52話 食後のデザート
見た目にひるんでいた者も一口食べれば手が止まらなくなったようだ。
さっきまで満腹と言っていた者達も、どうにかして全種類食べようと一口ずつ摘まんでいる。
機嫌よくアイスクリームディッシャーで丸い形のアイスを作っているリリに、エルニアが声をかける。
「ねえ、リリさん。このアイスはくーさんの店で売ってないの?」
「今の所商品にはなってないね」
ポコロ以外のキオットの陽ざしは分かりやすく耳を下げた。
ポコロは羽が心なしか下がっているように見える。
リリにはしょんぼりしているように思えたので聞いてみる。
「そんなに気にいったの?」
キオットの陽ざしはリリの言葉に頷くと、悔しそうな声で言い始めた。
「なんでさっきリリさんの言う通り、もっと少なめにしなかったんだろうって後悔してるとこ」
「あの言い方は察せたはず……」
「もっと食べたかったですねー」
「もっと食べたかったって後悔する日が来るなんて思ってもみなかったわ」
「今の内に食うしかねえな」
キオットの陽ざしはできるだけ味わって食べようと、一口一口を大事そうに食べ始めた。
リリはそんなに気に入ってくれたのならこっそりお土産を用意しようと思い、紙とペンを鞄から取り出して書き込むと、ファーストに渡した。
ファーストは紙を持って、その場を離れる。
リリは全員の好みを聞き出そうと、キオットの陽ざしに言う。
「とりあえずこれでアイスは一通り出したから、好きな味があったら言ってもらえればよそっていくよ」
キオットの陽ざしだけでなく、全員からリクエストが届く。
「私は白いのに黒い粒が入ってるやつが食べたいわ」「茶色のやつお願いします」「ピンクに赤い粒が混ざってるのが食いたい」「紫のやつがいいのう」「白と水色の混ざったようなやつが私は好きかな」「白いやつを頼む」……
リリは想定通り冒険者全員が自分の好みを言っていくのを聞きながら、少し慣れてきた手つきでアイスを丸めて盛っていった。
◇
「食った食ったー」
「もうちょっとも入らんわい」
「食べ過ぎたかな……」
アイスを食べ切って、全員満足したように一息ついている。
モスカがリリに近づいて言った。
「リリさん、誘ってくれてありがとね。こんなにお腹いっぱいになるなんて久しぶりだわ」
モスカに続いて冒険者達からバラバラに、誘ってくれてありがとう、という類の言葉がリリに送られる。
リリはいい笑顔で返事をする。
「どういたしまして。でも、お礼を言うのはまだ早いかもね」
冒険者達はよく分かっていない顔をした。
リリは笑顔のまま続ける。
「みんなは最初、なんでここに来る予定だったか忘れちゃったのかな?」
ファーストが大きな瓶を持ってリリの元に戻って来る。
冒険者達から、あっと言う声が聞こえる。
「ちょっと待ってくれ」
「もう水も入らんぞい」
リリは何か言っているのを気にせずに、コップを鍋が置いてある机から持ってくる。
「ファースト、ここにとりあえず1人分入れてくれる?」
ファーストの注ぐ少しドロッとしたオレンジ色の液体に視線が集まる。
「これは……」
「知ってたのに……」
リリはフォスを見て聞く。
「これがスムージーなんだけど、好みに合いそうかな?」
フォスは限界を超える覚悟をしたようだ。
リリは目が座っているフォスに、コップを渡す。
フォスがコップを揺らして言う。
「普段飲んでいる物はもう少し滑らかに動くのだが……」
フォスは一口飲んで、コップを置いた。
「……今まで飲んだ中で最も美味しいフェルドゥーテだ」
フォスが言い切ったことで、深碧の風のメンバーは限界を越えるべきか悩み始めたようだ。
リリは空を走る光に近づいて聞く。
「好みの飲み物で合ってるってことでいいと思う?」
「合ってなかったら、あんなに苦しそうにしながら飲もうとしないんじゃないかな」
リリはフォスを改めて見てみる。
フォスは顔色悪く汗を流しながら、スムージーをまた手に取ろうとしていた。
「苦しいならやめた方がいいんじゃない?」
「……それはできない。Sランク冒険者のプライドにかけて、用意された物を残すなどあってはならないのだ」
リリは空を走る光を見てからフォスに聞く。
「ちなみに、用意された物を持ち帰って飲むのはプライド的にあり?」
