閑話:帰省《2》
「ハァ……疲れた。精神的に。いったい俺が何をしたってんだ」
大分戸惑ってはいたが、色々ぼかしながらも事情説明を終え、現在。
俺達は我が家を出て、シオルにレイベーク地方を案内するため、散歩に出ていた。
「いや、僕が知っている限りでも、色々していると思うけど」
「……えぇ、色々はしてもらったと思うわ」
「…………」
……そうかもしれないが。
ちなみに今、共にいるのはフィルとシオルだけで、千生はリュニと共に遊んでいる。
ブレスレットを持っているのも、千生自身だ。
擬人化した自身の腕に嵌めているのだ。
誤魔化すように一つオホンと咳払いした俺は、言葉を続ける。
「それじゃあ、シオル。是非とも我が領――って言い方はダメだったな。ウチの地元を案内しよう。見てくれ、自然豊かなこの大地を。綺麗だろう? 他に何にもないが」
「道と、田んぼと、森と、太陽。綺麗でしょ? 他に何にもないけど」
広がる畑や田んぼに、ポツポツと立っている民家。
陽光が緑を照らし、田んぼ用に引かれている川がキラキラと輝いているが、あるのはそれだけ。
魔導列車が止まる駅前の方に行けば、それなりに人もおり商店街も広がっているのだが……まあ、セイリシアとは比べるべくもない。
昔はこちらの世界の発展具合を知らなかったので、どこもこんなもんなのかと思っていたが、実際はド田舎だった訳だ。
我が家とか、結構な豪邸であることは確かなのだが、それは「貴族家だから」というより、もっと単純に「土地が有り余ってて安いから」という理由の方が正解なのだということを今は知っている。
そんな俺達の言い様に、シオルは笑って答える。
「フフ、でも、良い景色だと思うわ。私の故郷はほとんど何もない、雪の白と曇り空の灰色だけだったから」
「ルシアニアは雪国だったか。けど、雪は雪で綺麗だと思うんだが……ま、住んでる当人からすれば、色々不便な面が見えるってことか」
「あー、それはそうだろうね。と言っても僕、実はこの辺りの風景は結構好きなんだけども。時間がゆっくり流れているような感じがしてさ」
「その感覚は……わかる気がするわ。セイリシアは人が多くて賑やかだけれど、ちょっと忙しないもの」
「そうそう。子供でも持つ歳になったら、こういうところで育てたいよね。……あ、そ、その……ごめん、何でもない」
恐らく、本当に他意もなくそう言ったのだろうが、かぁっと顔を赤くして押し黙るフィル。
……その誤魔化しがなかったら、「そうだな」で軽く流せたんだが。
「…………」
「…………」
「…………」
沈黙。
「……その、何だ。俺もそう思うぞ」
「うるさい」
フィルは、ベシ、と俺の肩を押すように叩いた。
シオルもまた、フィルと同じくらい顔を赤くし、明後日の方向を向いていた。
* * *
知ってはいた。
知ってはいたが……自身の息子は、想像以上に破天荒だったらしい。
「全く……ユウヒは大成するだろうと常々思っていたが、流石に豪気が過ぎるぞ」
「それに関しては、私も同感だ」
やさぐれたようにワインを呷る親友、デゴルトに付き合い、自身もまたグラスにワインを注ぐ。
昼間から酒とは、いつもなら互いの妻にしかめっ面をされるところだが、今日ばかりは家内も彼の妻も何も言わず、笑って見過ごしてくれた。
こういう時は、やはり男よりも女性の方が強いのだろう。
思えば、今日場を治めたのも自身の家内だった。
親友の酒に付き合いながら、息子達のことを考える。
――最初に驚かされたのは、やはり、脅威度『Ⅹ』の魔物に遭遇し、それを討伐したという報告だろう。
一瞬固まったが、まあ息子なら無理ではないかと、妙に納得したのを覚えている。
ユウヒが戦闘技術に非常に優れているというのは、昔からよく知っていた。
齢十にして、目の前の親友が剣術にて完全に敵わなくなっており、将来が末恐ろしいやら、楽しみやらと思ったものである。
デゴルトは、この時代にあって剣の技のみでのし上がった天才だ。
彼の実力は、長い付き合いであるため身に染みてよく知っており、だからこそ息子がその年齢で親友を倒した時には驚いたし、レヴィアタンを倒したという話を聞いた際、唖然とはしても納得は出来たのだ。
加えて、自身もそれなりに魔法に関して学んできたため、息子の魔力総量と魔力操作の技量が、他には類を見ないレベルで卓越していることはよくわかっている。
本人はイルジオン以外に全く興味を示さなかったため、特に大会などに出たことはなかったが、きっとそういうものに出ていれば良い結果を――いや、実際一年生でありながら『学園魔導対抗戦』という晴れ舞台に立ち、新人戦で優勝、その競技における最速のタイムを出したのだったか。
しかも、ニュースで繰り返し報道されていたテロリストの襲撃においては、本人達が教えてくれなかったため詳しくは知らないのだが、何か大きな活躍をしたらしく、国から褒美を賜ることになっているそうだ。
息子は「ブレイク・スティープルチェイス最速の男になったぜ!」なんて言っていたのだが、いや、聞きたいのはそこじゃないと思ったものである。
彼と本当にずっと一緒にいるフィルネリアちゃんもまた、息子と同じくらいには才能豊かな少女であり、故にお似合いの二人だと思っていたのだが……そこに来て、あの鬼族の少女と、剣の精霊だという幼女である。
妻が言ったように、本人達の間で納得しているのならば何も口を挟まないでおくが、これがたった半年足らずで起きたことだと言うのだから、恐れ入る。
きっと、息子はそういう星の下に生まれたのだろう。
それだけ色々と巻き込まれているのを見ると、親としては当然心配に思う心があるものの、ただユウヒが非常に芯の強い子であり、男として何が重要なのかをわかっていることは、よく知っている。
だから、心配はしても、何も言いはしない。
何か良くないことや、大変なことがあっても、自らでどうにか出来るだろうと信じているからだ。
……まあ、「娘」を持つ身である親友の方は、そうは行かないのかもしれないが。
リュニがそういう年頃になったら、恐らく自分も同じように悩むことになるのだろう。
「あの様子からして、ただの学生の軽い恋愛ではなく、相当複雑な事情があるのだろうことはわかるが……アルジオ、お前がしっかり教育しないからこうなるんだぞ!」
すでに相当酔いが回っているらしく、赤ら顔の友。
「それは否定出来ん部分もあるがなぁ。ユウヒは手の掛からん子供だったから、かなり放任していた面はある」
「……そうだな。長男であった故か、ユウヒは昔から面倒見が良かった。そういうところが発揮された結果なのかもしれないが……だが、フィルと良い仲になっておきながら、さらに他に女を作るとは、許されん!」
「あぁ、フィルちゃんの気立ての良さに、ユウヒは感謝しないとな」
自分自身、息子の手の早さには驚いたものである。
「その通りだ! フィルは本当に、よく育ってくれた。まあ、ユウヒもリュニちゃんも、同じようによく育ったと思うが……いや、だがユウヒは、これで娘を泣かせようものなら、承知せんぞ!」
「その時は我々で、しっかり叱ってやらんとな」
これはもう、酔い潰れるまで付き合うしかないか、と内心で苦笑を溢しながら、アルジオはその後も親友の酌に付き合ったのだった。