第五章 砂漠の探し屋の秘密⑤
どこまでも青く輝く空の下、黄金色の砂漠の大地を黒のバイクを切り裂くように走っていく。強い向かい風のために、ハンドルを握るレオナルドの赤茶色の髪が逆立ち、後ろに座るメグミの結い上げた金髪も乱れ始めている。
「メグミさん、これ再生してくれませんか? 多分、動画メールだと思うんですけど、音声だけでも聞いておきたいので」
片手でハンドルを握ったまま、レオナルドが後ろに跨るメグミに向かって小型のデータ保存媒体を投げ渡した。あの赤髪のトラック運転手が出発前にレオナルドに託したものだった。
メグミはキャッチしたそれを懐から取り出した自分の携帯用メディアボードに挿し、保存されていた動画を再生する。
『ごきげんよう、レオナルドさん。元気にしていらっしゃるかしら?』
前を向いてハンドルを握っているレオナルドには見えないが、画面には清楚に微笑む十代半ばの少女が映っていた。少女は緩く波打つ濃い栗色の髪と、灰色がかった青色の瞳を持ち、名門女学校の制服を身に着けていた。
「この方は……」
目を瞠るメグミに構うことなく、動画は淡々と流れていく。
『私、この度、晴れてスプリング・アンド・フォール社の取締役副社長兼主任記者に就任しましたの。ほぼ家族経営の吹けば飛ぶような会社の役員ですけれど、その分、好き勝手な行動をとりやすいという利点はありますわね。まだ学生の身ではありますけれど、しっかりと責任を果たすべく粉骨砕身の覚悟ですわ』
そう言うと、少女はふわりと微笑んだ。
『まずはお礼を言わせてください。今回のネタを紹介してくださってありがとうございました。私の記事、もう読んで頂けましたかしら。自分でもいい記事が書けたと自負していますの。あの病院の院長先生から頂いた証拠書類はとても役立ちましたわ。社長である父も最初は及び腰でしたが、今ではやる気満々。追加記事もたくさん書く予定ですの。そして、私の一番知りたかったこと――私の親友の行方に至るヒントも一緒に教えてくださったあなたには、本当に感謝していますわ』
少女は画面の中で深々と頭を下げた。最後に顔を上げると、彼女は悪戯っ子のように灰色がかった青色の瞳を細めて笑った。
『またいつか、改めてお礼に伺いますわね。その時にはあなたの同居人の方にもお会いできたら幸いですわ。それでは、ごきげんよう』
優雅に手を振る少女は徐々にフェードアウトし、動画メールは終わった。小型ディスプレイの真っ黒な画面は、驚きと不安の混じったメグミの顔を写していた。
「これは……?」
「このネタを提供したことに対するお礼ですね」
そう言って、レオナルドは焦げ茶色のロングジャケットの内側から雑誌を取り出した。あの倉庫で積み降ろした箱から一冊とっておいたのだ。受け取った雑誌を見て、メグミは顔を顰める。
「これは……!」
メグミは『世界的医療系複合メーカーの闇に迫る』という見出しに不満げな表情を見せつつ、風にはためく雑誌を落とさないように気を付けながらページを捲った。
記事の内容を読むうちに、メグミの表情がさらに険しいものとなる。記事には、カリゴリ砂漠で行われている非人道的な人身売買や未成年に対する生体実験、各種改造手術と過酷な就労のことが記載されていた。そして、裏でそれに関与し、利益を得ているのが世界的に有名な「O社」であると報じている。イニシャルでぼかしてはいるが、記事内にオオクニの本社社屋の写真が使われており、見る人が見ればどの会社を指摘しているのか一発でわかってしまう内容だった。
「怒りましたか?」
バイクを走らせたまま、レオナルドがちらりと後ろを振り返ると、薄いフレームの眼鏡越しにメグミの鳶色の瞳が冷たい光を放っていた。彼女は氷のような表情のまま、ゆっくりと口を開く。
「個人的には、いつか告発されても仕方のないことだとは思っていました。しかし、弊社が本気を出せば、裁判なり他の強硬手段なり、この記事どころかこの雑誌社を捻り潰すことは簡単です」
凍えるような冷たい声だった。前に向き直ったレオナルドは肩を竦める。
「だから、『あの人』の証言が必要不可欠なんですよ」
メグミはレオナルドの背を見つめながら眉間に皺を寄せた。
「さっきからあなたが配達を待っているのは、その人の証言なんですか?」
