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26話 酒場

 酒の絵が描かれた看板の建物に着く。


 ビルデンテにある冒険者の酒場で一度は行ってみたいと噂されている酒場らしい。


 リリは少し緊張しつつ先頭の空を走る光に隠れるようにして、両開きの扉から中に入った。

 中では様々な種族の冒険者達が、丸テーブルを囲っている。良いニュースで希望に満ちた様子で騒いでいる者も、悪いニュースでやけになったように酒を飲む者もいた。


 空を走る光が入ると、良いニュースをもたらした主役が登場したというように、一部の者から歓声が起きる。


「空を走る光だ!」「よくやったな!」「ありがとう!」「最高よ!」


 歓声が耳に触った様子の者から、諦めたような怒鳴り声も上がる。


「うるせぇ!」「Sランクが来たところで何だってんだ!」「もう全員終わりよ!」


 そうすると、歓声を上げた者が驚きと焦りの混じった様子で話し始める。


「もしかして、お前ら知らないのか? 空を走る光は――」


 空を走る光が今回の氾濫のために苦労してゴーレムを持ってきたという説明が始まったのを見て、リリは悩むように首を傾げる。


(これは今求めてる物じゃない気がする)


 リリは待たなくていいよねという気分になったので、空を走る光の後ろ姿を見上げる。


 リリには空を走る光が冒険者の説明を普通に眺めているように見えた。


 まずは気づいてもらおうと、リリはウィルをつっつこうとしてやめる。

 もし指が突き刺さりでもしたら怖いからだ。


 代わりに装備の端を軽く引っ張って小声で言う。


「ねぇ、さっさと席に移動しようよ」


 説明を静かに聞いている所だったので、リリの声はリリが予想していたよりも遠くまで響いた。


 空を走る光の肩が笑ったように揺れる。


 冒険者達がリリの存在に気がついて驚きの表情を浮かべた。

 あの子供、空を走る光に話しかけて、あんなにやばい、など冒険者達はリリを見て好き勝手に話し始める。


(まずい、聞こえてしまった……)


 リリがあわあわしていると、冒険者達の方から女性の声が聞こえる。


「あら、あなた達かわいい子を連れてきたのね。せっかくだし一緒に飲まない?」


 長い鼻を振ってこっちにおいでと、1人の獣人の冒険者がアピールしている。


 空を走る光は、男性陣が渋い表情になり、女性陣は久しぶりと手を振り返している。

 リリは目を輝かせた。


(マンモスだ! モフモフってことはマンモスだよね? 象じゃないよね??)


 ウィルが振り返って聞く。


「リリさん、キオットの陽ざしと一緒でもいいのかな?」

「いいよ」


 リリは興味津々の様子で答えた。

 空を走る光は仕方がないと笑って、歩き出す。


 丸テーブルに近づくと、また違う女性の声がする。


「お前ら、さっきの睨みはなかなか良かったぜ。今日は動き足りねえから、後で一戦付き合ってくれよ」

「マクワノって見境ないよね、さっきからそう言ってもう5人はぺしゃんこにしてるよ?」

「空を走る光が相手なら、ぺしゃんこになるのはマクワノかも」

「遂にマクワノがぺしゃんこになるのですね。ホッホー」


 いい度胸じゃねえかお前ら! と、1人が立ち上がる。

 キャー、とふざけて悲鳴を上げる3人。


 リリは、大きな熊が黒猫と垂れ耳の兎とメガネをかけた鳩を襲っていると思った。


 ウィルが一連の流れを気にせずに言う。


「リリさん、この人がキオットの陽ざしのリーダー、モスカだよ」


 ウィルに紹介されたマンモスのような見た目をした冒険者は、リリのことをじっと見つめる。

 その様子を周囲の冒険者達も興味津々に見ている。


 見つめられても特に珍しい物はないはずなので、リリは不思議そうに首を傾げて、ウィルに聞く。


「自己紹介とかした方がいい流れだったりする?」


 空を走る光はこらえきれないというように笑った。

 モスカ以外のキオットの陽ざしのメンバーとその場にいる冒険者達はすごい、信じられない、分からないのか、など口々に騒ぎ出した。


 リリは周りの反応を見て、また分からないことをと諦めた。


(まあ、そんなことよりマンモスだよ。モスカさんだっけ?)


