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外道転生 〜元裏社会の帝王、千のカルマを賭けた贖罪の成り上がり〜  作者: 中原九尾
序章「外道、贖罪の使徒となる」

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第1話 外道の生涯

 俺の人生が壊れ始めたのは、中学一年の冬だった。


 それまでの十三年間は決して恵まれていたとは言えないが、平穏だったと思う。父はごく普通の会社員で母は専業主婦。よくある平凡な家庭だった。その平凡さがある日、あっさりと崩れた。


 父親が不倫をしていた。相手は、父の会社の部下だという若い女だった。それが分かった時、俺はまだ両親が別れることになるとは思ってもいなかった。子供の目には夫婦喧嘩の延長のようにしか見えなかったからだ。


 だが離婚は驚くほど早く決まった。まるで母の方が、この機会をずっと前から待っていたかのような速さだった。


 後になって知ったことだが、母親もまた、父の不倫が始まるその前から――あるいは、ほとんど同じ時期から、別の男と関係を持っていたらしい。母は父の不貞に気づいた瞬間、悲しむより先に計算を始めていた。不倫相手と共謀し、父から慰謝料を限界まで搾り取った。俺という子供の存在は、その交渉の材料の一つに過ぎなかったのだろう。


 両親とも、俺のことなど二の次だった。慰謝料の額、親権の押し付け合い、離婚後の生活。話し合いのテーブルに俺自身の気持ちが乗せられたことは一度もなかった。


 その事実に、俺は大人という生き物への根本的な信頼を失った。


     *


 母親に引き取られ、苗字が変わった。峰岸透亜(みねぎしとうあ)。それが、その日から、俺の名前になった。それだけなら、まだよかった。だが、離婚の経緯は、あっという間に周りに知れ渡った。田舎町の狭いコミュニティでは、こういう醜聞ほど早く広まるものらしい。


「あいつの母親、間男作ってたらしいぞ」


 クラスの誰かがそう囁いているのを、何度も耳にした。憐憫と嘲笑の入り混じった視線を、俺は毎日浴び続けた。大人たちの都合で作られた噂を、子供たちは深く考えることもなくそのまま真似て、格好の遊び道具にした。


 最初は黙って耐えた。だが、耐えるだけでは何も変わらないことに、俺はすぐに気づいた。嘲笑は耐えれば耐えるほど勢いを増していく。弱い立場だと知られた瞬間、周りはその弱さに群がってくる。


 反抗するために、暴力を覚えた。


 殴られれば痛い。だが、殴れば相手は黙る。それだけの単純な理屈だった。人間は暴力に従う。その事実を、俺は身をもって学んだ。教室での立場は瞬く間に変わった。誰も俺を笑わなくなった。代わりに遠巻きに恐れるようになった。


 両親は手を焼いた。一人暮らしをさせようとしたが、中学生には無理な話で、渋々同居を続けることになった。ただし、家にはほとんど帰らなかった。両親も、それを特に咎めなかった。


 俺の存在は、あの家にとって、すでに厄介事以外の何物でもなかったのだと思う。


     *


 中学のクラスの担任は、若く美人で、生徒からも人気のある女教師だった。だが、荒れていた俺には、いつも辛辣だった。


「あなたのそういう態度、周りにどう見られてるか、分かってる?」


 放課後、呼び出されるたびに、そう説教された。正論だった。だからこそ、腹が立った。この女は、家庭訪問だか担任面談だかで、俺の家の事情を、誰よりも詳しく知っているはずだった。両親が離婚し、母親が間男を作っていたことも、書類の上では、きっと把握している。それでいて、平然と、俺を「問題児」として、正義の顔で説教してくる。その二枚舌が、何より気に食わなかった。


