第24話『さぁ、彼を讃えよう。称号《タイトル》は……』
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称号授与式当日。とうとう俺が称号付きになる日だ。俺の晴れ舞台なのはずだが、いかんせん、た、高すぎるッ!!
俺は高所恐怖症だ。苦手な乗り物は観覧車。特に、最近は透明仕様のゴンドラまでありやがる始末。考えた奴は自殺志願者かなにかかッ!
というわけで、高所恐怖症の俺は高台の上に立っていた。足が竦み、手に冷や汗が浮かぶ。
まさか、授与式がこんな城下が見渡せる高台で行われるとは思わなかった。高台から下を覗くと、冒険者たちが新しい称号付きを一目見ようとごった返していた。冒険者の皆は、相当気になっているようだ。新しい歴史の創造者である、この俺のことをッ!!
俺は得意げに下を見る。ひぃ、思ったより高いぞ、ここ。……だが、これだけ大勢の人がいる前で羞恥を晒す訳にはいかない! 耐えろッ、耐えるんだッ、俺!!
「クモキくん、大丈夫っ?」
「の、ノープロブレムだ、エトナ」
エトナは心配そうに俺を見つめていた。エトナは俺が高い所が苦手なのを知っているからな。
この高台に居るのはエトナだけじゃない。ユイユイも同じパーティーの一員として参列していた。
「ぐへへー、50万ギルッ!! ぐ、ぐへへへへへなのです!!」
ユイユイはすでに現実にいない。報酬の金銭に想いを馳せていた。報酬と聞けば、スカイツリーですら、素手で登りそうだ。
『静粛に、静粛に! バルトレキア王の御成である!!』
そこに、豊樹の枝木でも耳にした透き通る声が俺の鼓膜を震わせた。この声は……ユーストレンか。新しい歴史の開幕に皆、同様に静まり返る。
俺はその合図を元に膝をつき、頭を垂れた。この位置からだと視認できないが。
背後のエトナとユイユイも同様に振舞ったはずだ。
そこに、赤い絨毯が敷かれた階段を一段、一段と踏みしめるように王様が悠然と登場した。僅かばかり後方から、傍らにユーストレンも付き添う。
『ふぉっふぉっふぉ。面を上げられよ』
俺は跪づきながら、王へと目線を上げた。王は巻物のような書状を開き、開会を宣言した。
『……さて、これより称号の授与を執り行う。まずは冒険者クモキ殿の功績を申し上げよう』
「うぉぉぉっ!! 待ってましたっ!!」
「クモキ。それが新しい称号付きの名か!」
「クモキ……? たしか何処かで?」
『裏ボスとして、初心者の森に居座っていた蛮族の狂戦士をレベル差が70近くにもある中で見事に討伐。我が王国の流通網の復旧に一役買ってくれた』
「「「ウォォォオオオ!!」」」
一気に冒険者たちの歓声が地から湧き上がる。熱気が高台であるここまで伝搬してくるほどの大歓声だ。地響きのような轟音が鼓膜を激しく震わせた。
『……しかも、それだけではないぞ。緊急クエスト、動く骸の百を超える大軍も一投の矢、ただそれだけで一瞬で葬り去ったという程の、類い稀な弓の腕前を有しておるのじゃ』
「……、思い出したぜ、クモキ。あの緊急クエストを一瞬で片付けちまった傑物かッ!!」
あー、あれも功績に入っているのか。あの時はまさかあんな惨劇という名のピタゴラスイッチが目の前で起こるとは夢にも思わなかったけどな。まあ、こうして祝福されるのは嫌な気分ではないし、慎ましく功績として受け取ろう。さて、次の功績は何かな……。と、ワクワクしながら、王様を見つめていたが、王様はピクリと眉をひそめてから、急に固まる。
『……えっ、儂、これ読まなきゃいけないの?』
王様が急に側近のユーストレンに確認を促した。手に携えている書簡には一体なんと記されているのだろうか。急に嫌な予感が頭をよぎる。そんな不安を的中させるかのように、ユーストレンは自信満々に答えた。
『我はクモキに関して、隅々まで調査しまくったので! 一寸の狂いもない精確な情報です! 安心してお読みください!!』
『……はぁ、そういうわけじゃないんじゃがの』
王様は深く溜息をつく。そして、覚悟を決めたのか、言葉を続けた。
『……コホン。また、ピチピチの女子高生と女子小学生を我が物顔で侍らし、男パーティーの羨望を得た。さらに、サイコロを用いたギャンブルに勤しみながら、蛮族の狂戦士を討伐。しかも、それだけではない。大酒飲み選手権で優勝を果たし、酒豪の名を欲しいままにしたのじゃ!』
……。
おい、ちょっと待て。……今、関係、なくね? 酒と女とギャンブルと。最低の男三か条が揃っちゃっているのだが!?
