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第十三幕 一夏の思い出、合宿

 八月。夏休み真っ只中、舞風学園演劇部の五人は、海沿いの町にある宝家の別荘へと向かっていた。


 車を運転しているのは、唯香の家の管理人――黒瀬さんという、落ち着いた雰囲気の中年男性だった。


 革張りのシートに包まれて揺られる車内では、潮の香りが徐々に強くなり、窓の外には青く広がる海が見えてくる。


「ほんとに海が目の前なんだ……!」

 後部座席のひのりが、窓にかじりつくようにして歓声を上げる。


「ちょっとしたリゾートじゃん……これが別荘って……」

 みこがぽつりと呟き、目をぱちぱちと瞬かせる。


「うちの祖父母が、バブルの頃に買ったらしいの。今はもう使ってないけど、管理だけは続けていてくれてるのよ」

 助手席から唯香が説明する。


「バブルの頃の別荘かぁ……」

 七海が静かに言葉を紡ぐ。

「小説で読んだことあるわ。高台の洋館、海が見渡せるテラス、絨毯張りの応接室……。まさにそんな雰囲気ね」


「ふふ、まさにその通りかも」

 唯香が微笑む。

「ちなみに、うちの家系、実は資産家でもあってね。この別荘もその一つなの」


「し、資産家……!?」

 ひのりが振り返り、思わず口を開ける。


「ってことは、唯香ちゃんってお嬢様!? いやもう、お嬢様じゃん!?」


「まじで映画とか漫画の世界だね……」

 みこもぽつりと呟く。


「昔、父の映画のロケにも何度か使われてたって聞いたわ。私も、小さい頃に何度か来たことあるの」


「うわぁ、ガチでドラマのセットじゃん……」

 紗里が窓の外を見ながら、思わず笑い声を漏らす。


「……あれ? てことはさ……」

 ひのりが唐突に口を開く。


「これ、“学園アニメの合宿回”じゃん! お金持ちの子が別荘を提供してくれるっていう定番イベント!!」


「出た、メタ発言」

 七海が呆れたように笑った。


「だって、ほんとにそうじゃない!? お城みたいな別荘、海、夏、合宿……完璧でしょ!」


「まぁ、言われてみれば……ありがちだけど、憧れる展開ではある」

 紗里が肩をすくめる。


「ふふ。そんなに特別じゃないわよ。……まあ、ちょっと贅沢かもしれないけれど」

 唯香が少し照れたように言った。


 そんな会話が続く中、車はゆっくりと坂を上り、大きな白い門を抜ける。


 目の前に現れたのは、潮風にも負けずしっかりと手入れされた洋風の邸宅。高い天井と広々としたテラス、そして窓の向こうには、キラキラと光る海が一望できる。


「……っわ……」

 ひのりが絶句し、みこが「お城みたい……」と呟く。


 黒瀬が車を停め、静かに言う。


「着きました。荷物は中に運んであります。冷蔵庫には食材と飲み物も入れておきましたので、ご自由にお使いください」


「ありがとう、黒瀬さん。迎えもお願いしていいかしら?」


「はい。予定の時間に再びこちらに伺いますので、ごゆっくりお過ごしください」


 黒瀬の車が去ったあと、残された5人は、しばし言葉もなく、別荘を見上げていた。


「これ……ほんとに“合宿”って言っていいの?」

 紗里が半ばあきれたように、でも楽しそうに言う。


「まあ、特別合宿ってことで」

 唯香が少しだけ肩をすくめて笑った。


「というわけで――合宿スタートだねっ!」

 ひのりが声を張り、真っ青な空に向かって両手を広げた。


 真夏の風に乗って、少女たちの声が海辺の別荘に響きわたる。


  玄関のドアが開くと、ひんやりとした空気とともに、落ち着いた木の香りが5人を包み込む。

