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舞風学園演劇部 1年編 青春の開演  作者: 舞風堂
第一章 はじまりの幕
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第三幕 想像から形へ

 ひのりと七海のいる1年A組では国語の授業中。

 年配の男性教師、須藤先生が教科書を掲げて言った。


「じゃあ、この場面……読んでみたい人?」


 ひのりが元気よく手を挙げる。

「はいっ!」


教壇から先生が微笑む。

「じゃあ、本宮」


 立ち上がったひのりは、教科書を開きながら胸を張る。


「――あぁ! どうしてこんな運命に見舞われるのかっ!」

 声を張り、手を広げて感情たっぷりに読む。


「……彼を待つのは希望か、それとも絶望か……!」

 ナレーション部分もまるで劇のように語る。


 クラス中がざわつき、くすくす笑いが広がった。


「……本宮、普通に読みなさい」

 先生が苦笑混じりに注意する。


「えへへ……つい、気持ちが入りました!」

 ひのりは頭をかきながら席に戻る。


 隣の七海はペンをくるくる回しつつ、ぽそっと呟いた。

「……ほんと、どこでも演じてるんだから」


 授業が終わり、笑い声が残る教室。

 ひのりはノートを閉じながら、心の奥で思った。

(だって、ただ読むだけなんて……もったいないじゃん)

 胸のどこかが、ずっと舞台の照明を求めていた。


 昼休み。ひのり、七海、紗里、みこはラウンジで各自お弁当を広げていた。


「ねえねえ! 今日の国語、めっちゃ楽しかったんだよ!」

 ひのりは卵焼きを頬張りながら身振り手振り。

「ナレーション読むところで、私がちょっと役になりきってさ!」


「クラス全員、大爆笑してた」七海が冷静に補足する。

「でも……確かに臨場感あったな」


「うわぁ……目に浮かぶ」紗里が笑いながらおにぎりをかじる。

「絶対、教科書じゃなく舞台だったでしょそれ」


 みこは少し俯きながら、ぽつり。

「……でも、すごいなって思う。私、そんなふうに読めないから……」


 ひのりはにっこり笑って、拳を握る。

「みこちゃんもそのうちできるようになるよ! 一緒に舞台立つんだから!」


 その時――校内放送が鳴り響いた。


「――来月の校内PRウィークに向けて、各部活動は準備を始めてください」


 放送が終わった直後、ラウンジでお弁当の卵焼きを食べていた本宮ひのりが、ぱっと顔を輝かせた。


「これってさ……演劇部も出られるってことだよね!? つまり、初舞台のチャンス……!」


 七海は冷静に箸を止めながら答える。


「まあ、出ようと思えばね。でも“何をやるか”が決まってなきゃ無理でしょ?」


「うおおお!今から考えよう!放課後、部室集合!!」


 その熱量にみこがびくっとなりながらも、小さく頷いた。


「……わ、私も……がんばる」


 紗里はのんびり梅干しを口に入れながら笑う。


「じゃ、今日の放課後は『劇作会議』だね〜。なんか文化人っぽくない?」


 放課後――

 多目的室に集まった4人と顧問の音屋先生、そして静かに椅子に座って見守る宝唯香。


 テーブルには、白紙のノートと、色とりどりのペン、そして――ひのりが持ち込んだ、謎のフィギュアがちょこんと置かれていた。


「……って、それ何?」


 七海が一瞬ためらいながらも指を差したのは、魔法少女風のキラキラした衣装をまとった少女のフィギュアだった。腰に大きなリボン、杖の先には星型のクリスタル。

 どこか既視感のある顔立ち――というか、明らかにひのりそっくりだった。


「ふふふっ、よくぞ聞いてくれました!」


 ひのりが得意げにフィギュアを手に取る。


「これはね、“魔法少女ひのりん”! 私が小学生のときに考えたオリジナルキャラなの!」


「え、自作なの!?」


紗里が素で驚きの声を上げた。


「うん!なりきり遊びの延長で、ひとりでごっこしてたんだ~。昔、お母さんが誕生日に、描いた絵を見せて、特注で作ってくれたの! 世界にひとつだけの宝物っ!」


「……本当に、好きなんだね」


 みこがぽつりと呟くと、ひのりはにっこり微笑んだ。


「うん。ずっと、誰かになりきるのが好きだった。誰かになれるって、夢が叶うみたいで……」


 唯香がそのやりとりを黙って見つめながら、ふと表情を和らげた。


(……なるほど。“演じる”って、彼女にとっては昔から生活の一部だったのね)


