心して使ってしまうものだ。


「じゃあタルバさんにお任せします」


 その一言で俺の心は万雷の拍手喝采が巻き起こる。鬨の声を叫びたいほどの歓喜が喉元まで込み上げる。大挙して押し寄せる感情を心の奥底に封じ込めて、表面上は平静を装う。


「わかった。今回の品は貴重品だ。それもかなり高価な。だから別室で確認してもいいか?」


「そちらのウィンティ様がよろしいのでしたら、冒険者ギルドと致しましては問題ありません」


 ウィンティの目に触れない様にしながら、現物を確認するふりをしなければならない。だが、ここまで説得出来ているのだから否はないだろう。


「それで構いません。タルバさん、お願いしますね」


「わかってるって。じゃあ確認作業に移ろう。ウィンティとザクスはちょっと待っててくれ」


 そう告げると受付嬢に案内されたカウンター横のドアから別室へと通される。途中から口を挟むべきではないと判断したザクスと俺に全てを託してくれたウィンティを尻目に入ったことのない部屋へと進む。


 部屋に入るとシンプルながらも格式の高さを保持するソファー、テーブルが目に入る。テーブルを挟む形でソファーが二脚置かれている。天井には魔石交換型の照明があり、床には絨毯、壁は濃い緑色で統一されている。

 信頼を裏切りことはこんなにも心苦しいのかと実感する。それにウィンティは貴族だからバレたら処罰を受けることは免れない。


 以前追い詰められた劣勢であることを再確認しながら、受付嬢が幾重にも重なる布を引き剥がしていく。とりあえず中身に問題ないと言うだけの簡単なお仕事だ。

 最後の一枚がひらりと広がった時、偽鉱石が顕になる。顕になるはずだった。


 テーブルの上に姿を表したものは俺がすり替えた偽鉱石ではなく、真っ白い石に黒い線が一筋、中央付近に入った鉱石の様なものだった。ジグライトとは真逆の色を持つ鉱石。

 俺の脳内は疑問符で埋め尽くされた。現実を理解できない。俺がすり替えた鉱石がさらにすり替えられたのか?。


「それではタルバさん、確認をお願いします。こちらの鉱石でお間違い無いでしょうか?」


 受付嬢の言葉にはっと我に帰る。思考停止してしまっているため、何をいえばいいかわからない。うまく言葉を形容できず、口をパクパクと動かす。


「どうかなさいましたか?」


「えっ、いえっ!なんでもないです!問題ありません!!」


 口をついて出た言葉は当初の予定通りの言葉だった。よく考えればタルバのすり替えた偽鉱石ではないのだから、ジグライトではないと言えばよかったのだ。このことを俺は数時間後、後悔することになる。


「そうですか。特に手に取って確認されなくても大丈夫でしょうか。一応見るだけでなく手に取って確認していただくほうが確実ですので」


「あ、はい。では持たせてもらいますね」


 俺は長方形のテーブル上に置かれている未知の鉱石を手に取った。直接触れて何かあっても困るから包んでいた布越しに両手で持ち上げる。


 大きさは両手に収まる程度でこの点はジグライト、俺がすり替えた偽鉱石と同一だ。異なる点はこの見かけ。眼前にまで持ってくると若干くすみがあるが、白く中央に黒い線が一本入っている。クリスタルの原石のように角ばっており、底は平で上に行くほど尖っている。ぐるっと回してみたがそれ以外に特徴らしいものがない。


「いってぇ……」


 新しく出現したもう一つの偽鉱石をぐるぐると回しながらまじまじと見てていたら指を切ってしまった。人差し指から微量の血が流れる。滴る血が新偽鉱石に付着する。白い鉱石が赤く染まりだした。黒い線を挟んだ片側が赤く変色してしまった。幸い、変色した側は受付嬢に見られていないため、まだばれていない。


「も、もう大丈夫だ。中身の確認は済んだ。鉱石はこのまま受け取ってしまっても大丈夫ですか」


「いえ、一旦返してもらい、こちらからウィンティ様にお渡しします。疑うわけではありませんが、規則ですのでご了承ください」


「そうですよね。わかりました」


 俺は自発的に布で鉱石を丁重に包み、受付嬢に返却する。血の量は大したことないが、自分でも明らかに偽物であるとわかるものを本物であると保証してしまった。さらにその新偽鉱石はなにかもわからないのに色が変色してしまった。ジグライトとは似て非なるものだ。嘘に嘘を重ねていたら信じがたい真実に直面した。


