第8話「一切何も変わっていないんだがッ!!」
仮想ウインドウに表示されたディスプレイに指を触れて、クエストを受注する。俺たちはさっそく、エラルド街郊外の草原へと繰り出した。
だが、想像とは違い、魔物が全くいない。街の住人が襲われているんじゃないのか!? さっきから、どうなっているんだこのRPGは!! 悪態をつきたくなってしまうくらい何も起きない。
「さっきまでにスライムがうじゃうじゃ沸いていた気がするのに……、私たちが歩き回ったら、嘘みたいにモンスターがいないね……」
「く、なぜ出てこない!!」
「もしかしたら、あのステータスが関係あるのかもっ!?」
「そうかッ! 【運の良さ】か!! ……確かに、【運の良さ】が『魔物とのエンカウント率』に関わるって白うさぎの奴が言っていた気がするな。つまり、【運の良さ】ステが高いほど、雑魚と遭遇しないってことか……。え、無理ゲーじゃね? どうやってレベル上げるんだよッ!!」
俺は救いを求めて、エトナの顔を覗き込んだ。
「今まで魔物に会わなかったのは、クモキ君のせいだったんだねっ。……一人で狩りに行こーっと」
「うぉぉぉいッッ!! 俺を見捨てるなッ!!」
「冗談、冗談だよ。逆に言えば、雑魚とは遭遇しないってことだし、経験値が多く入る強敵とは遭遇出来るかもしれないよ! そうしたら、すぐレベルアップできるはずっ!」
「それだッ! お、言ったそばから!」
そんな俺らに近づく不穏な足音。低い重低の唸り声をあげながら。来た、魔物だ!!
「グルルルルル」
「っ!? あれは牙狼!?」
銀色の剛毛を全身に纏う狼が計五体。俺らに襲いかかるタイミングを計っていた。とうとう来たか。俺たちの前に現れるということは、レベルが高い魔物に違いない。くっ、これは苦戦するぞ。俺は生唾をごくりと飲み込み、震える手を無理に落ち着かせた。
大骨の弓を構える。いつでも射抜けるように。
「エトナ、準備は万端か……?」
「うんっ! クモキくんは私が守るよ!」
ふっ、頼りになる仲間だ。コイツとなら、どこまでも行ける気がするぜ!
エトナは前衛職の騎士。大きな盾を掲げながら、俺を庇うように一歩前進する。俺が弓を構えると、五体の狼が一斉に襲いかかった。すると、どうなる? 答えは簡単、もちろんぶつかる。
「ぎゃううううん」
可愛い悲鳴が聞こえてくる。そこに、俺が放った矢がパスっという乾いた音を立てて、深い毛で覆われたその先、血肉へと辿り着く。
「きゃいいいいいいいん!!」
消滅。なんか、倒したみたいだ。だが、経験値は一切入らない。え、体をぶつけたダメージの方が大きいってことか? あー、たしかに痛いもんね。うんうん、分からなくもないよ。うん……。
……ま、まだ俺たちの冒険は始まったばかりさ。これからゆっくりと魔物を倒して、レベルを上げていけばいい。
《半魚人が現れた。濡れた足ですってんころりん。転んでダメージ。魔物を倒した》
《人面樹が現れた。偶然背後にいた冒険者が樹と間違えて蹴飛ばしダメージ。魔物を倒した》
《巨大蛞蝓が現れた。エトナが俺に『悪霊が憑いているから敵を倒せないんじゃないか』と言い出して、塩を巻く。運悪く、巻き込まれて莫大なダメージ。魔物を倒した》
……。
…………。
ふっ、大量の魔物を討伐したな。俺のステータスを紹介しよう。
LV7
体力35
力40(固有才能により現在43)
身の守り2
知力12
素早さ13
運の良さ−999(固有才能により現在999カンスト)
才能
識別LV1、夜目LV1、アイテム付与LV1
一切何も変わっていないんだがッ!! これだけ魔物を討伐したにも関わらず、経験値が入らずに、1レベルさえ変わっていないんだが!! 【運の良さ】はカンストのはずなのに、なんて不運な。
俺の苦難の冒険譚はまだまだ始まったばかりだった……。