12章 インドの紳士
アーメンガード、ハリー、リック、ロッティにとって、セーラとローラに会いに行くために屋根裏部屋に行くのは不可能なことでした。セーラとローラがいつもいるとは限りませんし、寮監が夜の間生徒たちが寝ているか見回りをするからです。そもそも、一般生徒の寮から屋根裏部屋へ行こうにもそれなりに距離がありました。
ニコルの場合はプラチナ寮の上に屋根裏部屋があるので比較的簡単に会いに行けましたが、それでも危険なことでした。学院の王子様のような存在である白薔薇が、屋根裏部屋に夜這いしに行っていると知られたら大変です。
ある月が美しく輝いた夜、ローラがセーラとベッキーにうながされて先に部屋に戻ると、ニコルがいました。この時ニコルは、アーメンガードにセーラとローラの様子を見に行ってほしいとお願いされていました。
「アーメンガードはお前たちのことをすごく気にしていたんだぞ。実は…その、俺も……。」
ニコルは言いかけて、顔を赤らめました。相手が幼なじみとはいえ、女の子と2人きりになるのははじめてです。ニコルはローラのことが異性として好きだったのです。
「ニコル、ここに来たことがわかったら大変なことになるわよ。」
「わかってるさ。アーメンガードたちはここに来られないからな。」
窓から入ってくる月の光に照らされたニコルは、昼間より色っぽく見えます。いつもは真面目なニコルでしたが、悪いことをしているというスリルを楽しんでいました。
ニコルが部屋から出た後、ローラはセーラに言われました。
「試練があってこそ、本当のことがわかるのよ。」
冬休みになり、多くの生徒が帰省しました。セーラとローラはお互い助け合っていましたが、別々の仕事を命じられることもありました。
ローラはおつかいの帰り、通りがかりに家を見ながらこんなことを考えていました。
「セーラだったら、この家の家族を見ながらどんなことを考えるのかしら?」
ローラはセーラから聞いた「大きな家族」について思い出していました。健康そうな4人の子どもがいて、見るからに豪快そうなお父さん、しっかり者のお母さん、優しいおばあちゃんと何人かの使用人がいました。子どもたちは外を出歩くこともありましたし、お母さんの運転する車に乗ることもありました。夜になれば仕事から帰ってきたお父さんに子どもたちが群がり、コートのポケットにおみやげがないか探します。彼らはいつも楽しく何かをしていて、それは豪快なお父さんの、そして大きな家族の雰囲気に合っていました。
子どもたちは16歳の男の子、12歳と9歳の女の子、末っ子が5歳の男の子でした。
ローラはその家族を窓の外から見ただけなのですが、セーラは実際に会ったことがありました。
ある昼下がり、セーラが家の前を通り過ぎようとした時、1台の車が道の前に停まっていました。どこかにお出かけに行くのでしょう。
車に乗ろうとした5歳の男の子は10ペンス銀貨を持っていました。ほっぺは明るいピンク色で、赤みがかった金髪と青緑の目をしたかわいい男の子は、マギモンのピリバニーのぬいぐるみを抱きかかえていました。家の前に立っているセーラを見つけると近くに走って行きました。
「お姉さん、これあげるよ。」
セーラは驚いて、その場に立ち尽くしました。
「ごめんなさい…。気持ちはとても嬉しいのだけど、いただけないわ!」
顔が真っ赤になり、お金をもらうわけには行かないと思ったセーラはあせりました。その様子を見て、2人のお姉さんが走ってきました。
「ドナルド!いきなりお金を渡すもんじゃないわよ!びっくりしてるでしょ!?ごめんなさい、うちの弟が!ほら、ドナルドも早く!」
9歳くらいの女の子が弟にあやまるよう言います。それを見て、もう1人のお姉さんは落ち着いた声で言いました。
「ノーラ、ドナルド。彼女にあやまる必要はありません。」
その言葉に「ノーラ」と呼ばれた女の子はびっくりしました。明るい茶髪にピンクのリボンカチューシャを着けた、「ジャネット」という名前の女の子は笑顔でこう言いました。
「お姉様、どうか弟の持っている10ペンス銀貨をもらってあげてくださいな。気持ちを無下にしたくはないでしょう?」
ジャネットがそう言ったので、セーラは10ペンス銀貨をはにかみながら受け取りました。
「ありがとう。なんて、優しいのかしら。」
セーラがそう言ったのを確認すると、3人の子どもたちは車に乗りました。
「ドナルド、どうして10ペンス銀貨をあげるなんて言ったの?お姉ちゃんもどうしてそんなことを言ったのよ?」
ノーラはなぜ2人があのような行動をとったのか不思議でしかたなかったので、問いかけました。
「怒られたら、どうするつもりだったのよ?」
「あのお姉さんは怒っていなかったよ。」
ドナルドが言ったので、ジャネットもにっこり笑ってこう言いました。
「あの方は、まるで原石のようでしたね。」
姉が何を言っているのかわからず、ドナルドとノーラは首をかしげました。
セーラがミンチン学院に戻ろうとした時、1台のトラックが学院のとなりにあるお屋敷の前に停まっているのを見かけました。玄関は開いており、引っ越し業者の人がそこから出たり入ったりして、荷物や家具を運んでいます。チーク材の美しいテーブルや椅子、東洋風の豪華な刺繍の入ったついたてを見て、セーラは懐かしく感じました。
「きっとインドから裕福な家族が引っ越してくるのよ。まだ会ったことはないけど、仲良くなれそうだと思うの。」
セーラはその日の夜、うきうきした様子でローラに話しました。ローラもおつかいに行くとき、近所のお屋敷に注目しました。窓の外からちらと見ただけなので詳しくはわかりませんでしたが、東洋風の家具も多く、仏像までありました。
お屋敷の主人は188㎝もの長身で細く、青いロングヘアが特徴的なスーツ姿の紳士でした。この紳士はどういうわけか、左手首の辺りをおさえていました。
「旦那、けがしてるんですから無理は禁物ですよ。」
お屋敷の前にいた紳士に、「大きな家族」のお父さんが少し心配そうに声をかけました。遠慮のない物言いなので、親しい関係なのでしょう。
「これくらい軽いけがだから大丈夫だ、カーマイケルくん。医者に診てもらったからな。」
落ち着いた表情で、紳士は言いました。エリック・カーマイケルが遠慮せずにそのお屋敷に入って行って、長時間いるのをセーラとローラは見ていました。
お屋敷に住む紳士は独身で、ヨーロッパの裏社会ではそこそこ有名な人物でした。セーラは、紳士がマフィアの抗争でけがをしたんじゃないかと想像して心配しました。
一方、ウェールズの実家に帰っていたハリーは、自分の部屋のベッドに横たわっていました。ベッドの上にはリスのナッツ、オオカミのショコラ、ロップイヤーのミンティが並んでいました。ナッツ、ショコラ、ミンティは「アニマルアカデミー」のキャラクターです。ナッツはバニーユとフレーズのいとこで、ショコラとミンティは友達です。
ハリーもこのアニメが好きで、ぬいぐるみも集めていました。
ハリーは、ミンティを持ち上げて言いました。
「ミンティ、ショコラのことが好きなお前の気持ちがわかった気がするよ。おいらも好きな子ができたんだけど、なかなか勇気を出せねぇんだ…。」




