心の在り方
――自身の両親は、軍人であった。
鬼族は他種族よりも肉体が強く、魔力の扱いにも優れているために昔から戦いで生計を立てることが多く、両親もまたその例に漏れず軍人として生きていたのだ。
そして……確か、十になったかならないか、といった頃だったろう。
その時、両親はある任務に従事し長らく家を空けていたのだが、チャイムが鳴ってようやく帰ってきたと思い、喜びながら玄関を開けたところ――そこに立っていたのは両親ではなく、死亡通知を持ってきた見知らぬ軍人だったのだ。
あの時感じた、世界が崩れ落ちるような絶望は、今でも記憶に残っている。
夜、その夢を見て飛び起き、胸に感じる空虚感に死にたくなったことは、何度あっただろうか。
後にわかったのだが……どうやら自身の両親は、政治によって殺されたらしい。
両親に言い渡された任務は、推定脅威度『Ⅵ』の魔物の、討伐。
ルシアニアは国土が広いため、未だ手の入っていない未開地が幾つか存在し、当然そこには多くの魔物が棲息している。
故に、国土防衛上危険な魔物は排除する必要があり、両親はとある魔物がヒトの生活区域に侵入したため、部隊と共に排除に向かい、そして戦死した、と聞かされた。
だが――その任務は、嘘であった。
討伐対象の魔物は、別に排除しなくても良い、危険度は高くとも放っておけばヒト種には干渉してこない、温厚な種だったのだ。
その魔物によって出たという被害も嘘であり、実際は架空の通報だったようだ。
つまり両親は、しなくてもいい無駄な魔物任務に従事させられ、そして死んでしまった訳である。
その頃はまだ幼かったため、両親が交わす話を聞いてはいても、全く理解出来ていなかったが……どうやら二人は、鬼族のような少数種族達のまとめ役をしていたようだ。
その少数種族の者達からはそれなりに慕われていたようで、発言力があったらしく、そのせいでとある政治家には目障りな存在だったらしい。
政治のバランス的に、邪魔だった。
故に無茶な任務を言い渡され、軍人である以上それに逆らう訳にもいかず討伐に赴き――死んだのだ。
両親がいなくなってからは、軍の孤児院で一年程過ごしたものの、その頃のことはほとんど覚えていない。
朧げな記憶に残っているのは、灰色の壁と、味のしない食事。何もない部屋。
多分、心が壊れてしまっていたのだろう。
感情も動かず、ロクに頭も働かず、機械のように生きるだけの無意味な日々だ。
ただ、その灰色の日々の中でもハッキリと記憶しているところは――目の前に、ヴォルフ=ラングレイ大佐が立っていた時のことである。
両親の古くからの友人であり、家に何度か訪れたこともあったため彼の顔は覚えていて、それで久しぶりに感情が動いたのだ。
彼は我が家に起きたことを知らなかったらしく、涙を流しながら、来るのが遅れたことを何度も何度も詫びていた。
「気付いてやれなくて、阻止してやれなくてすまない」
そう、幾度となく口にした。
恐らく、両親が死んだということを知った時点で、裏で何が起こっていたのか、彼はある程度察しが付いていたのだろう。
両親のことについてわかったのも、彼がやって来てようやく『死』に向き合うことが出来るようになり、遺品の整理を始めたことがきっかけだった。
幾つかの書類や日記からわかった事実に呆然としながら、ヴォルフ大佐にそのことを話すと、彼は重い口を開き、ポツポツとこの国に関する話をしてくれたのだ。
曰く、ルシアニアには同じような経験をしている者が、数多くいる、と。
その時ヴォルフ大佐は、そういう者達を集め腐り切った政府と戦うための組織を作っており、だからこそこの身もまた、彼らと共に戦う道を選んだことは、自然な流れだったと言えるだろう。