「というわけで、“魔法少女ひのりん”が、わたしの原点です! 今日も見守ってくれてるよ!」


 そう言って、ひのりはフィギュアをテーブルの真ん中にそっと置いた。


 七海は半ばあきれたようにため息をつきつつも、

「まあ……そういう原動力も、大事か」と微笑んだ。


「じゃあ、ここからが本番だね!」

 ひのりが意気込んでノートを開き、ペンを構える。


「せっかくだから、みんなで“やりたい劇”を出し合おう!ジャンルとか、内容とか!なんでもアリでいいよ!」


「じゃあ、ひのりからどうぞ」と七海が促すと、ひのりは待ってましたとばかりに勢いよく立ち上がる。


「よしっ!じゃあ私は――爆発!ワイヤーアクション!空を飛んで、敵を蹴り飛ばして変身して必殺技!!」


「……それ、演劇っていうかハリウッド映画だよね」


 即座に七海がツッコむ。


「えー?でもさ、そういうのって憧れない? ステージの天井から吊られてビューンって飛んで、ドカーンって爆発!」


「学校の体育館、爆発させる気!?」


 七海のツッコみに紗里が笑いながら身を乗り出す。


「でも、やりたい気持ちはわかるよ。ヒーローものとか、非現実系って憧れるし」


「そうそう!私たちの劇団は、誰も見たことない舞台を作るの!“舞風版アベンジャーズ”だよ!」


「……いやいや、まず予算ゼロだよ?」


 七海は腕を組みながら現実的に指摘した。


「ワイヤーも爆発も無理だし、学校の機材でどうやって空飛ぶの?」


「うぅ……じゃあワイヤーの代わりに、気持ちで飛ぶ演技にしようかな……」


「気持ちか〜。演出が大変そうだけど、嫌いじゃないかも」


 紗里はニコニコしながら頷く。


「私は、コメディっぽいのがやりたいな〜。観客が笑ってくれるような、ちょっとドタバタなやつ!」


「……紗里ちゃんがノリノリでボケ倒す劇か……それ、想像できるわね」


 七海が小さく笑うと、


「えー?私そんなにボケてる?……って、あっ、今のもボケか!」


「はいはい、すでに始まってますよコメディ劇場」


「じゃあ、七海ちゃんは?」


「私は――人間ドラマ系かな。感情の機微を丁寧に描く作品。セリフに意味がある劇がいい。たとえば、親子の確執とか、夢と現実の狭間で葛藤する若者とか」


「おお〜、なんか文学的〜」


  ひのりが感心して拍手を送る。


「ひのりのと合体させたら、感情の爆発で本当に爆発しそうだね!」


「……だから、爆発から離れて?」


 紗里の指摘に七海がそう促す。


 最後に、みこが小さく手を挙げた。


「わ、私は……まだ、よくわからないけど……でも、誰かを助ける話とか、好きかも。誰かが誰かのために動く、優しいお話……」


その言葉に、場の空気がふっと和らぐ。


「みこちゃんらしいね。そういうの、素敵だと思うよ」


「……ありがとう……」


 ひのりは腕を組みながら、フィギュアをちらりと見てつぶやいた。


「でも、どれも捨てがたいなあ……それぞれの“好き”がちゃんと詰まってる……ねえ、そう思わない?」

ひのりはカメラを意識したかのようにどこかに目を向けいる。


 唯香は黙って彼女たちを見ていた。

 それぞれの「好き」を、こんなにも自由に持ち寄れるなんて――。

(あの頃の私は、台本通りに泣いて笑ってばかりで、自分の“やりたい”を混ぜる余裕なんてなかった)