 重厚な柱、壁を飾る額縁、天井から下がるアンティーク調の照明。まるで時が止まったような静けさと、贅沢な空間が広がっていた。


「わぁ……すごい……! 映画のセットみたい!」

ひのりが思わず声を上げる。靴を脱いで廊下に一歩踏み出すと、艶のある木の床がきしりと小さく鳴った。


「この雰囲気……なんか、ちょっと緊張するかも」

みこはそっと声を落としながら、壁にかけられたクラシックな絵画を見つめる。


「天井高いし、窓もでっかい……うちの実家とはスケールが違うなぁ」

紗里は天井を見上げながら、興味深そうに周囲を見渡している。


 そんな中、七海はゆっくりと壁の装飾や調度品に目を走らせ、立ち止まってぽつりと呟いた。


「この照明……ああ、やっぱり昭和の終わり頃のデザインね。ノスタルジーって、ただ懐かしいだけじゃなくて、どこか胸が締めつけられるのよね」


「えっ、そんなことまで分かるの?」

ひのりが驚いて聞き返すと、七海は少し照れたように微笑んだ。


「古いものには“時間”が染み込んでるの。過ごした人の記憶とか、その空間の空気とか……。そういうのを想像すると、物語が生まれてくるのよ」


「え〜〜〜〜! さすが七海ちゃん、小説家脳!」


「……でも、本当にこういう場所、大好きよ」

 七海の言葉には、どこか深い感情がにじんでいた。


 そのやり取りを聞いていた唯香が、ふと微笑みながら言葉を添える。


「この別荘も、亡くなった祖父母がバブルの頃に建てたものなのよ。今は使ってないけれど、ちゃんと管理は続けてるの。思い出が詰まってるから」


「……やっぱり唯香ちゃんって、お嬢様なんだね」

みこがぽつりと感嘆の声を漏らす。


「こうやって使用するのもお祖父様お祖母様喜んでくれてると思うわ」

 七海も周囲を見渡して言った。


「いやもう、ここで演劇やったら絶対ドラマチックになるやつじゃん!」

ひのりは目を輝かせて言った。


「ふふ、合宿にはちょっと贅沢すぎたかしら。でも、せっかくだし目一杯使いましょう?」


「じゃあ改めて――演劇部特別合宿、スタートだねっ!」

ひのりが勢いよく両手を広げる。


 青く広がる空、窓の外には穏やかな海。

 5人の笑い声が、静かな別荘の中に、ゆっくりと響き始めていた。


 荷解きを終えた後、5人はダイニングの大きなテーブルに集まり、今日の昼食メニューを相談していた。


「何作ろうか。せっかくだから、ちょっと“夏っぽい”のがいいよね」

 七海が真剣にレシピ本をめくりながら言う。


「バーベキューは夜に取っておきたいし……お昼はガスコンロでできるものがいいかも」

 紗里が冷蔵庫の中を確認しながら補足する。


「魚介類がめっちゃある!エビ、イカ、あさりに白身魚も!」

 ひのりがクーラーボックスを覗き込んでテンションを上げる。


「じゃあ……シーフードカレーなんてどうかしら?」

 唯香が落ち着いた声で提案する。

「海の町に来たんだもの。土地の味を楽しむって意味でも、ぴったりでしょ」


「いいね、それ! 夏だしカレーで間違いない!」

 ひのりが勢いよく手を挙げる。


「魚介の出汁って、ルーに深み出るしね。賛成」

 七海も頷いた。


「わたしも、賛成〜」

 みこがふわっと笑顔を見せると、


「じゃあ決まりね」

 紗里が早速エプロンを身に着ける。



「というわけで本日は〜! 舞風学園演劇部の“夏の別荘キッチン”からお届けしま〜す!」


 ひのりがしゃもじをマイク代わりに持ち、カメラの向こうを想像しながら、テンション高く宣言する。


「本日のメニューは、海の恵みたっぷり、シーフードカレーで〜〜す!」


「……始まったわね、料理番組ごっこ」

 七海が苦笑する。


