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第三幕 妄想から形へ

校内放送が鳴り響く、昼休み。ひのり、七海、紗里、みこはラウンジで各自お弁当を広げていた。


「――来月の校内PRウィークに向けて、各部活動は準備を始めてください」


放送が終わった直後、ラウンジでお弁当の卵焼きを食べていた本宮ひのりが、ぱっと顔を輝かせた。


「これってさ……演劇部も出られるってことだよね!? つまり、初舞台のチャンス……!」


七海は冷静に箸を止めながら答える。


「まあ、出ようと思えばね。でも“何をやるか”が決まってなきゃ無理でしょ?」


「うおおお!今から考えよう!放課後、部室集合!!」


その熱量にみこがびくっとなりながらも、小さく頷いた。


「……わ、私も……がんばる」


紗里はのんびり梅干しを口に入れながら笑う。


「じゃ、今日の放課後は『劇作会議』だね〜。なんか文化人っぽくない?」


放課後――

多目的室に集まった4人と顧問の音屋先生、そして静かに椅子に座って見守る宝唯香。


テーブルには、白紙のノートと、色とりどりのペン、そして――ひのりが持ち込んだ、謎のフィギュアがちょこんと置かれていた。


「……って、それ何?」


七海が一瞬ためらいながらも指を差したのは、魔法少女風のキラキラした衣装をまとった少女のフィギュアだった。腰に大きなリボン、杖の先には星型のクリスタル。

どこか既視感のある顔立ち――というか、明らかにひのりそっくりだった。


「ふふふっ、よくぞ聞いてくれました!」


ひのりが得意げにフィギュアを手に取る。


「これはね、“魔法少女ひのりん”! 私が小学生のときに考えたオリジナルキャラなの!」


「え、自作なの!?」


紗里が素で驚きの声を上げた。


「うん!なりきり遊びの延長で、ひとりでごっこしてたんだ~。昔、お母さんが誕生日に、この設定画見せて、特注で作ってくれたの! 世界にひとつだけの宝物っ!」


「……本当に、好きなんだね」


みこがぽつりと呟くと、ひのりはにっこり微笑んだ。


「うん。ずっと、誰かになりきるのが好きだった。誰かになれるって、夢が叶うみたいで……」


唯香がそのやりとりを黙って見つめながら、ふと表情を和らげた。


(……なるほど。“演じる”って、彼女にとっては昔から生活の一部だったのね)


