第11話「おっぱいを揉みながら話す内容じゃないよねっ!?」
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『いつもの場所で会える?』
恵菜がメッセージアプリにて、そう呟くときには、大概何かがある時だ。親に叱られた、友人と喧嘩した、様々な理由を元に呼び出される。そして、今夜も例外ではないだろう。
『今日22時にいつもの場所で会える?』
仮想世界の疲れが残っていたのかもしれない。このまま寝ようとした矢先に、先程のメッセージが送られてきたのだ。
『了解。遅い時間だから夜道に気を付けろよ』と、送信。
液晶のライトだけが俺という存在を照らしている。続く無音。程なくして、スマホからメッセージありの振動音のみが部屋に鳴り響いた。
『うん、わかったよっ!』
夏とはいえ、夜は冷える。返事を確認してから、上着を羽織り、外へと繰り出した。
コツコツと、自身の靴音のみが耳に残る。三日月の光が出ているとはいえ、暗い路地であることには変わりはない。橙色で、薄ら笑いを浮かべるような三日月が俺を不安にさせるのだった。
先が見えない程の暗い路地を進んで行き、目的地である公園へとたどり着く。そこには、彼女が既に待っていた。公園のシンボルであるブランコに腰掛けて。
「よっ、待たせたな、恵菜」
「おかえり、悟くんっ」
ん? おかえり? 少し違和感を抱きながら、恵菜の顔を覗き込む。
雲間の月明かりが彼女の顔を照らす。目元は赤く腫れ上がり、頬には涙の跡、それらを誤魔化そうと、消えてしまいそうな笑みを浮かべている。仮想世界と同じ顔なのに、先ほどまでとは、まるで別人だ。普段と変わらないのは、小豆色のジャージくらい。何か良くないことがあったということは、一目瞭然だ。
俺は恵菜の隣に、ぽつんと宙を漂うブランコに座る。座ってからも静寂が経過する。いつも通り、恵菜が話してくれるまで待つつもりだ。
「悟くんって、優しいよね? 急かさないで、私が語るのをいつも待ってくれている」
「そうか? ただ暇だから側にいるだけだが、な」
「ふふっ、それが優しいって言うんだよ」
またしても、しばらくの間、沈黙が続く。ただ、心地のよい沈黙だ。恵菜とは幼馴染で、保育園のときからずっと一緒だった。小学校も、中学校も、高校も。この静寂はいつも俺の側にいてくれた恵菜だからこそ、作り出せる空気感だ。
「悟くん?」
「ん?」
「……この世界のことをどう思う?」
「この世界?」
質問の意図は正直分からない。でも、正直に答える必要があると感じた。
「うーん、そうだな。……好きだよ。不運ばかりで、思い通りにはいかないけど、それが逆に良いスパイスになっているというか。俺が自分で天運に頼らずに運命を切り開いている気がするからな」
「……そっか、悟くんらしいね」
それに、恵菜に出会えた。そう伝えようとしたけれど、恵菜は明らかにいつもと様子が違う。弱っている心に付け込んで告白するのは違う気がした。だから、恵菜が話してくれるまで待つ必要がある。
「……あの、悟くん!!」
「はいッ!!」
急に呼ばれて、背筋がピンと伸びてしまう。
「悟くんにどうしても謝らなくちゃいけないことがあるの。……覚えていたりする?」
「え?」
俺が謝らなければならないことだったら、無限に思いつく。
ジャンケンに負けて、恵菜に甘い物を奢ることになった際に、コンビニのドーナツをミセスドーナツの袋に入れて、あたかもミスドのドーナツとしてアピールしたこと、もしくは、恵菜の家にお邪魔をしたときに、恵菜が部屋からいなくなったのを見計らって、タンスにあるブラジャーのカップ数を確認したことかもしれない(ちなみにFカップだった)。
正直、細かいことも含めたら、心当たりがありすぎる。だが、逆に謝られることとなると、心当たりはないな。
「いや、覚えていないな。何の件だ?」
「そっか。ごめんね。本当はちゃんと真実を伝えたいんだけど、どうしても伝えるわけにはいかなくて……」
ん? どういうことだ? 真実を伝えるわけにはいかない?
恵菜が俺を呼び出したのは、直接謝りたいことがあるから、それは間違いない。よって、その内容を打ち明けて、俺から許しを請いたいというのであれば、まだわかるが、その内容を打ち明けるわけにはいかない理由がある、と。そのようなシチュエーションが想像できない。なるほど、わからん!!
「うーん、何の件か分からないと、俺もコメントのしようがないぞ」
「うん、そうだね。ずるいよね。何の件かを伝えることが出来ないのに、許してもらおうなんて……」
恵菜は、俯きながら、ブランコをゆっくりと漕ぐ。ここからだと、表情を確認できない。キィキィと寂れたブランコが揺れる音だけが辺りに響いた。そして、恵菜は、意を決したかのように、ブランコから飛び降り、俺の目の前に歩いてくる。そして、うるんだ瞳を浮かべながら、俺に提案をした。
「だから、悟くんが好きなことを、なんでもしてあげたい」
な、なんでもだと!? うら若き女子が、そんなことを簡単に言うもんじゃありません!!
