第21話 真夜中の睡眠妨害者だとさ
前回の話に加筆しました。今回出てくる魔物の話について触れてますので、よかったら読んでみてください。
部屋に帰った後、魔道具を整備してからいつものように横になる。ふと、いつもの習慣で、寝る前に彩月の部屋を確認に行く癖がついていることに気が付く。俺が寝る時間よりも先にあいつは寝るから、魘されていないかあれから気になってそっと覗く癖だ。あんな風に泣かれるのは正直嫌だ。感情を押し殺すのに失敗してぼろぼろと涙が伝うさまが、記憶にこびりついて離れない。
そもそも、あいつはお菓子の家で今頃夢の中だろう。悪夢を見ないように、安眠魔道具をそっと枕の下に忍ばせておいたから、大丈夫だろう。
「ふわぁああ、寝るか」
今日は、長距離移動して疲れたから、いつもよりも早めに寝る。電気を消して、龍のブレスの一発や、二発くらい余裕で防げる強度の結界を張り巡らせて眠る。夜襲なんてされるのは御免だし、寝ているうちにお陀仏なんてのもごめんだ。そもそも俺、もう少し死にたくないしな。
一回死んでいたって、しかもそれが天寿を全うした大往生であっても死ぬのは、そう何度も体験したいものではない。
戦闘能力が優れている奴とか勘が鋭い奴なら、ちょっとした空気の違いで起きれる。だが、俺は睡眠妨害されるのはあまり好きではない。
というか、結界張っておけば、何があったって大丈夫なのでほどほどの事なら気にせず寝続ける。俺は睡眠欲求に忠実な男だ。
だから、この日も若干舌が騒がしくなったり、騒ぎ声や悲鳴が聞こえても、無視を決め込んで寝ていた。
ドンドン、ド、ドドン。
やかましく部屋のドアをたたく音がする。うぅん、シツコイ。
ドンドンドン、ドドン、ドンドン
なんか、だんだんドアをたたく音が激しく、叫び声が大きくなっているけど無視。
「おい、起きろや、兄ちゃん」
「出たんですよ! 例のアレ」
声からするにさっき下で情報交換ぽい物をしながら酒を酌み交わしていたやつらの声だ。いったいこんな真夜中に何の用なんだ。
「おい、おまえらうるさいぞ。いったい何なんだ」
うざくなってドアを開けるとかなり必死そうな、二人の姿。何があったっていうんだ。俺の睡眠妨害したものが大したものではなかったら、俺切れるぞ。
切れてもいいよな?
騒がしくしたやつ全員に悪夢を見せるくらいのお仕置きは、いいよな?
俺の据わった目つきと低い声にびくっと二人がおびえたがこの際気にしない。
「だから、出たんです」
「何が」
「例のあれですよ、アレ。噂をすれば何とやらですよ。あぁ、もう運がいいのか悪いのか」
ヴェレム、おまえさっきも同じこと言っていたよな。だから、何が出たのか言えよ。同じことしか言えないってお前はオウムかよ。
ん、沸点が低いのは寝起きなのと、睡眠を邪魔されたのと、おそらくユリア姉さんによって台所が壊滅的になって、その修理と整備をしなきゃいけないことに腹が立っているだけだ。
「だから、はっきりと言いやがれ」
「はいっ、《レインボウアガマ・スパイダー》が、森に出たそうです。それも、なんかものすごく機嫌が悪いのか、町に下りてきて人を襲っているんです。それで、宿の主人が寝ている奴を起こして来いって。寝たままお陀仏じゃあ、かわいそうだとかいって」
あぁ、それで。道理で、騒がしかったりフライパンをお玉でたたくカンカンカンっていう耳障りな音がするわけだ。とりあえず二人を―――野郎なんか招き入れたくないやい! どうせ部屋に招き入れるんなら、うら若き美少女とか成熟した美女とかがいいやい―――などと心の中で若干ふてくされながら、仕方がないので部屋に招き入れ、坐らせる。お茶の一杯でも出すのが礼儀だろうがどうやらそんなのんきなことができる図太い神経はこの二人は持ち合わせていないようだ。俺は、できるけどな。
