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霧の岬の処方箋 〜「先生、それ治療ですか観察ですか」「両方です」~  作者: 鉄百合


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8/8

ドロと検証

私は資料棚から視線を戻した。


 スライム系は、有機物を体表から吸収する可能性がある。


 ——完全ではないが、指針にはなる。


 隣で、ドロが静かに待っている。

 球状の器官がこちらへ向いていた。


「少し、試します」


 拒否はない。


 私は机の上を片付け、いくつかの物を並べた。


 まずは、先ほど確認した湿性植物。


「これは、どうですか」


 ドロがゆっくりと近づく。

 表面の一部が触れた。


 色が変わる。


 淡い灰色が、わずかに灰緑へ戻る。

 さらに、ほんの少し黄色が混じる。


 ——受容反応。


 前回と同じだ。


 私はメモ帳に書き込む。

 〈湿性植物:吸収反応あり。体色回復〉


「では、これは」


 次に、乾燥させた薬草を置く。


 ドロが触れる。


 変化は、ない。


 色も形も、ほとんど動かない。


 〈乾燥状態:反応なし〉


 私は一度、頷いた。


 ——水分が関係している。


 その仮説を頭に残したまま、引き出しを開ける。


 中から、小さな焼き菓子を取り出した。

 ノアが置いていったものだ。


「これはどうですか」


 机に置く。


 ドロが近づく。

 触れる。


 色が、変わる。


 黄色が強くなる。

 わずかに、膨らむ。


 ——反応が強い。


 私は視線を落とした。


 〈甘味:受容反応強〉


 表面がゆるやかに揺れている。

 先ほどより、明らかに安定している。


「では、刺激のあるものを」


 小瓶を取り出す。

 強い酸味の果汁だ。


 布に染み込ませ、机に置く。


 ドロが触れた瞬間、色が変わる。


 青。


 すぐに離れる。


 表面がわずかに縮む。


 ——回避反応。


 〈酸味:不安/拒否〉


 私はメモを書き足した。


 少し間を置く。


 ドロの色は、再び淡い灰緑へ戻っていた。


 ——回復は維持されている。


「最後に、これを」


 塩を強く効かせた保存食を置く。


 ドロが近づく。

 触れる。


 変化は——ない。


 色は動かない。


 しかし。


 形が、わずかに歪む。


 均一だった表面に、細かな波が走る。


 ——どちらでもない。


 受容でも、拒否でもない。


 私は手を止めた。


 分類できない反応。


 メモ帳の上で、ペン先がわずかに浮く。


 そのとき。


 ドロが、ゆっくりとこちらを向いた。


 色が変わる。


 橙。


 表面に、突起が現れる。


 ——また、これだ。


 だが、条件が違う。


 刺激ではない。


 私は、何もしていない。


 ただ、見ているだけだ。


 それでも、橙は消えない。


 ドロは、動かない。


 こちらを見ている。


 私は、視線を外さなかった。


 静かな時間が流れる。


 やがて、ドロの色がゆっくりと戻っていく。

 灰緑へ。


 突起も、消える。


 何事もなかったかのように。


 私は、メモ帳に書いた。


 〈塩味:反応不明〉

 〈橙:発現条件不明〉


 ——違う。


 ペン先が止まる。


 条件は、ある。


 私はその一行を、書き直した。


 〈橙:対象依存の可能性〉


 顔を上げる。


 ドロは、すでに机の上の植物へと戻っていた。

◇診療日誌◇

患者名:ドロ

種族:スライム系


試験:各種物質に対する反応観察


内容:乾燥薬草・湿性植物・甘味・酸味・塩味を順に接触

結果:

乾燥薬草:反応なし

湿性植物:受容反応あり(黄)

甘味:受容反応強

酸味:不安および回避反応(青)

塩味:色変化なし。形状変化あり(分類不能)


備考:

味覚に類する反応の存在を確認。ただし反応は単純な快・不快に分類できない

橙色および突起の発現を再確認。今回も観察者に対して発現した可能性あり。要継続観察

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