フォスは、ぐっと唸って葛藤する様子のまま黙ってしまった。
イーゼンがリリに言う。
「ワシらの分は持ち帰らせとくれ。つまらんプライドなんぞワシらには関係ないからのう」
フォスがイーゼンに怒鳴る。
「貴様! それでもSランク冒険者か! 戦う所を見せなくとも、強さを見せつけようという気概はないのか!」
「食べ切れんもんは仕方ないじゃろ! それに! 今苦しんで食べるよりも、後で美味しく食べた方がいいに決まっとる!」
リリがまた口論が始まったと思っていると、鐘が9回鳴る音が聞こえる。
(もうそんな時間なんだね。うーん、冒険者の皆は全員お腹いっぱいになったみたいだし、確認も終わったし、それならそろそろやってもらってもいいのかな)
リリはまた紙とペンを取り出して、サラサラとペンを動かすと紙をファーストに渡した。
ファーストは紙を見ると、瓶を持ったまま、またその場を離れる。
リリは冷めた目を口論中の2人に向けた。
一連の動きを隣で見ていた空を走る光が、いぶかしげな顔をしている。
「リリさん、どうしたの?」
リリは腕を組んで、空を走る光とキオットの陽ざしに言う。
「もうこんな時間だしそろそろお開きかなって思うんだよ。それで今、ファーストに報酬の準備を頼んだんだけど、このままだと依頼未達成で報酬は払えないと思わない?」
空を走る光とキオットの陽ざしは、喧嘩を止めるという依頼をされていたことを思い出したようだ。
ウィルとモスカが薄く笑みを浮かべる。
「それは、困るね」
「もう加減はいらないってことね」
2つのパーティはジリジリとフォスとイーゼンに近づいていく。
イーゼンが取り囲まれようとしていることに気がついたようだ。
「何じゃおぬしら! 何するつもりじゃ!」
ナリダ、マクワノ、グローがにやっと笑って言う。
「悪いけど、これも依頼主の意向なのよね」
「お前らの喧嘩は見飽きたってよ」
「俺達の報酬のために黙ってもらおうか」
空を走る光とキオットの陽ざしは2人を取り押さえようと襲い掛かった。
包囲を抜けようと、イーゼンとフォスが全力で抵抗する。
金石の盃と深碧の風のメンバーが包囲の外側から声を上げる。
「パーティで来るなら、ワシらも黙っちゃおれんぞ!」
「そうじゃ! イーゼン、加勢するぞい!」
「我らも加勢するぞ!」
「蹴散らしてくれる!」
冒険者達の混戦が始まったあたりで、ファーストがトレーにお土産を乗せて戻って来る。
カーヘルも一緒に来て、机の上に置いてある先ほどフォスが飲んでいたコップを回収している。
リリはファーストに聞く。
「準備完了かな?」
カーヘルがコップの中身を違う容器に移し替えて、深碧の風のお土産のカゴに入れた。
ファーストは答える。
「はい、こちらは準備完了です」
リリは拮抗状態の冒険者達を見ると、笑ってアナウンス風に言う。
「お呼び出しします。金石の盃のエートラさんと深碧の風のスクーさんは、直ちに戦闘をやめて、こちらに来てください」
リリはとりあえず名前を覚えている人を呼んでみた。
名前を呼ばれたエートラとスクーはリリに向かって叫ぶ。
「今行けるわけないじゃろ!」
「俺に何の用だ!」
リリは金石の盃と深碧の風のお土産を手に持って言う。
「来なくてもいいけど、そしたらそのパーティのお土産は無しだよ。アイスとみかんヨーグルトスムージーが入ってるけど、いらないなら仕方がないよね」
「なんじゃと!?」「そんな卑劣な……!」
リリは楽しそうに続ける。
「20数えるから終わるまでに貰いに来てね。ちなみに受け取った人はもう参加したらダメだよ。形が崩れちゃうからね」
リリはそう言って、1、2、3と数えだした。
空を走る光とキオットの陽ざしは思わずという様子で笑っている。
「ほら、早く行かないと貰えなくなっちゃうわよ」
「お前らがいらねえなら俺らが貰っておくぜ」
「ぐぬぬ……」「くっ……!」
……8、9、10、11とリリのカウントは進む。
「もういいわい! 行くんじゃエートラ!」
「スクー、行ってこい。俺が原因だ。お前の分まで俺が戦おう!」
イーゼンとフォスの言葉に決心した様子で、エートラとスクーは戦線を離れた。
数的優位に立った空を走る光とキオットの陽ざしが勢いづく。
「もう諦めるんだな!」
