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結末


「どうしてここがわかったの……?」

「そ、それは、街中探し回ったからだよ。さあ、一緒に帰ろう」

「いやよ」


 メアリーアンさんは、男性の誘いを突っぱねる。

 ていうか「一緒に帰ろう」って、まさか、この男の人って、メアリーアンさんの旦那さん? あの結婚記念日を忘れているという。

 そんなふうには見えないけどな。どちらかというと誠実そう。

 いやいや、でも、人は見かけによらないというし……。

 ていうか、私の卒業記念のお祝いのはずが、修羅場の様相をていしてきた。


「約束を忘れる不誠実な男の元に、誰が帰りますか」


 冷たい声のメアリーアンさん。何故かこちらまで背筋が寒くなる。


「忘れてなんかいないさ! 真珠のことだろう!?」

「え?」


 メアリーアンさんが驚いたように眼を瞠る。

 旦那さん、真珠のこと忘れてなかった。でも、それじゃあどうして3年も放置してたんだろ。

 それに答えるように旦那さんは続ける。


「この3年間、結婚記念日を忘れていたわけじゃない。ただ、君の美しく白い肌には真珠も霞んでしまう。だから別のものを探し回っていたんだ」

「別のもの……?」


 メアリーアンさんの訝しげな言葉に、男性は


「これだよ」


 と、持っていた小さな袋から何かを取り出す。

 美しい円形を描いて鈍い輝きを放つそれは黒真珠だった。それが手のひらに6粒。


「このほうが君の美しく白い肌には映えると思って。やっと結婚記念日の数だけ集まったんだ。この3年間何も贈らなかったのは、君を驚かせたくて……」

「そんな……それじゃあ私はとんだ勘違いをして……」


 メアリーアンさんが口元を手で覆う。

 いや、でも、いくらサプライズとはいえ3年も放置したのは、さすがに良くないと思うな……。


 そんな私の考察を無視して、話は進んでゆく。

 

「クラウディア。愛している。これからは毎年黒真珠を一粒ずつ君に贈ろう。そしてそれでネックレスを作ろう。だから僕のもとに帰ってきてくれないか?」


 旦那さんはメアリーアン、もといクラウディアさんに手を差し伸べる。

 クラウディアさんはしばらくその場に立ち尽くしていたが、やがて旦那さんの手を取ると


「そうね。そこまで言うのなら、帰って差し上げてもよろしくてよ」


 少し震える声で答えた。




 

「それでは、妻が世話になりました」


 驚くべき速さで荷物をまとめたクラウディアさんは、その日のうちに帰宅することになった。


「ユキさん、クロードさん、いろいろとありがとうございました。お元気で」

「おい、弟の俺には一言礼の言葉もないのかよ」

「あら、むしろこちらがウェイトレスとして働いた分のお礼がほしいわ」


 レオンさんの抗議にも、クラウディアさんは涼しい顔だ。


 そして2人は馬車に乗り込むと、銀のうさぎ亭二号店から去っていった。まるで嵐のようだった。




「それにしても、こんな日に旦那さんが迎えに来るなんて、とんだ偶然もありますね」

「ああ、それなら俺があの旦那に手紙を出したんだよ。姉貴が拗ねてるから、機嫌が直るような土産を持って迎えに来いって。その土産があの黒真珠ってわけだ」


 クロードさんの言葉に、レオンさんは涼しい顔で答える。


「えっ、それじゃあ今日のこの日を指定したのもわざと……?」

「ああ、貸切で他の客もいないしな。ネコ子、お前が戻ってくるなら、早く姉貴を追い出そうと思って」


 な……私の卒業祝いに便乗してそんなことを……!

 ていうか、レオンさんに言われて黒真珠を持ってくるなんて、あの旦那さん、本当に結婚記念日を忘れてたってこと!? うわあ、ひどい。

 クラウディアさん、また家出しないといいけど……。

 でも、稀少な黒真珠を持ってきたし、本当はクラウディアさんの事を愛しているに違いない。でなければ迎えにも来なかっただろうし。


「おい、店主、ユキの卒業祝いの席を、自身の姉の問題に利用するとは何事だ」


 あ、ヴィンセントさんが何か言い出した。

 お願いだからこれ以上ややこしくしないで……!


「ヴィンセントさん、私は気にしてませんから、それよりパーティーの続きをしましょうよ。ね、座って。ほら」


 なんとかなだめると、ヴィンセントさんも少し落ち着いたようだ。

 その様子を見たレオンさんが再度グラスを取り上げる。


「それじゃ、改めてネコ子の卒業を祝って乾杯」






 メルリア王国の王都ラングラースの一角にそのお店はある。

 ハーフエルフの青年がシェフを務めるそのお店はいつでも満席だ。

 メガネをかけた元執事も忙しく、それでいて優雅に立ち回っている。

 客席に目を向けると、頭部に白い花を咲かせた緑の髪の青年、私の大切な人が食事をしている。「たまには外食をしたい」と言って、このお店に来るのだ。

 戻ってきたんだな。このお店に。

 感慨深い思いでいると、シェフの威勢のいい声が飛んでくる。


「おいネコ子! ぼけっとしてんな! 料理できたぞ! 3番テーブル!」

「はい、ただいま!」


 私はカウンターから料理を受け取って、3番テーブルへと向かった。




(完)


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