16話 検問所
ビルデンテに近づいて、最初に見えてきたのは4本の聖なる木だ。
聖なる木による土地の浄化作用に適正範囲があることは、この世界で聖なる木の恩恵にあずかっている人なら誰でも知っていることだ。だから聖なる木が複数あるこの光景を見た者は、ビルデンテに広い土地があり、多くの人々が住んでいることをおのずと知ることになる。
聖なる木を辿って根元に視線を移すと、城壁が見えてくる。高さと厚みのある城壁は、栄華を誇るためのものではなく、人々を厄災から守ろうという意志を実体化させたというのが相応しい堅牢な造りをしていた。
そんな城壁に囲まれたビルデンテで1番目を引くのは、大きな扉や窓を持った巨大な城だ。その城はザーツマールという多くの種族が住む国にふさわしく、大きさに関係なく様々な種族の者が出入りしていると分かる見た目をしていた。その城の周りには人が住むには大きすぎる家や逆に小さすぎる家など、空の上から見下ろすだけで、十分に多くの種族が住んでいると想像できる多種多様な建物が立ち並んでいる。
そんなザーツマールの首都ビルデンテを空飛ぶ馬車の中から見た全員が、それぞれの笑い方で笑ってビルデンテを眺めていた。
ビルデンテが見えてからしばらくすると、空を駆けている馬車はスピードを落としていき、ビルデンテの検問所に続く列から少し離れた位置で止まる。
検問所に続く列には、今回の氾濫のために集まったと思われる武器を持った人々が多く並んでいた。
徐々に馬車は高度を下げていく。
馬車の存在に気がついた者が、列から馬車を指さした。
それにつられたように周りの者も馬車を見上げる。
馬車を見た者は一様に唖然とした表情で、馬車が降りてくるのを信じられないものを見たかのように見つめていた。
馬車が地面に降りる。
そして列の最後尾に並んだ。
リリは言う。
「すごい見られてるね」
「当たり前だよ」
ウィルの声が思わず言ってしまったというような雰囲気だったので、リリは空を走る光を見る。
空を走る光からさっきまでの感動が吹き飛んでいることが、ありありと感じられた。
空を走る光は疲れそうな予感しかしないと、これからを想像して頭を抱えている。
リリは少し笑って言う。
「まあ、みんなにはあんまり面白くないかもだけど、いろんな種族の人が驚いてこっち見てるのはちょっと楽しいよ。そう思わない?」
キャラリックメルの3人もリリと同じように笑っている。
空を走る光はさらに疲れたようだ。
諦めたように笑って、ウィルが言う。
「彼らだって見られてるって分かってたら、こんな分かりやすく驚いたりしないだろうからね」
「そう考えるとかなりレアな光景だね。ファースト、これは永久保存版だよ」
「私も同じことを考えておりました」
リリは、それならよかったと笑って外を眺める。
列が少しずつ前に進んでいる。そこまで時間はかからず入れそうだ。
リリは今のうちに聞いておこうと空を走る光に聞く。
「それで、みんなが保証してくれれば簡単に入れるって話だったけど、この本は平気そうかな?」
リリは先ほどの燃えている本を見せる。
空を走る光は鑑定できない本を見て少し考えた様子だ。
ウィルが言う。
「僕たちが保証するし、ここでその本を鑑定できなければ、中で登録の時にもう一度見てもらうってことになるだろうから入れると思うよ。そういえばその本の名前を聞いてないけど、聞いてもいいのかな?」
「この本の題名は、灰色の線を引いたもの、だよ」
リリはこの世界的に変な名前じゃないかなと思って様子をうかがう。
空を走る光は不思議そうに本を見た。
「何か変だった?」
「変ではないよ。ただ、魔法の内容を連想できないのは珍しいと思ってさ」
「まあ、珍しいくらいならいいのかな」
馬車は検問所にだいぶ近づいている。
ルティナが周りを見て言う。
「リリさん、そろそろ中から外が見えないようにした方がいいですよ。中は一度見られると思います」
「もうそんなに進んでたんだね。気づいてなかったよ、ありがとう。〈終了〉」