 ほんの少し胸が熱くなる。


 全員が思いつくままにジャンルを語り終えると、

 しばしの静けさが多目的室に落ちた。

 窓から差し込む光がノートの白い紙に反射して、淡く机を照らしている。


 七海はペンの先で軽く紙を叩きながら、口を開いた。


「……ねえ。今日、図書室で演劇の本を借りてきたんだ」


 ひのりがぱっと顔を上げる。


「え、何その“参謀ムーブ”!」


「はいはい、黙って聞きなさい」


 七海は表紙をそっと撫でる。厚みのある、古めかしい製本の本だった。


「そこにね、“物語の軸は必ずひとつに絞れ”って書かれてたの。

 たとえば有名な悲劇だと『ロミオとジュリエット』とか。

 あれは細かい出来事はいろいろあるけど、物語の中心は“二人の愛が阻まれる”ただそれだけ。

 芯が一本通ってるから、どんな出来事が起きても揺らがない」


 静かに語る七海に、三人は自然と耳を傾ける。


「つまりね……いくらジャンルを混ぜてもいいけど、

 “私たちが何の物語をやりたいのか”だけは、決めなきゃいけないの」


 ひのりは少し考えて、胸の前で手を握った。


「……私たちの“芯”……」


「うん。異世界でも、ギャグでも、友情でもいい。

 でも、根っこが曖昧だと全部バラバラに見えるから」


 七海が言い終えると、みこがそっと口を開いた。


「……じゃあ、“みんなで元の世界に帰るための物語”……とか?」


 紗里が目を丸くして言う。


「それ、いいじゃん。単純だけど、わかりやすくて気持ちも入る」


 ひのりの目が、ふわっと輝いた。


「それなら……みんなの好きがちゃんと混ざるよね。“帰りたい理由”だって、ひとりひとり違ってもいいし!」


 七海は小さく笑って頷いた。


「そういうこと。軸が決まれば、どんなジャンルでも全部生きる。

 ……本に書いてあった通りよ」


 ひのりは“魔法少女ひのりん”のフィギュアをそっと見つめ、深く息を吸った。


「だったら、全部混ぜればいいんじゃない? 笑いも涙も夢も希望も、舞台って“ひとつの世界”なんだから」


「全部……混ぜる……!」


 ひのりの目が輝きを増したまま、勢いよくノートを開く。


「よーし、それなら私たちの初公演は“全部盛り”でいこう! ファンタジーもヒーローも感動もギャグも!」


「本当にやるの、それ……?」と七海が苦笑しながらも、ペンを手に取る。


「でも、上手く噛み合えば面白くなるかもね。“混ぜる”って言っても、ただ詰め込むだけじゃなくて、“ひとつの物語”としてつなぐのが大事」


「うん、ストーリー性があれば、どんなジャンルも生きるよね」と紗里。


「え、えっと……じゃあ、“異世界”ってどうですか……?」


 みこがおそるおそる言葉を足すと、ひのりが即反応した。


「いいねそれ!“異世界転移”ってやつで、現実の私たちが異世界に飛ばされて、いろんな試練に立ち向かうの!」


「試練……」七海が少し考えて言う。「たとえば、“友情が試される場面”とか、“大切なものを失いそうになる”とか。そこに感情の山場を入れられそう」


「敵は巨大な闇の帝国! でもギャグパートも入れたいよね!」


「私は“トラブルメーカーな精霊”とかやってみたい。小道具ぶっ壊すとか!」


「ちょっ、それ本番でやらないでよ!?」


 笑いながらやりとりを重ねるうちに、だんだんと劇の核が見えてくる。


「舞台は異世界。私たちは“学園の部室ごと転移”してしまう。そこで出会う謎の姫や、仲間たち。そして元の世界に戻るには、“伝説の演劇”を完成させなければならない――みたいな感じ?」


