第36話 「今夜は(ゲームで)寝かせないからな?」
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「やっと、終わったな……」
「うん、終業式の校長先生の話ってなんであんなに長いんだろうね……」
生徒を学校へと縛り付けていた、1学期の授業も無事に終わる。開放感がハンパない。晴れやかな気持ちで恵菜と横に並びながら、校門を抜ける。まあ、今日返ってきた成績は下から数えた方が早かったが、それはそれ。赤点を回避しただけでも良しとしよう。せっかくの夏休み。楽しまないわけにはいかないからな。
「だが、これで晴れて自由の身だ」
「そうだねっ! 夏休みといったら、あんみつに、くずきりに、かき氷に、アイスに……」
「全部甘いものじゃねーか!」
「おお。お二人さんもおかえりか、相変わらず熱いねー」
クラスメイトの男子がマウンテンバイクに乗りながら、俺らに声をかけてくる。たしかに今日は猛暑日だ。アスファルトから薄く湯気が立ち上がり、額には汗が浮かぶ。
「そうだねっ、今日は暑いねー」
「ちがう、ちがう。ラブラブだなって意味だ」
「えっ、いや、これは……、そういうのじゃ!!」
恵菜がしどろもどろになりながら、手を大きく横に振って否定している。こうやって茶化されるのも、もはや慣れっこだ。「え、まだ付き合っていなかったの?」、「もう結婚していると思った」って言われることの方が多いくらい。なぜ、恵菜が慌てているのかわからん。こういうのは正直に認めるのが一番だろうに。というわけで、口を挟むことにしよう。
「まぁな、俺と恵菜はいつでも一緒だ」
ボンと、恵菜から爆発音が聞こえた気がするが、気にしないでおく。
「ひゅーひゅー、お前らの周りは熱すぎるから、早くクーラーが効いた家へ帰るわ。また、2学期な!」
「おお、またな!」
クラスメイトは、マウンテンバイクのペダルを漕いで、颯爽と帰っていく。すぐに彼の後ろ姿は見えなくなった。しばし訪れる静寂。俺はチラリと横目で、恵菜の表情を窺う。だが、俯いたままで、表情までは読めなかった。きっと、まだ、恥ずかしいのだろう。
俺は話題を変えることにする。この夏休みに一番楽しみにしていること。そう、EternalSagaだ。現実世界と同じように五感を完全に再現をできる世界初のフルダイブ型ゲーム。世界的に大流行の兆しを見せており、フルダイブ型のゲームとしては世界最速で1000万ダウンロードを達成した革新的なゲームだ。しかも、最近では、ゲームだけではなく、医療の分野でも用いられているらしい。外出困難な寝たきりの患者さんが、ゲームで外の世界を疑似体験することで、ストレス解消に使われるのだ。
そんな現実世界と遜色がないゲームなのであれば、面白いに決まっているだろう。実は、学期末試験前にすでに購入していたのだが、さすがに勉強をしなくてはならず、試験前にやるわけにはいかなかった。一人で先行してやるよりも、恵菜と一緒にプレイした方が絶対に楽しいしな。というわけで、EternalSagaをやりたいという気持ちが募っていき、もう抑えきれないほどなのだ。俺は、初めてゲーム機を買ってもらった少年のような純真無垢な心で、恵菜へと話しかけた。
「この夏休み、楽しみだな?」
恵菜は俯いていた顔を上げて、俺へと視線を合わせる。
「うん! そうだね」
「夏休みは1か月以上あるし、部屋にこもって(ゲームを)ヤリまくろうぜ!」
「や、ヤリまくる?」
ん? 恵菜の頬が赤面に染まっていく。一体どうしたんだろうか?
「ああ、当たり前だろう? 今夜は(ゲームで)寝かせないからな?」
「ね、寝かせない?? はぅ……。や、やさしくしてね……。私、初めてだから」
ん? 俺もフルダイブ型のゲームをプレイするのは初めてだ。正直、俺だって有識者から優しく教えてほしいくらいだが、でも、まあゲームセンス的には俺の方があるし、コツをいち早くつかんだら、手ほどきを受けたいということだろう。
「俺も初めてだから、一緒に(クエストをクリアして)気持ちよくなろうな!」
「う、うん……」
まず、帰宅したら、2階に上がって、自室でヘッドギアを装着するとして、さすがに、ゲーミングチェアでやると腰が痛くなりそうだよな。
「やっぱり、座ってヤると、腰が痛くなるよな? (こういうゲームを)プレイするのは、ベッドで横になりながらにするか?」
「~~~~!!」
声にならない叫びを上げながら、恵菜は両手で顔を隠している。指の隙間から、辛うじて俺を覗き込んでいる状況だ。一体、どうしたのだろうか。
「も、もうダメ。無理。恥ずかしくて、どうにかなっちゃいそうだよっ!!」
「ん? なんでEternalSagaをプレイするのに、恥ずかしいんだ?」
「……え?」
「いや、え?」
え、恵菜さん? なんか、怒っていませんかね。先ほどまでとは打って変わって、鬼の形相を浮かべている。
「もう、悟くんなんて知らないっ!!」
い、一体どうしたんだ? 恵菜は明らかに不機嫌になり、俺を置いて先へと歩いていく。こんなに近いのに、その背中が小さく見えた。恵菜へと手を伸ばすが届かない。なんだ? 何かがおかしい。
「おい、ちょっと待てよ」