馬車の外が見えなくなり、真っ白な木の壁に戻った。
ファーストが後ろの馬車に連絡している。
ダグとウィルは、検問所に並ぶ人が勢いよく減っていくのを見て話し出す。
「これはかなり急いだんだろうな」
「こんなに早いのはそうだろうね」
空を走る光はため息をついて、前途多難だと言いたげな雰囲気だ。
キャラリックメルの3人も少し困ったように笑っている。
リリは全員を見て言った。
「まあ、ここから先、よその人がいる間は相談できないし、みんなには色々迷惑をかけちゃうと思うけど。無事に、今日の登録を乗り越えて家を借りるところまでいけたら、さっきのリンゴジュースでいいならお疲れ様ってことで出すよ」
全員、目の色を変えて話し出す。
「これはもう疲れてる場合じゃないわ」
「そうだな、俺達はもう知らなかった頃には戻れないからな」
「この条件で私たちがやる気になるって、他の人に知られたらまずいですね」
「あの美味しさを再現されて、この条件を出されたらもう抗えない気がする」
「リリ様にしかあの美味しさは出せないので、問題ありません」
「皆さんはまだ気がついていないようですが、料理の技を極めるだけではあの美味しさに到達することはできませんよ」
「お兄様の言う通りです。カーヘル様もお1人ではあの美味しさを出すことはできなかったでしょう。材料を育てる技術も極めてはじめて、リリ様の少し下くらいの味を再現できます」
「そこまでいったら僕たちには判別できなさそうだよ」
リリを含めたキャラリックメルの4人は、そう言ったウィルを見て笑った。
ファーストが全員に言う。
「では今のうちに先ほどお渡しした紙を回収させていただきます」
リリはそういえば回収してなかったねと思って紙を渡す。
空を走る光は、今の間は何、と慌てた様子だ。
紙を渡しながらウィルが聞く。
「ちょっと待って。僕たちが食べたリリさんの料理って――」
馬車の前からノックの音が聞こえる。全員が音の聞こえた方を見た。
ファーストが言う。
「検問所についたようです。皆さん気にはなるでしょうが、今はジュースがかかっています。よろしいですね」
空を走る光は、切り替えるように息を吐いて頷いた。
ウィルとファーストが馬車を出る。
扉が閉まって、リリは外の様子が気になり小声で言った。
「〈起動〉」
馬車の壁が透明になる。
リリ以外の全員が、小さい声で笑った。
馬車の周りには様々な種族の兵士達が、お揃いの鎧を着て集まっている。
ヒョウのような見た目の獣人が、ファーストとウィルの前で話している様子が見える。
ダグとグローが小さい声で言った。
「ここの隊長まで出てくるとはな」
「ここまで集まってるのもすごいぞ」
リリは周りに集まっている兵士達の様子を見てこっそりと言う。
「この馬車も見られてるけど、ウィルもファーストもすごい見られてるね」
全員が周りの様子を見てみる。
対応している隊長の後ろにいる兵士達は、馬車の方を緊張した様子で見つめる者、ウィルを見て羽や尻尾をソワソワと動かしたりする者、ファーストを見つめて動かなくなる者などがいた。
そんな兵士達の様子をじっくり眺めて、リリはこそっと言う。
「もしかして、空を走る光のみんなと一緒に行動するだけで注目の的だったんじゃ」
空を走る光がギクッとした様子の後、ナリダが精一杯の抵抗で小さく言う。
「私達はまだ色々やってるから注目されるのは分かるわ。でもファーストさんは誰も知らないのに、あんなに注目されてるのよ。皆さんだけだったとしても、確実に注目の的だったのではなくて」
ナリダの言葉でリリは困ったことに気がついた。
リリが創った者達は全員リリ基準でかっこよく、かわいくできている。
この世界独自のいけてる要素がリリの基準と大きくかけ離れていた場合、見た目だけで馬鹿にされるかもしれないし、逆にピッタリ嵌まっていた場合はめちゃくちゃ注目されるのではないだろうか。
もしくはとリリは考える。
(見た目じゃなくて、ステータスの魅力値で注目度合いに差が出る可能性もあるよね……。そしたらアルバートとサラが本気を出したら無双状態だし、みんなも注目の的間違いなし)
