学区祭準備《1》
「――報告を」
セイリシア魔装学園、その理事長であるファーガスの言葉に、ガルグはここまでの調査結果を報告する。
「ハッ。学園内の警戒システムに引っ掛かった者はゼロ。魔力探知などを続けてはおりますが、特に異常は見つかっておりません。人骨を用いた洗脳装置の方も調べてみましたが、記述されていた術式に類似するものは存在しておらず、恐らく新たに開発されたものかと思われます」
「……厄介だな。装置に書かれた術式はともかく、この学園の警戒網に引っ掛かっておらんということは、敵が相当優秀なのか、学内の者の犯行なのか。後者の場合、すでに洗脳されている可能性がある訳か」
それは生徒か、それとも教師か。
ただ敵が這入り込んだというよりも、その場合の方が圧倒的に厄介である。
元々学園に所属する者であるならば、自由に振舞えるのだから。
「……洗脳状態ならば、どれだけ平静に装っていても様子がおかしくなるものだと聞いている。魔力の循環の状態もおかしくなっているはずだが、どうだ」
「教師陣に生徒、及び互いを確認させていますが、今のところは。ですが、徹底させましょう」
コクリと頷き、理事長は言葉を続ける。
「外国勢力の動きは」
「特にないようです。侵入に気付けていない、という可能性も無論ありますが、例の一件があってから、国境警備隊は鬼のように働いています。そこまで無能ではないと信じたいところですが……」
学園魔導対抗戦にて、外国勢力の国内への侵入、しかも飛行戦艦などというものの侵入を許し、あまつさえそれを取り逃がしてしまったこともあり、国境警備隊の不甲斐なさを批判する声は官民問わず多く噴出していた。
故に、彼らはその汚名を晴らさんと、いつもよりも厳しい警備体制を敷いているのだ。
「ふむ、となると、ひとまずそちらは考えずとも良いか。……あの小僧は、何か言っていたか?」
理事長はただ「あの小僧」とだけ言ったが、しかしガルグはそれが誰なのかを問い返さずとも理解し、応える。
「恐らく、次があるだろうと。今回のこれは、デモンストレーションに過ぎないのではないか、という意見でした。私も、同じように思います。あのような中途半端な細工だけをして終わりとは、到底考えられません」
彼の言葉に、理事長はしばし押し黙って何事かを思案した後、口を開く。
「……わかった。対抗戦に続き、学区祭まで潰されるようなことがあってはならん。厳に警戒を」
「ハッ、畏まりました」
そうして話が一段落したところで、ふと理事長は、ニヤリと笑みを浮かべる。
「……それにしても、お前は今年、随分と忙しそうだな。もうすでに、去年の倍は働いているのではないか?」
「……えぇ、体感としては、それくらいかと。正直、給料以上に仕事をしていると申したいところですな」
「クク、いいぞ、ならば昇給は考えておいてやる。その分働いてもらうことになるが」
「おっと、藪蛇でしたかな」
* * *
その後、洗脳に関する調査は、進展しなかった。
学園もまた、警察機関を通して何かしらの捜査を始めてはいるようだが……まあ、一学生である俺達にその情報が伝えられる訳もなく。
悩ましいものだが、それでも学区祭の準備は進められていく。
「うーし、こんなんでどうよ」
学園の調理室にて、俺は出来上がった料理を友人達、ラルとネイアの前に置く。
作ったのは、トッピングを変えた、幾つかのパンケーキのデザート。
二人はナイフとフォークを手に取ると、各々食べ始め――。
「……ねえ、ちょっと、多分私よりも料理上手いんだけど。ただのパンケーキのはずなのに、なんでこんなに美味しく感じるのかしら……」
「……ユウヒ、おめー、いったいどこを目指してるんだ? 狂戦士のクセに料理上手とか、もう何の需要を狙ってんのかわかんねーぞ」
知らんがな。
あと、お前の中で俺の一番に来るところは、狂戦士なのな。
「お、なら俺、今から裏方にでも――」
「それはもう無理」
そっすよね。
言ってみただけです。
「ま、こんな感じでどうだ? 一応簡単なレシピは書いておくが、これくらいなら手順さえ覚えれば簡単に作れると思うぞ」
「ありがとう、助かるわ」
女装男装喫茶、なんて変なものをやる我がクラスだが、一応喫茶店ではある訳なので、当然料理も出すことになる。
ただ、食品関係は食中毒の問題で許可されているものが少なく、ウチのクラスではパンケーキとコーヒー、紅茶のみをメニューとして用意することに決まった。
学生が作るもの故、どうしても基準が厳しくなってしまうのは、仕方ないのだろう。
救急車を呼ぶ事態にでもなってしまったら、大事だしな。
だからこそと言うべきか、幾つかパンケーキのトッピングを変えることでメニューの多様性を確保しようということになり、その研究をこうして行っているのだ。
言わば、試食会、といったところか。
俺が協力しているのは、まあ、料理には多少だが覚えがあるからな。
試食をしているのが二人なのは、ネイアが料理の裏方の担当になっているからだ。
ラルの方は、別に何かそういう役割がある訳ではなく、ぶっちゃけ飯に釣られただけの、ただのおまけである。
「ゆー、まいにちごはん、おいしい」
と、一緒に試食会に参加している千生が、満足そうな様子で食べながら、そう言う。
「へぇ、ユウヒ、毎日ご飯作ってるの?」
「毎日っつっても、交代で――い、いや、何でもねぇ」
「……交代? 毎日のご飯を?」
「……こ、こっちに来る前は親と交代で作ってたんだ。今はほとんど自分で作ってるぞ」
危ねぇ……余計なことまで話すところだった。
この二人が相手ならば、フィルとシオルと共に暮らしていることを、どうしても隠さないといけないと思っている訳ではないが……わざわざ、自分から言い触らすことでもないだろう。
「ふぅん……? そう、親とね」
「そうか、そういやユウヒって、今は親元から離れて一人暮らしだっつー話だったな。そりゃあ料理も上手くなるってもんか」
意味ありげにニヤリと笑みを浮かべるネイアと、逆に何にも疑った様子もなくそう言うラル。
…………。
俺はオホンと咳払いし、言葉を続ける。
「と、とにかく、言ってくれりゃあ、味はまだ増やせると思うぞ。あとラル、お前特に何にもねぇクセに食ってんだから、そのアイデア出しくらいはしろよ」
「おっと、悪いな、そろそろ俺は部活の時間――」
そう言って逃げようとするラルの肩を、ネイアがガシッと掴む。
「逃がさないわよ? この試食用の材料費もタダじゃないんだから、食べた分働きなさい」
「……クッ、試食の響きに釣られたのが運の尽きだったか」
「いや、そんな大げさなもんじゃねーだろ……味の感想でも言ってくれりゃあいいよ」
「美味かった」
「ネイア、俺らが連れて来た奴、失敗だったな」
「そうね、いらなかったわね、コイツ」
「お前ら酷いな!?」