想い出残るバス停
「ま、結局その日家で親に変って言われて、俺って言うのはやめたんですけどね。あはは...」
"彼は"そう言った。
統くんは今でも俺じゃなくて僕って言っている。
そりゃ、息子が急に俺なんて言い出したら驚くだろうし、変だとも思うだろう。
「いつまでもさくらさんさくらさんって呼ぶのはなんでだろうって思ってたけど、そのさくらがいたからか。」
彼はこくりと頷く。
なんかムカつくなぁ。
「......わたしの誕生日、覚えてるわよね?」
「もちろんですよ!
4月11日でしょう?」
彼は即座に答えた。
もちろん合っている、さすがだ。
「その日の誕生花は知ってる?」
わたしがそう問いかけると、え? というようなきょとんとした顔になった。
そしてう〜んと悩みだし、あっ! と顔を上げた。
絶対にあんたも表情豊かだろ。
「もしかして桜ですか?」
「そう、でもわたし、元々4月1日に生まれる予定だったの。
でもその日も誕生花が桜でね、だからさくらって決まってた名前も変えずに。」
「へえー、そうだったんですね。
じゃあ、違う日だったら名前が違ったのかもしれないんですか?」
あー、それは考えたことなかった。とか思いながら笑う。
わたしにさくら以外の名前なんてないだろうな。
二度あることは三度あるってことわざの通りだったし。
「どうなんだろうね、考えたことなかったよ。
まあそれは置いといて...気になって誕生花の本で調べたの。
4月1日の誕生花はソメイヨシノ、花言葉は精神美。
わたしの生まれた日は11日だけど、素敵な言葉だと思って、それを守ってきたんだよね。」
そのせいで、わたしのことをよく知らない人はビビるだろうけどね。
「ちょっと関係ない話も混じっちゃった。
んで、高校の入学式は?」
え、そんな急に話変えるの? って感じで、驚きの表情になる。
さっきまで感動の表情だったのに急に変わるって、なんか面白いかも。
いじりたくなる。
「......4月11日ですね。」
記憶をたどってなんとか答えた統わたしは意味ありげに笑って、飲み干した缶コーヒーを持ったまま立ち上がった。
そのままゴミ箱に捨てるために歩き出す。
「あ、ちょっと待ってくださいよ!
なんですかさっきの意味ありげな笑い!」
「さーてね。
単なる偶然なんじゃないのー?」
えー、部下をいじめないでくださいよー。と言って追いかけてくる。
...まあ、言えるわけないけど。
実を言うと、あれは夢だったんじゃないかと。今の今まで疑っていた。
だけど、今の話を聞いて、やっぱりほんとのことだったんじゃないかと思ってる。
入学式の日、わたしはあのバス停でバスを待っているうちに、寝てしまったのだ。
目が覚めたら、なぜかねこになっていて...カバンもなく。
そして、あいつが来て.....
まあ、家に連れてかれるかと思った時はゾッとしたけど。
それに、あいつがバスに乗って帰った後、また寝れば元に戻った。
もちろん、家でも寝たりしているが、そんなことは1度も起きていない。
なぜかあのバス停だけなのだ。
なぜかは知らない。
でも、別に怖くはなかった。
だって、あいつのことを知れるようになったから。
むしろ感謝している。
あいつは、まっすぐとわたしの内面を見てきた。
それが嬉しかったのかもしれない。
だんだんと、好きになっていたのかもしれない。
わたしだって、怖かった。
高校なんて行ったって、どうせ友達なんてできそうにないし。
見た目で決めつけられたり、嫌われたりするんだって。
密かに、願っていたのかもしれない。
それが叶ったのかもしれない。
わたしにとってもあそこは...想い出のあるバス停だ。
高校を卒業してからは、何度寝てもねこにはなれなかったけど、もうなる必要もないのだろう。
彼は、わたしの内面を見てくれる。
痴漢から助けたあの子だって、今ではわたしの親友だ。
わたし、黒宮さくらは、親友もいて、愛する人もいて......幸せです。
ありがとう、ねこになれたあの日常。
そしてさようなら、わたしの願いはもう叶ったから。