 リリはモスカの様子を伺う。


 モスカは立ち上がり、分厚そうな鎧を揺らして、リリに近づく。


(立ち上がると今日見た中で一番背が高そうだね。でも威圧感はそんなにないかも)


 リリは初対面なのでどんな人かなと様子見はしているが、特に怖い顔立ちではなかったし、誰も警戒していなかったので、珍しいという気持ちだけで近づくモスカを見ている。

 モスカはリリの前で止まると、しゃがんで言う。


「キャラリックメルから来たリリさんよね。私はさっきウィルが言ったけど、Sランクパーティ、キオットの陽ざしのリーダーをしている冒険者のモスカよ」


 リリは聞いていない単語があると思った。

 モスカは鼻をリリの方に伸ばす。


「私の種族はこれからよろしくっていう握手の意味で、鼻を使うの。リリさんとは仲良くしたいから、握手してもらってもいいかしら?」


 そう言ってモスカは笑った。

 リリはもちろん、と笑って手を伸ばして、鼻を触る。


 空を走る光から、あ、という声が聞こえた。


 モスカはリリの手をがっちり掴んで立ち上がり、そのまま持ち上げると優しく手で抱きかかえるように持つ。そしてとても嬉しそうだと分かる声で言った。


「私のことを怖がらないで仲良くしてくれるなんてとっても嬉しいわ」


 ただ、と少し残念そうに言う。


「知らない人に握手しましょうって言われて手を出しちゃダメよ。かわいいんだから、さらわれちゃうわよ」


 こういう風にね、と言ってモスカはリリに頬ずりした。

 リリは触った感覚が思っていたよりモフモフだったので、暴れないことにする。


 リリを抱える向きを空を走る光に顔が見えるように変えて、モスカは言う。


「あなた達も、私達が変わりないか確認してから紹介した方がいいんじゃない? 護衛依頼なら失敗よ」


 空を走る光は素直に反省した様子を見せる。


「うん……確認は大事だね」

「変わってないと信じてたなんて言い訳にもならない」

「人って突然変わるかもしれないもんな」

「もっと気をつけないとですね」

「そうね、見てすぐに気づけるなんて考えてたらダメよね」


 リリは外の人達にとって信頼できない方向に変わったのは、空を走る光の方だと思う。


(そう考えて聞くとすごい煽ってない? ……思っても反応しちゃダメだよね)


 リリは闇堕ちさせた側として、ノーコメントを貫くことにした。

 マクワノと呼ばれていた熊のような見た目をした冒険者が声をかける。


「おいおい、ナリダ。他人に言われてそんな素直に反省するなんて、角でも取れたのか?」

「誰がグレイトホーンよ!」


 ナリダの勢いのある返しに、マクワノは笑う。


「やっぱりナリダは爆炎魔法みたいでいいよな。お前らが閲覧制限のあるやばい事件を解決したって聞いた時は、そろそろナリダが魔法を間違えて誰か死んだんじゃないかと思ったが、まあ全員無事で何よりだ」