「大人しくしてれば、ちょっと痛いだけで終わらせてあげるよ」
「私達も抵抗しないなら思いっきりはやらないですよー?」
フォスとイーゼンは決死の表情で言い返す。
「まだ負けてはいない!」
「ワシらのしぶとさなめるんじゃないぞ! お主らを倒してワシらが全部独占じゃ!」
金石の盃と深碧の風は最後の戦いに赴くような形相で、空を走る光とキオットの陽ざしに向かって突撃していった。
モスカが門の外にポイッとイーゼンを投げる。
お主ら覚えとれよー! と言う声が門が閉まって消えていった。
空を走る光とキオットの陽ざしはやれやれという様子で、リリのもとに戻ってくる。
リリはお土産の注意事項をエートラとスクーに説明していた。
「――ということで温めないようにしてね」
エートラとスクーは理解したように頷いた。
「リリさん、お土産ありがとうな。他のもんの分もワシがお礼を言っとくぞ」
「……正直複雑だが、フォスがあそこまで言うから、気になってはいたんだ。お土産にしてくれてありがとな」
2人は別れの挨拶を言うと門に向かって歩き出した。
リリは手を振って見送る。
門が閉まって向こう側が見えなくなった。
リリは手を下ろして、空を走る光とキオットの陽ざしを見回すと笑う。
「2対2じゃなくて、2対1対1になってたから余裕だったね」
リリには金石の盃と深碧の風が協力せず、お互いも攻撃しているように見えた。
冒険者達は思い出したのか、呆れた様子で笑っている。
「あの2人が協力するわけなかったな」
「戦っている途中にも喧嘩し始めてましたからね」
リリはファーストからキオットの陽ざし用のお土産を受け取って、モスカに近づく。
「ということで、見事依頼をこなしてくれたキオットの陽ざしには報酬だよ。実は感謝の気持ちも込めて皆の分だけ多めにしといたから、バレないように食べてね」
キオットの陽ざしから喜びの声が聞こえる。
モスカは両手で受け取った。
「ありがとね、リリさん。大事に食べさせてもらうわ」
マクワノが聞く。
「感謝の気持ちって何のだ?」
ストレートに聞かれて、リリは少し答えにくいと挙動不審になった。
照れたような様子で言う。
「いや、あの時は気づかなかったんだけど、みんなって私を逃がすために演技してたんでしょ。その、どう言ったらいいのか分かんなかったから、とりあえずアイスを増量しておきました」
キオットの陽ざしはファーストが何か言ったと気がついたのか、ファーストを見て困ったような声を出した。
モスカがリリの目線の高さに合わせるようにしゃがんで言う。
「リリさんの気持ちは受け取ったわ。でも、あの時のことを思い返すと、私達も少し恥ずかしいのよ。もっと他にやりようがあったんじゃないのかってね。だから、この話はこれでおしまいね」
リリは分かったと頷いた。
モスカはリリの素直な様子に笑うと、立ち上がった。
「さてと、私達もそろそろお暇するわね。今日は本当にありがとうリリさん」
モスカはリリが笑っているのを見てから、ファーストに視線を向ける。
「ファーストさんも色々と準備してくれて嬉しかったわ。でも、本当に罰はあれでいいのかしら。1発ぐらい殴ってもいいのよ?」
ファーストはふっと笑うと、モスカの目を真っすぐ見て言う。
「皆さんに対する罰はあれくらいがふさわしいでしょう。私が真に罰したい相手は、今回の事件を起こした犯人なのですから」
モスカは、乾いた笑いをこぼした。
モスカの後ろで、キオットの陽ざしの残りのメンバーがぼそぼそ話している。
「すごい逃げたくなった」
「なんかゾワッてしたよね」
「ファーストの恨みは買わない方がいいな」
「本気で怒ってなくて良かったですねー」
ファーストが視線を向ける。
モスカが後ろを振り返って言う。
「あなた達、聞こえてるわよ」
4人は黙った。
モスカは、ため息をついてから、ファーストに向き直る。
「ファーストさん、もし何か困ったことがあれば言ってちょうだい。必ず力になるわ」
「……その時は頼らせていただきます」
モスカはファーストが少し迷う様子で答えたのを聞いて笑うと、リリとファースト、空を走る光を順番に見て言った。
「それじゃあ、また会いましょうね」
キオットの陽ざしは、じゃあねー、また、ありがとなー、ごちそうさまでしたとそれぞれが言って去っていった。
