34話 鑑賞会
カーテンを閉め薄暗くなった部屋に、横一列でソファーが置かれている。
ソファーの前にあるテーブルには、お煎餅、チョコレート、唐揚げ、フライドポテトなどが載った大皿が置かれ、小皿には餅の上にあんことアイスを乗っけた物が1人1個用意されていた。
リリはソファーに座って、コップを配りながら言う。
「飲み物は色々考えたんだけどお茶にしよう。飲みたかったら、ホールに置いてあるりんごジュースでもいいよ」
空を走る光はコップを受け取りながら、どこからツッコミを入れたらいいのか悩ましい顔をした。
リリは聞く。
「何か気になった?」
ダグがテーブルの上の料理を見つめたまま言う。
「さっき朝を食べたばかりだよな」
リリはそうだねと頷く。
グローとウィルがテーブルの上の料理を見つめたまま言う。
「もっと緊張感のある雰囲気を想像していた」
「何かパーティでも始まりそうだよね」
リリは、パーティでも間違ってはないと思った。
ルティナとナリダがテーブルの上の料理を見つめたまま言う。
「理由の分からないおもてなしが、怖いという気持ちもあります」
「……もう罠でもいいわ」
ナリダの言葉に、空を走る光は、テーブルの上の料理を見つめたまま同意している。
リリは映画の上映会のような気分だったが、空を走る光に食べ物を出して良かったんだろうかと不安になった。
ファーストが聞く。
「リリ様、私とリリ様の分を先に取り分けてもよろしいですか?」
リリはファーストによろしくと頷いて、空を走る光に言う。
「まあ、上映中も飲食自由だけど、食べるのばっかり集中しちゃダメだよ」
空を走る光は残念そうに頷いた。
リリは準備が終わったので、〈無詠唱〉〈投影〉で対面している壁をモニター代わりにすることにした。
リリは壁を指さして言う。
「じゃあ、始めるよ」
ピーちゃんが見ている光景が、壁に大きく流れ始める。
空を走る光から感動したような声が聞こえた。
「家の中で外を歩いてる景色が見えるって新鮮ね」
「音も聞こえるんだな」
「壁がでかいからか、小さくなったような気分だ」
「周りが大きく見えるよね」
「馬車の中にいる時もこんな風に進んでましたね。あ、もしかして」
ルティナの言葉で、空を走る光は、あっ、と気づいたようにリリを見た。
「リリさん、馬車の中から外を見る方法と、今やってるのは同じですか」
リリは笑って言う。
「まあ、ピーちゃんからの映像じゃないけど、だいたい同じだよ」
空を走る光は同時に考え始め、ナリダが真っ先に言う。
「遠視で周りを見て、その見た光景を壁に投影で映してるのね」
リリは合ってるよと頷いて聞く。
「こういう使い方って外でしてないの?」
空を走る光は分かってスッキリしたように笑った。
ウィルとナリダ、グローが答える。
「まず遠視と投影を両方使える人が、かなり珍しいんじゃないかな」
「両方ともずっと魔力を使うそうだから、長時間はできないと思うわよ」
「遠くを少しの間映す鏡なら売っていたと聞いた」
空を走る光は、そういえばあったなと思いだしたようだ。
リリは定番だと思った。
「みんなってそういうの買わないの? 偵察とかに使うイメージだけど」
空を走る光は詳しく思い出したのか、乾いた笑いを漏らした。
聞きたそうにしているリリを見て、グローが言う。
「オークションだったんだが、最後は白金貨200枚を超えたらしい」
リリはだいたいで計算して言う。
「グルークの町を70回近く救ったのと同じ値段だね」
リリは、そう考えるとすごい気がした。
ウィルとルティナが言う。
「白金貨3枚と町長が要望を叶えてくれる所までが報酬だったんだけどね……」
「もうグルークの町の値段みたいになってますね……」
空を走る光は、すごさが伝わるならもうそれでいいとしたようだ。
ファーストが伝える。
「リリ様、そろそろ西側の城壁に着くようです」
全員が映像の流れている壁を見る。
屋台が立ち並び、椅子と机が石畳の地面の上にたくさん並べられていた。
そこにいる武装した人の多くは、椅子に座って食事をしているようだ。
リリは、フードコートみたいだと思った。
「城壁の前ってこんなに賑やかなんだね」
ウィルとナリダが説明する。
