第9話「よろしくです、パパとママ♡」
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レベル上げとはいかなかったが、クエスト通り、魔物を5体倒した(もとい、勝手に自滅していった)ため、豊樹の枝木へと戻ってきた。
「はあ、まさか1体も自分たちの実力で倒せないとは……」
「さすが、クモキくんだね……。想像の上をいっていたよっ……」
「うん、それ褒めてないから」
とりあえず、魔物を討伐した素材は入手しているため、クエスト達成の証明は可能だ。草むしり相当のギルはもらっておこう。
「ん? なんだ? さっきのライセンスカードを発行してくれたお姉さんのカウンターだけ、やけに並んでいるな」
他のカウンターは冒険者が捌けているのに、お姉さんの前だけ列を成している。先頭には、小学生くらいの女の子だろうか、両手を振り回しながら、何かを訴えている。
「だから、わっちも冒険者になりたいのです!!」
『申し訳ありません。ライセンスカードの作成には、小学生以下の冒険者様の場合、保護者様もしくは代理人の方の同伴が必要でして……』
「なんで、ですか!? こんなに可憐な女の子が頼んでいるのですよ!」
『そう言われましても、規則でして。冒険者がクエストを依頼したり、受注するには、信頼が必要なものなのです。その信頼を同盟が冒険者ライセンスカードで証明している形になっておりまして……』
「クモキくん、なんか、困っているみたいだね? 助けてあげようよ!!」
そのとき、俺の直感に電流が走るッ!! 面倒ごとに巻き込まれそうだと。
不運の申し子の俺は危機察知能力に優れているのだ。正直、この能力がなかったら、いまごろどうなっていたかわからない。トラックに巻き込まれて死んでいるなんてこともあり得るレベルだ。よって、回答は一択のみ!
「えっ!? いいんじゃないか放っておいて」
だが、エトナはむーっと膨れっ面で俺を凝視している。昔からそうだ。エトナ、いや恵菜は困っている人をそのままにしておけない性分なのだ。そして、彼女についたあだ名は、おっぱいの女神。ちなみに、俺が勝手に名付けた。
「はあ……、わかった、話を聞くだけだぞ?」
「うんっ、ありがとう!!」
エトナは少女に近づき、膝を曲げて、目線を合わせる。目がくりくりしていて、お人形みたいな女の子だ。矢印のような形をした悪魔のしっぼと、牙が生えていることから、魔族を設定したのだろう。そんな小悪魔な女の子に女神であるエトナが話しかける。
「どうしたの? お姉ちゃんで良ければ聞くよ?」
「ありがとうなのです! 実はどうしてもギルが欲しくて。冒険者ライセンスが欲しいのですが、この受付のおばさんが聞き分けてくれないのです」
『おばっ!?』
ひぃ。受付のお姉さんの顔がヒクついているぞ。ここは間に入った方がいいだろう。
「あー、どうして、そんなにお金がほしいんだ?」
「え、お金がほしくないんですか?」
少女は俺の心を見透かすほどの澄んだ瞳で、俺をじっと見つめている。お金に興味がない人がこの世に居ないと確信しているかのようだ。あまり、大人な俺をなめるなよ!!
「お金は大事さ、でもそれ以上に大事な物がある。それは、コッ(舌をはじく音)、愛さ!!」
「愛? 愛でご飯が食べれるのです? お隣の彼女さんがいれば、お金はいらないというのですか?」
「や、やだ。ま、まだ彼女になれたわけじゃないよっ」
「うん、エトナ、ややこしくなるから口をチャックだ。……だが、そうだな、自分の大切な人と過ごす、それだけで心が満たされるだろう?」
「わ、私が大切な人なんてそんな……」
「うん、だから、エトナは少し黙ろうか」
「はん、愛、なのです? いくら大切な人でも、稼ぐことが出来ないんだったら、愛は冷めますよ。愛では、腹は膨れません」
「……で、でも、君のパパとママが出会って、そこに愛があったから、君という存在が生まれたわけで」
「最近では、パパとママは、お金の話しかしません」
「そうか、確かにお金は大事だなッ!!」
俺は即座に手の平をひっくり返すことにした。
エトナが「わ、私より、お金を取るっていうのっ!?」と、肩をぽかぽか叩いてきたが、無視を決め込む。
「要するに、お金が欲しいから、冒険者のライセンスカードを手に入れたかった、で良いか?」
「その通りなのです!」
「よし、なら、俺に任せろッ! コッ(舌をはじく音)、受付の美人なお姉さん、ここは俺に免じて、この子に冒険者ライセンスカードを発行してあげてください」
イケメンの俺は、この斜め45度からのキメ顔で大体の女を落としてきた。駄菓子屋のおばあちゃんからも、よくオマケのお菓子をつけてくれていたもんだ。俺は少女に向かって、親指を立てて、この貸しは気にしなくてよいぜと合図を送る。
……。
『ダメです。規則ですので』
「ば、馬鹿なッ!? 俺のキメ顔が効かないなんて!!」
少女からの軽蔑した視線が痛い。
試しに、エトナに向かって、斜め45度からのキメ顔を披露してみた。顔を赤面して、「はふー」という、良く分からない声にもならない声を上げながら卒倒する。大丈夫だ、効果はちゃんとある。ということは、このお姉さんが特殊な性癖なのだろう。
「お姉さん、苦労されていますね」
『なんとなく、誤解されている気が……』
「お姉さん、大丈夫です、わかっていますから」
俺は全てを抱擁するような微笑みを受付のお姉さんに向ける。だが、この作戦が通らないとなると、正攻法で攻めるしかないな。
「俺は決めた!」
「クモキくん、どうするのっ?」
「ライセンスカードを発行するには、保護者である必要がある。つまり、俺がパパで、エトナがママだ!!」
「わ、私、妻すら通り越して母親にっ!?」
『……いや、あの、代理人でも大丈夫ですが』
「いいか、今日から俺のことはパパと呼ぶんだ!!」
『あのー、すみません、代理人でも……』
「う。仕方がありません。本当のパパ、すみません。私は今日、しらないお兄さんとパパ活をしてしまいます」
「ぐへへ、良いではないか、良いではないか」
俺は手をわなわなさせながら、少女へと近づく。
「うぅ、わっち、汚されちゃった」
「ほら、早くするんだッ! 金のためだろう?」
「う……。コホン。パーパ♡」
う、なんだ、この背徳感は? 子供の頃、やってはいけないと言われた夜更かしをやってしまった感じに似ている。背徳感だけではない。脳内に父性と快感がドバドバあふれ出てくる。うん、この子は守り抜かねば。
「君の名前はなんて言うんだ?」
「わっち? わっちの名前はユイユイです。よろしくです、パパとママ♡」
「ユイユイ、今日から君は俺たちの子だッ!!」
「うちの子が、可愛すぎるんだよっ!!」
『あの、代理人……』
受付のお姉さんの言葉だけは、ここにいる誰にも届かないのであった。