「キャスターの本宮ひのりさん、今日のゲストはどなたですか?」

 唯香が合わせてくる。


「本日はなんと〜、伝説の料理人・紗里さんにお越しいただいてま〜す!」


「なんかその言い方プレッシャー感じる……」

 そう言いながらも、紗里は手慣れた手つきで玉ねぎをスライスし始める。


「私は野菜チームね。じゃがいもとにんじん、まかせて」

「ひのりは皮むきお願い。ピーラーあるから!」


「まかせてっ!」


 だが――


「うわっ、またジャガイモの角が削れた!なんか変な形に〜!」


「……だから言ったのよ。食べるの大好きなのに、作るのは下手って」


「ひどい〜七海ちゃん〜!」


「うふふ、なんか楽しいね」

 みこはにんじんを切りながら、にこにこと調理を見守る。


 その隣では唯香が、エビの殻を丁寧に剥き、イカを美しくさばいている。


「ほんと、唯香ちゃん手つきがプロっぽい……」

 みこが感心したように言うと、


「一応、昔の撮影で“調理シーン”があったからね。所作も含めて、仕込まれたの」


「経験値が違うわ……」


 やがて、大鍋の中で香り立つスパイスと魚介の香りが混ざり合い、食欲をそそる匂いがキッチンいっぱいに広がっていく。


「完成〜!!」


「うわ〜〜!お腹すいた〜〜!」

 ひのりがわくわくしながら皿を並べる。


「海を見ながら食べるって……なんか贅沢」

 七海がテラス席の方をちらりと見る。


「じゃ、いっただきま〜す!」


「「いただきまーす!」」


 一口食べた瞬間――


「……おいしいっ!!」

「うん、魚介の味がすごい出てる。これは当たり」


「ちょっとスパイシーだけど、それがまた夏っぽいね」

 みこがスプーンを口に運びながら微笑む。


「料理って、演劇と似てる気がする」

 唯香がふと呟いた。

「準備と段取りがあって、最後に“舞台”があって……みんなで味わうところまで含めて、一つの作品」


「ほんとそれ!」

 ひのりが元気よく頷く。


 潮風が吹き抜ける中、5人の笑い声が爽やかに響いていた。


  昼食を終え、荷物を片付けた5人は、水着に着替えて別荘の裏手にある細い坂道を下っていた。


 道の両側には背の高い草が風に揺れ、木漏れ日がところどころに差し込む。セミの鳴き声とともに、遠くから波音がだんだんと近づいてくる。


「わぁ……ほんとに海に続いてる道なんだ!」

 ひのりが先頭を駆けるようにして下り、くるりと振り返って歓声を上げる。


「ねぇ、早く早く〜! こういう坂、ワクワクしかしないよ!」

 その後を追いかける紗里も、笑いながら小走りになる。


 みこはタオルで額を拭きつつ、やや遅れて息を整える。


「ちょっと〜、はしゃぎすぎだよ……!」


「ふふ、青春のテンプレートって感じね」

 七海が控えめに笑い、唯香は最後尾から麦わら帽子を風から守るようにそっと押さえながら歩いていた。


 やがて、坂道を抜けた先に広がる視界。


 真っ白な砂浜と、どこまでも青く続く水平線。強すぎない陽射しと、心地よく吹き抜ける潮風。


「……ここ、ほんとにプライベートビーチなの?」

 みこが目を見開きながら感嘆の声を漏らす。


「ええ。祖父母がこの別荘を建てたとき、隣接するこの浜も一緒に買い取ったの。今は管理の人くらいしか来ないから、ほとんど貸切状態よ」

 唯香はそう言って、どこか懐かしそうに砂浜を見つめる。


「小さい頃、祖父母とよく来てたわ。おじい様は釣りが好きで、海に向かってじっと竿を垂らしてた。私はおばあ様と一緒に、砂で山を作ったり、貝殻を並べたりしてたの」


「……素敵な思い出だね」

 七海が横で頷く。