「氾濫の時期だけ、この西門前の広場でビルデンテのいろんな店が屋台を開くんだよ」
「ビルデンテの中をいろいろ動かなくていいし、新しいお店を発見できたりもするから、氾濫の前はこの辺りにいる冒険者が多いわよ」
空を走る光は、いつもだったらここにいたんだよなと冒険者達を眺めている。
リリは今見ている西側のエリアで氾濫が起きると説明を受けていた。
(冒険者って氾濫が起きるまでずっと食べてるんだね。まあ、ここにいれば氾濫が起きたらすぐ対応できそうだし、いいのかな)
リリはとりあえず納得して、聞く。
「それで下見で城壁の上に登れるんだったよね?」
「そうだね。あの奥の方に見える階段なんだけど、あそこから登れるよ」
ウィルが指さした方向では、木製の階段が城壁に取り付けられている。
「何か見せたりとかそういうのはないんだよね?」
「聞かれたらパーティの名前を言えばいいよ」
リリは、なるほどとピーちゃんを動かす。
『あの階段で上に登ろう』
映像が動いて、画面いっぱいにアルバートが頷いて返事をしているのが映った。
空を走る光が、一瞬驚いたような声を出す。
リリは、こう見るとアルバート近いよね、と思った。
ピーちゃんからの映像はアルバートから、また前を見ている風景に変わる。
広場を階段に向かって進んでいく。
空を走る光は、周りでご飯を食べている光景を見て、自分たちの目の前の食べ物に手をつけ始めた。
リリとファーストも食べながら映像を眺めている。
階段を上り切り、映像では城壁の向こう側が見え始めた。
ピーちゃんが言う。
『結構遠くまで見えるね』
アルバートとサラも城壁の向こう側を見渡しているようだ。
『そうですね。障害物もなく、森までよく見えるかと』
『ここから見ると地面に線が引かれているのも、分かりやすいですね』
地面には太い白線が、何本も引かれていた。
事前に話は聞いていたので、リリは空を走る光に確認する。
「あれって、味方に当たらないように魔法を撃っていい範囲とか、前衛の人がどこまで前に出ていいかを描いてるんだったよね」
空を走る光は映像に視線を移して頷いた。
リリはどうするのか気になったので聞く。
「もしあの本使おうと思ったら、あの魔法撃っていい範囲に撃つ感じになるのかな?」
空を走る光はもぐもぐ口を動かしながら考えている。
ルティナとナリダが飲み込んで言う。
「誰もあの範囲には入らないように徹底してますから、そうなると思います」
「そうね。氷の杖だっていつもあの線のギリギリを狙ってるみたいだったから、あの範囲の中なら平気だと思うわよ」
リリは魔法に関しては、あそこに撃っておけば間違いなさそうと覚えることにした。
「魔法使うならあの中ってことだね」
リリはそう言って、映像をじっくりと眺める。
(ここにグレイトホーンが攻めてくるんだよね)
改めてそう思ったリリは、内容として近そうなゲームでの魔物襲撃イベントを思い出す。
(平原で、壊しちゃいけない施設もないし、障壁張ってくる魔物もいないなら、最上位魔法で一掃できそうなボーナスステージだよね。見晴らしのいい場所から、インフェルノとかを連打するのが楽しかったんだけど……)
リリはゲームだったら簡単だったのにと残念に思った。
「まあ、いいや。そろそろゴーレムが届く頃かな」
ファーストが、そうなりますと返事をした。
ピーちゃんが言う。
『南側も見に行こう』
南の検問所が見える位置に近づくと、兵士達が大勢待機している様子が映った。
リリはずらっと並ぶ色々な種族の人を眺めて言う。
「昨日空から見た時より人が多いね」
ファーストは頷く。
「くーがいますから、そろそろ到着すると伝わったようです」
リリは、この中にいるの、と探し始める。
空を走る光は懐中時計を眺めて、ワクワクした様子で話している。
「10時に到着って言ってたよな」
「短い針がⅩで長い針がⅫに来たらだったか」
「あと、この動いてる針が一周したらよね」
「なんだかドキドキします」
「迫ってくる感じがするよね」
空を走る光がカウントダウンを始めた辺りで、リリは地面にいるくーを見つけた。
なんとか間に合ったと思ったリリは、ピーちゃんの視点を少し空の方に向ける。
