第五章 砂漠の探し屋の秘密⑥
それは雨の降る寒い日だった。漆黒のロングコートを着込んだセイン・テラーは放送局までの道のりを黒塗りの車に乗って移動中だった。彼の父親好みの、骨董品に近いガソリン自動車の車内で、ゆったりとした革張りの後部座席に身を預けた彼は、窓に打ちつける激しい雨粒をじっと見つめていた。
セインはテラー財閥の定例記者会見に向かっているところだった。磨きこまれた車の窓に、青みがかった銀髪と碧眼、浅黒い肌をしたセインの姿が映っている。その顔が緊張の面持ちをしているのは、父の名代として初めて会見の場に立つという理由からだけではなかった。彼はその場で、自分の財閥の犯してきた罪について証拠付きで告発するつもりだった。もちろん、そのことは協力者以外には、父にも財閥関係者にも秘密にしていた。
告発すれば全てが終わる。自分の地位も失うだろう。でも、それは仕方のないことだ。自分たちがどのような手段で富を築いてきたのかを考えれば。
彼は心の中でそう呟いた。頭の隅で長い黒髪の可憐な女の子の姿が浮かび上がろうとしたが、セインは努めて心に蓋をし、それ以上考えないように気を付けた。
交差点で車が停車したところで、セインの車と同じ黒塗りの自動車が横付けしてきた。そこからスーツの男が降りてセインの車の窓を叩きながら後部座席のドアを開いても、セインは特に慌てることなく顔を向けただけだった。その男はテラー財閥広報室の室長であり、これから行う記者会見を仕切る役目をもっており、しかも、告発の協力者だったからだ。
「どうした?」
「セインさま、今日の放送は中止になりました」
「な……!」
身構えた時には遅かった。後部座席に乗り込んできた広報室長は手に拳銃を握っていて、それをセインの脇腹に突き付けた。すぐさま弾が発砲され、セインの腹部を何かが抉る。
だが、痛みは感じなかった。「麻酔銃か」と呟こうとしたが、口が回らなかった。
裏切られた。今回のことが父親にバレたのか。善後策はなんだ……。
考えようとしたが、意識がどんどん散漫になっていく。そのまま、セインの意識は闇に落ち、真っ黒に塗り潰されていった。
※
気が付くと、セインは見知らぬ廃工場のような場所で床に寝かされていた。麻酔が切れたのだろうか、脇腹と右足と左腕が痛くて仕方がなかった。そのせいで起き上がることすらできない。
セインは今にも遠のいてしまいそうな意識を奮い立たせて、目を凝らした。焦点を合わせるのもつらいが、周囲に何人か、スーツ姿の男達がいることがわかる。全員テラー財閥の人間であり、その中には彼を襲った広報室長の姿もあった。
「お前達、どういうつもりだ……!」
荒く息を吐きながら声を絞り出したセインだったが、彼らはその問いに答えることはなかった。黙って彼の身体を支えて抱き起す。
助けてくれるのかと思ったセインだったが、彼らの狙いは違った。彼らの目的は抱き起したセインが自らの身体の状態を見ることだった。
彼は自分の身体を見て息を飲んだ。
「うわああああ! ああああああ!」
セインは自らの限界の音量で絶叫した。自分が見たものが信じられない。痛みと混乱で頭がおかしくなりそうだ。叫び終わっても、混乱を収めることができなかった。
(なんだ、なんだこれは……! 僕の、僕の身体が!)
撃たれた脇腹が血に汚れているのは予想の範囲内だった。しかし、右足が根元から切断されているなんて考えてもいなかった。左腕も同様で、肩から先がない。切断された腕と脚は床に転がっていた。特に脚は再生不可能なほど、ボロボロにすり潰されていた。
「なんだ、なんなんだ! お前達、これはいったい!」
男達に向って叫びながら、セインは気が遠くなりそうな意識を必死に押さえつけて思考を纏めようとしていた。
(逃走防止のために片足を切られたのか。でも腕は? 脅しのため? 拷問のつもりか? どうする、どうやって切り抜ける?)