「で、この騒ぎはいったいどういうことだ? この町にだって常駐の警備兵や討伐隊はいるだろう? それにこんな物騒な世の中だ、戦える奴だって少なくない。それなのにいったいどうしてこんなばか騒ぎになっている」
「警備兵は、ちょうど別件で出払ってて今は予備しかいなかったんだ。それに、見張りのやつが異変に気が付いたときには、もうやつは、町に迫ってきて町にいる人間を襲い始めたらしい」
「たしか、西の方から来たらしいです。討伐隊を腕に自信があるものたちで組みましたが、半滅して帰ってきました」
「なぁ、話を聞く限り、動きを封じて水砲を打ってくる魔物のようだが、たかが一匹の魔物で、どうしてそこまで被害が大きくなる?」
カーテンを開けて、窓から町の様子を見ると、赤い火の海とまではいっていないが火事が何件か起きている。時間的に、食事の準備をしていたわけではないだろうから、火系統の魔法を誰かが周囲への被害を考えずに乱発したようだな。
まったく、世話が焼ける。消火活動は、消防士(水の魔法をつかえる者達が集まっている)に任せたいところだが、速く安眠を取り戻したいので今回はサービスだ。
ポーチの中からしぶしぶベルを取り出すと、それをチリンと数回鳴らす。余談だが、このベルの中には何もない。
音は魔法で作り出している。ベルを鳴らし、火事現場の場所と範囲を特定する。もう一度ベルを鳴らし。範囲を指定し結界を張る。これ以上被害を大きくしないためである。神様視点というかゲームのプレイヤー視点というか、上空から町全体を見回すようなこの感覚は、魔道具の効果である。
あとは使う魔法を選択して発動させればいい。使う魔法は氷系統の魔法。火事現場の熱量を奪い封じ込めその場に残留する魔力を呑み込んで氷の結晶へと変えるつもりだ。
「広域消火―――《凍結魔法:フリーズ》」
並々ならぬ魔力をベルに注ぎ込み、再度ベルを鳴らす。澄んだ音とともに、魔法が発動し見る見るうちに赤いがうすい青色に塗り替えられていく。
「な、これをレイフォード君、一人で……」
「信じられねぇ。人生何があるかわからないな」
なんかものすごく感動されたが、俺は人助けをしたというより早く静まった欲しかっただけなので、実はけっこう二人のキラキラとした純粋な賞賛と感謝の目が痛い。
くそっ、安眠出来て、次の日の朝気持ちよく出発するだけの予定で滞在した街なのにな。どうしてこうトラブルが降って湧いてくるんだ。
「しょうがないな、おいケンタウロスのおっさんと吟遊詩人ちょっと、俺をその魔物のとこまで案内しろ」
上から目線なのとあえて種族名や役職名で呼んだのはせめてもの嫌がらせだ。今度のは、完全にワザとだ。だが、謝る気はない。
さてさて、上半身赤に下半身青という奇抜な色彩をもつカエル蜘蛛と只今ご対面中である。うん、たしかに情報通りだ。案外噂っていうのは的を射ているっていうか真実を過分に含んでいるものなんだなぁと知りましたとも。
「ぎやぁああああ」
「いやああああああ」
男も女も子供も老人も関係なく喰われる様が、目の前で起こっている。荒事はあまり得意ではないといっていたヴェレムは腰を抜かしかけている。うん、案内してくれたお礼に見て見ぬふりしてやるよ。
「で、でかい……こんなのに、敵わねぇよ」
おっさんはおっさんで、槍を構えてはいるもののビビっているようだ。まぁ、確かに小亜龍くらいの大きさのカエルは、威圧感があるな。しかし、こいつ見たところただでかいところで魅力的な素材は特にないかな。《解析》の魔法で調べているけれど、このキメラみたいな新種の魔物は俺にとって大して価値がない。あえて言うのなら、あの蜘蛛の糸か?