リリは少し考えた様子の後、小さく笑って言った。
「まあ、今だって馬車とふたりがいるだけで注目が3か所に分かれてるんだし、全員が注目されるならある意味誰も注目されてないようなもんだよね」
アルバートとサラも声を抑えて笑って言う。
「全員が注目されるなら、間違いなく視線が1か所に集中することはないですね」
「あれだけの数です。きっと皆さんキャラリックメルの人くらいにしか思わないでしょう」
ルティナもひっそりと言う。
「そういえば100人来るんでしたね……」
ファーストとウィルが振り返って馬車に向かって歩いてくる。
リリは気づいた瞬間に素早く言う。
「〈終了〉」
壁が隙間のない白い壁に戻る。
リリ以外の全員がまた小さく笑った。
扉をノックする音がする。
「どうぞー」
リリがそう言うと、扉が開いてファーストとウィルが入ってくる。
中に入った2人は壁を確認してから、ウィルは後ろを振り返り、ファーストはリリの近くに移動した。
ウィルの後ろから先ほどのヒョウの獣人と杖を持った犬の獣人が入ってくる。
ヒョウの獣人は中を見て目を見開らき少し固まったが、空を走る光の残りのメンバーとリリ達から見られていることに気がついて、すぐに気持ちを持ち直したようだ。
歓迎するように笑みを浮かべて、話し出す。
「ビルデンテにようこそお越しくださいました。私はビルデンテの警備隊隊長のニルナムです。皆様のお話は、御二人から伺いました。ビルデンテのために、来てくださった皆様に感謝を伝えさせていただきます」
ニルナムはそう言いながら1人1人目で見て、顔の下で手を握る動作をした。
空を走る光は久しぶりですと声を返している。
アルバートとサラは会釈をした。
リリは背の高いニルナムの顔を見ようと見上げるような体勢になる。同時に手に持っている本も火の粉を上げながら動く。
ニルナムはリリの持っている本を見て、動きを止める。
ニルナムが何か言う前にウィルが聞く。
「リリさん、その本って他の人が持っても大丈夫なの?」
「え、持ちたいの?」
「そうじゃなくて、リリさん専用の武器だから、燃えててもリリさんだけ怪我しないってこともあるのかと思ったんだよ。鑑定って手で持ってやるものだと思ったからさ」
「……手で持たないと鑑定できないの?」
リリはウィルを見て聞いた。聞かれたウィルはニルナムを見る。
ニルナムは振り返って、犬の獣人の方を向く。
「フェロー、どうなんだ?」
フェローと呼ばれた白い犬の獣人は、声をかけられて我に返ったようだ。
「はい、隊長何でしょう」
「何でしょうじゃない! 聞いてなかったのかお前は!」
「すみません! 広かったので! 中があまりにも広かったので!!」
フェローは杖を顔の前に掲げて、縮こまっている。
ニルナムは呆れたようにため息をついてから、簡単に説明する。
「今聞いたのは、鑑定の魔法を鑑定する物品を手に持たない状態で発動することは可能かどうかだ」
「それならできます。距離までは分かりませんが、近くであればやったこともあります」
ニルナムは分かったと頷いてから、リリを見て優しく言う。
「できるようです。そちらの本、手に持ったままでいいので、鑑定させてもらってもいいですか?」
「どうぞ」
リリはフェローを笑顔で見て、本を差し出す。
フェローは本を見て、燃えてると呟いて止まったところを、ニルナムに小突かれ慌てて言った。
「〈鑑定〉」
フェローは自分にしか見えない何かを見て、さらに慌てる。そしてニルナムの方を助けを求めるように見た。
「た、隊長! 無理です! どんな魔法なのか一切分かりません。しかも風の加護があるので伝説級の可能性が高いですが、俺では魔力量で判断できません」
「伝説級だと? ……お前は確か遺物級までは鑑定したことがあるんだったな」
「そうです。この本に込められた魔力量、俺が見た中で飛び抜けて1番多いことだけは間違いないです」
ニルナムは考え込む。