 キオットの陽ざしのメンバーは、分かるーというように頷いている。

 リリもやっぱり目を閉じて魔法を撃つのはそう思われるよねという気持ちで聴いている。

 ナリダ以外の空を走る光は否定できないようで、曖昧な笑みを浮かべた。

 ナリダはムッとした様子でマクワノを睨んだ後、断言する。


「今に見てなさい! 私がもうそんな凡ミスをしないってこと証明してあげるわよ!」


 それは楽しみだなと笑うマクワノを、キーッと睨むナリダ。

 モスカは2人を放置してリリを持ったままテーブルに移動する。


「リリさん、うちのパーティメンバーを紹介するわね。あそこで騒いでるのがマクワノで、ここに座ってる3人が左からエルニア、ロンラ、ポコロよ」


 名前を呼ばれた順に、黒猫の獣人が手を振って、兎の獣人が頷き、鳩の獣人がホッホーと笑った。

 リリもよろしくと笑顔で手を振った。


 モスカは椅子に座って、リリを膝の上に置いて聞く。


「何か注文する?」


 リリはメニュー見ても分からないしとモスカの方を見る。


「よく知らないから、何かオススメがあればそれにしようかな」


 モスカはメニューを鼻で持って、考えている。


「そうね、リリさんが飲めそうなやつは……」


 横のテーブルから大声が聞こえる。


「分かってないのう!」

「悩むくらいなら全部頼むもんじゃろ!」

「間違いない方法じゃな!」

「おーい、注文じゃ! この店にある酒全種類頼む!」


 この人達強いという気持ちで、リリは隣のテーブルを見る。


 長い髭に、屈強な体、それでいて身長はリリより低いという人達が、酒樽から直接酒をジョッキで掬いながら上機嫌に笑っていた。


(ドワーフだ! もう完全に出来上がったドワーフだ!)


 リリがキラキラとした視線をドワーフに向けているのを見て、モスカはにっこり笑う。


「私達も負けてられないわね」


 まずい……という顔で、キオットの陽ざしと空を走る光がモスカを見る。


 モスカはテーブルが揺れるような大声で言った。


「店員さん! こっちにはこのお店のお酒全種類2つずつお願いね!」


 冒険者達が、おお! と盛り上がる。

 空を走る光とキオットの陽ざしは仕方がない、飲むか、といった様子で笑い始めた。

 リリも何か始まったと笑った。


 ◇


 丸テーブルは大きいとはいえ、全種類のお酒を置くにはスペースが到底足りないのではないかと思われる程度の大きさだ。

 しかし、お酒が運ばれてくるとすごい勢いで全員が飲み干し、また次のお酒を持ってくるタイミングで入れ物を全部戻すという循環が出来上がったため、お酒を置くスペースが確保されている状態が続いている。


 リリは豪快にお酒を飲み干していく様子を見ているだけで楽しかったが、気になる物を飲んでいいと言われたので、赤に近いオレンジ色のお酒を選んで飲んでみる。


(なんか炭酸じゃないけどパチパチ? するような。それに甘い? 苦い? ちょっとだけ果物が混ざったような匂いはするけど、甘いのはそれかな)


 リリは味の正体を探るのをやめて、同じテーブルにいる全員を見る。

 勢いよくジョッキを空にして、美味しそうにぷはーっと息を吐く冒険者達。


「やっぱりここのロイチ酒が最高だ!」

「黄金の酒は外せないな」

「ネッケルライケが美味しい季節」


 気に入った物に感想を言っているのを聞いて、リリは知らない物ばっかりで異世界っぽいと思った。


 ルティナがリリに聞く。


「リリさんは何を選んだんですか?」

「名前は分からないけど、オレンジ色のこれだよ」


 リリは入れ物を傾けて見せる。

 ルティナは分かったのか笑って言う。


「コカトリスの血ですね」


 リリはそんな名前の魔物を聞いたことがある気がした。


「……それって毒じゃなかった?」


 吹き出して笑う声がする。

 ルティナも笑って言う。


「コカトリスの血は毒ですよ。でも今言ったのはお酒の名前です」

「コカトリスの血を加工して、お酒にしたの?」


 キオットの陽ざしは面白そうに笑っている。


「夢があるねー」

「度胸試しに使われそう」

「町中なら石になってもってな」

「味はどうなっているのでしょうか」


 コカトリスの血を処理してお酒にした訳ではなさそうなので、リリはちょっと恥ずかしげに言う。


「石になるわけじゃないなら名前は気にしないでいいかな」


 リリはそう言ってまた一口飲む。

 モスカが笑って言う。


「飲んだ人が酔っ払って石みたいに動かなくなるから、コカトリスの血って言うのよ。でもリリさん軽いから、酔い潰れても石にはならなそうね」


 とてつもなくアルコール度数の高いお酒である可能性にリリは気がついた。


(考えてなかったけど普通に酔っ払うのは大丈夫なんだろうか? 力加減が分からなくなったら詰みだよね)


