メイド仮面ユウヒ《4》
「――そういう訳で、今朝ちょっとした混乱があったの。人的被害はなかったんだけど、でも多分、学園に人骨装置を設置した『敵』と同じか、それに準ずる者がやったんじゃないかなって思って……」
レーネの言葉に、ユウヒは仮面の奥でしばし考える素振りを見せてから、口を開く。
「……なるほど。先輩の挨拶はテレビで拝見しておりましたが、裏でそのようなことが……」
「……ねぇ、ユウヒ君、その口調はもう、その姿の時はどうにもならないのかしら?」
「どうもこうも、これが標準です。メイドですので」
「かっこかわいいから、いいじゃないですか、レーネ先輩! いやぁ、なるほど、私としては新しい方面の扉を開いてもらった気分ですね……こういうのもアリということを、痛感しました」
「エイリちゃん、あなたはあなたで、どうしちゃったのよ……」
ユウヒが運んできた、簡単なパンケーキを食べながら、そう溢すレーネ。
そんな二人を気にした様子もなく、ユウヒは思考する素振りを見せる。
「そのお話に関してですが、恐らく――陽動でしょう」
「……やっぱり、そう思う?」
「はい、人目をそちらに引き付け、裏で何か本命の仕掛けを行う。警戒態勢を強めていた以上、一度発生していた異変に目が向くのはヒトの心理として当たり前のこと。……いえ、学区祭という人が非常に多く、言うならば工作がし易い環境でわざわざそんなことまでした以上、むしろ事を為すには、そういう小細工が必ず必要だったのではないでしょうか」
「つまり、警備が重い場所を手薄にするため、注目を集めるような陽動を行った、と?」
彼女の言葉に、ユウヒは頷く。
「例えば、極端な例でいえば、警察本部。緊急出動する警察官が増えれば、当然ながら本部は手薄になります。そういう警戒区域は、やはり幾つかあるんじゃないでしょうか」
「……ある、わね。ガス漏れの可能性、という表向きの理由で結構な人数の警察官が駅前広場にやって来たけれど、その分他の区域の警戒は間違いなく薄くなったはず。知り合いに、その辺りについて話しておくわ」
「お願いしましょう。……ただ、問題は――向こうの意図が、未だに全く掴めていない、という点ですね」
「そうね。犯行声明も何もなく、今は全てが状況に流されるままに推移している。何を目的としているのかわかっていない以上、大した対策も立てられず、結局のところ『不審者警戒』という曖昧な対応しか出来ていないわ」
「……私としては、テロ対策として動いた方が良いんじゃないかと思うのですが、やはり難しいですか」
「えぇ、今のところその根拠は、学園に設置された人骨装置だけ。『洗脳魔法』を使う何かしらがいる、という事実は重く受け止めて捜査をするでしょうけれど、何一つわかっていない段階では、どうにも……」
と、二人の会話を聞いていたエイリが、ポツリと呟く。
「……不審者と言えば、今学区に、怪人が出没しているそうですよ」
「怪人?」
聞き返すレーネに、エイリは頷く。
「はい、噂でしか聞いてないんですが、何か変な人が出没してて、夜な夜な何かをしている、とか」
「変な人って。というか、怪人コスプレしているだけの人じゃあ?」
「私もそれを友人に聞いたんですけど、実際に被害が出てるとか何とか。何の被害が出てるのかは知らないんですけれど。……いえ、すみません、本当に曖昧な噂なので、やっぱり忘れてください」
彼女の言葉に、レーネは特に反応を示さなかったが、ユウヒだけは仮面の奥で難しいような顔をする。
「……それは、何故に、怪人と呼ばれているのか聞いても?」
「……えっと、どういうことです?」
「その曖昧な情報の中で、その者が『怪人』であるという点だけは、どういう訳かハッキリしております。つまり、何か怪人らしい特徴があって、噂になっているのでは?」
「なるほど……確かにただの不審人物だったら、そのまま『不審者』って呼ばれるだろうけれど、わざわざ『怪人』って言われてるんだものね。何かしらそう呼ばれる理由があるんだろうってユウヒ君は思ってるのね?」
「はい、名前とは重要なものです。理由もなく呼ばれることはあり得ません。ただの噂である以上、誰かが面白がってそう呼び始めたのかもしれませんが、それだけ曖昧な噂ならばわざわざ『怪人』なんて名がつく要素がありませんから」