「母は厳しかったけど、祖父母はいつも私の“ありのまま”を見てくれたの。演じていない私をね……。この海では、ただの子どもとして笑っていられた」


 その言葉には、過去を振り返る切なさと、今こうして語れる安堵が混ざっていた。


「そっか……。じゃあ今日はさ、唯香ちゃんにもまた“笑える日”にしよう」

 ひのりがふっと笑い、両手を広げて叫ぶ。


「さっ、泳ぐよーっ!! 遊ぶよーっ!!」


 ひのりと紗里が砂浜を駆けて波に飛び込み、派手に水しぶきを上げた。


「うわぁっ、冷たいっ! でも気持ちいい〜〜!!」

 紗里がはしゃぎ、ひのりと水をかけ合う。


「ひのりちゃん、水しぶき顔に直撃〜っ!!」

 みこが叫びながら逃げ回り、結局びしょ濡れになって笑い崩れる。


 海の上では、浮き輪を使ってぷかぷかと漂ったり、全力でバタ足したり、遠くに投げたビーチボールを取りに走ったり。


 砂浜では、紗里とみこが本気で砂のお城を作りはじめ、ひのりが途中で崩してしまって騒ぎになる――そんなドタバタもまた楽しい。


 少し離れた場所で、唯香と七海は波打ち際に立ち、夕方に向けて徐々に柔らかくなっていく陽光を浴びていた。

 遠くからは、ひのりたちの笑い声。

 だけどここには、時間が止まったような静寂が流れていた。


「こうして見ると、舞風の部活ってほんと……“青春”そのものね」

 七海が海風に髪をなびかせながら静かに言う。


「……本当ね」

 唯香は目を細め、海を見つめる。


「昔の私は、“完璧な笑顔”を作るために演じてた。よい子のマナーとか、こんにちはの挨拶とか――何十回も撮り直して。でも今は……」


 彼女はそっと微笑んだ。


「こうして、誰にも見られない場所で、ただ“楽しい”って笑える。それがすごく、嬉しいの」


 七海は黙って耳を傾けていたが、やがてふと思い出したように言葉を紡ぐ。


「中間テストの前、ひのりの家で勉強会をしたことがあってね。私と紗里とみこ、そしてひのりの4人で」


「ええ。聞いたことあるわ」


「そのとき、ひのりが話してたの。小さい頃、公園でね――撮影から逃げてきた、泣いてた女の子と“魔法使いごっこ”をしたことがあるって」


 七海は、波打ち際を見つめながら続けた。


「その話を聞いた時、根拠はなかったけど……“もしかして唯香ちゃんじゃないか”って、なんとなく思ったの」


 唯香の目が、ほんの少し見開かれる。


「……勘が鋭いのね」


 すると七海は、ふっと笑って肩をすくめる。


「私、人間観察や洞察力が優れてるみたいなの。小説を書いたり読んだりしてるとね、いろんな人の人生を、少しずつ追体験する感覚になるの。不思議なものよね」


「……わかるわ」

 唯香がゆっくりと頷く。


「私も、子役としていろんな役を演じてきた。だからまだ十代なのに、何人分もの人生を体感してるような気がするの。一度きりの人生なのに――それが、すごく不思議で、少しだけ誇らしい」


 潮風がふたりの髪を揺らし、波音が優しく寄せては返す。


 波の音が静かに重なる中、唯香もふと遠くを見るように言った。


「……私もね。入学式のとき、初めてあの子に声をかけられて“演劇部に入らない?”って言われた時……どこかで会ったことがある気がしたの。記憶に引っかかるような……不思議な感覚だった」


 それを聞いた七海は、優しく微笑む。


「……運命って、あるんだね」


 二人は静かに立ち尽くし、寄せては返す波の音に耳を澄ませた。


「……いい夏ね」


「ええ。きっと、忘れられない夏になるわ」


 

 寄せては返す波の音に包まれながら、夕暮れに向かう中、少女たちはまだ十代という枠の中で、ひと足先に、成熟した大人への階段を一歩踏み出すような、静かで深い対話を交わしていた。


