25話 URぶどうジュース
リリは、URぶどうジュースを一口飲んだ瞬間、味が分かる前に美味しいという感覚が先に来ていることに気がついた。
(これが魔力の味! 味は分かんないけど!)
リリは味の第一印象として、砂糖は甘い、レモンは酸っぱいと感じるのと同じように、魔力は美味しいになっているのだと思った。しかも、いくら飲んでも魔力の味自体は分からなかったので、本当に美味しいという概念が脳に直接送られているのだとしか思えなかった。
(魔力の量だけで美味しさが変わるのかな? それとも作った人によって魔力の味も違うとかもある? カーヘルのご飯は美味しかったけど、そこまで意識して食べてなかったよ)
また今度交換する形で作ってもらおうとリリは考えて、ジュースを飲み終わった。
一息ついて周りを見渡す。
珍しいことに、リリ以外誰も食べ終わっていなかった。
全員、一口飲んでは幸せそうに微笑み、またもう一口というスピードで飲んでいるようだ。
リリは一番珍しかった空を走る光に近づいた。
「そんなスピードでも飲めたんだね」
ウィルがまだ全く減っていないジュースをリリに見せて言う。
「こんなに美味しいもの飲んだことがないって、本当に思ってるんだ」
空を走る光は全員が肯定の言葉と共に頷く。
ウィルは信じられないと言いたげな顔で言う。
「でもね。一口飲んだら、もう満腹になってたんだよ」
「そんなことある?」
リリは冗談ではないと分かってはいたが、言わずにはいられなかった。
ナリダとルティナが落ち込んだ様子で話す。
「私も信じられなかったわよ」
「美味しいのに手が動かなくなりました」
リリはそれぞれが持っているジュースを見る。
「みんななら思い切ってゴクっといけそうな量だけど……」
ダグとグローが言いづらそうに言う。
「無理に飲もうとするとだな……」
「何が起きるのかは言わない。だが、だいぶやばい」
リリは、やばいことはよく分かった。
「普通にぶどうジュース出した時は平気だったよね? 普段SRで、今回はURなくらいしか違いはないよ」
キャラリックメルでのランク分けは、N、HN、R、SR、SSR、UR、LRの順にランクが高くなっていた。
カーヘルが言う。
「リリ様、含まれる魔力量が約1000倍になっています」
そんなに!? と驚いたリリはカーヘルに聞く。
「もしかして今、1口で普段のジュース1000回飲んだような状態になってるの?」
カーヘルは、その通りですと重々しく頷く。
リリは空を走る光を眺めて言う。
「そんなによく入ったね」
空を走る光は目を合わせる。ウィルが言った。
「リリさんはすでに完食してるよね」
リリはそういえばそうだった、と思う。
「まあ、そういう日もあるよね。食べきれないなら、ポーションの瓶にでも入れといたらいいんじゃない? 保存かけとけば氾濫の間くらいなら持つし、いつでも飲めるよ」
空を走る光にはリリの言葉が、ポーションなんて今回使わないんだから一枠くらい飲み物を入れてもいいんじゃない? という悪魔のささやきのように聞こえた。
ウィルが葛藤している様子で言う。
「それを、やるわけには……」
リリは飲みかけは抵抗あるよねと思った。
カーヘルが面白そうに聞く。
「何故だ? お前達なら、飲めば傷も魔力も全て回復するのだから、ポーションの代わりとしても使えると思うが」
空を走る光はすごい勢いでリリを見て、必死な様子で訴える。
「頼むから先に教えて!」
「伝説の秘薬みたいな物だって説明をお願いします!」
「魔力を全て回復できるだけでもすごい希少なのよ!」
「物語でしか聞いたことないやつだぞ!」
「心の準備をさせてくれ……!」
リリはMPポーションを売っていたことは知っているので、そんなに驚かれるとは思わなかった。
「魔力ポーション? は普通に売ってたのに、そんなにすごいの?」
空を走る光は魔力不足で困らなそうなリリに、どう説明したらいいか悩み始めた。
ファーストが言う。
「最上位のポーションのような物と思っているのではありませんか」
リリは、ラスボス戦でも勿体なくて使えないやつだと思った。そんな貴重な物ではないので、空を走る光には諦めてもらおうと思う。
「そんな風に思ってたら飲みにくいから、ただのジュースだと思って飲もう。どうせ日持ちしないんだよ」
空を走る光は、日持ちしないと聞いて、もったいないという目でジュースを見ている。
飲み終わったカーヘルが、リリに近づいて言う。
「リリ様、彼らのジュースの瓶詰めはやっておきますので、部屋を決めに行ってはいかがですか?」
リリはそうだった、とカーヘルを見た。
「ありがとう、カーヘル。急がないと酒場が閉まっちゃうし、サッと見てくるよ」
◇
リリとファーストと空を走る光は部屋を決め、ホールに戻ってきた。
くーが言う。
「リリ様、魔法の展開が終わりましたワン。警備の人員も来ましたワン」
「さすが、早いね。私達の方も決めた部屋のドアに目印でリボンつけてきたよ」
リリは大体1階と3階のどの辺かを、くーに伝えている。
空を走る光は人員が来たと聞いて、人数を数えているようだ。
今、ホールには、空を走る光も含めて19人の人影とピーちゃんがおり、机やソファーベッド、鎧、観葉植物、彫刻、リンゴジュースの樽などが置いてあるように見える。
