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外道転生 〜元裏社会の帝王、千のカルマを賭けた贖罪の成り上がり〜  作者: 中原九尾
第4章:アーヴィング家編「剣もまた牙を隠す」

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第84話 無音の刃

「お前達は生かして返せない。ここで死んでもらう」


 男はトーアへそう告げると、その姿を闇の中に消していった。足音一つ、気配一つ感じ取れない。まるで最初からそこに何もいなかったかのようだった。


 人間の動きから音と気配が消えると、こんな感覚になるのか。おそらくこの男の卓越した体術もあるのだろう。目で追えているはずの人間なのに存在を知覚できない。


「消えたか」


 俺はそう呟きながら、周囲に意識を張り巡らせた。だが、しばらく何も起きなかった。男はすぐには仕掛けてこない。恐らくまだこちらの力量を見極めようとしているのだろう。


 この仕掛けてこない時間も、無駄にはできない。この男は恐らく四人の中でも最も実力が上だ。もし、ガロやサガンたちの方にこの男が回っていれば、恐らく誰か一人は命を落としていたかもしれない。俺がこの場に釘付けにしておくこと自体も重要な役目だ。


     *


 沈黙が続いた。俺もあえて動かなかった。この静かな探り合いがしばらく続いた。


「お前、やはり俺の攻撃を待っているな」


 声だけが暗闇のどこかから聞こえてくる。姿は見えない。


「なぜそう思うんだ」


 男は答えない。何かの確信を得ているようだ。


 少し揺さぶりをかける意味で、俺から動いてみるか。俺はナイフを持ち、男がいると思う方向へ素早く斬りかかる。


 しかしナイフは空を切る。


「動きは悪くないが、素人の域を出ない。お前は訓練された人間ではないな」


 切り付けた場所と全く別の方向から声が聞こえる。


「そう思うなら仕掛けてみればいいじゃないか」


「慎重すぎるというのは自覚してる。だが、それが俺の生き残ってきた理由でもある」


「いくらでも時間をかけていい。俺は急ぐ理由がない」


 俺はあえてそう挑発するように言った。この男が慎重であればあるほど、都合が良かった。時間をかけさせるほど、他の仲間たちの負担を確実に減らせる。


「それはこちらも同じだ。お前のような得体の知れない者を仲間の元へ行かせる訳にはいかない」


 お互い、考えていることは同じのようだ。それなら都合が良い。


     *


 しばらくして、ようやく背後に僅かな殺気を感じた。振り向くと同時に、何かが頬を掠めた。小さな刃物だった。


「随分と器用な投げ方だ」


 おそらく手探り程度の攻撃なのだろう。殺す気があるような物ではない。


「……何をした」


 姿を現した男が、少し出血した自身の頬を撫でながら言う。


 俺はその言葉には答えず、男にナイフを素早く突く。


 その直後、一瞬、ナイフを持った腕に衝撃を受けた感覚があった。おそらく腕を払われたのだろう。


 男が自分の右腕を撫でながら言った。


「そうか。攻撃が返ってきてるのか。お前が俺の攻撃を誘う理由が分かった」


 この男は俺のスキルの正体に気付きかけている。


「理解が早いな。似たような奴が知り合いにでもいるのか」


 男はこの言葉には答えない。


「厄介な力を持っているな。だがこうして仲間を連れてきている以上、無敵ではないのだろう」


 この言葉と同時に、背後から肩を拘束される感覚を一瞬感じた。


「……関節技の効果も返ってくるのか」


 軽い攻撃で俺のスキルの効果範囲を探り出してきている。


 俺の反射スキルの正体が気付かれては勝ち目がない。俺も攻めるしかなさそうだ。


「やっと戦ってくれる気になったのか。さあ、やろうか」


 男を挑発するように、俺はこう言った。


     *


 その言葉を発した瞬間、俺は宙に浮いた感覚に襲われた。身体が地面に打ち付けられ、地面を転がる。


 俺はすぐさま立ち上がり男を迎え撃つ体勢を取る。


 しかし男は攻めてこない。俺を観察している。


「そうか、お前は相手から直接受けた攻撃しか返せないな」


 どうやら俺のスキルの正体に気付いたようだ。


「地面に打ち付けられた痛みは俺に来ているが、お前が負った傷は俺に来ていない」


 地面を転がったときに付いた、俺の手に付いた擦り傷のことだろう。


「化け物が。だがやりようはある」


 男はそう言うと、姿勢を低く構え直した。直接触れなければ攻撃は返らない。それなら俺に触れさせず、俺だけを一方的に攻め立てればいい。そう考えたのだろう。


 男は地を蹴ると、一気に間合いを詰めてきた。だがその踏み込みは既に先ほどまでとは違っていた。俺を直接殴る、蹴るではなく、俺の腕や足元を狙う、関節を極める、そういう、搦め手に切り替えている。


「賢いな」


 俺はそう呟きながら、その腕を躱した。だが気配を消して近づいてくる動きを、完全には避けきれない。肩を僅かに掠められる。


 男はそこからさらに畳み掛けてきた。腕を掴もうとする。足を払おうとする。だが、どれも決定打には至らない。まだ完全に糸口を掴めてないのだろう。思考しながらの動きなせいか、俺に触れてからの動作に力が無く、鈍い。