空を走る光がゼロと言うのと、白い雲に影が差すのは同時だった。
くーが指し示すように手を上げれば、それにつられたように周りの兵達も空を見る。
何だあれは! かなり大きいぞ! と周囲にいる兵士たちが騒ぎ始めた。
雲を割って、木製の船底が現れる。
その場にいる全員が、どうして気づかなかったのかと驚くほどの存在感に、目を離せなくなったようだ。 宙に浮く船の動きに合わせて、頭を上から下に動かしている。
船は地面から少しだけ浮いたところで止まった。
リリは船の登場を楽しそうに眺めて、ファーストに言う。
「キャラック船って帆が沢山あっていいよね。航空輸送船団とか作っても面白そうだよ」
ファーストはリリを見て、そうですねと微笑んでいる。
空を走る光は、船の登場を感動した様子で眺めた後、楽しそうに話し始めた。
「空を飛ぶ輸送船ってこういうことだったんだね」
「本当に船の形をしてるんだな」
「船の底なんて初めて見た」
「物語に出てくる空飛ぶ船ってこんな感じなのかしら」
「遺跡で見つけた船に乗って、東の果てに行く話だとこれくらい大きい船を想像してました」
話が聞こえたリリは、この世界にもそんな冒険物の話があるんだと思った。ピーちゃんの近くにいる人達が、UFOでも見てしまったかのような反応をしているのを見る。
「外にも空飛ぶ船の話があるなら、もっと楽しそうな反応の人がいてもいい気がするよ」
映像から、これは何だ、何で船が飛んで、どうなってるの、これは遺物か? といった混乱した声が聞こえている。
空を走る光は、映像から聞こえる声を聞いて同情するような目を向けた。
「何も知らないでこの光景見てたら、物語なんて思い出してる余裕ない気がするわ」
「いきなりこんな光景見たら、警戒してただろうな」
「実力が分からない相手は怖いですからね」
リリは警戒されてると聞いて少し残念に思った。
「武器持ってないから、たいしたことできないのにね」
この船は話し合いの結果、調べられて変にボロが出たりしないように、武装していなかった。
ファーストは頷く。
「そうですね。この状態では速度を乗せて突撃や、質量を生かした押し潰ししかできません。城壁を突き破って、城を崩壊させる程度になりそうです」
結構できてると思った全員が、無言のまま映像を見る。
映像では船の甲板から地面に向かって階段が降ろされている所だった。
いかにも人が降りてきそうな光景に、リリはこの距離だと会話が聞こえないと思う。
「ピーちゃんバージョン3には、遠距離の会話が聞こえる機能をつけた方がいいね」
ファーストは、そのようですねと言ってから聞く。
「くーのいる付近の音声であれば拾うことは可能です。お聞きになりますか?」
リリは、用意してあるんだね……とファーストを見た。
「できるなら頼もうかな」
「かしこまりました」
ファーストはスピーカーを取り出して、テーブルに置く。
リリは気を取り直して、ピーちゃんバージョン2の新機能である映像をズームにして見る機能を試すことにした。
映像では周囲の注目を一手に集めて、乙姫が階段を降りてきている。
くー達が出迎えるように階段の下で待機していた。
スピーカーから声が聞こえる。
『出迎えご苦労』
くーは頭を下げている。
『乙姫様、この度はゴーレムを輸送していただき、誠にありがとうございますワン』
乙姫は鷹揚に頷いた。
『よい、妾の役割を果たしただけのこと。感謝は妾を動かした、あのお方にするがいい』
『もちろんですワン。このような機会を与えていただき、私共一同感謝の念に堪えませんワン』
くーの後ろに、ザーツマールの兵士の鎧を着たヒョウのような見た目の獣人が近づく。
くーが気がついて振り返った。
『ああ、ニルナム様、ご紹介しますワン。こちらは今回のゴーレムの輸送の指揮を取っておられる、乙姫様ですワン』
くーに続くように、ハキハキとしたニルナムの声が聞こえる。
『初めまして、私はビルデンテの警備隊の隊長を任されているニルナムと申します。ザーツマールに力を貸していただけること、感謝いたします』
乙姫は、返事をするのを憚るような威厳のある声で言う。
