第27話「あなたはこの世界で誰かに会いましたか?」
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「遅いな」
腕時計を見ると、すでに夜の8時15分を回っている。だが、ユイユイの姿は見えない。
小学生にとって、夜8時は真夜中みたいなもんだ。もしかしたら、親御さんに止められたのかもしれない。
それはそれで、ユイユイの両親が心配をするかを確かめたいという目的は達することが出来たといえるので、ヨシとするか。そのように考えていると、暗闇の中、こちらへと、小走りで向かってくる姿が見えた。
「パパ~、お待たせしたのです」
EternalSagaでの姿、そのままの可愛らしい女の子がそこにいた。とはいえ、さすがに、人の姿だ。EternalSagaでは、ユイユイは魔族を選択していたため、悪魔のしっぽや鋭い牙を生やしていたが、そういったものは当然存在しない。俺がじっとユイユイを見つめていると、ユイユイは全くない平たい胸をどーんと張った。
「ふふーん、もしかして、わっちの可愛さに見惚れていますね? わっちには分かります!!」
なんだろう、この自己肯定感の高い性格はどこかで会った気がするぞ。俺は、“謙虚”を体現したような人間だし、ははーん、恵菜に似たのかもな。Eternal Sagaに初めて潜入したときも、自分のことを可愛いとかなんとか、言っていた気がするし。
「たしかに、ワンピース姿は初めてみたし新鮮だな。馬子にも衣装だ」
「わっちはパパとママの子ですが、孫ではないのですよ!!」
「うん、そいつは“まご”、違いだな……。それより、親御さんから外出許可はでたのか?」
「はい、そうなのです……。パパ、えーっと、つまりウンキングのことですが――」
おい、ウンキングが定着しているぞ。クモキよりもウンキングの方が先に出てくるって一体どういうことなんだ!? 俺の反応など気にしていないように、ユイユイは話を続ける。
「いまから、会う約束をしているため、外出すると伝えたら、本当のママは『今日は赤飯ね!』と言っていたのです!」
せ、赤飯!? 赤飯とはつまりそういうことだろうか? ユイユイは「なんで赤飯なのでしょう……?」と首を傾げて悩んでいるが、ユイユイのお母さんは大人の階段を上がるのを期待しているってことか!? 俺の年齢でも、童貞なんだぞ!! まだ、早すぎます! パパは、そんなハレンチなことを許した覚えはありませんッ!!
まあ、冗談はともかく。
自分の愛娘を見知らぬ男に、しかも、こんなに夜遅くに送り出すなんて、大丈夫なのか? さすがにユイユイの親御さんが心配になるレベルだ。
単に天然とか? でも、以前は夜の外出が禁止されていたらしいし……。ユイユイが愛を確かめたくなる理由が分かるな……。
「パパは感じたことないですか?」
「ん? なにを?」
「この世界が嘘で構築されているって──」
「嘘??」
この世界が嘘(?)発言の内容が理解できずに、俺は困惑する。可愛いらしいユイユイから発せられた言葉とは到底思えない。
「嘘ってつまりどういうことだ?」
「おかしいのです。わっちが退院をしてから、急に本当のパパもママも優しくなりましたし……」
「退院?」
「はい、長期的に入院をしていたことがありまして。退院をしてから、急に人が変わったかのように優しくなった気がするのです」
そうだったのか。友達がいない、可哀想な女の子だと思っていたけど、事情があったんだな。
もしかしたら、「学校に行けたら、友達が百人出来る」というユイユイの発言も、長期間登校できていないことが原因なのかもしれない。そういえば、ユイユイがやけにお金に執着するのも、もしかしたら治療費に充てるためなのかもな。……っと、話を戻すか。
「でも、だからと言って、急に親が優しくなった、ただそれだけで、この世界が嘘で構築されているというのは、言い過ぎじゃないか?」
俺の父親はドイツに赴任中で、母親も付いて行っている。よって、両親の変化から気づく術自体が存在しない。変化、か……。それでいうと、両親ではないが、身近な人で変化はあったか。幼馴染である恵菜だ。先日の公園から少し思い詰めている節はあったな。何か関連しているのか?
俺が考え込んでいると、ユイユイは不安を宿した瞳で、断言した。
「いえ、やはり、この世界は、なにかがおかしいのです。だって――」
月が雲に隠れて、ユイユイの表情が読み取れない。
「EternalSagaで遊ぶようになってから、家族や友人以外の誰かに会いましたか?」
「は?」
たしかに誰にも会っていない。ただ、それは、EternalSagaで夢中になって遊んでいたからで。
「偶然だろう? いまは夜で、ここは人通りが多い道路ではないし……」
背中に冷や汗が垂れ、Tシャツが肌にひっつく。
「わっちは、EternalSagaをプレイし始めた2週間のあいだ、親戚以外、誰にも会っていないのです。窓から外を窺っても、コンビニに行っても、公園に行っても、スーパーに行っても、ドラッグストアに行っても、レストランに行っても、近所で大声出しても、お隣さん家のベルを鳴らしても、朝でも、昼間でも、夕方でも、夜でも。誰一人いない」
心臓の鼓動がうるさい。
「パパ、あなたはこの世界で誰かに会いましたか?」
ここまでお読みいただきありがとうございました。
これで第1章完結となります。次章が最終章になります。一度完結にしますが、再度連載中に戻します。
クモキとエトナの恋愛の行方とこの世界の核心に迫っていく章になります。
もちろん、奴とのバトルもありますので、こうご期待ください。
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それでは、また期間を空けて1週間後?くらいに会いましょう!