「まあ、そんなところですね。『あの人』はこの件について証言することを約束してくれました。どういう方法でいつ証言するか、それを手紙で知らせてくれることになっていたんですよ」
そう言って、レオナルドは疲労の濃い溜め息をついた。
「さすがに『あの人』から直接手紙を受け取るのはまずいので、いくつかのシステムを経てからカグヤが受取っていたんですけど。まだ甘かったですね。僕の認識不足です」
「教えてもらいたいのですが、あなたは誰とコンタクトをとっているんですか?」
レオナルドはそれに答えようと口を開きかけたが、何かを逡巡するようにまた閉ざした。それを何度か繰り返す。
何も返答がないことを怪訝に思ったメグミが「どうかしたんですか」と問いかけようとした丁度その時、真っ青な上空からエメラルドグリーンの鳥が垂直に降りてきた。鳥は地上に落ちる寸前で旋回し、バイクの走行とタイミングを合わせてレオナルドの肩に着地した。嘴には血の染みがついた手紙を咥えている。レオナルド達を襲った者のいずれかがこの手紙を持っていたのかもしれない。
レオナルドが薄茶色の瞳でちらりとカグヤを見遣ると、彼の愛鳥は手紙を咥えたまま頷くように首を動かした。レオナルドは長く深く息を吐き出し、何かを決心したように声を張って言った。
「メグミさん、すみませんが、この子の手紙、読み上げてもらえませんか? 読めば僕が誰と繋がっていたかわかると思います」
雑誌をレオナルドに戻してから、メグミは言われたとおりにカグヤの手紙を嘴から抜き取り、読み上げた。
「親愛なるレオナルド殿。ついにあなたと私の堅実なる調査が実を結ぶ時が参りました。例の雑誌公式発売日の正午(世界基準時刻)に、都合よくテラー財閥の定例放送が私に任されましたので、その場で真実を発表したいと思います。信頼できる放送スタッフと、通信ラインも押さえたので無事に放送できることでしょう。あなたのご苦労が報われること、そして、私の悲願が達成されることを思うと、胸がいっぱいになります。それではまた、いつかお会いできることを祈って。もう一人のあなたたる、テラー財閥総帥代行セイン・テラーより……」
メグミが鳶色の目を見開いた。
「まさか……アリシア様の婚約者のセイン・テラー様! あなたはセイン様の密偵だったのですか?」
「彼の密偵というか……僕は砂漠で得た情報を彼に流す代わりに、彼からは企業の機密情報を流してもらっていたので――まあ、持ちつ持たれつってやつですかね。お互いがお互いの密偵をしていました」
吹き付ける風のせいなのか、レオナルドの声量が落ちて聞き取りにくくなっていた。
「でも、どうしてそんなことを……?」
「二度と失敗しないように、お互い慎重になっていたんですよ」
「は……?」
「セイン・テラーは一度失敗しているんです」
「失敗? 何を失敗したんですか……?」
混乱の表情でレオナルドの背に問いかけたメグミに、彼は重々しく告げた。
「告発を、です。今回のオオクニ社の件をはじめ、テラー財閥が指示してグループ企業に実行させている各種非人道的企業活動について公にしようとしたんです」
目を見開いたメグミに構わず、レオナルドは前を向いたまま淡々と言葉を続けた。
「でも結果は大失敗でした。そのせいで彼は粛清された」
「粛清? 権力を奪われたということですか? でも、外からはそんな風には見えませんが。あの方は今も精力的に企業活動をされていますよね?」
「そうでしょうね。外からはわからないでしょう。でも、彼は全てを奪われたんです」
メグミはレオナルドの後頭部を眺めながら、首を傾げた。
「そもそも、セイン様がそういった人道的問題に言及されたことは、私の記憶している限りではありませんが……」
「ずっと隠していたんですよ。水面下で告発の準備を進めていたけど、まあ、甘かったんでしょうね」
そう言って、レオナルドは深く溜め息を吐き出した。メグミの顔は困惑の表情で歪むばかりだ。
「いったい……何があったんですか……?」
「つまらない話ですけど、聞きますか?」
「え、ええ……」
レオナルドの薄茶色の瞳は、砂漠の地平線を見つめていた。あるいは、どこかもっと、さらに遠くを見つめているのだろうか。黄金の砂原でバイクを走らせながら、レオナルドはポツリポツリと「セイン・テラーの失敗談」を語り始めた。