 正直言って今の状況は詰んだといっても差し支えないだろう。たとえ俺がすり替えた鉱石じゃなく、さらにすり替えられたんだといったところで、一度盗んだ人間の言葉をどこまで信じてもらえるのだろうか。

 信頼は積み重ねだ。冒険者の依頼数と同じように今まで培った実績が信頼を作り上げる。俺が積み上げたものは多重構造の嘘の塔だ。小さな嘘を支えるために大きな嘘がせり上がり、ピラミッドを形成している。


 重層化した嘘の一枚が真実だったとしても誰がこんな虚飾で塗り固められた真実の主張を鵜呑みにするのか。

 勝負ごとにおいて可能性が残されている以上諦めないと食らいつく人間がいる。しかし勝負というのは最後に1勝したところで今までの全ての決着を覆せるものでない。どこかで必ず勝てないと思う瞬間が訪れる。そう悟ったときから勝負が終わるまでは負けると決まっても足掻くしか選択できない。恥の上塗りの時間だ。


 俺はてきぱきと作業を進める受付嬢を遠い目をしながら見つめた。手早く確認作業を済ませる受付嬢とは対照的に俺はちんたら外へと歩き出す。罪を犯した人間とはこのような胸中なのだろうか。


「確認作業はタルバ様によって完了いたしました。実際に物を直接手に取って確認していただきましたので冒険者ギルドは本物と判断いたします。ではこれにてザクス様の依頼を完了させていただきます。お疲れ様でした」


「これで依頼は完了だ。短い間だったがありがとう」


「いえいえ。こちらこそ、1等級のザクスさんに依頼を受けていただけてありがたかったです」


「それにタルバ。あんたには色々と世話になった。つまらない手続きを済ませたらすぐ旅についていくから、ちょっと待っててくれ」


「本気だったのか。あんまり俺と行くことに固執しないで気が向くままに行くといいぞ」


「すぐに出発するのか?」


「いや、3日くらい滞在するつもりだ。大通りに面している〈星明り〉という宿屋に泊まるつもりだ。だが場合によってはすぐに出発すると思ってくれ」


「わかった。〈星明り〉だな」


「じゃあこれで俺とウィンティもお別れだな。変な出会い方をしたが楽しかったよ。ありがとな」


「いえ、こちらこそ危ないところを助けていただいたので大変感謝しています。ありがとうございました。それでは、またいつか」


「あぁ、じゃあな」


 こうして俺たちは解散した。俺は先ほど言った通り、宿屋〈星明り〉へと向かう。


 冒険者ギルドにほど近い〈星明り〉ではあるが、冒険者が連泊するには地味に高い。サービスの質や内容的に商人や小金持ちの客層をイメージしていると思われる。

 今回の俺は3日程度しか滞在しないため、いつもは使わないけれど確実に泊まることができそうな〈星明り〉を選んだ。〈星明り〉に入り、受付で宿泊の手続きを済ませ部屋で落ち着く。

 〈星明り〉には厩舎がないため、冒険者ギルドの厩舎にファンタズマは預けたままだ。正直宿屋の厩舎に預けるにしてはファンタズマの外見は恐ろしい。その点冒険者ギルドであれば馬型の魔物としてきちんと見てくれるからありがたい。


 ベッドに寝転がってこれから3日間に自分の運命を分かつ行動を決める。前提として布に包まれた新偽鉱石を見られれば俺は罪人として裁かれる。ウィンティや魔法学院の人たちが中身を直接確認しないことを祈るしかない。

 魔法学院に保管されることは確実だ。どこに保管されるのか不明ではあるが、潜入するしかない。魔法学院には師匠の縁で何度も入ったことがあるから入れれば問題ない。そう思えばもう運任せにするしかないのではないか?。


 計画を練ったところでなるようにしかならない。割り切ってしまえば不思議と腹が減ってくる。それに銭湯にも行きたい。身を清め、腹を満たし、満を持して突入しよう。決行は明日の夜だ。日中に周辺の下見を行い、あとは今まで培った冒険者としてのスキルをフル活用するだけだ。

 人生何があるかわからない。明日の俺はどうなることやら。


 まるで他人事のようにタルバは考えることをやめて飯と銭湯に向かった。


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