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母親と父親の密談

 夕方6時過ぎの戸森家。


「戸森さーん、いますかー。隣の月海です。秋乃(あきの)さんでも景国君でもいいんですがー」

「はーい、いますよー。頼清さんお久しぶりですー」

「やぁお母さん……じゃなかった秋乃さん。こんばんは。もう夜勤に出る時間ですか?」

「ええ、そろそろ」

「これ回覧板です。確認して回してください」

「いつもありがとうございます」

「すみませんね。最近景国君と秋乃さんが一緒のこと多いから、ついお母さんなんて」

「いえいえ。気にしないでください」


「光はまだ帰ってないんですが、景国君もですか?」

「なんか、今日は喫茶店に行くとか言ってましたよ」

「ははあ、クラリッサかな。景国君にホットケーキを食べさせるのが楽しいって前に言ってたからなあ」

「順調に進んでるみたいですねー」

「まったく。ちょっと前までは考えられなかったってのに」

「ね。景国ってば、うじうじ悩んでばっかりで」

「光も光で面倒な連中にくっつかれてたからなぁ。中学は間違いなく取り巻きのせいで棒に振りましたね。景国君も同じだったんじゃないですか?」

「うーん、景国は光ちゃんに避けられてるとか言ってたような」

「ははは、正解です。光と仲良くしたら、親衛隊が景国君をボコボコにするかもしれないなんて心配して近づけなかったんですよ」

「やっと自分たちの時間を手に入れたって感じですね、二人とも」

「ぶっちゃけどう思います?」

「と言うと?」

「将来、結婚するのかなって話です」


 微妙な間。


「今のままだったら、しますねきっと」

「俺もそう思います」

「この前、景国につい言っちゃったんですよ。あたしは再婚しないからって」

「そうですか、言いましたか」

「ええ。こっちのことも気にしてるみたいだったので」

「まあ子供優先ですよねえ」

「でも、あの二人が同棲とか始めたら、あたしも頼清さんのお屋敷に住ませてもらっちゃおうかなとか思ったりして」

(ただ)れた関係だなぁ」


 二人が同時に笑う。


「不思議なもんです」

「そうですか?」

「俺も秋乃さんも、離婚しなかったらこういう関係にはならなかったはずですから」


「確かに。でも、あれはあたしが悪かったんですけどね……。頼清さんの名前を初めて聞いた時、すごくかっこいいなって思ったんです。だから子供には古風な名前をつけたいって言い張って、景国に決めた。旦那からしたら面白くないに決まってますよね。お隣のご主人から影響受けたなんて」


「うちはどうだろな。確か、光に月心流をやらせるかどうかで長いこと言い争いしてたんですよ。そしたら、あの子が俺の方についてくれた。娘が味方してくれなくて支えがなくなっちまったのかな……」


「こう言っちゃよくないんですけど、パートナーがいなくなったから交流が深くなったんですよね」

「それがなかったら光と景国君が仲良くなることもなかったか。もし、あのころ我々が再婚してたら二人とも苦しんだかもしれませんね」

「あたしは旦那に申し訳ないと思ってたから、そういうこと考えちゃいけないと思ってて」

「同じだ。俺があいつを追い詰めたようなもんなのに、すぐ新しい嫁さん迎えるとかクズすぎるだろうと」

「そこの考え方が似てるなんて、やっぱりあたしたち相性良かったのかも」

「気づくのが遅かったか? ま、そのおかげであの二人がつきあえてると思えば……」

「人生、何がどう転がるかわかりませんねー」

「秋乃さんだってまだまだこれから長いんですよ。悟った顔するには早い早い」

「やだなぁ、お説教されちゃった」


 二人同時に笑う。


「んで、結婚するとしたらどのタイミングでやりますかね」

「まだ時間かかるんじゃないですか? 景国、光ちゃんに養ってもらうのだけは絶対に嫌がると思うんですよ。自分で稼げるようになるまでは言い出さないかな」

「光の方から言い出す可能性はありますがね」

「そうなると……うなずいちゃうかなー」

「景国君は進学?」

「そういう話は全然してないんですよー。もしかしたら就職するかもしれないし、短大って可能性もありますね。案外、大学は考えてないんじゃないかな」

「ほう……」

「あたしの収入だけでやりくりしてるから、大学行ってこれ以上負担かけるのもなーって言ったことがあって」

「景国君の言いそうなことだ。秋乃さん的にはどうなんです? それでもいいと?」

「本人が意志を固めてるなら好きにさせるつもりです。学費のことは心配いらないよーとは言ったんですけど、気にしちゃう子だから……」

「光も言ってたな。食事代、景国君が意地でも半分持つって言って振り切れなかったとか」

「真面目だなー。あたしはこんな適当なのに……」

「秋乃さんが頑張ってるところを見てそういう風に成長したんですよ。光は俺みたいになっちゃいけないって感じてああなったのかもしれませんがね」


 またしても二人が笑った。


「ま、我々は二人の行く末を静かに見守りましょう」

「ですねー。でも、あたしは全部諦めたわけじゃないですからね?」

「ん?」

「頼清さんのこととか」

「うーん、やはり秋乃さんはしたたかだ」


「ただいまー……あ、頼清さん」


「お、景国君」

「景国お帰りー」


「なんか……邪魔しました?」

「いんや、気にしないでくれ」

「そうそう」

「お父さん、なんでここにいるのよ」

「光か。回覧板持ってきたついでに立ち話だよ」

「お父さんが迷惑かけませんでした?」

「あはは、ないない」

「光、俺ってそこまで信用ないか……?」

「不安なのは確か」

「厳しいな……」

「そ、それより光ちゃん、今日は景国と喫茶店行ったんでしょ? どうだった?」

「景国くんのおかげですごく楽しい時間が過ごせました」

「迷惑かけてないならよかったー」

「ぼくもけっこう信用ないよね……」

「不安なのは確か」

「先輩のマネはやめろっ!」

「そ、そうですよ。景国くんはとっても私のこと気づかってくれますから」

「そっか。なら余計なことは言わないようにしよう」

「そんじゃ光、帰るか」

「ええ。――景国くん、またね。今日はありがとう」

「こちらこそありがとうございました!」

「秋乃さん、またいつかお茶しましょう」

「はーい、楽しみにしてまーす」


     †     †


「景国、いい感じじゃん」

「ま、まあね」

「その調子でうまくやってよ」

「頑張るよ」

「さぁて、そろそろ仕事行くか! 戸締まりよろしくね!」

「うん、行ってらっしゃい!」

「おう! ところで一ついい?」

「え、なに?」

「同棲始める予定は?」

「未定ですっ!!!」

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