そんなことを考えていたら、ご丁寧にもこちらに向かって糸を吐いてきた。かなりべたべたとしているが、伸縮性があってなかなかいいかもしれない。これを後で加工して、糸として売ろうか。
「身動きが」
「あぶない」
なんか外野がうるさいな。大体あんなスローな攻撃俺が避けようと思えばかすりもしなかったぞ。さて、俺は縛られるのが好きという変わった性癖は持っていないのでとっとと脱出する。
「《炎》」
自分の体から高温の炎を吹きださせて力づくで体に絡みつく蜘蛛の糸を焼き切る。俺は、ちなみに燃えないぞ。俺が着ている服は耐火性だし、防御系統の魔道具はかなり充実しているので、問題はない。
拘束してからいたぶっていた魔物は、拘束を破られたことでひどく狼狽しその8つある足で俺の方へ突進する。そして、口元に水の気配をたたえ、こちらに迫る。
まぁ、水砲を打つつもりだろうが、残念ながらそんな攻撃は効かない。さっきは、蜘蛛の糸らしきものの特性を知りたかったがためにうけたが、それ以外の攻撃はすべて避ける。真っ直ぐに飛んでくるだけでなくたまに曲がったりするけど、そう難しい事ではない。まぁ、ガサガサガサと近づいて体当たりしてくる方が厄介だ。まぁ、そういうのには、同じく水砲でお返ししてやった。あと、たくさんある足で俺を踏みつぶそうとか、ぴょんとカエルの跳躍力で、迫ってくるのはなかなか新鮮だった。
まぁ、それでも相も変わらずバカスカと水を打ってくるから、土の地面がどろどろになってしまった。走る度に洋服や体が汚れるのが普通だが、この服には耐火性のほかにも便利機能が満載で、そのうちの一つがクリーニング機能だ。
さて、そろそろころあいか。地面にバッと片手をつけ土系統の魔素に自分の魔力を混ぜていく。
「《粘土人形クレイプッペ》」
ずずずっと音を立てて地面の中から巨人の形をした粘土細工の人形が生まれる。魔力の束を感じながら、そこに魔力の思念を流し込み、操作する。
「まずは、パンチ。そして、またパンチ」
ずこんずごんと、ストレートパンチが決まっていき、カエルがぐぇっと耳障りな音を漏らす。適当に考えて、作ったやつだけどなかなかいい働きをするな。
「3、4がパンチで、5がキック」
ちゃんとこちらの指示通りに動いている。魔物は、突如現れた謎の巨大物体に向かって最大出力の水砲を発射する。まぁ、普通の泥ならそうすれば溶けてなくなるだろう。だが、これには俺の魔力が付与されている。人形を形づくる時に、再生機能を完備しておいたのだ。地面に泥がある限りこの泥人形は何度でも復活する。まぁ、術者である俺の魔力切れが起きれば、機能は停止するのだが。
「今度は、背負い投げ―――と見せかけて、回し蹴り」
少量の魔力で出来るし、今度はこういうのと彩月を戦わしていこうかな。あの子にはいろんなバリエーションの戦い方を憶えてほしいからね。うん、何度か攻撃を与えた時の反応で、必要な素材が見当たりそうにないので、こっちもあんまり使っていない魔法を試しておこう。
「試験運用は、できたし。もう、用済みだ。《雷 (サンダー)雨》」
バリバリという音とまばゆい閃光、そして鉄さびの匂いが鼻を突いたけど、気にしない。ひとまずこれで騒ぎが収まったので、途中から確か俺が作った一つ目の巨人の泥人形を見た時に、驚いて気絶したおっさんを仕方がないので、その巨人の腕のみに運ばせ、ヴェレムに事後報告をどっかの偉い人とか町長に伝えてくれるように頼んで宿に戻って今度こそ眠りについた。
この夜の魔物を穿った金色の雨は、のちの世で奇跡の光なんて大層な名前を付けられ、祖父母から孫へと語られることになるのだが、このときの俺には知る由もなかった。




