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第八十八話 ☆着流しの君との大きな幸せ




最近屯所の中がバタバタと慌ただしい。どうやら巡察も強化しているみたいで、皆朝から屯所を飛び出していく。それに山崎くんを含む監察方の姿なんかはここ数日まったく見かけなくなっていた。

池田屋事件の余波なのか。それとも近々また大きな事件でも起こるのか。ハッキリとしたことはわからなかったが、きっとまた時代が動く。そんなことが容易に想像できた。

…まぁ私は池田屋事件に首を突っ込んだからと言って、じゃあ剣の稽古もしてみるか!なんてことにはもちろんならなく、ましてや今の市中の動きを教えてもらえるわけでもなく、平々凡々、いわゆる暇な毎日を送っているわけなんだけど。

歳さんに至っては日中姿を見ることもなく夜ももちろん別室で、久しくイチャコラなんてしていない。

しかしあれだ。ここまで放っておかれるのもちょっと寂しい気もするんだけどな。ま、仕方ない。


さて、今日はどうしよう。もう洗濯物も終わっちゃったし、珍しく掃除もしちゃったし。しかも何の予定もないのにばっちり化粧までしちゃったしね!

暇なんだよォォォ!なんて、忙しい皆にそんなこと言ったら殺意を向けられそうだから大人しくしてるけど。さて、本当にどうしよう。


そんなことを考え、もんもんとしながらうーんと伸びをする私の背中にふと声がかけられた。


「おい」


その見知った声にまさかと振り向けば、やはりそこには出かけていると思っていた歳さんの姿。しかも珍しく着流しなんぞ着ている。やだん、マイダーリンてばイケメン…じゃなくて。


「え?なんで?なんで屯所にいるんです?」

「いちゃわりィかよ」


一瞬ムスッとした歳さんに慌てて「だって最近忙しそうだったし」と言えば、男はふいに妖艶な笑みを浮かべ「寂しかったか」なとどほざきやがった。

…ふむ。どんなに忙しくても根拠のない自信家さんは健在のようだ。


「ああそうですね、寂しかったですね」


半笑い、そして棒読みでそう答えれば男は「素直じゃねぇな」と私の頭の上にポンと手を置いた。

…うん、マイダーリンの自信家は見習いたいものがある。


「…で?今日は着流しなんか着ちゃってどうしたんですか?」

「出掛けるぞ。支度しろ」

「は?出掛けるってどこに…」

「………///」


私の問いに答えず、なぜか視線を泳がせた歳さんの頬は少し赤い。


……え?なにこれ。

え、え、もしかしてこの感じ。なに?なになになに?もしかしてデートのお誘いってやつですか!?嘘、嘘、マジ?マジですか!?


「歳さん、…逢引き、ってことですか?」

「うるせぇ////!早く支度しろ////!」

「ねぇ、逢引きってこと??」


しつこくそう問い掛ければ痺れを切らしたのか、男は真っ赤な顔で「門にいるぞ////!」と怒鳴り、スタコラさっさとその場をあとにしてしまった。

呆気に取られた残される私。でもジワジワと嬉しさが込み上げてきた。

歳さんからのデートのお誘い。こんなあらたまったデートのお誘いはもしかしなくても初めてのことだ。

それにしても、いったいどういう風の吹き回しなのかしら。もしかして明日は槍が降るかもしれない。


なんて思いつつも、久々のデートに素直に嬉しかった私は、鼻歌を歌い、それはもうスキップをしているような身のこなしで歳さんの待つ門まで駆け出したのである。


なんて私ってばなんて可愛い乙女。







心なしかまだ顔の赤い歳さんの隣を懸命に付いていく。

昔は隣を歩くと若干怪訝そうな顔をされたっけ。それはこの時代ゆえの歳さんなりの照れだったと心底思いたいが、今は私の歩幅に合わせてゆっくり歩いてくれている。

なにこれなんだこれ。こんなこと位で幸せを感じるようになった私ってば、この時代に来てだいぶ浄化されたんじゃないかしら。

きゃは!なんて浮き浮き気分でつい男の手を繋げば、それはそれは嫌な顔をされたのは私の見間違いだと信じたい。

ううん…やっぱこの時代で、このエベレスト級の見栄とプライドを持つ男と人前で手を繋ぐなんて夢のまた夢か…


「はぁぁ…」


わざと聞こえるようにため息を付きガックリと項垂れれば、男からはその2倍以上のため息が聞こえた。そのため息にさらに項垂れれば意外や意外。突如グイッと引き寄せられ、肩を抱かれた。