夕暮れが迫り、海辺の陽射しがオレンジ色に染まりはじめた頃。

 別荘の広いテラスには、舞風学園演劇部の5人が集まり、円を描くように立っていた。


「じゃ、軽くウォームアップから始めよっか」

 ひのりが腕を回しながら言うと、みこが少し緊張気味に背筋を伸ばした。


「合宿って感じしてきた……!」

 みこがぽつりと呟くと、


「カレー食べて、海で遊んだあとに演劇の練習って、ちょっと贅沢だよね」

 紗里が笑う。


 唯香が手を叩き、声を整える。


「発声練習からね。順番に、声を出していきましょう。背筋を伸ばして、腹式呼吸を意識して――」


「『あえいうえおあお!』」

 ひのりの声が最初に響き渡り、それに続くように皆が輪唱する。


 テラスには、日常を忘れたような澄んだ空気と、真剣な眼差しが並んでいた。


 七海が、プリントされた短い脚本を持ち上げる。


「昨日書きかけだったミニ台本、持ってきたから、朗読してみる?」


「やったー! 七海ちゃんの新作、読みたかったの!」

 ひのりが手を挙げて喜ぶ。


「じゃあ、私は語り手役やるね」

 みこがゆっくりと読み始め、物語の空気が、静かにテラスを包み込む。


 朗読が進むにつれ、空はさらに赤く染まり、潮の香りと涼しい風が、まるで舞台装置のように彼女たちを取り囲んでいく。


 練習が終わる頃には、空はすっかり茜色に染まり、街灯もまだ灯らぬ静けさが辺りを満たしていた。


  陽が完全に落ちるころ、別荘の庭には炭火のグリルと網が用意されていた。炭が赤く燃え、炎が時折揺れる。夏の虫の声と、薪がはぜる小さな音が夜空に響く。


「さあ! お待たせ、豪華ステーキ肉とエビ焼きも準備できたよ〜!」


 ひのりがワクワクした声で荷室から持ってきた肉塊とエビの串を広げる。


「うわ、すごい……本気じゃん」


 紗里が目を輝かせながら言う。


「これは、別荘BBQの本気具合だ……!」


 みこがアルミ箔を外しつつ、網に乗せた肉をじっと見つめる。


「いい匂い……」


 火加減を調節しながら、唯香がエビを串から丁寧に並べる。


「このエビは、新鮮そのもの。皮がカリッと焼けるように火を通して……」


 網の上で肉がジュウジュウと音を立て始め、油がはねる。


「おお……」

 七海がその音を聞いて目を細める。


 ひのりはもう待てず、厚切りのステーキを一口かじる。


「んーっ! 柔らかっ! すごい……!」


 さらにコーラの缶を取り出し、一気にごくごくと飲む。


「ぷはーっ!! この炭火ステーキとコーラ、最高だわ!」


「……おっさんか、アンタ」

 七海が苦笑混じりにツッコむ。


「え? おっさん扱い!? だって、演技も料理も全部“本気”でやるタイプだからさ!」


 ひのりは肩をすくめながら照れくさそうに微笑む。


「ステーキとエビ、どっちもいい感じに焼けてる。じゃあ、みんなでシェアしようか」


 紗里が肉を切り分けながら声をかける。切り分けられたステーキやエビを皿に載せ、各自の手元に配られていく。


「いただきます!」


 5人が口を揃えて声を出し、ほおばる。


「……うん、美味しい……! 海の風味と炭火が混ざっていい感じ」


「コーラがまた合う……まるでビールみたいな感覚!?」


 ひのりが笑顔で言うと、七海がからかい気味に返す。


「アンタはもう、“女子高校生兼ビールおじさん”って呼ばれてもいいくらいだね」


 ひのりは「いいじゃんそれ!」と笑いながら、再びコーラを飲む。


 夜風と炎に包まれた庭で、5人の笑い声と食欲と友情がゆっくり重なっていた。


  別荘の屋上に出た5人は、広がる夜空に思わず見とれていた。


 見晴町の夜空は街灯も少なく、天の川がうっすらと見えるほどに澄んでいた。波の音が遠くでリズムを刻み、心地よい潮風が静かに髪をなでる。


「……星、綺麗だよね」


 ひのりがぽつりと呟く。


「こうやって見上げてると、地球に生きてるんだなぁって感じする」


「宇宙規模で来たな」

 七海が笑いながら横に寝転がる。