 ――どうせこの女も、何か人に言えないことをやっているはずだ。


 大人を信用できない俺の目には、彼女の"清廉さ"は単なる仮面にしか見えなかった。放課後、彼女の行動をしばらく尾けてみた。


 ある日の夕方、生徒がほとんど帰った後の理科室で、彼女は教頭と事に及んでいた。鍵をかけ忘れていたのか、扉の隙間から見えてしまった。服の乱れ、聞こえてくる声。見間違いでも聞き間違いでもなかった。


 次の日も、同じ時間、同じ場所で、今度は携帯を構えて隠れていた。撮った映像を、二人に突きつけた時の女教師の顔を、俺は今でも覚えている。あの、いつも俺を見下していた目が、初めて、俺に対して怯えを浮かべた。人を見下す側の顔が、こんなにも簡単に崩れることを俺はこの時、初めて実感として理解した。


「これ、ネットに上げてもいいけど。それとも、金で解決する?」


 俺はそう切り出した。父親から母親が慰謝料を限界まで搾り取ったのを、俺は間近で見ていた。人の弱みは金に換わる。その理屈を俺はもう身をもって理解していた。


「……いくら欲しいの」


 その一言で勝負は決まった。金を要求し、子供が一人では買えないはずのバイクも買わせた。教頭は俺と目を合わせようとせず、ただ机の上に封筒を置いた。


 金とバイクという足を手に入れたことで、俺の夜の行動範囲は一気に広がった。それまで足を踏み入れられなかった隣町の繁華街、年上ばかりが集まる溜まり場。バイクを見せれば大抵の連中は俺を仲間として扱った。付き合う人間の質が露骨に悪くなっていった。煙草、酒、そしてもっと際どいものにも、この頃から手を出すようになった。


 子供の身分で大金と乗り物を手にした俺は、それまで以上に荒れていった。人を従わせる方法は暴力だけじゃない。相手の"弱み"を握ることも、同じくらい効果的だ。俺は、そのことを、中学生の頃に学んだ。


     *


 高校は、県外の底辺校に入れられた。両親が、俺を厄介払いするために選んだ、足し算さえできれば入学できるような学校だった。一人暮らしをさせられ、両親の干渉は完全に無くなった。


 喧嘩の強さ、多少回る頭、そして頭のネジの外し方――どこを突けば人が壊れるのかを、俺はすでに心得ていた。この学校には俺よりも喧嘩が強い人間もいたが、それは大した障害にはならなかった。腕力だけの人間は頭を使う人間には最終的に敵わない。


 あっという間に、一年のボスになった。配下の生徒に、他校の生徒からのカツアゲ、頭の弱いJKへの売春斡旋、そして、繁華街で知り合った連中から回してもらった危険薬物の売買までやらせた。金は集まるだけ集めさせた。やりたい放題だった。


 この悪行が学校のOBの耳に入るのに、そう時間はかからなかった。東京の裏社会で活動していた、そのOBから声がかかった。その誘いを俺は迷いなく受けた。この田舎の学校で、これ以上の"成果"を出せる場所は、もう残っていなかったからだ。


 高校二年、俺は親にも言わず、勝手に学校を辞めた。以来、両親には一度も連絡していない。連絡もされていない。あの時点で、家族という繋がりは完全に断絶していた。


 俺を犯罪者と呼ぶだろうあの二人が、俺のことを気に掛けているとは思わない。


     *


 東京で入った組織は、ヤクザの下部組織――今で言う半グレのようなものだった。


 ここで俺は「何でも」やった。本当に何でもだ。


 闇金、ドラッグの売買、詐欺、恐喝、闇風俗の運営、裏カジノ、様々な偽造。もちろん殺人もやった。自分の手でも殺したし、指示して部下にやらせたこともある。拷問の末に対象が死ぬことなど、ザラだった。


