備えあれば患いなし
「あっ! もちろん変な意味ではないですよ! 勘違いしないでくださいね!」
テーブルに両手をついて身を乗り出しながら訴えてくる。彼女の発言は爆弾発言だ。それも、特大の爆弾。人によってはいかがわしく思われてもしょうがないが……先の状況を考えると、そう言う訳じゃないのは分かる。
ただ、呆けてる俺を見て慌てたらしく前のめりになって必死に訴えてきた。
「はは。分かってるから大丈夫だよ」
彼女を宥めるため、分かってる旨を伝えると安心したの姿勢を元に戻した。
「そ、それなら良かったです。ふぅ~」
体から空気が抜け安心した様子だが、パタパタと手の平を内輪替わりに顔を扇いでいた。心なしか耳元まで赤く、両手で顔を仰ぎながら顎を引いた状態でちらちらと見てくる姿は、リスを彷彿とさせ目の保養となる。
「俺は構わないけど……神崎さんはそれでいいの? お泊りだよ? お泊り? しかも男の家に?」
わざと「泊まり」の部分を強調し意地悪をしてみた。
「お泊まり…………ふしゅ~~」
そのワードは彼女にとって劇薬となったようである。茹で蛸のように顔を赤らめ、机に向かって顔を埋めてしまう。
「おーい。大丈夫か? 生きてるか~」
「あい、生きてます」
手首の部分から手の平だけをこちらに向けて、生存報告をしてみる。相当緊張したのか、手の平は汗で湿っており、キラキラと輝いていた。
「神崎さん、それなら今日は泊まりでいいのかな」
確認のため、もう一度彼女に聞くことにした。
「もっ、もちろんですっ! って違いますよ! いや、違いません! ぜっ、是非泊まりましょう! 泊まらせてください! よろしくお願いします!」
「落ち着いてね」
彼女の言動は逐一面白いな。仕事じゃ見れない一面に、ほっこりとした気分になる。とりあえず落ち着いて貰わないと、話が進まなくなりそうだ。
「確かに二人で一緒に居る方が良いかもな。何かあってからじゃ遅いし……泊まりってことで、決定ね」
「そっ、そうですよねっ! 遅いですっ!」
激しく頭を上下に降り、頷きを返してくる。
「じゃぁ、お互いに食料と水を手分けして集めようか。確か魔王は日付が変わったらって言ってたよね?」
さて、夜まであまり時間もないし行動を開始しよう。
「そうです。なので0時を回った段階でどうなるかだと思います」
「よしっ! そうとなれば急いで準備しないとな。神崎さんこれ、合い鍵渡しとくね。好きに出入りしていいからいろいろと荷物持ってきなよ」
そう言って鍵を渡した。アパートを契約した際に貰った合鍵を引き出しから取り出した。
「あ、合い鍵……!?」
しどろもどろにその鍵を受け取った。
「そうだよ。そっちの方が効率いいでしょ?
自分の家から持ってくる物もあるだろうし、一旦は別行動にしようか」
渡した鍵の先端を両手でぎゅっと握りしめ何か物思い耽っている。
ぼーっと惚けている神崎さんに
「——大丈夫?」
と声をかけると慌てたように一度だけ勢い良く頷いた。
俺は念の為、武器になるような物を探そうかな。バールとかハンマーとか、スコップだろうな。これだけ準備して何もなかったら……いや、それなら笑い話しで済む事だ。
そうなったら、明日も神崎さんには付き合ってもらおう。
「じゃぁ、一旦解散しよう」
「分かりました。では、また後で」
そうして俺と神崎さんは一旦別れて行動することにした。
――――
「缶詰めとか保存の効くものがいいかな? かと言って乾麺類は辞めよう。夏場だし水は貴重だもんな」
俺は「コーポ」に来ている。全国にお店を展開するチェーン店だ。スーパーと言うこともあり食料品を買いにきた。
「それにしても人が多いな」
これも、魔王の影響だろうか? 普段、買い物をする時はここを利用するのだが、いつもより人が多いように感じる。
これは、あの出来事が影響しているのだろうか? 恐らくはそうだと思うが、半々だろう。買い溜めをする姿もあるが、それはごく一部の人だけのようだ。戦争もなく、平和な生活をしてきた日本人は危機管理能力が乏しい気がする。有事になって初めて行動する人がほとんどではないだろうか? だから、ここに来ている大半の人は今日の夜ご飯の材料を求めに来ていると思う。
そんな事を考えながら買い物を一通り終える。
カゴ2つがいっぱいになるくらい、食料と水を購入した。この量を見て、レジを担当した店員は引きつった顔をしていたのは申し訳ない。流石にセルフレジを使って自分でやるのには多すぎる量だったからな。勘弁してくれ。
一旦車にすべての荷物を詰め込むと、そのままホームセンターへと向かい、鉄製のスコップとバールを購入。スコップに関してはすべて金属で出来ている物にした。ハンマーかバールで迷ったが、持ち手が木より鉄の方がいいと思いバールを購入した。ついでに乾電池とライトも購入してある。後はランプなど他の物も手に入れた。
「あー、ナイフの一本くらいは欲しいんだけどな」
迷ったが辞めた。素人が扱うなら射程の短い武器より長い物。実際にナイフで戦った場合、躊躇してしまいそうだから辞めた。
仮にスコップならナイフ程近づかないで攻撃が出来るし、もしもの時も対処しやすだろう。
「ふう。終わった」
家に到着した俺は部屋に荷物を運び終えた。かなりの大荷物だったため、全てを運び終える頃には汗だく。
俺の部屋は二階の角部屋。しかも、階段とは反対の方向に部屋がある。普段なら何とも思わないのだが、たくさん荷物がある時はこの距離が恨めしく思う。
「神崎さんはまだ来てないみたいだな。なら、今のうち汗を流させてもらうかな」
いくらか荷物は運ばれていたが、姿は見当たらない。恐らく、もう一度買い出しにでも行ったのだろう。ただ、ちょうど良かった。Tシャツがぐしゃりと濡れるレベルで汗を掻いている。流石にこんな状態で女性に会うのは気が引けるし、汗臭いだろうから申し訳ない。
そそくさと移動すると、汗に濡れた服を籠に入れてシャワーを浴びる。
「生き返る~」
十分程堪能して、外に出る。ん? 神崎さんが帰ってきたのかな? そーっと扉を開けると、
「宗田さん! 自分ばっかりずるいっ!」
抗議の声が聞こえてきた。
「いやー、すまんね。めちゃくちゃ汗掻いたから先に入ってたわ」
「私だって汗だくなんですよ! お風呂入りたい! ——あっ、近づかないでくださいね!」
大量の荷物で狭くなった部屋のギリギリまで神崎さんは離れた。てか、多すぎないか? 後でキッチンの方に移すか。
「分かったから、シャワー浴びてきていいよ。タオルとか自由に使っていいからさ」
ビクッと肩を跳ね上げ、早口で
「ありがとうございます。行ってきます」
そう言うとそそくさと浴室に移動した。
相当汗が気になったのだろう。
臭くなんてないんだけどな。
横を通り過ぎた神崎さんからは花のような香りがして、いい匂いが漂ってきた。
って、いい匂いとか変態だな。
浴室から聞こえるシャワーを浴びる音に、変な想像をしそうになるのを首を振って振り払った。
にしてもやっと落ち着けるな。
ってか、もう17時か早いな。
あれから4時間も経っていた。
時刻は17時を過ぎた所、後7時間……本当に何か起こるのか?
何もないといいんだが……
刻一刻と時間が過ぎていく……。
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