 俺はその隙を見逃さなかった。男の腕を逆に掴み返し、力任せに引き寄せる。体勢を、崩された男の懐に飛び込むと、隠し持っていたナイフをそのまま突き入れた。


「ぐっ……!」


 男の脇腹に確かな手応えがあった。


     *


「勝負ありだ。俺は負けを認める」


「随分とあっさりしてるな」


「この出血だ。もう長くはないだろう。負けたならそれを受け入れるまでだ」


 プロフェッショナルらしい淡々とした態度だ。暴力や殺しを楽しむタイプとは明らかに質が違う。


     *


「死ぬ前に一つ聞いていいか」


 男がそう切り出した。


「何だ」


「お前達は何者だ。俺達をガイウス様の手先だと分かって攻めてきたんだろう」


「俺達はこの国の歪みを正すために動いている。そのために、歪みの元凶である五大貴族家の裏の顔を潰している」


 男は驚いた表情をしてこう言う。


「はは、そんなことができるとでも思っているのか」


「普通はそう思うだろうな。だが俺はすでにグラハム家、ファーレン家、オーレリア家の裏稼業は支配化に置いている」


「……そうか。最近、街やスラムに活気が出てきたとは聞いていたが、お前達がやったことなのか」


「ああ。そうだな」


「……お前のような化け物なら……それも可能か……」


 出血のせいか、意識が朦朧としているのだろう。言葉が弱くなってきている。


「俺だけでできることじゃない。仲間たちが協力してくれてこそだ」


 男は俺の言葉に、少し間を置いて話す。


「……俺の部下たちは悪くない。あいつらは俺の命令で……動いていただけだ。生かしてやってくれないか……」


 その言葉に俺は少し考えた。この男にも部下への情はあるらしい。それでも、この組織を生かしておく選択肢はなかった。


「お前の頼みは聞けない」


「……そうか。まあこれだけ人を殺してきたんだ……仕方ないな……」


 ガルドはそう言って、静かな表情を浮かべた。


     *


「俺からも聞かせてくれ」


 この男は前世の俺と同類の人間だ。だからこそ聞いておきたいことがあった。


「あんたはこの生き方とこの死に方で幸せだったか」


 もう力のない表情で、男はこう答える。


「……俺はこのスキル"無音"を授かって……けちな盗みを繰り返して、食い繋ぐだけだった……」


「……ガイウス様に拾われて、暗殺者としての訓練を……」


 どんどん言葉が弱くなっている。まもなく死を迎えるだろう。


「……こんな仕事の頭を任されて……だが、ガイウス様は俺達に手厚く、贅沢させてくれた……」


「……幸せだったかと聞かれれば、幸せでは……なかっただろう……だが、ここしか居場所がなかった……」


 この男も前世の俺と似たようなものか。境遇がそうさせたとは言え、気が付いたらもう後戻りできなくなっていたのだろう。


 しかし所詮は、同じ人殺しの外道だ。同情に意味は無い。この男にも神からの救済があることを祈るだけだ。


「そうか。分かった。最後にあんたの名前を教えてくれ」


 同情はしないが、せめて名前を覚えておいてやるくらいはしてもいいだろう。


「……ガルド、だ……」


「俺はトーアだ。じゃあな」


 ガルドは静かに目を閉じ、息が絶えた。


     *


 ガルドの死を確認すると、俺は周囲の状況に意識を向けた。カインたちの乱戦の音がまだ遠くから聞こえてくる。


「数は大分減ったぞ」


 波影の一人がそう叫んだ。


「油断するな、まだ残ってる」


 カインはそう声を張り上げながら、逸らし矢を連発していた。


     *


 黒鴉の残存兵力は既に半数以下まで減っていた。それでも統率の取れた彼らの抵抗は、最後まで激しかった。誰一人、無様に逃げ出そうとする者はいない。それぞれが自らの、役目を、最後まで全うしようとしていた。


「くそ、こんなはずじゃ」


 黒鴉の一人がそう呻きながら崩れ落ちた。カインの撹乱と波影の数の力が、着実に勝敗を決していった。


 最後の一人が地面に倒れ込むのを見届けると、カインは大きく息を吐いた。


「終わったか」


「ああ、そうだな」


 波影の一人がそう答えた。


     *


 俺は決着したカインたちのところへ向かう。周囲には既に静けさが戻り始めていた。


「トーア、そっちも終わったか」


 ガロの声が聞こえた。見ると、既に他の三人も集まってきていた。


「全員無事か」


 俺はそう確認した。


「ああ、こっちは問題ない」


「私も平気」


「俺も何とかな」


 それぞれの返事に、俺は内心安堵した。


「トーア、あんた服がぼろぼろじゃないか。そんなに苦戦したのか」


 ガロが俺の様子を見て、そう聞いてきた。


「ああ。あいつが頭だったらしいな。強い男だったが、何とかなった」


「あんたのそんな様子を見るのは初めてだ。俺の相手じゃなくて良かった」


 いつものガロの軽口だ。これも無事、戦いを終えられたからだろう。


「どうやってあなたをそこまで追い詰めたのか知りたい。詳しく聞かせて」


 ルーシャも普段通りだ。戦いの影響はなく、問題なさそうだ。


「ガイウスが片付いてからにしてくれ」


「あんたらいつもこんなことしてるのか。なかなかしんどいな」


 サガンもこう口を挟んでくる。


「できるだけ戦わずに終わらせたいが、今回はたまたま必要だっただけだ。助かった。波影の連中も含めて、後日労わせてもらう」


「そうか。楽しみにしてるぜ」


     *


 ガルドは慎重で戦い慣れた、強い男だった。ここまで早く俺のスキルの正体に気付かれたことは初めてだった。これからもこういう強者が来ることもあるかもしれない。俺も今後、さらに慎重になる必要があるだろう。


 だが、軍神の家の裏に潜む黒鴉。全てをこの夜、無力化に成功した。


 ガロ、サガン、ルーシャ、カイン、そして波影の男たち。この街で少しずつ積み上げてきた繋がりが、確実に実を結んだ結果と言えるだろう。


 残るはガイウス・アーヴィング本人との、直接対峙だけだった。この夜の決着もいよいよ最終段階に差し掛かっている。

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