 面白いとか快楽だとか、そこまで狂った感覚はなかった。ただ、良心の呵責というやつは、最初の数回だけで、すぐに消えた。あとは、あくまで仕事としてやっていただけだ。


 今でも覚えている仕事が一つある。


 三十歳を過ぎた頃、闇金の債務者だった四十絡みの男を"処理"したことがあった。ギャンブルで作った借金が膨らみ、返済の目処が立たなくなった男だった。妻子がいたが、そんなことは関係なかった。臓器を抜いて売れるものは売り、残りは海に沈めた。それが、その日の"仕事"だった。


 後になって、風の噂で聞いた話がある。あの男の妻は、日常的に夫から殴られていたらしい。男が消えたことで、彼女はようやく、まともな生活を取り戻したという。


 その話を聞いた時、俺は特別な感情を抱かなかった。ただ、こう思った。


 ――人殺しをしただけなのに、誰かが助かることもあるのか。


 それが良いことなのか悪いことなのか。当時の俺には、考える必要のない話だった。


     *


 最初は、大人たちへの反抗心が多少はあったのかもしれない。だが、いつからか、気づいた時にはもう、後戻りできる場所にはいなかった。


 二十五歳の頃には、組織の顔役の一人として、裏社会で名前が知られるようになっていた。


 三十五を超える頃には、組織のトップとして、東京のあらゆる裏社会に影響力を持つ存在になっていた。ヤクザすら、俺を畏怖するようになっていた。


 金は、腐るほどあった。都心の高層マンションの最上階を、丸ごと借りていた時期もある。呼べば、外車のディーラーが、わざわざ部屋まで新車のカタログを持ってきた。夜な夜な、銀座や六本木の高級クラブに顔を出せば、店中の女が、俺の隣を取り合った。一晩で、普通の会社員の年収が消えるような酒を、当たり前のように空けた。


 誰もが羨むような暮らしだった。だが、そこに、心が満たされる感覚は、なかった。金も、女も、酒も、次から次へと消費できる"駒"の一つでしかなく、手に入れた瞬間には、もう、次の"駒"を探す目になっている。そんな生活を何年も続けた。振り返ってみれば、あの頃の俺は何かに追われるように、それらを消費していただけだったのだろう。何を追われていたのかは今でもよく分からない。


     *


 最期は四十二歳。街中で、いきなり部下の一人に撃たれた。


 銃口を向けられたその瞬間、脳裏に浮かんだのは、恐怖ではなかった。


 ――やっとか。


 次に感じたのは、こうだった。


 ――やっと、終われる。


 なぜその部下が俺を撃ったのか、理由は知らない。俺に恨みを持つ人間、俺が生きていると困る人間なんて腐るほどいた。どうせこいつも、いずれ不幸な目に遭うか、あわされるだろう。それくらいの感情しか湧かなかった。


     *


 死ぬ間際、思ったことは、これだけだ。


 散々人を殺した。陥れた。ドブに沈めてきた。俺のような外道には、これが相応しい最期だ。地獄行きは確定だろう。


 後悔はほとんどなかった。それが自分でも少し意外だった。あれだけのことをしてきて、後悔の一つもないというのは人間として、どこか壊れているのかもしれない。だが事実そうだった。四十二年という時間は、後悔という感情を持つ機能そのものを俺の中から、削ぎ落としてしまっていたのかもしれない。


 自分の行いとはいえ、俺は散々、他人の不幸を見てきた。数えきれないほどの絶望した顔、壊れた家族、消えていった命。それが俺の日常だった。


 だが――人生を振り返って、他人が幸せになる様を、俺は一度も見たことがなかった。少なくとも自分の意思で誰かを幸せにしようとしたことは、一度もなかった。


 あの闇金の男の妻の話を、ふと思い出した。人殺しの片手間に、誰かが救われることはあるらしい。ならば逆に、誰かを救うことを目的にしたら、どうなるんだろうな。


 叶うはずもないが、もし生まれ変われるなら。


 今と真逆で、俺のような外道から人を守り、他人を幸せにできるような生き方も、面白いかもしれない。


 そんなことを、最後に少しだけ考えた。


 そこで、俺の意識は途切れた。

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