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第五章 砂漠の探し屋の秘密⑦

「……というわけで、全く異なる外見を得た人間の方のセイン・テラーは、都を離れたわけです。オリジナルになりたかった『彼』と、オリジナルでなくなったセイン・テラーは同盟関係を結びました」


 薄茶色の瞳を前方に向けたまま、レオナルドは「セイン・テラーの失敗談」を語り終えた。彼の運転するバイクの後ろに跨ったメグミは微かに震えていた。


「それは……いつの話なんですか……?」

「だいたい一年前くらいですかね」

「冗談……では、ないんですね……?」

「もちろんです」

「それでは、今、我々が拝見しているセイン様は……?」

「アンドロイドの彼です」


 言い切ったレオナルドの背を、メグミは眼鏡越しに恐々と見つめた。


「では……、それでは、セイン様は……その、本物のセイン様は、その後、安全な場所に潜伏されたということですね……? 例えば、この砂漠の……スラムの街、とかに……?」


 疑問を尋ねるというよりは、推論を確認するような声音でメグミは言った。レオナルドは前を向いたまま頷く。


「ええ。外見を変えたとは言っても、情報ネットの張り巡らされた都市では、何かの拍子に身元がバレる可能性もありますからね」


 強い向かい風に含まれた砂の粒子に顔を顰めながら、レオナルドは淡々と言葉を続ける。


「しかも、カリゴリ砂漠ではテラー財閥が関係会社経由で色々な非人道的企業活動を実施させています。それを調べるためにも、うってつけの潜伏場所です」

「レオナルドさん、あなたの正体はやはり……?」


 メグミの問いには答えず、レオナルドは小さな笑い声をあげた。


「僕は結構、ここでの暮らしが気に入っているんですよ。都にいる方の『彼』も張り切って様々なことに取り組んでいるみたいだし。お互いにとって、これがベストの状態なんです」


 僅かにメグミの方を振り返ってそう言ったレオナルドの顔は、清々しい笑顔を浮かべていた。


「それよりも、メグミさんはアリシアのことが知りたいんでしょう?」


 前に向き直ったレオナルドがそう言っても、驚きに目を見開くメグミはしばらくの間「はい」と答えることができなかった。


「アリシアは観光の街アン・グリースで情報収集をした後、黒の街リフリチェのリス・ド・ショコラ島にあるルーベンス医院を訪れました」

「あの美容整形で有名な病院ですか……?」

「そうです。彼女はそこで、友人となった娼婦リリアの容姿に整形しました」

「まさか、アリシア様は娼婦に?」

「いいえ。ルーベンス医院は裏でオオクニ社から紹介された仕事を行っていました。娼館は売れなくなったリリアを、材料としてルーベンス医院に売りつけていたんです」

「じゃ、じゃあ……?」

「オオクニ社からの発注に従って――まあ、その裏にはそういう業務で儲けて財閥に貢献するよう、オオクニ社に指示を出していたテラー財閥がいるわけですが。ルーベンス医院のドクターはその発注によって、リリアの容姿を得た少女を、労働用の機械に作り変えて業者に卸しました」


