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霧の岬の処方箋 〜「先生、それ治療ですか観察ですか」「両方です」~  作者: 鉄百合


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色のない言葉

診察室に入れて、私は椅子を引いた。メモ帳を開く。


 どこを診るべきかがわからない。


 人間なら「どこが痛いですか」と聞けばいい。ガラなら煙の色で、ミィなら声の変化でわかる。

 しかしドロには言語がない。色と形と温度——それだけが手がかりだ。


 まず色を確認する。


「今の状態を示す色ですか」


 ドロの表面が揺れた。淡い灰緑から、わずかに青みを帯びる。


 ——青。警戒、あるいは不安。


「落ち着かない状態ですか」


 青みがわずかに強くなった。


 反応は一貫している。


「体に異常がありますか」


 変化はない。


 ……「痛み」という概念が存在しない可能性がある。スライム系は全身が感覚器官だ。局所的な異常ではなく、状態として認識しているのかもしれない。


「普段と違う状態ですか」


 ドロの形が崩れた。


 輪郭がわずかに下へ垂れる。


 ——張力の低下。


 内部から支える力が弱まっている。


「内側の力が落ちている状態ですか」


 色が変わる。青みが引き、わずかに黄色が混じる。


 ——肯定に近い反応。


 私はメモ帳に書いた。

 〈青=不安 黄=反応/受容 +張力低下→内部エネルギー低下の可能性〉


 次に温度を確認する。


「触れます」


 ドロは動かない。拒絶はない。


 指先で表面に触れる。


 冷たい。


 前回より明らかに温度が低い。外気の影響ではない。


 内部活動が落ちている。


「摂取はしていますか」


 青みが強くなる。


「摂取していない状態ですか」


 色がわずかに緩む。


 ——栄養不足。


 そのとき扉が開いた。


「先生、おはようございます——」


 ノアが入ってきて、ドロを見た。


「あ、また来てる。おはようございます、ドロさん」


 ドロが、わずかに黄色くなった。


 ——対人反応は良好。


「ノアさん、スライム系が何を摂取するか知っていますか」


「え?」ノアがドロを見る。「食べるんですか、ドロさん」


「摂取が不足しています」


「……何を食べるんですか」


「不明です。これから特定します」


 ノアが尻尾をゆっくり揺らした。「調べながら、ですか」


「他に方法がありません」


 私は資料棚へ向かった。


 背後で、微かな水音がした。


 振り返ると、ドロが形を伸ばしてこちらへ移動していた。


 流れるように床を滑る。


 色は、薄いままの灰緑。


 ——エネルギーが足りていない。


「先生、後ろ後ろ」


「わかっています」


 私はそのまま棚の前に立つ。


 ドロが隣で止まった。球状の器官が棚へ向いている。


 ——同じ対象を見ている。


「……一緒に特定しますか」


 ドロが、わずかに黄色を帯びた。

◇診療日誌◇

患者名:ドロ

種族:スライム系

来院:二回目(開院前より待機)


状態:体色の淡化・体温低下・形状の張力低下を確認

症状:内部エネルギー低下の可能性(栄養不足と推定)


処置:湿性植物を接触させたところ、体表からの吸収反応を確認。体色がわずかに回復


備考:

色の変化パターンを追加記録。青紫=不安の反応としてほぼ確定。色の淡化は体調低下と相関あり

スライム系は有機物を体表から吸収する可能性が高い。湿性植物は有効な栄養源となる可能性あり。要継続観察


帰り際、橙色への変化と表面に小さな突起を確認。既存の反応パターンと一致せず。次回確認

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