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一日目

 「——っ!」


 ——寝ていたのか? 硬いフローリングの上、そこで横になっていた俺は目を覚ますと勢いよく飛び起きる。風を切るように起き上がるとカーテンが揺れた。揺れて生まれた隙間から日の光が差し込むと、床に反射した光が光線となって目を潰す。


 「朝……になったのか?」


 次第に霞がかった頭の中がクリアになると、朝になっていることに気づいた。Tシャツの襟元が寝汗で冷たくなっている。指でそれを剥がすと、肌に引っ付き不快感を覚えた。

 サウナのように蒸す部屋で、まだ状況が飲み込めずただ立ち尽くした。

 不意にあるものが視界の隅に入った。


 「——神崎さんっっ!」

 

 窓とは反対側の机の横に彼女は倒れていた。鮮明に思い出した昨日の夜の出来事。胸元を押さえて苦悶の声を漏らしていた彼女。急いで彼女の側へと寄る。

 

 生きてる……良かった。

 横向きに倒れた彼女の肩が上下する姿を確認して安堵した。 


 それにしても、昨日突然襲った息苦しさと胸に走る痛みはなんだったのか? まるで心臓発作にでも襲われたのではないかと思った。全ての記憶を思い出した俺は、思わず胸元の服を握り締めると、そこにプリントアウトされた絵が捻れるように歪んだ。

 心臓発作? そう思ったが神崎さんも俺も同時に同じ現象が起きている。病気の類とは違う。また、いつあれがまた襲ってくるんじゃないかと思うと、心臓の鼓動が早くなり震えた。


 「んっ……」


 神崎さんが寝返りをうち俺の方を向いた。額には汗が滲み暑そうである。だけど、寝顔は対象的にすやすやと気持ち良さそうだ。

 純真無垢な彼女の寝顔は、童顔と相まって少し子どもっぽい。昨日のことを微塵も感じさせない表情。そして、なにより一人じゃないんだと改めて認識することができ、そう思うと、気持ちが少しだけ落ち着いた。


 「んっ……あれ? 私どうして……? えっ、宗田さん……?」


 薄く目を開けた神崎さんと目があった。まだ状況が読めない彼女は、数度早く瞬きすると上半身を起こす。蒸した部屋で一夜を過ごした彼女の髪が重たく気だるげに彼女に合わせて動く。甘ったるく男の心をくすぐる臭いが鼻腔を刺激した。

 こう言う時はなんて声をかけたらいいんだろうか?


 「おはよう」


 と、挨拶をしてみる。少し間を開けてから彼女も「おはようございます」とそう返事をしてきた。


 「私、何が……」


 呟きかけた時、彼女も昨日の事を思い出したのか両肩を抱き唇を震わせた。


 「……いったい何があったんですかね?」


 青くなった唇を動かして怯える彼女。


 「分からない……」


 俺は事実を告げた。


 とりあえず、状況をしっかりと確認しよう。そう思いスマホを取り出し電源を入れようと試みるが……駄目か。

 部屋中を動き回り他の事をためすが、全て反応しなかった。昨日の停電が続いている。

 

 「……どうなっているんでしょうか?」


 それを見た彼女は更に怯えて縮こまる。


 その後もいろいろと試したが結果として家電製品の全ては使えない。水道も使えず、生活の基盤のそのどれもが意味のないオブジェクトになってしまった。

 これからどうしたらいいのか? 助けは来るのか? そう思ったが俺にはその答えが分からなかった。

 一旦気分を変えるか……。


 「とりあえず汗かいたから着替えよう」


 彼女にそう促すと、神崎さんが鞄から着替えを取り出してキッチンへと向かった。「終わりました」と彼女かま五分くらいして戻ってくると、入れ替わるように俺も着替えに向かう。

 上半身裸で汗拭きシートを使って体を拭く。全身が冷たく感じられて、少しだけ心が落ち着いた気がした。

 落ち着いた心でもう一度今の事を考える。水も電気もだめ、食料と水は買い込んだから切り詰めれば結構な期間は大丈夫。だけど、今の現状が魔王が作り出したものなら、


 ———ライフラインの全てを殺された。

 

 と言うことになる。情報が欲しいな。

 

 ネットもダメとなれば外に出るしかないが、外の状態が分からない。それなら、もう何日かは家に籠もるか。

 考えがまとまると部屋へと戻る。

 

 部屋に戻るとちょこんと茶色い俺の愛用のクッションに座って何かをしていた。机の上には袋から開けられた新品の単三電池が数本転がり。神崎さんの手には懐中電灯が握られている。

 何度もそれを付けようと繰り返すがカチカチと虚しい音が部屋に響くだけで、その役割を果たしてくれなかった。


 「これもダメですね……」


 悲しそうに荷物を詰めて来たカバンに電池と懐中電灯をしまう。


 「本当にどうなってるんでしょう……?」

 

 そう聞かれたが何も答えられなかった。原因は魔王、でもその方法は分からない。これが戦争の一つだったら、人類に与えた影響は計り知れないだろう。


 ——今日文明が死んだ。


 のかもしれない。まだ、確定じゃないが可能性は非常に大きい。そして、仮にそうだとすれば、死んだこの世界で生きていかないといけないと言うことになる。

 ただ、魔王の仕業となればこれだけで済まないだろう。だって――戦争と言ったんだから。

 これから何が起きるのか、覚悟するしかないだろうな。


 どんよりとした部屋の中。

 俺ももう一つのクッションの上へと座った。

 テーブルを挟んで反対側に神崎さんは座っている。

 彼女の様子が気になりそちらを見ると、暑いのか額の汗を拭っていた。


 せっかく着替えたばかりなのに汗で服が肌へとこびりついている。おかげで、控えめだが無いというわけじゃないくらいの胸の膨らみが強調される。女性らしさが強調されて、少しだけドキリとしたがそれもすぐになくなった。

