首輪で呼び出された魔導機船と謎の猫
「トージ……起きてニャ」
「……んん」
「深い夜になってるニャ。起きてニャ~起きてニャ~」
コムギさんの声が胸の上から聞こえてくる。しかもずっとフミフミしながら起こしてくれていたようで、眼前にコムギさんの顔があったので俺は思わず抱き寄せて猫吸いを実行してしまった。
「スーハ―スーハ―」
やはり猫さんが間近にあるとモフモフしたくなるし、猫吸いもしたくなってしまうのは止められようもない。
「……気が済んだかニャ?」
至って冷静なコムギさんの声で俺は我を取り戻し、彼女から顔を離した。
「コムギさん。もしかして怒ってる?」
「怒るわけないニャ。そうじゃなくて、深夜になったからいい加減起きてほしいニャ」
「そうだよね、ごめん。今すぐ支度するよ」
漁村で暮らす前までは猫吸いはもちろん、極端なモフモフは許してくれなかった。しかし、今のコムギさんは俺がすることにすっかり慣れたようで嫌がるそぶりは見せない。
いい意味で達観してるというか、冷静沈着というべきか。
「……ふぅっ」
深夜までたっぷり寝たとはいえ、途中で眠くならない為にも俺は一杯だけコーヒーを口にする。
この世界で落ち着いてコーヒーを飲むことが出来ているのも、メルバで暮らしているおかげでもある。そう考えると、魔導機船のお披露目を漁村の人たちにするのは当然なのかも。
「もういいニャ?」
「お待たせ。外に出ようか」
「ウニャ」
外に出て最初に聞こえてくるのは波の音だけで、辺りは静寂に包まれていて全く見えない暗闇空間だった。
考えてみれば夜遅くに外に出ることなんて初めてだ。まして、最近はメルバにいないことが少なくなっているだけに、全く違う世界にいるような感じがしてならない。
「コムギさんは深夜というか、明け方に動くのは平気?」
「ふふん、むしろ好都合ニャ」
「え?」
「夜もだけど、明け方は活発に動けるのニャ。私は昼間の活動でそこまでエネルギーを使ってないからニャ~。明け方なら強い力が出しやすいニャ」
そういえば最初の頃のコムギさんはいつも眠ってばかりいたけど、あれはエネルギーを温存していたってことなのか。
そう考えると、今のコムギさんは以前より頼もしく見える。
「それにしても見事に真っ暗だね」
「心配しなくても、もうすぐ夜明けニャ。そしたらたくさん人が集まってくるニャ」
「それもそっか」
漁村の人たちの朝は早い――というのを俺は知らない。漁村で暮らしているのにもかかわらず、昼間しか顔を見せないというのもあるが。
そう考えると、早朝に出会うことがない人たちに海に出るうえでの注意点を直接聞けるチャンスは今だけかもしれない。
「トージ。ところで、魔導の力をどうやって使うか決めたのニャ?」
「えっ……と。もう少し明るくなったら魔導ボックスを取り出そうかなと……」
「やれやれニャ」
俺の言葉にコムギさんは首を左右に振って少し呆れている。
「え、駄目?」
「魔導ボックスは魔導の力じゃないニャ。物そのものなだけニャ。そうじゃなくて、魔法のように目に見える力じゃなければ魔導機船を顕現させるには至らないと思うニャ。多分だけどニャ~」
目に見える力か。それだと俺が使える魔導の力って何なんだろう。亜空間収納でもないだろうし、植木鉢も違う。そうかといって魔導装置――はハーゼのものだから違うだろうし。
「ど、どうしよう……」
「そう言うだろうと思ってたニャ。だけど、トージは何も心配しなくていいニャ!」
「もしかして、コムギさんが力を使うの?」
そうだとしたら、いくらエネルギーがあるからと言っても反動で眠ってばかりになるんじゃないだろうか。
「……気が進まないけど、私の知人の力を借りるニャ。彼女ならきっと簡単に力を発揮してくれるはずだからニャ」
「知人? ここに来てくれるの?」
「これを使えば一瞬で現れるはずニャ……」
そう言ってコムギさんは、ゴソゴソとモフモフの毛の中から輪っかの物を取り出して見せてくれた。
「それは首輪かな?」
「ニャ。知人の物ニャ」
