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一話 前世

 一話は壮絶な前世です。次のお話からは平和な世界になります。

 青かった空など、いつ見たのが最後であっただろうか。


 生温い風が頬を撫でていく。まるで黒い墨で塗りつぶしたように黒く厚い雲で覆われた空に、時折走る稲光が、地上を照らす。空から降る雨は、まるで赤い血のようだった。


 そんな雨をローブの袖で拭う。ねっとりと張り付く様な嫌な感覚にも、もう慣れた。


 一緒に戦っていた、仲間と呼んでいた者達は、一人、また一人と儚くなっていく。


 それでも、私は、足を止めることなく戦い続けなくてはいけなかった。


『・・ごめん・・・先に・・逝く。』


『頼む・・』


『死にたく・・・・ない・・』


『ははっ・・ここでおしまいかぁ・・・ありがとうな・・』


 仲間との別れの言葉が、頭の中をぐるぐるとまるで渦になっているかのようにずっとこびりつき、むしろ自分も彼らの元へと早く逝きたいと願ってしまう。


 けれど、それでも、まだ、逝けない。


「はぁ。・・ルティ。これが最後の戦いだな。」


「そうね。」


 彼の背を追って進みながら、何度も、自分の想いを口にしようと思った。


 死ぬ前に、せめて、想いだけでも伝えようと。


 けれど、進めば進むほどに、失っていくものが多すぎて、口を開けることが出来なくなった。


 雨はやみ、今は暗雲の中で雷がくすぶるようにゴロゴロと音を響かせている。そんな中、共に立つのは黒髪の青年、彼ただ一人だけだった。


 いつもけだるげにため息をつくのが癖で、動く前には必ずそのアクションが入るものだから、仲間同士でお前は究極の面倒くさがりだなといつも言われていた。そんな彼と、私だけしか、ここにはたどり着けなかった。