リリは伝説級とLRは違う存在なんだと再認識した。
ファースト、アルバート、サラはニルナムとフェローの反応を見ている。
空を走る光は目を合わせた。
ニルナムがゆっくりとした話し方でリリに聞く。
「リリさん、こちらの本はリリさんにしか使えないのですね?」
リリは頷く。
ニルナムはリリの反応を見て言う。
「分かりました。では冒険者ギルドに、鑑定できなかったと伝えておきます。なのでもう一度、登録の時に鑑定させてもらうことになると思います」
リリは頷いて返事をした。
ウィルが真摯に言う。
「ニルナムさん、僕たちはこの本を伝説級の武器だと思って護衛します。だから、リリさんがこの本に選ばれた人だって話が広まらないように対応してください」
ニルナムは少し考えるように黙ってから、頷いて言う。
「分かりました。私の一存では難しいので、空を走る光からの進言だと陛下に届くようにします」
そう言った後、ニルナムはリリを見て一瞬何か言いたそうに口を動かしたが、何も言うことはなかった。そして、ウィルとファーストに視線を移して言う。
「もう1つの馬車も見せていただけますか?」
どうぞと言って、ファーストは案内するように馬車を出る。
ニルナムとフェローは全員に向き直って、ご協力ありがとうございましたと言って出ていった。
その後ろをウィルもついて行く。
扉が閉まったことを確認したリリは1番気になったことを、こそっと言う。
「私、すごい小さい子供だと思われてなかった?」
全員が否定できずに頷く。
リリは見上げるような背の高さを持ったニルナムを思い出す。
(私の対応が酷かったのもあるけど、そもそもこの世界の人、背が高すぎるんだよ……)
リリは目の前の2人を見る。
(アルバートは180超えてるし、サラだって170はあるのに街中でも全然背が高いように見えないし、冒険者ギルドだとアルバートより大きい人の方が多いんだよね。そんな中に入ったら平均くらいの私が子供に見えるのは分かるけど、言葉に配慮されるほど幼く見えるなんて)
リリは小さい人はいないのという気持ちで言う。
「〈起動〉」
外の光景が見えるようになる。
多くの兵士達が集まっていた。
リリは小さく言う。
「なんか人増えてない?」
「……滅多に見る機会がないから見にきたんじゃないか」
リリは頷いて、周りにいる兵士達をじっくり眺める。
新たに集まった兵士達はペガサスを感動したように見つめていた。
「背が高い人が多いね。というかグルークの町より高い人多いよ」
その場にいる者は体格のいい者が大多数を占めており、背が低い者はドワーフのように種族的にリリよりも小さい姿の者がいるだけだった。
ルティナが慰めるように言う。
「私たちもこの国で子供扱いされることもあるので、あの、気にしないでいいと思います」
「この国の人どうなってるの……」
(みんなはまだ成長途中な感じはするけど、背は既にすごい高いのに……)
ファーストとウィルがニルナムと別れてこちらに向かっているのが見える。
「〈終了〉」
壁が真っ白に戻った。
ドアがノックされる。
リリがどうぞと言うと、ファーストとウィルが入ってくる。
リリは2人をじっと見つめた。
(ファーストが174に靴の分高さがついてるって考えると、ウィルは180あるかないかくらいかな。この感じでみんなと並ぶと私って……)
リリに見られていることに気がついた2人が、リリを見た。
ファーストが聞く。
「どうされましたか?」
リリは開き直って言う。
「もういっそ私は子供って設定でいくべきなのかなって」
若干ヤケになったようにリリが言ったので、ファーストとウィルは察したようだ。
ウィルが慰めるように言う。
「リリさん、この国だと僕たちのことも子供扱いしてくる人がいるから、気にしない方がいいよ」
ルティナが言ったことと同じことを言うウィルに、馬車に残っていた全員が笑う。
リリも少し笑ってしまったので、とりあえず今は気にしないことにした。
「うん、今はいいや。それじゃあ出発だね」




