桜舞うバス停
始まりは...入学式だったかな。
僕の高校の入学式。
もっというならその日の朝....いやそれは恋であって、不思議なねこは放課後なのだけれど、せっかくだから、全部話そうか。
あの日は....今よりももっと、桜が咲いていたんだっけ?
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「ねぇ、おじさん邪魔。
もうちょっとあっち行ってよ、狭い。」
乗り換えが間違っていないか、自分と同じ高校の制服を着る人を目印に、乗り込んだ満員電車。
春だというのに、暑いくらいだ。
そんな中、背筋が凍るような冷たい声が聞こえた。
ちらっと目を向けると、サラリーマンらしき人が、左隣の女子高生に言われたらしい。
確かに、女子高生を挟んだ反対側は、ほんの少しだけ空いている....といっても、詰めたところでさほど変わらない気もする。
ところが、女子高生は無理やりサラリーマンを押しのけた。
もちろんサラリーマンは、文句を言っているが、あの冷たい声で、何も言い返さなくなった。
そして、何も気にすることなく、携帯をいじりだして、電車の揺れで、前のドアに手をつく。
と言ったって、彼女の前には、もう1人女の子がいる。
つまり、女の子に覆いかぶさるような形になっている。
正直、ああいう迷惑な女子高生は、同じ高校にいてほしくないけど....残念なことに、背の低い彼女の制服が、すき間からばっちり見えた。
同じ高校である。
ついでにいえば、前の女の子も。
不運だなぁ、とか思いながら見ていると、急に女子高生がサラリーマンを横目で睨んだ。
その睨みに寒気を感じた瞬間、電車が大きく揺れた。
車内のほとんどの人が、僕から見て右へと倒れそうになる。
その瞬間、いだっ!、というような声が聞こえた。
どうやら、サラリーマンらしい。
女子高生が、あぁ、わりい。って言ってるあたり、足でも踏んだのだろうか?
......これからの高校生活が憂鬱だ。
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最悪だ。
まさかの同じクラスで、しかも隣の席....憂鬱どころか不安だ。
横目でちらりと見ると、頬づえをつきながら、横目で窓の外を眺めている。
改めて見ると、美人だなぁ....肌は白いし、顔小さいし、逆に目は大きくて、鼻筋も通ってる。
......って、油断したらだめだ。
もしカツアゲとかされたら、僕の高校生活が危うくなる。
あ、でも、不思議なことがあったな。
朝の満員電車で、彼女の前にいた女の子。
電車を降りた時に、彼女の裾をつかんで、小さな声で、ありがとう、と言っていた。
一体なんで...?
そうだ、ちょうど彼女は、僕の右隣の席に座っている。
彼女に聞こえないように、ちょっと聞いてみよう。
「ねぇ、ちょっといいかな?」
そっと声をかけると、読書中だった彼女はふわふわの髪を揺らしながら、こっちを見る。
「は、はい...なんでしょう?」
「えーっと、今朝、電車の中で見かけて....」
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やっと放課後かぁ...っていってもお昼。
さっそく部活動をやっているところも多く、元気な声が聞こえる。
そんな中、僕は1人でのんびりできそうなところを探しに、屋上へ行ったり、校舎の外を歩いていた。
今は、どうやらプールの近くらしい。
バシャバシャという水の音や笛の音が聞こえる。
「おい、そこどけよ。」
なっ!?!?
......って、あっちか...すごい焦った....
声のした方を見ると、またもやあの女の子(声でわかってたけど)が、壁に寄りかかってスマホをいじっている先輩らしき人たちに言ったらしい。
にしても、相手はそれなりに体格がよくて、もし喧嘩なんてしようもんなら、あんな華奢な女の子じゃ勝ち目がない。
......もしそうなったら、たとえ運動音痴の僕でも、助けにいかなければ。
なんて正義感を燃やしている間に、相手が殴りかかってきている。
棒になりそうな足を動かそうとした時....
「聞こえなかったの?
邪魔って言ったんだけど。」
相変わらずの冷たい声が聞こえて、結局足が動かない。
その次の瞬間には、相手は倒れていて、わけがわからなくなる。
......まさか、あの女の子が、背負い投げした...?
相手が逃げてきて、はっと顔をあげると、女の子が僕を睨んでいる。
「何か用?」
「な、なにもないです...!」
彼女の目から、もはや殺意さえ感じた。
とにかく恐怖で、僕は大急ぎでその場を去った。
......にしても、怖かったなぁ。
ついついプールの方へ来てしまった。
「ねぇ君!」
さっきのような冷たい声ではなく、明るい男の人の声が聞こえた。
そっちの方を振り返ると、半袖の制服に長ズボン、そしてベストを着た茶髪の人がいた。
僕の方へ走ってきて、口を開いた。
「水泳部って、興味ない?
水着も予備のがあるから、そこで着替えてすぐだからさ!」
そういって、水泳部の先輩らしい人は、更衣室を指さした。
僕の運動能力は人並みで、特にいいわけでもないんだけど......あれ、そういえば。
「すいません、ひとつだけ質問いいですか?」
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校舎の中も外も歩き終わって、僕はバス停へ向かった。
別の鉄道会社なら、バスなしで行けるんだけど...生憎、僕の家の近くに、その鉄道会社の駅がない。
なので、これからの登下校では、あんまり同じ高校の人はいない。
バス停に着いて時刻表を見ると、5分前に行ったばっかりだった。
ここのバス停は、30分に1本しかない。
だから余計に人はいなくて、いい感じだ。
にしても、今日はバス停のそばにある桜が満開で、まるで桜に包まれるバス停だ。
すごく綺麗で、今はお昼なので、日差しも暖かい。
なんだか、だんだん眠くなって.....