リリが話し終わったタイミングで、ウィルがくーに聞く。
「くーさん、警備の人員が来たって言ってたけど、もう移動したのかな?」
くーは、きょとんとした様子でウィルを見た。
くーの無言の反応にウィルが戸惑っているのを見て、リリは笑顔で言う。
「この感じならバレなさそうだね! みんなその調子で頼んだよ!」
鎧が上半身を傾けて、観葉植物が枝を動かし、彫刻が滑らかに動いて、全員が揃った一礼をして、
「お任せください、リリ様」
と言った。
「待って」「マジか」「何でよ」「動いて……」「何でもありか」
観賞用の物が動いた、とショックを受けた様子で固まるウィル、ダグ、ナリダ、ルティナ、グロー。
リリはその様子を見て、こらえきれずに笑う。
キャラリックメルの全員も、驚かせるのに成功したと喜んで笑った。
空を走る光は、鎧や観葉植物、彫刻に見える者達が体を揺らして笑っているのを見て、いまだに信じられないようだ。
「これは気づけないよな……」
「擬態する魔物は見たことがありますけど……」
「リリさん、近くで見せてもらっていいか?」
リリは笑ったまま、いいよと言った。
空を走る光はぞろぞろと近づく。
近づかれた者達は、また最初のようなポーズをして動きを止め始めた。
ナリダがリリに聞く。
「さっき警備の人員が来たって言ってたわよね。最初に見た時の物は動かない、普通の置物だったってことでいいのかしら?」
リリは少し落ち着いて言う。
「そうだよ。調べても検問所で引っかからないように、そっくりなやつを用意しておいたよ」
リリの返事を聞いた空を走る光は、何とも言えない顔で置物のような者達を眺めている。
「この距離だと分かる気がするわ」
「まだ笑われてるからじゃないか?」
「あ、ちょっと気配が大きくなった気がします」
「笑われてるね」
「だな」
空を走る光は、微妙に脅威を感じられなかったようだ。
ウィルが聞く。
「リリさん、家の中の警備はどうやるのかよく分かったよ。あとは外にも人を配置するのが普通なんだけど、どうする予定かな」
リリはルエールを見る。
「今日はルエール達がやってくれる予定だよね」
「はい、僕達にお任せください」
ルエールはリリに笑って返事をした。
護衛の設定で来ている空を走る光は、知ってたと諦めの境地に入ったようだ。
ウィルも諦めた様子で聞く。
「僕たちが何か手伝えることはある?」
「あるよ、一番大事な奴が」
空を走る光の疑うような視線がリリに向く。
それを受けてリリは真剣に言う。
「もし警備に引っ掛かる人がいたら、よっぽどのことがない限り、みんなが捕まえたことにこじつける予定だから、いい言い訳を考えておいてね」
空を走る光は、それは大事だね……と全てを受け入れたような顔で置物達を見た。
ダグ、ルティナ、グローが言う。
「幻覚でも見たことにするしかないよな」
「そっくりの置物もありますからね」
「不意をつくなら姿を見られないようにもできそうだ」
グローの声に続いて、置物の方から声が聞こえる。
「キャハハハハって怖がらせないのか」「ヒャハハハかと思ってたよ」「ウグァーって倒れかかる」
空を走る光は、何もない所から声が聞こえたような反応を一瞬した。
ウィルとナリダが語気を強めて言う。
「皆さんに止まったまま話されると、誰が言ったのか全く分からないから、分かるようにしてもらえないかな」
「このままだと夢にみそうな光景よ」
いいぞと言って動く置物となった者達と空を走る光は、侵入者への対応を話し始めた。
リリは空を走る光が先に怖がっていたように見えたので、そこまで驚かずに済んでいる。しかし、事前に内容を聞いていたはずの笑い声に当然のようにビビってはいた。
(拠点だと私が近づくと皆動いてここにいるよアピールしてくれるからまだ平気だったけど、この家で1人でぶらついてる時に声かけられるのはまだ慣れが足りないかも)
リリは帰ったらとりあえず配置は完璧に覚えておこうと思った。ファーストに言う。
「じゃあファースト、警備の配置決めとか、部屋決めとか、あとやることがあるならどんどん進めちゃっていいから任せたよ。夕食もどうなるのか分かんないし、先に食べてていいよ」
「かしこまりました。リリ様、彼らに振る舞うキャラリックメルのお酒も、取り寄せてよろしいですか?」
「そうだね。オススメを頼んだよ」
ファーストはお任せくださいと普段通りの様子で言った。
リリは一応の決着がついた様子の空を走る光に声をかける。
「そろそろ行けそうかな」
空を走る光はこれから外に出る予定だったと気持ちを切り替えたようだ。
ウィルが聞く。
「リリさん、僕たちのオススメでいいんだね?」
リリは頷いて言う。
「金貨30枚くらいまでで任せたよ」
空を走る光はどこでもいけそうだと笑った。
ダグが言う。
「なら、幸運の導き、にしようぜ」
いいわねと言う声を筆頭に、他のメンバーからの反論はなさそうだ。
リリは玄関の扉を開ける。
「オススメポイントは向かいながら聞かせてね」
日はすっかり落ちていたが、リリの目には動くのに支障のある暗さには見えなかった。
リリは振り返って手を振った。
「じゃあ、行ってくるね」