自身もまた戦うと言った時、彼はとても悲しそうな顔をしていたが、しかし決して拒むことはなく、受け入れてくれた。
きっと、友人の娘を戦争へと引き入れることに、大きな罪悪感を感じていたのだろうが、この胸に生じたドロドロの黒い感情もまた深く理解してくれていたからこそ、仲間として迎えてくれたのだろう。
それから、長い訓練が始まった。
戦い方を教えられ、魔力の扱い方を教えられ、イルジオンという機械の操作方法を学んだ。
訓練は苦しく、辛いものであったが……しかし、それを後悔したことは一度もない。
軍人の彼らの仲間として暮らした日々は、一度も後悔してはいないのだ――。
* * *
「……ハァ、胃が痛い。頼むぞ、フィル。他のみんなはともかく、おっさんが俺を殺すか殺さないかは、お前に懸かっている。どうか、俺を助けてくれ」
「キリッとした顔で、情けないこと言わないでよ……」
二人の故郷、レイベーク地方へと向かう魔導列車の中で、そう会話を交わす二人。
どうやら彼は、フィルの父親に顔を合わせるのが怖いらしい。
まあ、それもおかしくないだろう。
学生の身でありながら同居していることからしても、彼とフィルの二人が非常に親しい仲であることは一目瞭然であろうが、そこに自分という女が現れ、一緒に暮らしているのだから。
「その……ごめんなさい」
九割方自身のせいであるため、思わずそう謝るが、しかし彼は苦笑を浮かべて首を横に振る。
「いや、シオルが謝ることは何もないぞ。全部は俺の決断だ。俺が考え、俺が決め、俺が行動したんだ。誰のためでもなく、ただ俺のためだけに。お前が気に病む理由なんて、何一つ存在しねぇ」
「そうだね。自業自得だから、特に僕が手助けしなくてもいいかな?」
「……すいません、ちょっと格好つけただけなんで、フィルさん、助けていただけませんか」
「えー、どうしよっかなぁ。僕、自分のことは自分で責任取れる人の方が好きなんだ。ね、シオルもそう思うでしょ?」
「……えっと、フィル。その振りは私、何にも言えないのだけれど……」
困ったような笑いを溢していると、列車の窓から外を覗いていた剣の幼女が口を開く。
「ゆー、かっこいいから、だいじょうぶ。ゆーなら、なんとかできる」
「ほら、千生ちゃんもこう言ってることだし」
嗜虐心が疼いたのか、非常に活き活きとした顔で彼をからかうフィル。
いや、だが、わかっている。
フィルは、自分が責任を感じないように、こうして紛らわしてくれているのだ。
横からしゃしゃり出てきた、彼女からすれば邪魔でしかない自分のために。
……まあ、若干彼女が楽しくなっているのだろうことは、否めないが。
「お、お前千生を味方にすんのはズルいぞ!?」
「別にー? 僕が何か言った訳じゃないしー?」
唸る彼と、飄々とした様子で肩を竦めるフィルの二人に、笑い――。
この胸の内には、まだ、ドロドロとした復讐心が残っている。
根付いた憎しみは、恐らく一生忘れられないのだろう。
一生ソレを抱いたまま生きるのが、自身の運命なのだ。
だが……ここにいる二人と共に生きる日々は、きっと少しずつでも、この心を癒してくれるのだろう。
じんわりと胸を温め、日々の楽しさを、美しさを、この身に教えてくれるのだ。
「いいさ、やってやるよ! お前の親父と殴り合ってでも、納得してもらうさ!」
「フフ、頑張って。――って、シオル? 何だか機嫌良さそうだね?」
「……ん、二人の故郷が楽しみになってきて。色々、案内してほしいわ」
「いいけど、何にもない片田舎だぜ?」
「そうだねぇ。自然が良いところ、とは言えるかもしれないけれど、それはつまり何にもないことと同義だもんねぇ」
「おおあね、あうの、たのしみ」
「はは、あぁ、リュニの方も千生と会うの、楽しみにしてると思うぞ」
彼らと共に、前を向き、歩いていく――。