「というわけで、“魔法少女ひのりん”が、わたしの原点です! 今日も見守ってくれてるよ!」


そう言って、ひのりはフィギュアをテーブルの真ん中にそっと置いた。


七海は半ばあきれたようにため息をつきつつも、

「まあ……そういう原動力も、大事か」と微笑んだ。


「じゃあ、ここからが本番だね!」

ひのりが意気込んでノートを開き、ペンを構える。


「せっかくだから、みんなで“やりたい劇”を出し合おう!ジャンルとか、内容とか!なんでもアリでいいよ!」


「じゃあ、ひのりからどうぞ」と七海が促すと、ひのりは待ってましたとばかりに勢いよく立ち上がる。


「よしっ!じゃあ私は――爆発!ワイヤーアクション!空を飛んで、敵を蹴り飛ばして変身して必殺技!!」


「……それ、演劇っていうかハリウッド映画だよね」


即座に七海がツッコむ。


「えー?でもさ、そういうのって憧れない? ステージの天井から吊られてビューンって飛んで、ドカーンって爆発!」


「学校の体育館、爆発させる気!?」


紗里が笑いながら身を乗り出す。


「でも、やりたい気持ちはわかるよ。ヒーローものとか、非現実系って憧れるし」


「そうそう!私たちの劇団は、誰も見たことない舞台を作るの!“舞風版アベンジャーズ”だよ!」


「……いやいや、まず予算ゼロだよ?」


七海は腕を組みながら現実的に指摘した。


「ワイヤーも爆発も無理だし、学校の機材でどうやって空飛ぶの?」


「うぅ……じゃあワイヤーの代わりに、気持ちで飛ぶ演技にしようかな……」


「気持ちか〜。演出が大変そうだけど、嫌いじゃないかも」


紗里はニコニコしながら頷く。


「私は、コメディっぽいのがやりたいな〜。観客が笑ってくれるような、ちょっとドタバタなやつ!」


「……紗里ちゃんがノリノリでボケ倒す劇か……それ、想像できるわね」


七海が小さく笑うと、


「えー?私そんなにボケてる?……って、あっ、今のもボケか!」


「はいはい、すでに始まってますよコメディ劇場」


「じゃあ、七海ちゃんは?」


「私は――人間ドラマ系かな。感情の機微を丁寧に描く作品。セリフに意味がある劇がいい。たとえば、親子の確執とか、夢と現実の狭間で葛藤する若者とか」


「おお〜、なんか文学的〜」


ひのりが感心して拍手を送る。


「ひのりのと合体させたら、感情の爆発で本当に爆発しそうだね!」


「……だから、爆発から離れて?」


最後に、みこが小さく手を挙げた。


「わ、私は……まだ、よくわからないけど……でも、誰かを助ける話とか、好きかも。誰かが誰かのために動く、優しいお話……」


その言葉に、場の空気がふっと和らぐ。


「みこちゃんらしいね。そういうの、素敵だと思うよ」


「……ありがとう……」


ひのりは腕を組みながら、フィギュアをちらりと見てつぶやいた。


「でも、どれも捨てがたいなあ……それぞれの“好き”がちゃんと詰まってる……」


そのつぶやきに、唯香が初めて口を開いた。


「だったら、全部混ぜればいいんじゃない? 笑いも涙も夢も希望も、舞台って“ひとつの世界”なんだから」


「全部……混ぜる……!」


ひのりの目が輝きを増したまま、勢いよくノートを開く。


「よーし、それなら私たちの初公演は“全部盛り”でいこう! ファンタジーもヒーローも感動もギャグも!」


「本当にやるの、それ……?」と七海が苦笑しながらも、ペンを手に取る。


「でも、上手く噛み合えば面白くなるかもね。“混ぜる”って言っても、ただ詰め込むだけじゃなくて、“ひとつの物語”としてつなぐのが大事」


「うん、ストーリー性があれば、どんなジャンルも生きるよね」と紗里。


「え、えっと……じゃあ、“異世界”ってどうですか……?」


みこがおそるおそる言葉を足すと、ひのりが即反応した。


「いいねそれ!“異世界転移”ってやつで、現実の私たちが異世界に飛ばされて、いろんな試練に立ち向かうの!」


「試練……」七海が少し考えて言う。「たとえば、“友情が試される場面”とか、“大切なものを失いそうになる”とか。そこに感情の山場を入れられそう」


「敵は巨大な闇の帝国! でもギャグパートも入れたいよね!」


「私は“トラブルメーカーな精霊”とかやってみたい。小道具ぶっ壊すとか!」


「ちょっ、それ本番でやらないでよ!?」


笑いながらやりとりを重ねるうちに、だんだんと劇の核が見えてくる。


「舞台は異世界。私たちは“学園の部室ごと転移”してしまう。そこで出会う謎の姫や、仲間たち。そして元の世界に戻るには、“伝説の演劇”を完成させなければならない――みたいな感じ?」