「…これで文句ねぇだろうが」

「////!!」


普段のスカした男の表情と違い、真っ直ぐなその瞳に思わず赤面してしまう。


「と、歳さんてばなんか変な物でも食べました?」

「あん?」

「だっ、だだだっていつもは人前でこんこんな…////」


そして、予想の斜め上を行く男の行動に中学生かってほどカミカミ動揺する私に男はふと口角を上げ、耳元でそっと囁いた。


「たまには…こんなんもいいだろ…?由香」


やられた。やられましたよバッサリと。清清しいほどに完敗です。

なに?歳三くんは私をどうしたいのかな?

純情なんてとっくの昔に通り越したはずが、再び顔を赤らめ男にされるがままその大きな腕に肩を抱かれるピュアな私。こんなラブハプニング、この時代に来て初めてかもしれない。


街中行く人々が驚きと好奇の目をこちらに向ける。そりゃそうだ。この時代は女が三歩下がって男の後を付いていくもの。それが堂々と隣を歩き、しかもその女の肩を希代のイケメンが抱いているときたもんだ。もしかするとこの男があの新選組の鬼の副長と知っている人もいるかもしれない。もし私がこの時代の人だったら驚愕するだろう。

しかし歳さんはそんな視線もお構い無く歩き続け、ある小間物屋でやっとその足を止めた。


「歳さん?」

「おめぇに礼をしようと思ってな」

「お礼?」


ああ、と言った歳さんの視線は自分の腰に下がり、その先には梅の花の細工がしてある印籠。

そういえば少し前、私が苦し紛れにプレゼントしたものだ。

池田屋の時も怪我一つしなかったのはこの守りのおかげだったのかもしれねぇな。なんて笑う歳さん。

そんな大事にしてくれてたなんて…全然気付かなかった…


「だから今日は気に入ったものがあったらなんでも買え」


そう言って私の背を押すようにして小間物屋に一歩踏み入れた歳さん。

そこは私が普段、冷やかしで行く店とは違い少し格式が高そうなお店だった。

歳さん、悪いですよ。と小声でそう言えば、男は少しの間を置きバツが悪そうに、おめぇのそれ…と溢した。歳さんの視線は私の頭上。無造作にまとめたお団子に差してあるあの簪だ。


「……おめぇがそれを大事にしてるのはわかってる。もちろん…その理由もな」


…この簪は楠くんが最期に私にと遺してくれたものだ。

これを付けていれば、泣くようなことがあってもきっと次の日には笑える気がする。そう思って私は毎日身に付けていたのだけれど。

まさか歳さんが気付いてるとは思わなかった。


「捨てろとは言わねぇ。大事にしてていい。だが……、やっぱり好きな女には俺がやった物を身に付けてもらいてぇ」


そう、最大の破壊力をぶつけてきた男。え…?この可愛い男は誰?まさか新選組鬼の副長様じゃないよね?

思わずニヤニヤすれば男はハッと我に返ったのか、その照れを隠すように「は、早く選べ///!」とその場を離れた。




***




思わず笑みが溢れる。小間物屋をあとにした私の手には、一つの真鍮の簪が握られていた。


「本当にそんなんで良かったのか?鼈甲のやつを買ってやるくれぇ給金は貰ってんぜ?」

「これが良かったんです」


なんでも好きな物を買えとは言われたものの、あんなこと言われちゃ…と、綺麗な梅の花の細工がしてある簪を選んだ私。歳さんの印籠とお揃いにしたかったんだもん…なんてやだん、私ってばますます乙女。


ニヤニヤしながら簪を懐にしまい、隣を歩く歳さんを見上げる。


「一生大事にします!」


そう高らかに宣言すればあら不思議。男はそのスカした顔をあれよあれよと真っ赤に染めた。

うふ。ここまでわかりやすい男なんてそうそういないだろうに。


「おっ、おめぇ////!その簪がどういう…////」

「え?」


え?なに?簪がどういうって…、どういうってどういうこと?


