ドロと検証
私は資料棚から視線を戻した。
スライム系は、有機物を体表から吸収する可能性がある。
——完全ではないが、指針にはなる。
隣で、ドロが静かに待っている。
球状の器官がこちらへ向いていた。
「少し、試します」
拒否はない。
私は机の上を片付け、いくつかの物を並べた。
まずは、先ほど確認した湿性植物。
「これは、どうですか」
ドロがゆっくりと近づく。
表面の一部が触れた。
色が変わる。
淡い灰色が、わずかに灰緑へ戻る。
さらに、ほんの少し黄色が混じる。
——受容反応。
前回と同じだ。
私はメモ帳に書き込む。
〈湿性植物:吸収反応あり。体色回復〉
「では、これは」
次に、乾燥させた薬草を置く。
ドロが触れる。
変化は、ない。
色も形も、ほとんど動かない。
〈乾燥状態:反応なし〉
私は一度、頷いた。
——水分が関係している。
その仮説を頭に残したまま、引き出しを開ける。
中から、小さな焼き菓子を取り出した。
ノアが置いていったものだ。
「これはどうですか」
机に置く。
ドロが近づく。
触れる。
色が、変わる。
黄色が強くなる。
わずかに、膨らむ。
——反応が強い。
私は視線を落とした。
〈甘味:受容反応強〉
表面がゆるやかに揺れている。
先ほどより、明らかに安定している。
「では、刺激のあるものを」
小瓶を取り出す。
強い酸味の果汁だ。
布に染み込ませ、机に置く。
ドロが触れた瞬間、色が変わる。
青。
すぐに離れる。
表面がわずかに縮む。
——回避反応。
〈酸味:不安/拒否〉
私はメモを書き足した。
少し間を置く。
ドロの色は、再び淡い灰緑へ戻っていた。
——回復は維持されている。
「最後に、これを」
塩を強く効かせた保存食を置く。
ドロが近づく。
触れる。
変化は——ない。
色は動かない。
しかし。
形が、わずかに歪む。
均一だった表面に、細かな波が走る。
——どちらでもない。
受容でも、拒否でもない。
私は手を止めた。
分類できない反応。
メモ帳の上で、ペン先がわずかに浮く。
そのとき。
ドロが、ゆっくりとこちらを向いた。
色が変わる。
橙。
表面に、突起が現れる。
——また、これだ。
だが、条件が違う。
刺激ではない。
私は、何もしていない。
ただ、見ているだけだ。
それでも、橙は消えない。
ドロは、動かない。
こちらを見ている。
私は、視線を外さなかった。
静かな時間が流れる。
やがて、ドロの色がゆっくりと戻っていく。
灰緑へ。
突起も、消える。
何事もなかったかのように。
私は、メモ帳に書いた。
〈塩味:反応不明〉
〈橙:発現条件不明〉
——違う。
ペン先が止まる。
条件は、ある。
私はその一行を、書き直した。
〈橙:対象依存の可能性〉
顔を上げる。
ドロは、すでに机の上の植物へと戻っていた。
◇診療日誌◇
患者名:ドロ
種族:スライム系
試験:各種物質に対する反応観察
内容:乾燥薬草・湿性植物・甘味・酸味・塩味を順に接触
結果:
乾燥薬草:反応なし
湿性植物:受容反応あり(黄)
甘味:受容反応強
酸味:不安および回避反応(青)
塩味:色変化なし。形状変化あり(分類不能)
備考:
味覚に類する反応の存在を確認。ただし反応は単純な快・不快に分類できない
橙色および突起の発現を再確認。今回も観察者に対して発現した可能性あり。要継続観察