「「「ウォォォォォォォオオオ!!!!」」」
何故だ!! 下では今日一番の盛り上がりを見せていた。この歓声を聞いて、ふふんとユーストレンは得意顔だ。コイツ、なに得意気にしてやがんの!? くッ、俺の女性好感度パラメータが下がっているのを感じる。このままではマズいッ!!
聞き耳を立てて、聴衆の反応を窺ってみる。すると、この歓声の中、冒険者からは別の黄色い声も聞こえてきた。
「きゃぁぁぁぁああッ!! あそこに居るのはイケメン……」
ふっ、俺の事か。良かった、まだ、俺の人気は落ちていないらしい。前髪をさらりと流して女性の声援に応えようとした。……が。
「……称号付きの葬儀屋ですわッ!!」
「誰やねん!?」
はっ!? 思わず、関西弁でつっこんでしまった!!
「あ。あそこにも称号付きがッ!? 疾風雷神のコテツさんッ!?」
「こっちには、自動人形のマコトさんまで居やがるっ!?」
「すげー、名だたる称号付きが一同に集まるなんて……」
「ふっ、無理もないさ、ニューフェイスのクモキは冒険者になってから過去最速。しかも、最小レベルでの受賞だ! 注目の的になってしまうのも仕方がないッ!!」
えっ!? そうなの? 俺最小レベルでの受賞なの!? 初めて知ったんだが……。自分の才能が恐ろしいぜ。
しかし、葬儀屋・自動人形・疾風雷神か……。どの称号もイカしてやがる。俺の中二心が深く揺さぶられてしまった。くぅー、早くお披露目してくれぇ!!
『……さて、以上のように輝かしい業績を達成した彼に称号を授与しようと思っておる。運を駆使した圧倒的な戦闘力。レベル差をものともしない勇敢さ。さぁ、彼を讃えよう。称号は……』
ゴクリ。
『……運王じゃ!!』
「っ、ダッッッセ!!」
え、こんなにダサい称号ある? 他の人たち皆格好良かったじゃんか!?
「ぶっ、あはは。ウンキングだって。ウンキングってなんかう○ちみたいだねっ?」
「エトナ、うら若き乙女がそういうこと言うなッ!!」
「……わっち、ウンキングのことより、早くお金が欲しいのです!」
「え、はやくも定着!?」
いや、しかし流石に俺のファンである他の冒険者達は黙っている訳がないだろう。こんなクソダサい称号。反感を買ってしまうに決まっている!!
「「「ウォォォォォォォオオオ!! 運王ぅぅう!!」」」
大歓声で他の物音が一切聞こえない。歓声が地を揺るがし、地響きとなる。石造りの強度としては申し分ない高台ではあったが、それでも崩れてしまいそうな感覚に陥る。そのくらいの地鳴りであった。
「「「ウンキング、ウンキング!!」」」
……。
こうなっては引き返せない。仕方ない。甘んじて。運王の称号を受領するとしよう。本当に甘んじて、だが。
俺は片膝を立てて、跪いていたが、立ち上がる。まあ、高所恐怖症の俺は膝がガクガク震えているのだが。立つとめっちゃ怖ッ!
俺は震える手で仮想ウインドウを操作。収納からライセンスカードを選択した。カードが俺の手元へと現れる。それの表面を上向きに、バルトレキア王へと提示した。
王は読み上げていた書簡をカードと突き合わせる。
『解放!!』
ライセンスカードを王様から受け取り、確認してみる。俺のキャラ名【クモキ】と表示された上部、そこに運王の名が刻まれている。
ちなみに、クソダサい。文字にするとクソダサいな、おい!!
「「「ウンキング、ウンキング!!」」」
俺は手を振って声援に応える。きっと今の笑みはぎこちないだろう。称号はダサいし、高所によるストレスもある。
「……はぁ。やっぱり、俺は”運″がなぁぁぁああい!!」
俺の叫び声は冒険者からの「運王」という歓声に掻き消されるのだった。