 何か理由をつけて誰かを呼ばないと、という気持ちでリリは言う。


「酔い潰れる前に、ちょっとファーストに持ってきてもらいたい物があるんだけど、呼んでもいいかな?」


 全員を見渡す。

 モスカはいいわよと言いながら、勢いよくお酒を流し込んでいる。

 空を走る光は何となく分かったような顔になった。


 ウィルが聞く。


「ファーストさん呼ぶなら、1回外に出るよね?」

「そうだね」


 リリは外でやった方がいいという意味だと思って頷いた。





 冒険者の酒場の外に、リリとウィルが出る。


 中の声が聞こえないくらい離れてからリリは話す。


「全然絡まれなかったね」


 ウィルは、ずっとモスカの膝の上に座っていたリリを見た。


「リリさんが気にしてないっていうことはよく分かったよ」


 リリはウィルを見上げて言う。


「歩いてたら足を引っ掛けられたり、お酒をかけられたりしなかったね」


 ウィルはちょっと待って欲しいと立ち止まる。

 そんな目にあったのかと、ウィルがまじめに考えているように見えたので、リリはイメージで言ってるだけだよ、と慌てて言う。


 ウィルはそんな絡まれ方をしたらを考えたようで、ため息をついた。


「リリさんの想像上の酒場が酷すぎるよ。そんな絡まれ方をするって考えてたから、全員置いてきたんだね……」

「まあ、そんな所だよ。今の感じなら、ファーストがいてもよかったかもね」

「あの状態のリリさんにそんな風に絡んでくる人はそういないよ」


 リリはなら良かったと笑って言う。


「じゃあ張り切って呼ぼう。とりあえず、お近づきの印に渡すプレゼントを持ってきてもらおうと思ってるんだよね」


 ウィルは思い出すように黙ってから言う。


「キオットの陽ざしは、珍しい物とか美味しい物を渡すと喜んでくれてたかな」


 リリは聞いてみるねと言って、ファーストに〈通話〉する。


「もしもしファースト、今平気?」

『はい、リリ様、どうされましたか』


 リリはファーストなら気づいてくれるだろうと思って、暴れたら止めて欲しいをぼかして言う。


「今お酒飲んでて、もし酔ったら困るなって気がついたんだよね。だから悪いんだけどやっぱり来てもらってもいいかな?」

『もちろん構いません。ですが、リリ様のパーティに入れていただかないと、今の私では力不足かと思います』


 リリは能力値に差がありすぎるから、パーティ補正をかけて欲しいという意味だと思った。


 メニュー画面を開いて、パーティ編成からファーストを空いているスペースに入れる。

 リリとファーストの能力値に補正がかかったことが表示された。


 リリは久しぶりに見た数字な気がした。


「なんかこうやって外出るのは久しぶりだね。これでいいのかな?」

『はい、これでリリ様のことを一命を懸けてでも止めてみせます』


 なんだか嬉しそうなファーストに、リリはふふっと笑う。


「それはかけなくていいよ。それでね。キオットの陽ざしっていうSランクパーティの人達と一緒に飲んでるから、お近づきの印に珍しくて美味しい物を、持ってきた物の中からプレゼントしたいんだけど、何かあるかな?」

『キオットの陽ざしというSランクパーティに渡す、珍しくて美味しい現在手持ちにあってもおかしくない物ですね。珍しいというのは、キャラリックメル内で生産数が少ないという意味でよろしいですか?』

「そうだね。その方がいいね」


 ファーストは少し黙ってから言う。


『では、お酒にしてはいかがでしょうか。カーヘルが言うには、年間の生産量が100本を切っている、かなり珍しい物があるようです』


「空を走る光と飲もうと思って持ってきたやつだね」


『設定としてはそうなります』


 リリは全員で飲むつもりで持ってきた設定なら大きいお酒だと思った。頷いて言う。


「それにしよう。ファーストに相談して良かったよ。じゃあ待ってるね」


 ファーストの返事を聞いてから、リリは〈通話〉を切った。

 酒場に向かって歩き出しながら言う。


「みんなと飲むために用意してた、すごい珍しいお酒を持ってきてくれるみたいだよ」

「僕らは飲めないってことだね」


 残念そうに言いながら、ウィルも歩き出した。


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