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冗談交じりの異世界チートの話から、返ってきたのは予想外の重い事実だった。
「──事故が、起きたのね?」
失火で家を失い、何らかの損害を出して王都を追われたのか。わたしが問うと拓人は首を横に振った。
「俺も最初は張り切ってたよ。腕を買われて、修行して、小さいなりに店も持てた。俺の知識が評価されて、なんかできそうな気がしたんだ。その時は運良く硝子玉を手に入れて、磨いたらレンズが作れるんじゃないかって試行錯誤していた」
「レンズって、眼鏡とかの?」
「そう、眼鏡とかの」
頷く拓人の目は瞳孔がひらき、震えるように忙しなく動いていた。
──何かから逃げているように。
「火事は、俺の目の前で起きた。何もない机がいきなり燃え出して、何をやっても消えなかった。何もかも失って、命からがら逃げ出して、木工の師匠に助けを求めたら」
ぽっかりと空いた昏い目がこちらを向いた。
「──誰も、俺を覚えてなかった」
「えっ?」
一瞬、わたしの脳が意味を掴みそびれた。でも、それはそのままの意味だった。
「『どちらさんで?』って言われたよ。師匠も、奥さんも、兄弟弟子のマシューも。冗談抜きで、
まるで初めて会ったみたいな顔をしたんだ。結婚を……約束した娘もいたんだが、煤で真っ黒の俺を見て、可哀想なものを見るような目で銅貨を差し出してきた」
背筋を冷たいものが走った。拓人はもう憑りつかれたようにぶつぶつと話し続けていた。
「レンズだったのか、ほかのものだったのかは分からない。
俺は、作っちゃいけないものを作った。
俺は、この世界に嫌われた。
俺は、この世界になかったことにされた」
拓人は自分の腕を抱くようにして、ガタガタと震え出した。
なにかが、誰かが、余計なことを する転生者を疎んじる。ラノベで無双する転生者の文脈に慣れ切ったわたしは、そんな可能性について、今の今までその可能性について考えたこともなかったと気付く。
それまでずっと、わたしたちの邪魔をしないように、アンヌは隅の丸椅子で編み物をしていた。
なのに、拓人が喚きながら震え出すと、訳が分からないながらもすっと寄ってきて、黙ったまま拓人の手を握った。
それからゆっくりと、彼の背をさする。
その温もりに正気を取り戻したように、拓人の瞳に光が戻った。
「──それで、その銅貨を握りしめて、その日のうちに王都を逃げ出した。焼け焦げた服のまま、ボロボロで彷徨って、あちこち転々として──この辺境に落ち延びた。それからずっと、世捨て人みたいに暮らしてた」
「そんな……。でも、おかしいわよ。だって、今までだって何もなかったじゃない。チートな発明のせいだっていうなら、石鹸は? 酵母は? 井戸は? この、エアロックだって」
わたしは震える手のなかにあった、もらったばかりの木の板を握りしめた。
「そんなのは発明じゃない、既にある技術の再定義だ。……いや、やっぱりわからない。ただ単にここが辺境で、目立たないから見逃されただけかもしれない。だけど、これだけは確かだ。この世界には触れられたくない何かがある。エル、お前もあんまり目立ちすぎるなよ。この世界の機嫌を損ねると、」
拓人はひゅっと息を吸ったが、先ほど震えていた時とは違う、案ずるような力強さがあった。
「──消されるぞ、俺も、お前も」
前世を共にする初めての友人は、真摯な目でわたしを見据えた。
返しのついた茨みたいに、その警告はいつまでも胸に残った。
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はねつるべは、見事に機能した。
拓人がレバーを下げると、水を湛えた桶と歓声が上がった。
シスターたちに喜ばれても、わたしの心は晴れなかった。
村の人たちが、自分の井戸にもと欲しがるたびに、不安が募った。
──どこまで目立つと目を付けられるの?
──どこまでだったら見逃されるの?
『世捨て人みたいに暮らしてた』拓人の気持ちが、痛いほど解った。
疑心暗鬼でぱんぱんになったわたしが、破裂寸前になったちょうどそのとき、
あの人が、あらわれた。