「年頃の男にあんまり、そんなことを言わない方がいいぞ。男はみな狼だからな」
決まったッ! ウルフという単語でカッコよさと危うさを表現した。これで、恵菜もさすがに今の発言を撤回する――。
「……い、いいよ」
「え!?」
「悟くんが望むなら、本当になんでもしてあげる。家事だって、肩もみだって、膝枕だって、耳かきだって、キ、キスだって、そ、その先だって!!」
恥ずかしいのだろうか、耳まで真っ赤に染まっている。一体、恵菜はどうしたのだろうか。
俺は確かにイケメンで、性格も非の打ち所がない完璧超人だ。俺に惚れているのは当然としても、自分の身体すら簡単に差し出すなんて。もしかしたら、俺には計ることが出来ないほどの懺悔が込められているのかもしれない。
普通の男子はこういう状況に陥ったら、どうするのだろうか。優しく接して、特に見返りを求めないのかもしれないな。
「じゃあ、逆に俺が肩もみならぬ、胸もみをさせてくれ」
だが、俺は遠慮などしないッ! おっぱいを揉みしだくことにした。手をわなわなさせながら、恵菜の巨乳に近づける。恵菜はものすごく恥ずかしそうにしているが、嫌がっている素振りはしていない。あれ、ここまでやれば、ビンタでもされると思ったのだが、引くに引けなくなってしまった。手の平が幸せに包まれる。
「恵菜」
「んっ、な……なに?」
「何の件かはピンと来ていないが、俺に謝る必要なんてない。そもそも、お前のせいじゃないぞ」
「え?」
「人間は一日に3万5千回も決断をしているらしい。服選びや食事といった軽微なものから、果てはプロポーズや就職や家の購入といった重大な選択まで。情報を分析して得られた内容から、未来を想像して、自分の決意で判断をして、行動しているんだ。つまり、今、こうやって恵菜と一緒に居るのも、俺が小さな選択を積み重ねていって、決断をしていった選択の結果だ。だから、恵菜のせいじゃない。俺が自分の手で選択していった運命だった、ただそれだけだ。恵菜が気に病む必要はない。俺はいつでもお前の味方だ」
「ありが……とう」
大粒の涙を人差し指で拭い、心の奥底で閉じ込めていた感情を霧散させるかのように笑った。まだ、無理はしているかもしれない、悩みは解決していないのかもしれない。それでも、恵菜が一歩前に進めたと信じたい。
「でも……」
「ん?」
「おっぱいを揉みながら話す内容じゃないよねっ!?」
「ごめんなさいッ!! 手が勝手に!?」
「いや、悟くんの意思だよねっ!?」
恵菜の巨乳は結構なお手前(?)でした。巨乳を揉んでいたら、なぜかアイスを食いたくなってきたぞ。
「お詫びと言ってはなんだが、帰りにコンビニでアイスをご馳走するぜ」
「甘いもの!? やった!」
「俺もちょうど、2つの、丸い、大きな、膨らみのアイスが急に食べたくなったからな」
「もしかして、雪大福のこと? あきらかに私のおっぱいから連想したよね!?」
「ソ、ソンナコトナイデスヨー」
俺らは立ち上がり、二人並んでコンビニへと向かう。辺りは静まり返っている。いつもなら自動車が行き交い、通行人もまばらにいるのだが、今日は人っ子一人いない。フッ。もしかしたら、恵菜が愛の告白をしやすいように、雰囲気を読んで、人が出払っているのかもしれない。いいんだぞ、いつでも告白してくれて。
「さ、悟くん……」
来たッ!! 俺はキメ顔を作り、恵菜へと振り向いた。
「ん? どうしたんだい、恵菜?」
「アイスは十個でもいい?」
「いいわけないよね!? 普通、ご馳走といったら、一個だよね!?」
「そういえば、タンスに入っていたお気に入りのブラジャーの位置がちょっとずれていたなあ」
「ぜひ、奢らせてください!!」
くッ、バレていたか。盗んだわけではなく、完全に元の場所へと戻したため、バレていないと思ったが。ちょっと香りを嗅いで、カップ数を確認しただけなのに! こうなったら、誠心誠意、謝罪をするしかないだろう。アイス十個ぽっちで、機嫌が直せるなら安いもんだ。
「やっぱりニ十個にしよう!!」
うん、俺の財布が持たないかもしれない……。俺は逃げたい気持ちを抑えて、コンビニへと足を踏み入れる。
無機質な入店音が店内に響き渡る。店内には客どころか、店員すら居ない。最近は、人件費削減のために無人店舗が普及し始めているが、まだまだ有人店舗の方が多い。このコンビニは有人店舗だったはずだが……。
恵菜は俺の思考を遮るかのように、アイスコーナーへとずんずん進んでいく。陳列されたアイスからどれを食べるかを悩んでいる。
「これと、これとーっ」
「恵菜さん、あんまり食べるとさすがにおなかを壊すんじゃ……?」
「大丈夫、甘いものは別腹だから」
「いや、おなかを壊すとしたら、同じおなかだから!!」
こいつ、本当に十個カゴへと入れやがった。俺は諦めて、全部を無人レジで購入してあげるのだった……。




