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わたしがタクトを訪ねると言ったら、心配した修道女長に、アンヌに加えて下男までつけられた。
比較的治安のいいこの領内でそこまで警戒されるとは、いったいどんな鼻つまみ者なのか。
アンヌの薦めた人物とはいえ、わたしはちょっと身構えた。
ここローゼンステイン領は国境に程近く、領主の肝入りで魔法騎士が養成されている。所々に番所も置かれ、通り過ぎると駐在が人懐っこい笑みを見せた。
修道院は世俗から離れた山の上に建っているので、奉仕活動以外の村人との接点は意外と少ない。わたしたちはちょっとピクニック気分で、小鳥囀る森を、小麦が揺れる畑を、牛が草を食む牧場を眺めながらてくてくと歩いて目的地に向かった。
「ごめんくださいまし」
訪れてみると、村外れの小さな工房は意外と整然としていた。
小ぢんまりした戸口からおずおずと声をかける。
応えがないので勝手に足を踏み入れると、タクトらしき男がひとり、座って何かを磨いていた。
三十路前後だろうか、少しやさぐれた雰囲気の男だ。無精髭を生やし、長めの黒髪から覗く目の下には隈がこびり付いている。
「ずいぶんお上品なシスターだな。こんなところに何の用だ」
客が来たというのに立ち上がりもせずに嫌味を言う様は、なるほど偏屈だ。世捨て人のような雰囲気はあるが、粗暴な様子は見て取れない。わたしは単刀直入に切り出した。
「貴方がタクトね。作っていただきたいものがありますの」
迷惑げな表情を隠しもしない男を無視して、わたしは手書きの拙い設計図を広げた。
興味なさげに図面に目をやったタクトだが、急にはっと目を見開いて設計図に食いついた。
「──なんだこりゃ。ピストンポンプか?」
「えっ、ポンプってこの世界にもあるの?!」
酵母に引き続き、わたしはまた既にあるものを作ろうとしてしまったのか。
「どうしようアンヌ。また無駄足ふんじゃったみたい」
既に存在する酵母を作ろうと四苦八苦した経験が尾を引いていたため、わたしは自分の失言に気づくのが遅れた。
──タクトは図面ではなく、わたしを見ていた。信じられないものをみるような目で、まっすぐに。
わたしはその眼光の鋭さで、この世界にポンプなんて「ない」ということが痛いほど分かった。
わたしたちはそのまましばらく無言で見つめあった。
「……小林拓人だ。お前は?」
名前とともに差し出された硬い手を、わたしはしっかり握った。




