開幕式
――学区祭の開幕式。
その会場となっている、学区の中心である駅前の広場にて、多くの人々が期待と興奮を表情に浮かべ、その時を今か今かと待っていた。
学生達のみならず、大人達も多数混ざっており、立ち上る熱意と熱気のうねりで、この場所の温度が他所より一度も二度も高いような錯覚すら受ける。
そんな中、セイリシア魔装学園の生徒会長、レーネ=エリアルは用意された壇上の上で、開幕の儀を執り行っていた。
「――皆さん、是非この祭りを楽しんでください! それではここに、第五十三回、学区祭の開幕を宣言します!」
笑顔で彼女が言葉を締め括ると同時、派手に花火が空へと打ち上がり、広場の皆から歓声があがる。
きっとその歓声は、この場だけでなく、学区全体で鳴り響いたことだろう。
すぐにそれぞれが動き出し、早くも客引きの声などが多く聞こえ始め、無事に学区祭が始まったことに、レーネは内心でちょっとだけホッとしながら、壇上から降りる。
「お疲れ様です、レーネ先輩」
「お疲れ、エイリちゃん。ようやく始まったわね、学区祭」
彼女へと声を掛けるのは、中等部の後輩である、エイリ=セイローン。
家の付き合いがあり、幼い頃から顔見知りである二人は、互いを姉妹のようなものと思っているくらいには仲が良かった。
今でこそ「先輩・後輩」として互いを扱っているし、そのように呼んでいるが、感覚としてはもはや身内同士――いや、実際親戚筋であるため、家族と言ってしまってもいいだろう。
それくらいには、気心の知れた二人であった。
「エイリちゃんも、この学区祭が終わったら生徒会長は終わりねぇ。どう、感慨深い?」
「いやぁ、どちらかと言えば、面倒なことがようやく終わるなって感じですね。先輩が相手だから言っちゃいますけど、私としては正直好きでやってた訳でもないですから」
「あはは、そう言えばあなた、家の都合でそういう役職をやらされるの、嫌がってたものね」
自身の後輩が、望んで生徒会長をやっている訳ではないということは、よく知っている。
レーネもまた似たような立場であるため、エイリの思いは共感出来ることが多いのだ。
「先輩の方はどうです? 私と同じで、今回の学区祭が終われば生徒会長は次代に移るんですよね?」
「んー、そうね。やっぱりあなたと一緒で、ようやく終わるって感じねぇ」
レーネもまた、エイリと同じく学区祭の後に生徒会長の任期が終了し、次へと移ることになっている。
すでに生徒会長選挙も終了しており、次の生徒会長も決まっていたりする。
少し寂しい気持ちがあることはあるが、ただ、やはり肩の荷が下りて楽になれそうだ、という思いの方が強かった。
「っと、そうそう、前にちょっと話してたことなんだけど……今日の午後、ユウヒ君――って、覚えてる?」
「はい、勿論です。あの面白先輩ですね」
「フフ、そうね、面白い子なのは間違いないわね。彼がメイドさんとして午後から接客するそうだから、それを冷やかしに、もとい接客してもらいに行こうと思ってるんだけれど、あなたも来る?」
「行きます行きます! 彼のメイド姿がどんなことになっているのか、これはもう見なきゃ損ですよ。恥ずかしがっているところを、さらに恥ずかしがらせたいです」
「おっと、趣味が合うわね。流石私の親戚」
ある少年にとって、不幸な未来の予定を二人が語っていた――その時。
一人の初老の男が、彼女らへと小走りで近付いてくる。
「お嬢様、ご歓談中失礼致します」
それは、レーネの護衛達のまとめ役を行っている男であった。
「……ドーソン? どうしたの?」
外に出る時は、ほぼ常に付き従っている彼に対し、レーネは少し不安げな表情で問い掛ける。
彼は護衛であるが、しかしレーネは友人がいるような場で、自身が護衛を付き従えさせている様子を見られるのを嫌がっており、故にこういう一目があるところでは普段、彼は決して干渉してこない。