どうやら詳しく話せる代物ではなさそう。
もしコムギさんの知人がここに現れて魔導の力を使ってくれるとしたら、それならそれでかなり助かる話だ。
しかし、気のせいかコムギさんはあまり使いたくないような表情を見せている。余程その知人が苦手、あるいは目上の猫さんかってところだろうか。
「無理しなくてもいいんだよ? 一回で魔導機船を出せるとは限らないんだし」
「トージの為だから大丈夫ニャ。それに、一度使えばそれきりのはずだから大丈夫ニャ」
「そっか」
これ以上聞くのはやめておこう。
「トージ~! 戻ったぞ~」
辺りが徐々に薄く見えるようになっていくところで、クウが姿を見せた。ダンジョンにもぐっていたようで、顔中土だらけになっている。
「お帰り、クウ。収穫はあったかい?」
「少しだけ魔法の力を上げることが出来たぞ! これでばっちりだ~」
……クウは魔法が使えるんだったな。そういえば俺とコムギさんは途中で行くのをやめたが、クウは元々探検猫。
俺についてくるのを強制はしてないが、本当はダンジョンの奥地に行きたいんだろうな。
「それじゃあ、俺はそろそろ宿に行って主人を呼んでくるよ。コムギさんとクウはここで待っててくれるかな?」
「分かったニャ」
「ん~? おいらも行かなくていいのか~?」
「今はここで休んでて」
「分かったぞ~」
人化するのにエネルギーを消費してる感じには見えなかったが、漁村の人たちに少年の姿を明け方に見せるのはやめておいた方がいい気がする。
「おはよう、トージ! いよいよか」
宿に行くと主人はすでに外で俺を待っていた。
「はい。それで呼びにきました」
「楽しみだな」
「そうですね」
とはいえ、俺の力ではどうにも出来そうにないけど。
「ああ、トージ。お前に魔導の力を使ってとは言ったが、あまり無理しなくていいからな」
「というと?」
「魔導機船はかなり大型の船なんだ。それなりの力を必要とする。だからお前に無理をさせてまでお披露目するのはどうかと思ってな……」
「……なるほど。ですが、多分何とかなりますよ」
確信はないが、俺にはコムギさんがいる。彼女を信じてその時を待つだけだ。
宿の主人と一緒にコムギさんとクウが待つ砂浜に向かうと、そこにはすでに大勢の漁村の人たちの姿があった。
それもそのはずで、辺りがだいぶ明るくなってきた。肝心のコムギさんとクウは漁村の人たちに撫でられたりして可愛がられている。
やはり猫のままで正解だった。
「え~と、みなさん。朝早くにすみません!」
「話は聞いてる。かつて昔にあった魔導機船を出すのだろう?」
「トージが魔導の力か~。そんな予感はしたがな」
「猫様を連れている男だから間違いはなかったな!」
――などなど、俺を疑うどころかかなり期待されている。
ううむ、そうなるとコムギさんに頼るしかなくなってしまうがどうしたものか。
「ニャ~!」
「コムギさん、おいで~!」
コムギさんが俺を見て合図を送ってくれたので、すかさず彼女を呼んで抱っこすることに。漁村の人たちにはコムギさんの言葉は通じないので、抱っこしつつ小声で話しかける。
「(使うニャ。いい?)」
「(ありがとう、コムギさん。いいよ)」
「(分かったニャ。それじゃあ、トージがこの首輪を使ってほしいニャ。私の力も注いでおいたけど、トージが使う方が確実な気がするにゃ。その代わり、何が出て来ても驚かないでニャ)」
コムギさんは首輪をそっと俺に手渡し、直後に地面に下りた。
「それでは、始めます……」
漁村の人たちや宿の主人が見守る中、俺は首輪に触れながらそれを海辺に向かって放り投げてみた。
その直後、強烈な陽射しが周辺に降り注ぎ、その場にいる誰もが目を閉じる現象が起きた。
「う、うわっ、まぶしっ!?」
眩しさで目を閉じた俺だったが、薄っすらと開けた目から見えたのはかなり大きな船の姿だった。
「……ムギヤマさまがわたしを呼び出したのですミャ?」
しかもその船の前から聞こえたのは、女性の声――いや猫の声だった。
「へ? 猫さん?」