「演劇の中で演劇……メタ構造だ。面白いじゃない」


「お姫様は、みこちゃんで決まりだね!」


「えええっ!? ま、まだ何も決まってないよっ……!」


「私は魔法剣士がいいな〜。必殺技叫んで斬るの!」


「私は王国の参謀役で……ツッコミ担当!」


「じゃあ私は、敵のスパイだけど最後は味方になる役にする」


「いや、今もう味方じゃん!」


全員が自由にアイデアを出しながら、ひとつの台本が今、確かに動き出していた。


唯香はその様子をスマホ越しに眺め、少しだけ笑みを浮かべた。


音屋先生もまた、軽く頷きながら言う。


「それでいいわ。演劇は、想像するところから始まるの。どんなに突飛でも、演じるあなたたちに“伝えたい想い”があるなら、それはきっと届くわ」


「伝えたい想い……」


ひのりはふと、真剣な顔で呟いた。


「じゃあさ、最終的に“私たちが伝えたいこと”って、なんだろう?」


その問いに、場が一瞬だけ静かになった。


「誰かのために頑張ることとか……」


「バラバラな私たちが、一つになること……?」


「“演じるってことは、生きること”とか?」


「いや、深すぎて伝わらないって」


笑い混じりのツッコミが入るが、どの言葉もどこか胸に響いていた。


「とにかく――」ひのりが高らかに宣言する。


「これは、私たちの“はじまりの物語”だよ! 初舞台で伝説を作ろう!!」


「配役は決まったわね?」


音屋先生が穏やかに問いかけると、ひのりが手を挙げて元気よく答えた。


「はいっ!私は魔法剣士! 七海ちゃんは王国の参謀! 紗里ちゃんはトラブルメーカーな精霊で、みこちゃんはお姫様です!」


「みんな、それぞれの個性が活きていて素敵ね」


先生が頷くと、七海がペンを取り、ノートを開いた。


「……じゃあ、構成は私がまとめてみる。みんなのアイデアをベースに、ちゃんと台本にするわ」


「やった〜!七海ちゃん頼りになる〜!」


ひのりは机の上に置いた“魔法少女ひのりん”のフィギュアに目をやりながら、ふふっと笑った。



夕暮れの光が差し込む多目的室。音屋先生は職員室に戻り、紗里、みこ、唯香は先に帰宅してひのりと七海が残っている。机の上には、開かれたノートとカラフルなペンたち。

ひのりは椅子に立ち上がって、大きく両手を広げた。


「でねでね、ここで魔法剣士がビシッと決めポーズして、背中合わせに参謀が出てくるの!んで、そこにトラブルメーカーな精霊が“待ってー!”って走ってきて……!」


七海はノートを片手に、ため息をつきながらもその言葉を書き取っていく。


「つまり、三人が同時に登場するってことね?……あんた、登場シーンにやたらこだわるわよね」


「そこ大事でしょ!観客の心を掴む第一印象なんだから!」


「はいはい……で、姫はどのタイミングで攫われるの?」


「それはね――精霊がうっかり開けちゃいけない扉を開けちゃって、そこから怪しい黒い霧がもくもく〜って!」


「もう、その精霊が一番の問題児じゃない」


七海はクスッと笑いながらも、的確に流れを組み立てていく。ひのりは次々とアイデアを口にし、七海がそれを丁寧に文字に変えていく。


「ねぇ七海ちゃん……やっぱすごいよ。ひのりがふわっとしたこと言っても、ちゃんと形にしてくれるもん」


「それはこっちのセリフよ。言葉にしないと物語は動かない。……でも、それを“言いたい”って思わせるのは、あなたの熱なんだと思う」


ひのりは照れたように笑い、手元のフィギュアを見つめた。


「伝説って、最初は“ひとりの妄想”から始まるのかもね……」


「でもそれを、誰かと一緒に“物語”にすることで、現実にできる。今の私たちみたいに」


七海が最後の一行を書き終えると、ノートをぱたんと閉じた。


「完成。……とりあえずの初稿ね。ここからブラッシュアップしていけばいい」


「うん!ありがとう、七海ちゃん!」


ひのりは嬉しそうに笑い、机の上のフィギュアにそっと語りかける。


「見ててね。これは、私たちの――舞風学園演劇部の“伝説”なんだから!」


こうして、少女たちの夢と情熱が詰まった初めての台本が誕生した。


続く

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