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第35話 「パパ、もういいのです。お別れの時間です」

 

 *


 あぁ、嫌な予感がする。


 繰り返しにはなるが、こういうときの俺の直感は、外れた試しがない。


 過去自分の身に起きた不幸の中でも、特別の不幸が訪れるそんな予感だ。


 月花町タワーの足元で、俺はユイユイが来るのを待っている。待ち合わせをしたが、キャンセルにしたほうがいいかもしれない。そのくらいの、とびきりの不運だ。


 だが、ユイユイの連絡先を知らないんだよなぁ。EternalSagaでは、直接連絡が取れるからあまり不便はなかったが、現実世界で会うとなると、こういうときに不便だ。


 俺が連絡手段で迷っていると、ユイユイが姿が見えた。見えてしまった……。


「パパー、お待たせなのですーー!!」


「あー、来ちまったか……」


「なんですか、その嫌そうな反応は!! わっちみたいな美少女が来たのですから、喜んでください!!」


「いや、そういうわけじゃなくてな。俺の身に不運が訪れる予感……、いや、確信があってな。さすがに、ユイユイを巻き込むわけにはいかないから、今日はお開きにしようかと思ったんだ」


「あぁ、そういうことですね。それなら、心配しなくても大丈夫なのです」


「ん、どうしてだ?」


「わっちはすでに不運に巻き込まれていましたので」


 ユイユイは苦笑いを浮かべる。俯いていても、はっきりと分かる、悲痛の笑みだ。


「もしかして、ユイユイが相談したかった内容と関係あるのか?」


「はい、そうなのです。わっちは身体が弱いって話しましたよね?」


「ああ……」


「物心ついたときには、わっちは病院でベッドの上でした。身体の至る所が痛いのも、胸が締め付けられるように痛くて、呼吸が苦しくなるのも、針を体中に刺して、お薬を入れるのも、それが当然だと思っていたのです。でも、あるとき、気が付きました。ふと、病室の窓から見えたのです。ボールを蹴ったり、外を駆けまわって、遊んでいる子たちが。窓を隔てて、まるで別世界に繋がっているようでした。病棟にはゲームや本はありましたが、わっちは外では遊べませんでした」


 俺はその気持ちを分かってあげられない。そんな苦痛を味わったことがないからだ。どんな言葉をかけたって気休めにしかならない。だから、俺は静かにユイユイの言葉に耳を傾ける。ユイユイの想いの内を全てさらけ出してもらう気持ちで。


「わっちはそのとき願ったのです。一度だけ、一度だけでいいから、外で思いっきり遊びたい。何不自由なく、自分の足で駆けまわって、冒険をしたいって。その願いは叶いました。EternalSagaという仮想現実の中で。わっちが夢見ていた世界がそこには広がっていました。踏みしめるとチクチクする草原や、とても登れない高峻な山や、日が当たらないほど深い森。最初は一人で遊ぶことで満足していました。でも、ずっと一人はやっぱりつらかったのです」


 俯き加減の顔を上げる。ユイユイは視線を上にあげて、俺を見据えた。


「そんなとき、パパとママに出逢いました。第一印象は、ママは天使のような人なのに、なんで、お調子者のパパと一緒に行動しているのだろうと、不思議に思ったのです」


「ひ、ひどいッ!!」


「へへへ。でも、パパといると、次から次へとトラブルに見舞われて、ハラハラドキドキして、楽しかったのです!!」


 俺は幼少の頃を思い出していた。『さとるくん、楽しかったねっ』と、そう言って、俺に微笑みかけてくれた。ユイユイと彼女・・の姿が重なる。


「お二人と遊べたことは最高の思い出でした。わっちは友だちができなかったので、一緒に遊んでくれる人が出来て本当に、本当に嬉しかったのです」


 物心ついたときから、つい最近までずっと、病院に缶詰だったんだ。友だちが出来るわけがない。ユイユイが元気に学校に通っていたら、間違いなく、クラス全員と仲良くなれたはずだ。それに、これから先だって、いつでも遊ぶことが出来る。俺はそう言おうと、ユイユイの目を見た。何かに耐えるように、涙ぐんでいる。


「そうですか。まさかその日(・・・)が、今日だなんて思いもしませんでした。全てを思い出したその日に、天国に連れて行くなんて。本当に神様は理不尽です」


「な、なにを言っているんだ!? まだ、遊べるだろッ!?」


 駄目だ。胸騒ぎが止まらない。不運の予感が津波となって次々と押し寄せてくる。


「いいえ。もうパパとは会えません」


 ユイユイは断言する。潤んでいた瞳から、涙が垂れ落ち、頬を伝う。


「パパ、ママと遊べて、本当に、幸せでした……」


 俺はユイユイに手を伸ばす。だけど、なぜか触れることが出来ない。俺の手はユイユイの身体をすり抜けるのだ。なにが、一体なにが起きている!?


 現実で身体が透けるなんて聞いたことがない。何が起きているのか皆目見当もつかない状態だ。それでも、ユイユイが消えてなくなるのを、ただ待っていることなんて出来るわけがない。


「ユイユイ、ちょっと待ってろッ、俺が何とかしてやるからッ!!」


 ユイユイの身体にザーッとノイズが走る。ノイズに合わせて、0と1の数字が情報の波となって、ユイユイの身体を波打つ。俺は、必死に手を伸ばす。だが、やはり掴めない。そして、次第にユイユイの身体は、透き通り薄くなっていく。


「パパ、もういいのです。お別れの時間です」


「良いわけないだろッ!!」


 クソ、これがなんかしらの不運の影響だっていうのかよ!? ふざけるなッ!!


 俺は必死にユイユイを目に見えない異常から救い出そうと、抱きかかえようとする。だが、どうしても、実体を掴めない。そして、再度、0と1の情報の波がノイズとなって、つま先から頭頂部までユイユイの身体を流れる。そのタイミングで、ちょうど俺の中指が情報の波に触れた。


 情報が流れ込んでくる。ユイユイが体験した闘病時の記憶、EternalSagaで遊んだときの感情。そして。


 俺はこの世界の核心へと触れた。


 その瞬間に全てを理解する。この世界は嘘で構築されている。けれど、優しい嘘だ。苦しめるためでも、悲しませるためでも、辛くさせるためでもない。わずかでもこの世界を愉しんでもらいたい。そんな優しさに満ちた哀しい世界。


 そして、俺は悟った。彼女を救うことはできないと。そして、また俺も――。


「もっと一緒に遊んでいたかったのです……」


 それでも、いまユイユイは俺の目の前に立っている。ユイユイはこうして生きている。


「大丈夫だ。いつか、朝は俺が、昼は恵菜が、夜は二人で、もう遊びたくないって思うほど一緒に遊んでやる。俺と恵菜で、遊びつくしてやる。だから、覚悟しとけよ?」


「……約束、ですよ?」


「ああ、約束だ」


 先ほどまでユイユイがそこにいたはずなのに、俺の目の前から消える。まるで最初からいなかったかのように。辺りは静寂に包まれた。


 俺は全てを思い出した。1学期の終業式。夏休みへと突入して、浮かれていた俺に、どんな不運が訪れたのか。そうか、俺はもう……。


 この世界、いや、現実世界・・・・には俺という人間はすでに存在しないのか。



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