門が閉まる。
リリは手を振るのをやめて、ファーストに聞く。
「全員素直に帰ってそう? 忘れ物とか言って戻ってきたりしない?」
「はい、今の所そのような兆候は見られません」
「なんか感想言ってた?」
「『今日はいい日だったな。旨いもんも腹一杯食えたし、Sランク冒険者相手に思いっきり暴れられたし』『全ての食材に魔力が感じられましたね。キャラリックメルは魔素の濃い場所にあるということだろうか。いや、独自の魔力量を増やす魔法があるのかもしれないぞ』『帰って飲むか。旨いもんが食えた記念じゃ。いいのう!』と言っていました」
リリはキオットの陽ざしだけ1人分だと思った。
「まあ、満足できたならいいのかな」
リリは空を走る光の方を見る。
空を走る光はファーストから冒険者達の声がして、驚いたようだった。
声真似か……? 多才ね、などと呟く声が聞こえる。
リリは笑って声をかける。
「みんなもお疲れ様ー。色々あったけど、監視してきてた聖族の部隊長を、こっちからこっそり監視し返すところまでいったよ」
空を走る光は気になっていたことをサラッと言われて、リリのいつものペースだと困ったように笑った。
ナリダが聞いた。
「すごい順調ってことでいいのよね?」
「たぶんそうだね。今他にもいないか探してる所なんだけど、これ以上見つからなかったら、明日の朝捕まえに行く予定だよ」
ウィルが一応聞いておこうという様子で言う。
「僕たちが手伝えることはある?」
「あるよ。すごい重要なやつが」
空を走る光は既視感があったようだ。
なんか同じようなこと言ってなかったか、昨日聞きましたねと呟いている。
リリもそう思って、笑って言う。
「みんなが明日の朝、森で突然変異種を倒したあたりで氾濫を起こす予定だから、全員撤退の合図を出して氾濫が起きるまでに城壁に戻ってね」
空を走る光は難易度を想像したのか、引き気味に言う。
「簡単に言ってくれるわね」
「かなり奥の方だったよな」
「間に合うか……?」
「私たちもですけど、撤退の合図を見てから動き出す偵察部隊の人たちも間に合うんでしょうか」
「リリさん、全員が城壁に戻れそうな位置まで移動してから、氾濫を起こすようにはできないかな」
リリはファーストに聞く。
「それくらい遅らせるのはできるよね」
「はい、問題ありません」
「じゃあそれでいこう。ちなみにまた森で襲ってくるとかあると思う?」
「現在監視している聖族からの襲撃はないと思われます。ですが、スルテリスの光と先ほどの聖族が同じ指揮系統でない場合、スルテリスの光からの干渉はありえます」
リリは、えーと、と言って首を傾げる。
「どっちも魔族の手下になったって話をしてたんだから、同じ組織じゃないの?」
「その可能性は非常に高いです。ですが、観察中の聖族は外部と連絡を取っている様子がありませんでした。スルテリスの光に対して指示をしていないように思えます」
「うーん、どう思う?」
リリは空を走る光に聞いた。
ウィルが困った様子で答える。
「全部聞いてたわけじゃないから、それだけだと何とも言えないかな」
リリは、確かにと思って、ファーストに言う。
「ファーストってあれ録画してるよね?」
「はい、プニプニからの映像でよろしいですね」
リリは頷くと大きな机とモニターを取り出す。
「じゃあこれで見せてあげてよ。私達は見てる間、バーベキュー食べて待ってよう」
リリの頭の中を、空を走る光ならまだ食べられるのではないかという疑惑がよぎった。
 
「……一応聞くけどもう食べないよね?」
「………………もう入らないからね」
(すごい間があったなー)
リリが空を走る光を細目で見ていると、後ろから声がかかる。
「リリ様、私も見てよろしいですか?」
「私も聖族の映像は見ていないので見ていいですワン?」
カーヘルとくーに続いてこの家にいたほとんどの者が言ってきた。
(そういえば、この家にいたみんなはルエール以外、聖族の映像は見てなかったね)
「まあ、見たいなら見ていいよ」
「ショッキングな場面もあります。特にカーヘルを含む工場エリアの者達は、気をしっかり持って見るようにしてください」
ファーストの言葉に、リリはそんな場面あったかなと思った。