『そうか。ではニルナムよ、妾は長い口上を述べるつもりもないゆえ本題に入る。ゴーレムと人員を降ろすに相応しい場所へ、案内せよ』
一瞬の間があり、ニルナムの返答が聞こえる。
『お任せください。では先導を行いますので、こちらの船を――』
ニルナムが場所の案内を始めたのを聞き流しながら、リリは言う。
「乙姫ってどういう設定なの?? くーの部下じゃないよね? 女帝なの??」
リリはキャラリックメルで、輸送船の船長は乙姫とだけ決めていた。そこからどうしてこんな偉い人のような雰囲気になるのかと戸惑っている。
混乱した様子のリリに、ファーストが答えた。
「乙姫の設定は、隠れ里キャラリックメルであの船の船長を任されている者となります。ご推察の通り、くーの部下ではありません」
空を走る光は、ファーストがリリの言った女帝の部分をスルーしたのを見て、目を合わせている。
リリは詳しい設定の部分は丸投げした記憶があるので、聞いた。
「どうしてあんなすごい偉い人っぽくなっちゃったの?」
ファーストは答える。
「前提として外の人々は、あの船を遺跡から発掘された替えのきかない遺物と、認識するとお考えください。そうなりますと、あの貴重な船の船長は、地位の高い者が任されていると思われることになるでしょう」
「偉い人だと思われるから違和感がないように、とっつきにくい演技をした方が良かったんだね」
ファーストはリリを見て、少し悩むように言う。
「性格設定はしていないので、演技の内容は乙姫のアドリブになっていたと思います」
「アドリブだったかー。まあ、偉い人って設定さえあればいいんだもんね」
リリはひとまず納得して、映像を見る。
移動を開始しているようで、船が画面から消えていた。
リリはズームを解除して、全体が見えるようにする。
城壁の上は船の登場で様子を見に来た冒険者達で賑わっていた。
リリは城壁の上の人々が見ている、西側に視点を動かす。
丁度、移動が終わったところのようだ。
船の側面の一部が、飛行機の貨物室の出入り口のように上に開いていく。同時に、冒険者達から、何だ!? 開いたぞ! といった声が聞こえる。
ハッチが開き切ると中から、金属製の板が伸びてきて、地面と船を繋ぐスロープのようになった。
注目を浴びるスロープの上部に、光を反射して輝く鉄製のゴーレムが現れる。
無機質な印象を与えるゴーレムは、止まることなくそのままスロープを歩いて降りていく。
映像からは、あれがキャラリックメルのゴーレム、本当に大きいぞ、あんなのが100体いるのかなどと、ざわめく声が聞こえている。
ゴーレムはスロープを降りて地面につくと、城壁に向かって手を振り始めた。
ざわめきが大きくなる。
何だあれ、手を振ってる、ゴーレムだよな、手を振り返した方がいいのか? と若干困惑した様子で、ゴーレムに手を振り返している者が現れ始めた。
先頭のゴーレムが手を振りながら歩いていくと、続々とゴーレムが船から出てくる。
続くゴーレム達も地面につくと手を振り始めるので、その場にいる人々もなんとなく手を振り返しているという雰囲気の者が多くなっていった。
そういえば援軍だったと気づいたように、ゴーレムが歓迎されているような光景になった所で、リリは室内を見渡して言う。
「観客席にアピールできるようにしといてよかったね」
「そうですね。警戒されているようだったので丁度いいかと」
ファーストは観察するように映像を眺めていた。
空を走る光は一安心という顔で映像を見ている。
リリは援軍ってこんな扱いをされる物なんだろうかと気になったので聞く。
「そうして欲しいわけじゃないけど、援軍ってもっと、こう、見た目だけでも歓迎される物なんじゃないの?」
ウィルとファーストが言う。
「ゴーレムって、魔物でしか知らないって人か、剣とか鎧みたいに物扱いの人がほとんどだから、手を振ったりしないと思うよ」
「南の検問所付近の兵士達や、くーの近くでは隊長が指揮をとり、乙姫を敬礼で迎え入れていたようです」
リリは一斉に敬礼してる所はちょっと見たかった、と思った。
「まあ、ゴーレムが無事に到着したんだからいいよね」
敬礼されるような場所に立つ気のないリリは、気分を切り替えておやつを食べることにした。