「そう言われると、確かに不思議ですね。怪人と呼ばれながらも、怪人らしい何かをやった、という噂は聞いてませんし……」
三人は揃って頭を悩ませ――と、レーネがふと時計を確認する。
「っと、ごめんなさい。話途中で大分惜しい気持ちはあるけれど、私、もう行かなきゃだわ。ありがとう、ユウヒ君。また何かあったら相談させてちょうだい。エイリちゃんはどうする?」
「私は……じゃあユウヒ先輩、もうちょっと相手してくれますか?」
「勿論構いませんよ」
そうして、「じゃあ、またね」とレーネが去った後、残ったエイリがユウヒへと話し掛ける。
「……それにしても、レーネ先輩に信頼されているんですね、ユウヒ先輩」
「? そうなのでしょうか?」
「あの人、あんまり他の人に相談はしないタイプですから。優秀故に、結構自分でどうにかしちゃうというか、むしろ自分が相談される側だっていうのがあるのでしょうけど」
「彼女にとって専門外のことだから、というのがあるのでは?」
「それだったらユウヒ先輩じゃなくて、もっと専門家みたいな人に相談するでしょう? あの人、顔広いし」
「……では、信頼されている、として喜んでおきましょう」
「フフ、はい、喜んでいいと思います。――と、その……せ、先輩」
「? はい、何でしょう?」
ちょっと恥ずかしそうにもじもじとしながら、エイリは言葉を続ける。
「えっと……急な提案で悪いのですが、私と一緒に明日の午後辺り、学区祭を見て回りませんか?」
「……はい、わかりました。あまり長い時間は無理ですが、二時間程度ならば共に行動出来るかと」
この学区祭の間は、非常に忙しいユウヒであるが、しかし肯定Botとなっている今の彼に、主のお願いを断ることなど出来ないのだ。
……いや、別に、エイリは主でも何でもないのだが。
一つ言えることがあるとすれば、今の彼は、妥協が出来ないのである。
「やったぁ! ありがとうございます、よろしくお願いします! そうですね、じゃあ明日、今のこの時間くらいにこちらにお伺いさせてもらおうかと思いますが、どうですか?」
「わかりました、お待ちしております」
そうして軽く約束を交わした後、ニコニコ顔のエイリもまた女装男装喫茶を後にし――というところで、彼に声が掛けられる。
「……随分、仲が良かったわね」
ちょっとぶすっとした様子で、ユウヒにジトッとした視線を送るのは、男装したシオル。
男装と言っても、やはり「カッコいい」ではなく「可愛らしい」という言葉がピッタリ来る彼女に、ユウヒはちょっと固まってから、言葉を返す。
「……シオル?」
「女の子達相手に、随分親しげに話し込んでたわね? もう、誰にでもいい顔しちゃって」
彼女の言い草に、いつものユウヒならば、狼狽えていたことだろう。
だが――今の彼は、違う。
今の彼は『彼女』であり、何より完璧なるメイド仮面なのである。
「……なるほど。どうやら、心配させてしまったようですね。ですがご安心ください」
彼女の両手を取り、まるで騎士であるかのように片膝を突くと、仮面を被っていてもわかるような真摯な眼差しで、ユウヒは鬼族の少女を見上げる。
「えっ、あ、あの……」
「お嬢様。私にとって最も大事なものはあなた方であり、そして私の命もまた、あなた方のもの。だから、ご安心ください。何があろうが、いつでも私は、共に」
「…………」
砂糖のような甘い言葉を聞き、シオルはその白い肌をわかりやすくかぁっと赤くし、俯く。
ユウヒは立ち上がると、シオルの顎に手をやり、優しくクイと動かして目線を上げさせる。
「そのように俯かれていては、美しいお顔が台無しですよ。さぁ、私にあなたのお顔を見せてください」
「……ばか」
悪態を吐きながらも、シオルは決して彼の手を振り払おうとはしなかった。
放たれるその百合百合しい空気に、クラス全体から思わずため息のような、もしくは息を呑むような声が漏れる。
いや、実際のところは男女なので、ある意味で健全ではあるはずなのだが……ユウヒが男であるということを知らない客も、そのことを知っているはずのクラスメイトも、そこにいる二人の女性が放つ甘々な空気に、もう目が離せなくなっていた。
ちなみに、客は増えた。
とりあえず、百話までは行けたか……。
みんな、いつも読んでくれてありがとう! これからもよろしく。