『...にゃぁ』
突然、横から可愛らしい鳴き声が聞こえた。
目をぱっちり開けて見てみると、黒くて小さなねこだ。といっても、子ねこでもなさそう。
そっと微笑んで、そのねこをなでようと手を伸ばすと...
『シャァーッ!』
立派に威嚇され、指先もがぶりと噛まれた。
それでも僕は顔色一つ変えずに、大丈夫、怖くないよ。と声をかけると、ほんの少しだけ離れた。
なんだか、申し訳なさそうにしているところが可愛い。
ゆっくり手を近づけて、そっと頭をなでると、にゃぁと鳴く。
「君は野良ちゃんかな?
でも、綺麗な毛並みだね。」
ねこは、じっと僕を見つめて、ふいっと横を向く。
......もしかして、照れたの?
「可愛いなぁ!
家で飼ってあげたいくらい!
残念ながらそれはできないんだけどね。」
ちょっと困ったように後ずさったり、ほっとしたように戻ったり......ころころと感情が変わる。
ちょっと不思議なねこだな。
「そうだ!
バスが来るまでの間、僕の話を聞いてくれる?」
ねこは僕を見つめ、にゃぁーと鳴いた。
僕はそれをイエスと思って、話し始めた。
それが僕と不思議なねこの出会いだった。
「今日はね、すごくかっこいい人に会ったんだよ!」
ねこは、僕を見つめたまま首を傾げている。
「最初は、すっっっごく迷惑な人だなって思ったんだけど、実はすごくかっこよくってさ!」
不思議なねこは、不思議な顔をしている。
そんな不思議な顔されても困るんだけどな...(笑)
「朝、電車の中で見かけてさ、サラリーマンを押しのけたり、前に女の子がいるのに扉に手をついたり、サラリーマンの足を踏んだり....でも実は、そのサラリーマンが前にいる女の子に痴漢してたのを守ったんだって。」
ねこは、耳をぴんと立たせて、まじまじと僕を見つめる。
なんで知ってるの?って顔のような気がして、僕は説明する。
「痴漢されてた女の子が同じクラスで、しかも隣の席だったから、直接聞いたんだよ。
痴漢されてたなんて恥ずかしいから、ああやって守ってくれて嬉しいって言ってたよ。
それを聞いて、すごくかっこいい女の子だな!って思ったんだ!」
ねこは丸まって顔を隠そうとしたり、驚いたり、また感情をころころと変えていた。
しかも驚いてるような表情(?)で固まっている。
「あ、多分言ってなかったね。
僕の言ってたかっこいい人って、女の子なんだ。
男の子だと思ったのかな?」
にっこり微笑んで話していると、ふいっと下を向いた。
もしかして、このねこちゃん....あの女の子の飼い主だったりして!....てことはないか。
学校行くのに、ねこを連れてくわけないよな。
胸ポケットからスマホを出して、電源ボタンを押す。
まだバスが来るまで時間がありそうだし、あれも話すかな。
「もうひとつ、その子のお話があるんだ!
もちろん聞いてくれるよね?」
『....にゃぁー!』
小声なのに勢いよく鳴くもんで、ちょっとびっくりしながらも、僕はねこの頭をなでながら話し始めた。
「放課後も見かけたんだよ。
今から30分くらい前かな。
色々見て回ってたら、邪魔だー!って言って、男の人を投げ飛ばしてたんだよ!
僕助けようかと思ってたのに、びっくりしちゃった。」
ねこはまた僕を見つめていて、でも少し、きょとんとしているように見える。
「実はね、水泳部に入ってる先輩に聞いたら、その男の人たちがいたところ、女子更衣室だったらしいんだよ!
つまり、今度は覗きをしていた人たちを撃退した!ってわけ!
女の子の味方なのか、正義のヒーローなのかはわかんないけど、すごくかっこいいよね!」
僕の話を、途中までは照れたように顔をそむけながら聞いていたのに、正義のヒーローと言った途端、すごく鳴いたり笑顔になったり......っていうか笑われてる?
「正義のヒーローのどこがおかしいんだよ!」
と僕は、ねこの頭をめちゃくちゃになでながら言った。
なーんてことをしている間に、もうすぐバスが来る時間だった。
僕はすごく名残惜しくて、ねこを抱きしめようとしたら逃げられてしまった。
でも、ちゃんと近くにいるあたり、結構懐いてくれたのかな?
「そうだ!
ねこちゃんに名前をつけてもいい?」
ねこちゃんねこちゃんって、ちょっとかわいそうだし、呼びづらい。
『....にゃん』
別にいいけど?みたいなノリだなぁ。
まぁいいや!
いいって言われたんだから、名前をつけよう!
「そうだなぁ....じゃぁさくらだ!
黒猫 さくら! それがフルネーム!」
そう言うと、ねこはまるでぽかーんと口を開けているようだった。
いやほんとに、口開けててちょっと可愛い。
「今さくらが咲いてるからさくらって、簡単すぎとか思ってないだろうなぁ?!
それとも、最初の黒猫がいらないとか?!」
『ブルルルル....』
って、バスが来ちゃった。
もう行かなきゃかぁ、でも、多分明日からも会える!....と思う!
僕はバスに乗って、最後にじゃぁね!と手を振って、別れた。
ねこは...じゃなくて、さくらは、大きくにゃぁ!と鳴いた。