「アベル。さっさと勝って・・皆を叱りに逝かないとね。」


「ふっ・・・そうだな。俺達二人にだけ・・こんな大変な役目を残して逝きやがってって・・な。」


 生き残ることは、難しいだろう。だから、想いを伝えるなら、これが最後のタイミング。


「あ、アベル。」


「ルティ。どうした?」


 アベルの青く澄んだ空のような瞳が私を写し、こちらを伺う。


 心臓がドクドクとして、顔が熱くなる。


「わっ、私・・その・・うん。頑張るから!」


「ふっ。何だそれ。うん。頑張ろう。」


 私は、結局何も言えなかった。


 けど、アベルの笑った顔が見れて良かった。



 地面が裂け、赤黒い炎が燃え上がる。火柱のように、どこまでもどこまで空へと延びていくその炎の中に一つの影が見えた。


 広がる暗雲から雷が落ち、地面を黒く焦がしていく。命という命が、その暗闇に飲み込まれ、命を吸い取られていく。


 空には真っ赤な血に染まった魔獣が、楽しげに口元を歪めて咆哮を上げる。


「人間が・・・よく来たものだ・・・」


 頭の中に、歪な声が響き、そして私達と対峙する。


「えぇ。はるばる、貴方を倒しにきたの。」


「さぁ、手合わせ願おうか?」


「ふふふ。愚かな人間だ。我と戦う気か?・・いいだろう・・相手をしてやろう!」


 一瞬にして地面が泥のように泥濘はじめ、私の魔法で体を宙へと浮かす。アベルは剣を構え、私は杖を構えると戦いは始まった。


 私は魔法を、アベルは剣を駆使して闘う。今ではもう、中距離でサポートをしてくれていた仲間も、怪我を癒してくれていた仲間もいない。


 たった、二人対一匹の戦い。


 どれくらいの間、戦い続けたのだろうか。暗闇がずっと続いているから、時間の感覚がおかしくなる。


 何時間、いや、おそらくは何日間か。


 無尽蔵だと思われた私の魔力は、間もなく尽きるだろう。魔力の限界を感じるのは初めてで、頭がクラクラとする。


 魔法を使うのを止めたいと思うのは初めてのことだった。


 けれど、止めれば私達の敗北が決まる。


 決断しなければならない。


 私は覚悟を決めると、全ての魔力を、アベルへと集中させる。


「アベル!・・・頼んだわよ!」


「なっ!?・・ルティ!?」


 私は自分にかけていた全ての魔法を解き、その分に使っていた魔力を全て、アベルを守る魔法へと変換する。これであと数十分は持つはずだ。


 宙に浮いていた私の体は、ゆっくりと加速しながら地上へと落ちていく。


 アベルは敵と対峙し、剣を振り上げる。


 アベルの剣と、魔獣の牙がぶつかる。そして、アベルが最後の力を振り絞って、一刀を浴びせた瞬間、魔獣の雄叫びが響き渡り、そしてその体が砕けていく。


 魔獣の首は体から飛ばされ、宙を舞った。


「ぎゃぁぁぁっぁぁっぁぁぁ」


 私はその姿を、まるでスローモーションのように見つめながら、地面へと落ちていった。


「や・・・った・・・」


 アベルが私を振り返る。恐怖に歪んだ、悲しみの瞳を私に向けて、手を伸ばしてくる。


 私の体が、地面にぶつかるという瞬間、アベルが残っていた魔力を使い、私の手を掴んだ。


 体が重い。恐らく右目はもうダメだろう。つぶれてしまっていて、感覚がない。


「ルティ!ルティ!」


「あ・・ベル。やったわね。」


 アベルが私のかけた魔法の魔力を、私へと返そうとする。


 その時だった。


「え・・・・」


 アベルの脇腹に魔獣が食らい付き、鮮血が舞う。


「くっ!!」


 大剣でアベルは魔獣の顔を真っ二つに切る。


 生暖かな、アベルの血が、私の体に飛び散り、私は、倒れてきたアベルの体を抱きしめた。


「ア・・ベル?」


「・・人間の・・・分際で・・・・・あぁ・・いま・・・わしい・・・・我がやぶれると・・は・・」


 首一つになっても、くらいついてきた魔獣のその顔は歪み、まるで炎に焼かれるように、ゆっくりと灰になって消えていった。


 私は、アベルの体を、抱きしめる。


 あぁ、何度となく経験してきた、別れが、またやってきてしまった。


「あ・・・・べ・・るぅぅぅ・・・」


 涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしながら、アベルの体を抱きしめる。生暖かな血が、私の体を濡らしていく。


「・・は・・はは・・ルティ。最後に・・俺が先に逝くことになった・・・ごめんな・・」


「アベル・・嫌だ・・嫌だよ。」


 最後の一人だ。


 最後のたった一人の仲間が、先に逝こうとしている。私を、置き去りにして。


 嫌だ。嫌だ。嫌だ。


 まだ、何も貴方に言えていない。


 まだ、何も、貴方に想いを伝えていない。


「ルティを・・残して逝くなんて・・・ごめんな。」


「アベル。待って。私、貴方に伝えたいことがあるの。」


 必死になってすがり付く。けれど、貴方の体から熱が奪われていくのが、分かる。


「ルティ?ルティ?はぁ。もう、目が見えない。耳が、聞こえない。あー。最後にルティの声、ちゃんと聞きたかったのに。」


「アベル?聞こえない?見えないの?」


 声さえ、姿さえ、貴方の最後に残れないの?


「ルティ。・・せめて、君だけでも幸せになって。」


 ポタポタと涙が溢れ落ちる。


 幸せになんて、なれるわけがない。


 貴方がいないのに、どうやって幸せになれっていうの?


 伝えたい想いすら、もう貴方には届かない。


 神様はいじわるだ。こんなに私もアベルも必死になって戦って、生きてきたのに、ほんの少しだってご褒美をくれない。


「・・泣いてるのか?ごめんな。ごめ・・」


 瞳から、生が抜け落ちていく。


 必死にしがみついても、もう、帰ってこない。


 最後の別れの時間すら、ゆっくりは訪れてくれない。


「・・アベル・・アベル・・待って・・待ってよ。逝かないで。逝かないでよぉぉぉぉお・・・・・一人に・・一人にしないで・・・」


 何度叫んだって、何度呼んだって、戻ってこないことは知っているのに。


 嗚咽を繰り返し、何度も名前を呼んでしまう。


 私は、一人だ。


 もう、誰もいない。



 空が、ゆっくりと晴れていく。


 久しぶりに見た青く澄んだ空が、酷く、眩しく見えた。

読んで下さりありがとうございます!評価やブクマをいただけると、やる気に繋がりますのでよろしくお願いします!

 アイリス大賞8に応募することにしました。応援していただけると嬉しいです。

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