だが、そんなセインの努力を嘲笑うように、一歩前に出た広報室長が彼に対してにこやかに笑いかけた。
「セイン様、お父上たるテラー財閥総帥からのご伝言です。『お前には失望した。危険分子と見做し、お前のことは切り捨てることにする』とのことです」
「ぼ、僕を殺す気か!」
「そういう意味にもとれますね」
「ま、待て! 仮に僕が今ここで死んだとしたら、不審に思う者も出てくるぞ!」
叫んだセインに、広報室長は笑みを深くした。
「その心配はありませんよ」
彼の言葉と合わせたように、工場の出入り口から男性が入ってきた。セインのものとよく似た黒のロングコートを着て、サングラスを掛けた浅黒い肌の若い男だった。彼の背後には、銀色に輝く人型ボディーに白衣を身に着けた、四体ほどの簡略式アンドロイドが付き従っている。
「初めまして、セイン・テラーさん。僕が誰だかわかりますか?」
黒いコートの男はそう挨拶すると、サングラスを外した。その下にあった瞳は、セインの碧眼とは異なる薄茶色の瞳だった。だが、それ以外の顔立ち、背格好、肌の色、髪の色、全てがセインと瓜二つだった。
「ぼ、僕……」
そう言って、セインは絶句した。驚き、呆然とするセインの姿が可笑しかったのだろうか、薄茶色の瞳の男は大きな声で笑った。
「アハハハハハ! そうです。僕はあなたそっくりに作られた精巧な細密式アンドロイドですよ。外見や手触りは人間と変わりません。あなたの疑似記憶を植え付け、危険思想だけを排除したあなたの完全なるコピーが僕です。そして、あなたの目と手を入手すれば、あなたの生体IDを持つ完璧なあなたになれる」
「これからは彼があなたの代わりに働いてくださるそうですので、ご心配は無用です」
広報室長は穏やかに微笑んだ。
薄茶色の瞳を持つアンドロイドのセインは、血だらけで喘ぐ碧眼のセインに向って手を伸ばした。そのまま人間のセインの顔の、右目あたりに触れる。
「ぐあっ……!」
セインの右目に痛みが走り、彼は思わず呻き声をあげた。すぐにアンドロイドのセインの手は離れたが、その後なぜか碧眼のセインの視界は半分になっていた。
碧眼のセインはアンドロイドのセインの手にあるものを見てその理由を知る。彼の目玉がアンドロイドの手に握られていたのだった。
「な……! 何を!」
呻く彼を無視して、アンドロイドのセインは自らの右目を取り出し、代わりに奪い取ったばかりの碧眼をそこに埋め込んだ。しばらくの間、青い瞳は落ち着きなくグルグルと動いていたが、やがてしっくりと馴染んだように、アンドロイドの左の薄茶色の瞳と同期して動き始めた。
「あとの作業は手術室で行いましょう。お前達、この人を運んでくれ。丁重にね。皆さんはもうお帰り頂いて結構ですよ」
アンドロイドのセインがそう言うと、銀色の簡略式アンドロイド達は意識を失いかけている碧眼のセインをストレッチャーに乗せた。碧眼のセインは意識を失うまいと必死で男達を睨みつけるが、虚勢も限界だ。広報室長達は人間のセインを無視し、アンドロイドのセインに対しては蔑むような視線を交えながら頭を下げ、続々と廃工場から退出していった。その様子を見ながら、人間のセインは苦痛の中でついに意識を手放した。
※
意識を失っている間に自分の瞳と手をアンドロイドの彼に奪われ、そのまま意識を取り戻すことなく殺されるのだろう。気絶する前にそう考えていたセインだったが、彼は再び目覚めることができた。
「すみませんが、あなたの両目と左腕は頂きました」
両目ともが碧眼となったアンドロイドのセインが、意識を回復した彼を覗き込みながらそう言った。人間のセインは手術台のようなベッドの上に寝かされていた。痛み止めでも打たれたのだろうか、苦痛はないが、体が重くて動かすのは非常に億劫だった。左手と右足の感覚はない。手足の代わりに、彼は必死で目を動かした。どうやら視界は回復しているようだった。
人間のセインは手術台の横の壁面に大きな鏡が取り付けられていることに気が付く。そこに映った自分の姿に驚いた。切り取られた手足はそのままだったが、瞳の色が青から薄茶色になっていた。どうやら、アンドロイドのセインが奪った瞳の代わりに、自分の両目を移植してくれたようだった。
「どうして僕は無事なんだ。君は僕を殺すつもりじゃなかったのか。何を考えているんだ?」
矢継ぎ早に問いかける人間のセインに、アンドロイドは冷え冷えとした表情を見せた。
「気にくわないんですよ。全てが」
そう言って、アンドロイドのセインは顔を顰めた。
「あなた、誰かのセカンドとして作られた人の気持ちがわかりますか? 僕の思考回路は電子サーキットではあるけど、人間の脳の働きを正確にトレースしたものなんですよ?」
彼は泣き笑いのような表情を浮かべていた。
「つまらない経済活動のためにこんなことをしでかすとか、アホですよね、奴ら。しかも、人道問題救済に傾いたあなたの思想を恐れるあまり、この僕の苛立ちや怒りの感情を見逃しているなんて、マヌケにもほどがありますよ」
アンドロイドのセインは一旦言葉を区切り、手術台の傍らに寄りかかると、横たわる人間のセインの顔を覗き込むようにして言う。
「ねえ、僕に『セイン・テラー』を譲ってくれませんか? 僕は生まれたからには本物になりたいんだ。僕の意志で、糞ったれな財閥の奴らの大切なものをぶっ壊してやりたい。最終目標は一緒だろう? お互い、協力しないか?」
真剣な表情で、アンドロイドのセインは人間のセインをじっと見つめた。そろそろ二十歳になろうかという顔の造りは人間のセインと同じはずだったが、アンドロイドの彼の表情は幼い少年のようにも見えた。はかるような眼差しでその顔を見つめていた人間のセインは、長い時間が経った後でゆっくりと頷いた。
「わかった」
その言葉を聞いた途端、アンドロイドのセインは急に人懐っこい笑顔を浮かべる。
「よかった! これからは同士として、お互い協力して目的を遂げよう!」
その無邪気に晴れやかな笑顔は、人間のセインが面喰うほどだった。
「そうと決まれば、君の身体をきちんとしたものに作り治そう。何かオプションを望むんだったら、言ってくれ。なんでも対応するから」
彼は手術台の傍らにある、オペ用機材をいじり始めた。彼をフォローするように、銀色のアンドロイド達も忙しなく動き始める。
「手術は僕がこのアンドロイド達を遠隔操作しながらやるから安心してくれ。ログを残すようなヘマはしないから」
彼は微笑みを浮かべたまま、再び手術台のセインに近付き、右手を差し出した。
「これからよろしく、もう一人の僕!」
「ああ……よろしく」
人間のセインは生身で残った右腕を必死に動かし、差し出されたアンドロイドの腕を握った。アンドロイドのセインの手は柔らかく、血が通っているように暖かかった。
こうして、セイン・テラーでなくなった彼は、肉体を作り変え、姿を一新させると、都から遠く離れた場所に潜伏することになったのだった。