「演劇の中で演劇……メタ構造だ。面白いじゃない」


「お姫様は、みこちゃんで決まりだね!」


「えええっ!? ま、まだ何も決まってないよっ……!」


「私は魔法剣士がいいな〜。必殺技叫んで斬るの!」


「私は王国の参謀役で……ツッコミ担当!」


「じゃあ私は、敵のスパイだけど最後は味方になる役にする」


「いや、今もう味方じゃん!」


 全員が自由にアイデアを出しながら、ひとつの台本が今、確かに動き出していた。


 唯香はその様子をスマホ越しに眺め、少しだけ笑みを浮かべた。


 音屋先生もまた、軽く頷きながら言う。


「それでいいわ。演劇は、想像するところから始まるの。どんなに突飛でも、演じるあなたたちに“伝えたい想い”があるなら、それはきっと届くわ」


「伝えたい想い……」


 ひのりはふと、真剣な顔で呟いた。


「じゃあさ、最終的に“私たちが伝えたいこと”って、なんだろう?」


 その問いに、場が一瞬だけ静かになった。


「誰かのために頑張ることとか……」


「バラバラな私たちが、一つになること……?」


「“演じるってことは、生きること”とか?」


「いや、深すぎて伝わらないって」


 笑い混じりのツッコミが入るが、どの言葉もどこか胸に響いていた。


「とにかく――」ひのりが高らかに宣言する。


「これは、私たちの“はじまりの物語”だよ! 初舞台で伝説を作ろう!!」


「配役は決まったわね?」


 音屋先生が穏やかに問いかけると、ひのりが手を挙げて元気よく答えた。


「はいっ!私は魔法剣士! 七海ちゃんは王国の参謀! 紗里ちゃんはトラブルメーカーな精霊で、みこちゃんはお姫様です!」


「みんな、それぞれの個性が活きていて素敵ね」


 先生が頷くと、七海がペンを取り、ノートを開いた。


「……じゃあ、構成は私がまとめてみる。みんなのアイデアをベースに、ちゃんと台本にするわ」


「やった〜!七海ちゃん頼りになる〜!」


 ひのりは机の上に置いた“魔法少女ひのりん”のフィギュアに目をやりながら、ふふっと笑った。



 夕暮れの光が差し込む多目的室。音屋先生は職員室に戻り、紗里、みこ、唯香は先に帰宅してひのりと七海が残っている。机の上には、開かれたノートとカラフルなペンたち。

 ひのりは椅子に立ち上がって、大きく両手を広げた。


「でねでね、ここで魔法剣士がビシッと決めポーズして、背中合わせに参謀が出てくるの!んで、そこにトラブルメーカーな精霊が“待ってー!”って走ってきて……!」


 七海はノートを片手に、ため息をつきながらもその言葉を書き取っていく。


「つまり、三人が同時に登場するってことね?……あんた、登場シーンにやたらこだわるわよね」


「そこ大事でしょ!観客の心を掴む第一印象なんだから!」


「はいはい……で、姫はどのタイミングで攫われるの?」


「それはね――精霊がうっかり開けちゃいけない扉を開けちゃって、そこから怪しい黒い霧がもくもく〜って!」


「もう、その精霊が一番の問題児じゃない」


 七海はクスッと笑いながらも、的確に流れを組み立てていく。ひのりは次々とアイデアを口にし、七海がそれを丁寧に文字に変えていく。


「ねぇ七海ちゃん……やっぱすごいよ。私がふわっとしたこと言っても、ちゃんと形にしてくれるもん」


「それはこっちのセリフよ。言葉にしないと物語は動かない。……でも、それを“言いたい”って思わせるのは、あなたの熱なんだと思う」


 ひのりは照れたように笑い、手元のフィギュアを見つめた。


「物語ってて、最初は“ひとりの想像”から始まるのかもね……」


「でもそれを、誰かと一緒に“物語”にすることで、現実にできる。今の私たちみたいに」


 七海が最後の一行を書き終えると、ノートをぱたんと閉じた。


「完成。……とりあえずの初稿ね。ここからブラッシュアップしていけばいい」


「うん!ありがとう、七海ちゃん!」


 ひのりは嬉しそうに笑い、机の上のフィギュアにそっと語りかける。


「見ててね。これは、私たちの――舞風学園演劇部の“伝説”なんだから!」


 こうして、少女たちの夢と情熱が詰まった初めての台本が誕生した。


 続く

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