「歳さん?どういう…」

「…ヤラせろ」


どういうって、どういうことですか?という私の言葉は赤面を隠さないこの男の唐突な言葉によって掻き消された。


「は////!!?な、きゅ、急に何言ってんですか////!?」

「だからヤラせろ」

「え////!?ちょ……!」


こうなったらこの男に抵抗しても無駄。ちょう無駄。

待ってくださいってば////!!なんていう私の声は聞かなかったことにされ、急にエロ狼というかエロ獣になったこの男は私を半ば抱えるようにして茶屋へとその足を速めたのであった。




***




…なんだか今日のこの男は少しおかしい。いつもはしないデートの誘いや、印籠のお返しとはいえ簪のプレゼントまで。ここまで乙女の幸せを感じるなんて、逆に何かあるんじゃないかと不安になってきたのも正直なところなんだけど。もしかしたらこの男は本当に何か変な物を食べたのかもしれない…なんて。

まるで駆け付け一杯のように駆け付け一発ぶちかました隣の男を覗きこめば、ふいに見たこともないようななんとも言えない穏やかな顔を見せた。


「…歳さん?」

「…おめぇは……男が女に簪を贈る意味、知ってんのか?」

「え?贈る意味?」


意味なんてあるんですか?と首を傾げれば、男はやっぱな、と溜息をついた。


「あのなぁ…」


そう言いながら男は再び私を組み敷き、首もとに唇を落とした。

くすぐったいような舌使いに思わず甘い声が漏れる。

おめぇはここが弱ぇな…なんて掠れたイケボで言われるとますます濡れ…じゃなくて////!!


「と、歳さんてば////!!」

「…なんだよ、もう一回くれぇいいだろうが」

「うっ…いい、ですけど……じゃなくて/////!!」

「じゃあなんだよ」


もう止められねぇぞ?なんて言いながら太股を厭らしく撫でるその手つきに、そりゃもうこっちだって止まんねぇよなんて思いながらも必死にその手を止め口を開いた。


「と、しさん、簪の意味って……」

「………」


私の言葉に一瞬動きを止めた男は少しだけ私からその身体を離し、そして今日何度目になるだろう、唇を優しく落とした。

それは徐々に深いものとなっていき、甘い感覚が私を染めようとしたその時。


「…生涯、俺についてこい」


耳元で小さく。しかしハッキリとした声が届いた。


「……と、」


歳さん、という私の驚いた声はそのまま飲み込むことしかできなかった。

男が優しく、けれども力強く私の身体を抱いたから。


「俺は……いつ戦いの中で死んじまうかわからねぇ。だがな、由香」

「………」

「おめぇには……それでもおめぇには俺と共に生きてほしいんだ」


泣いているのかと思った。

私を抱いたその腕が言葉とは裏腹に頼りなげに力を強めたから。自惚れかもしれないけど、必死に私を離すまいとしているように思えたから。

でも…

でもそんな心配はするだけ無駄だよ。


「歳さん。今さら何を言ってんですか」

「………」

「私は歳さんにどこまででも、それこそ生涯そばにいるつもりです」

「由香…」


離れようとしても離さないんだから。なんて照れ隠しに、いつか私に投げ掛けてくれた言葉を呟き、男の身体をぎゅっと抱き締め返せばこりゃまた不思議。さっきまで頼りなげな男の姿はどこへやら。


「いい覚悟だ」


そういつものスカした表情を見せ、再び私の唇に噛み付いたのであった。




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