 こんな状況でそう言う気分になんかなれない。ただ、この暑さはどうにも我慢できなが……何かが起きる前に熱中症で倒れてしまいそうである。


 窓開けるか……。あ。団扇があるじゃんか。荷物に埋まっていたそれの尻尾を見つけて取り出した。 


 「暑いからこれ使って」


 そう言ってその団扇を神崎さんに渡す。


 「あ、ありがとうございます」


 笑顔でそれを受け取るとパタパタと顔を仰ぎだした。以前駅で何かのキャンペーンで貰った団扇。殆ど使う事は無かったが取っておいて良かった。

 

 流石にそれだけじゃきついな。俺は窓を開けようと立ち上がる。


 「暑すぎる……神崎さん、窓開けるね」


 「あ、はい……でも窓を開けても大丈夫ですかね?」


 不安気な彼女はそう言ってきたが。


 「きっと大丈夫だよ。ここは二階だし、すぐに何かあるって事は無いでしょ」


 そう返して窓を開けに行く。

 エアコンが使えなくても開ければ少しはましになるだろう。

 そうして鍵を開けようと右手を手を伸ばした。


 「あぁーーーーっ! ヤメロッ! 離せっ!」


 突然の叫び声。それに驚き伸ばした手を引っ込める。 

 

 ただならぬ声。男の叫び声が聞こえて来た。


 「なん……だ?」


 驚き声を漏らす。


 「イダッ……ギッ! ヤメ……イダ……イダイイダイイダイイダイッ!

 離れろッ微! 辞めてくれッッ! そんな所噛むな……俺を食う------ギピッ!!」


 噛むな? 食う? ——なんだ?

 叫び声が一層大きくなったと思うと嘘のように静かになる怖いと言う恐怖より先に好奇心が勝った。ゆっくりとカーテンを開けて外の様子を見た。


 「——ヒッ!」


 そこには昨日までの日常であったら絶対にありえない光景がそこに広がっていた。男女6人が道路に手をついて何かに必死に顔を埋めている。


 時には深く顔を埋めて。

 時には激しく首を振り。

 

 肉食獣が獲物の肉を食いちぎるように、”人”だった物の肉を食いちぎっていた。激しく何度も何度も食らいつき少しずつ獲物の肉を食らう。

 道路の一部が赤い液体で染められていく。


 そのうち一体がその場を離れた。

 満足したのか、指のような物をボリボリと噛み砕くとその場を離れていった。


 一瞬だがその顔を確認することができた。

 どこにでも居そうなサラリーマン。きっと休日出勤か何かだったのだろう。

 服装はスーツ。営業マンのような風貌だ。

 だが、目には黒目がなく白く濁っている。

 口元も赤く染まり、純白のシャツも赤く染められていた。

 少し裂けた口は、肉を無理矢理引きちぎったことで裂けたのだろう。こっちに気づくこともなくヨタヨタと覚束ない足で取でこの場を離れていった。

 

 ——ゾンビ


 俺はそれを見てそう思う。

 それが一人の男を貪り食っていたのだ。


 見たくないのにその光景に俺の視線は釘付けとなった。

 しばらくそのまま石のように固まっていると一人、また一人とゾンビはその場を離れていく。

 次第に餌になっていた人物の姿が露わになる。

 そこには、綿が溢れたぬいぐるみのようにボロボロな人形が落ちていた。

 

 腹からは内臓がはみ出し。食いかけの内臓は地面に散乱していた。

 顔も最早原型は留めておらず。片方の目玉が地面へと垂れ下がっている。それを辛うじて神経が支えている状態だ。

 唇も鼻もズタボロ。

 あの叫び声がなければ男女の区別すらできない程の酷い有様だった。


 「———宗——————田さん! 宗田さん!」


 人が死んだ? 夢?

 あそこに落ちているのは人形だよな?

 映画か何かの撮影だよな? 本当にゾンビなんている分けないじゃん……。

 

 そう目の前での出来事を否定するが、一向に撮影をしているであろうカメラマンもスタッフも出てこない。

 それが無残にもこれは現実だと訴えて来た。

 そして、それが死体だと認識すると吐き気がこみ上げてくる。

 それと同時に神崎さんが名前を呼んでいた事に気付いた。

 

 「———まずいっ!」


 声でバレるかもしれない。

 俺は慌てて神崎さんの口元を抑える。 

 もごもごと何かを言いたそうにしているが言葉を発する事が出来ない。

 人差し指を口元に当てて静かにと言うとゆっくりとその手をどけた。


 「どうしたんですか……? それに今の叫び声はいったい……」


 そう聞いてきたが。

 

 「静かに」


 小声でそう返す。

 少しの物音であのゾンビに気付かれてしまうんじゃないか?

 バクバクと爆音を鳴らす心臓の音でもバレるんじゃないかと不安になる。

 

 どうやら気付かれてないみたいだ。

 もう一度外を確認したがゾンビと思われる奴らの姿が無い。

 安堵の息を漏らしてカーテンを閉めた。


 「何があったんですか? それにさっきの人の叫び声は何だったんですか……?」


 彼女の傍に戻ると、もう一度聞いてくる。

 どう言うべきか?

 動く屍に食われる人間。

 そして窓の外には死体が一つ。


 「…………ゾンビに人が食われていた」


 返答に困ったが素直にそう答える事にした。

 ただ、その事を聞いた神崎さんは小さく「えっ」と声を漏らすと驚いた表情をしていた。

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