にもかかわらず、こうして話を遮ってまで、声を掛けてきた。
わかりやすい、緊急事態の合図である。
「何か、不明な魔力が検出されております。万が一があります故、すぐにこの場から退避を」
その瞬間、彼女の脳裏に過ぎるのは、学園で見つかった人骨装置。
あの件は、あれ以来何も捜査が進展しておらず、警戒を強めるだけの対応に留まっていたが……。
「……わかりました。一般の方の避難は?」
「すでに警察に連絡を入れており、彼らが周囲警戒と簡単な人払いをしてくれることになっております」
すでに動いてくれている、という事実に少しだけ安堵し、彼女はコクリと頷いて不安げな顔をしている後輩へと声を掛ける。
「エイリちゃん、一緒に行きましょう。あなたの護衛も、共に。この場にいる知り合いの学生の子達には、なるべく穏便に、けれどすぐにここから離れるように連絡を」
「……はい、わかりました」
彼女らは護衛に囲まれながら、即座にその場を後にする。
幸い、不明な魔力の出所は、広場に無造作に置かれていた魔道具であったことがすぐに発覚。
魔力バッテリーの魔力を、空中へと放出するためだけの装置。
言ってしまえば、何の意味もない――いや、警戒を集めるだけのその魔道具を、だが何の目的で、誰が置いたのかまでは、未だわかっていない。
* * *
風紀委員は、彼らがそれとわかるように、全員腕に腕章を付けている。
と言っても、その腕章はセイリシア魔装学園の者達のみならず、学区祭を運営する裏方スタッフの全員が付けているものだ。
風紀委員は学区祭の運営に関わっている訳ではないが、ただ何かあった時に対応する要員としてカウントされているため、学区祭スタッフ用の腕章が与えられているのである。
本当に数多の人で溢れ返るこの期間、彼らの仕事は膨大な量となるが――メイド仮面ユウヒの動きは、迅速であった。
ある時は、学生達を相手に。
「あ、メイドさんだ! 一緒に写真撮ってください!」
「えぇ、構いませんよ。では、このような感じの、メイドらしいポーズを共にどうでしょうか?」
「わっ、綺麗!」
ある時は、困った様子の子供を相手に。
「あのねあのね、メイドさん……クマさん、落としちゃって……」
「なるほど、お嬢様。では、私と一緒に探しましょう」
「ありがと! 私も、おっきくなったら、お姉さんみたいなメイドさんになりたい!」
「ありがとうございます、メイド冥利に尽きる言葉です」
ある時は、道に迷った老夫婦を相手に。
「すみませんねぇ、ここがどこかもわからなくなってしまって……」
「思っていた以上、敷地が広くて……」
「えぇ、わかります。広さに関しては、私達も同じように思う毎日ですよ。私自身、この中で迷ったこともありますから」
ある時は、祭りでテンションが上がってしまった馬鹿な男を相手に。
「へへ、可愛いメイドさんじゃん。いい尻して――ギッ!?」
「失せろ、脳味噌の足りないゴミが。このまま折られたいか? ん? それとも警察を呼ばれたいか? 私としてはどちらでもいいぞ」
後ろからユウヒの尻を触った男が、腹部に鋭い肘打ちを食らい、身体がくの字に曲がったところで腕を取られ、地面に引き倒される。
この一瞬で完全に腕をキメられており、彼女――いや、彼がその気になれば、そのままボキッとへし折ることも可能だろう。
多分、相当痛いはずだ。
共に見回りを行っているアルヴァンとキルゲは、彼女、いや彼の一連の早業に周囲の者達が思わず拍手している様子を見て、苦笑いを溢す。
もうずっと、二人は苦笑いしっ放しである。
「……どうしたんだろうな、ユウヒは」
「……ストレスでおかしくなったんじゃないのか?」
一面では真実を言っているキルゲであった。