「そういえば……もう入学して、4ヶ月かぁ。ほんと、あっという間だったね」


「うん。公演も、5月と7月に2回やったし……」

 七海は小さく頷く。

「準備もリハーサルも、よく頑張ったわよね、私たち」


「でも……」

 ひのりは星を見上げたまま、ぽつりと口を開いた。

「1回目の公演が終わったとき、わたし……ちょっと燃え尽き症候群になっちゃってさ」


「……わかる」

 みこがそっと声を漏らす。

「終わった後、すごく寂しかったもん。あの時間がもう戻ってこないんだなって」


「でも、だからこそまたやろうって思えたんだよね」

 唯香が隣で微笑む。

「本番が楽しかったから、また“次”がやりたくなる。それって、すごく素敵なことだと思う」


「……だよね」


 ひのりがふっと息を吐く。


「初めての練習のこと、思い出すなあ」

 紗里がふと天を見ながら笑った。

「ひのりがさ、“伝説を作ろう”って言い出したの、あたし今でも忘れてないよ」


「え!? あたしそんな大げさなこと言ってた!?」


「言ってた言ってた。“舞風演劇部は伝説になる!”って、めっちゃ目キラキラさせてた」


「うわ〜〜〜〜! うわあああ思い出してきた〜〜〜〜!!」

 ひのりが恥ずかしそうに顔を覆う。


「でも、そういうの、私は好きだった」

 みこが静かに言う。


「……え?」


「そういう勢いのある人がいなきゃ、私、多分入ってなかったかも。演劇部」


「……わかる」

 七海が頷く。

「ひのりの“やろう!”っていう勢いは、いい意味で引っ張ってくれる。たまに空回るけど」


「ひどい!」


「でも……それがひのりなんだよ」

 唯香が笑って言った。

「あなたが“やりたい!”って言ったから、私もちゃんと自分の居場所を見つけようって思えたの」


「……うん」


 ひのりは少しだけ涙ぐんだ目で、また空を見上げる。


 やがて、静かに――


「……私ね、昔は子役として活動してたでしょ?」


 唯香が夜空に向かってぽつりと語り出す。


「与えられた台本を覚えて、“ちゃんと”演じて、“期待に応える”のが当たり前だった。

だけど、正直、どこかいつも息苦しくて……自分の言葉で笑ったり、泣いたりできる場所じゃなかったの」


 誰も口を挟まず、唯香の言葉に静かに耳を傾ける。


「でも、この演劇部に入って……初めて、“普通の高校生”みたいな時間を過ごせてるって思えたの。

練習で笑ったり、悩んだり、みんなとふざけたりして。

それが、すごく……幸せなの。あの頃にはなかった、大切な時間だから」


 唯香の目が、星の光を反射して少しだけ潤んで見える。


「だから、今ここにいられることが、本当に嬉しいのよ。だからこの瞬間、一生忘れられない宝物」


 ひのりは微笑みながら頷いた。


「うん、同感」

 七海も、同じように星を見つめていた。


「何年後かにさ、あの時の合宿の夜、星きれいだったなって……そうやって思い出すんだろうな」


「そうなってくれたら、最高だよね」


 寄せては返す波の音、そっと吹き抜ける潮風――

 この夜に溶け込むように、時間は静かに流れていった。


 忘れられない夏。

 何年先でも、きっと思い出す。

 この星空と、この仲間と、この“今”。


 たった一度きりの、かけがえのない青春の一ページに――

 少女たちは静かに、確かな記憶の灯をともしていた。


続く。


  

全26話構成、TVアニメ2クール分の1年編の前半がようやく終わりました。ここまで読んでいただいた皆さん本当にありがとうございます。

chatGPT使ってアイデア自分から出して執筆し、文書やセリフ入れたりして早いペースで小説書きましたが、いかがでしたか?

もし良ければお気に入りやレビューもしていただかれば幸いです。

十四幕からはいよいよ後半戦、秋に入りますが、まだまだ舞風学園演劇部の物語は続きますので更新頑張っていきますので今後ともよろしくお願いします。


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