 強い向かい風に結い上げた金髪を崩されながら、メグミは愕然とした表情で目を見開いた。


「そんな……!」

「あなた達――いや、僕達が作り出してきた富を得るための機械として、彼女は今この砂漠にいるんです」


 レオナルドは静かな声で告げた。メグミはその背中に向かって叫ぶ。


「なぜ……! それはアリシア様の意志でそうなったのですか!」

「そうです」

「なんのために、そんな……!」


 薄く喘ぎながら絶句したしたメグミは、下を向いて引き結んだ口から苦しげに言葉を洩らす。


「汚い仕事をしてきたご一家への反抗心でしょうか……?」

「そういう気持ちもあったのかもしれないですけど、アリシアの事だから……」

「被害者と同じ境遇に寄り添おうとした……?」

「そういうことなんじゃないでしょうか」


 沈黙した二人の周りを、砂の粒子を含んだ風がごうごうと通り抜けていった。


「あの頃のセイン・テラーはバカですね。アリシアのことが全然わかってなかった」


 黄金の砂漠の遥か彼方を見つめながら、レオナルドはポツリと呟く。その口の端には自嘲の笑みが浮かんでいた。


「告発が成功すれば、結果テラー財閥がどうなるにせよ、婚約は破棄されるだろうと予想はしていました。オオクニ社も、大きな影響を受けるかもしれない。でも、あの子は本当にいい子だから。不誠実な婚約者のことは忘れて、別の誰か素敵な男性と巡り合って幸せに暮らしてくれるだろうと、のん気に考えていたんです。でも、それは身勝手なダブルスタンダードでしたね」


 少し背の丸まったレオナルドの後ろ姿を見ながら、メグミは遠慮がちに尋ねた。


「その……セイン様はアリシア様に一連の経緯を知らせていたのですか?」

「いいえ。でも、彼女はどこかから、自分の一族が経営する会社が何をしてきたのかを知り、自分がどうやって作られた富の恩恵を受けて育ったのかを悟った。そして、それに対して代償を払うことを決心したようです」


 一つ砂丘を飛び越えたところで、車体がガタンと大きく揺れた。もうもうと立ち込める砂煙に目を細めながら、メグミは口を開いた。


「アリシア様は、今どこに?」

「彼女はワン氏の運営する雨雲人形派遣商会に卸され、そこからジブレメ支部に派遣されました」


 その言葉を聞いた途端、メグミの身体がビクリと大きく揺れた。


「それでは! あの時、あなたの事務所で出迎えてくれた、あの機械の少女は……!」


 メグミの叫び声が砂漠の大地に響く。砂煙が晴れるのを待って、レオナルドは口を開いた。


「アリシアは家族に黙って彼女の計画を実行しました。だから、僕はアリシアの意思を尊重しようと思ったんですよ。それまで何もしてあげられなかったからね」

「意思を……尊重……?」

「彼女は砂漠とそこに暮らす人達に寄り添って、この地で静かに暮らしたいと考えているようです。だから、僕はあなたがアリシアを探すために砂漠に送り込んできたエージェント達を潰しました。そして、今回の依頼に便乗して、各地に残ったアリシアの跡を消して回ることにしたんです」

「あなたが嘘の報告書を提出したのはそのためだったんですか」


 顔を強張らせるメグミに対し、レオナルドは頷いた。


「ええ。アン・グリースでは自警団に恩を売ることができたので、アリシアの滞在記録を消してもらうように彼らに依頼しました。ルーベンス医院のカルテも全て消しましたし」

「リフリチェの無縁墓地に収められた死体は?」

「あれはアリシアとは関係のない女性の死体です。ルーベンス医院でとりかえっこのようにアリシアの外見に整形された方で、その方の死にアリシアは関わっていません」


 メグミは安堵の息を洩らした。


「僕はリフリチェでアリシアの偽装死体を用意しようかとも考えていたので、その手間が省けたのはラッキーだった……というのは不謹慎すぎますね。失礼しました」


 メグミは眉間に皺を寄せながら、レオナルドの背に問いかける。


「アリシア様はあなたの正体をご存知なのですか?」

「お互い、過去のことは話してませんし、聞いてもいません。でも、僕はジブレメで出会った時からニーナの正体を徐々に確信していったし、多分、向こうもそうだろうと思います」

「これからも名乗らないのですか?」

「このままでいいと思っています。なんて言っていいのかも、わからないから。告発を実行しようとした時に、僕はあの子をを捨てたのと同じだし、あの子だって同じだったんだろうからね」


 レオナルドは少し恥ずかしそうに笑った。


「でも、これからも二人でいたいかな。お互い無茶な改造をしているから先の寿命なんて知れているけど、だからこそ、二人で穏やかに暮らせればいいねって、時々二人で話しているんですよ」


 それきり黙ったレオナルドの背を、メグミもまた黙って見つめた。メグミからは見えないレオナルドの顔は、少しだけ寂しさを滲ませながら、優しく微笑んでいるように見えた。

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