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19 路傍の石

前回『18 聖女の噂』の初稿で噂好きのリディアの後輩を「シモン」にしましたが、なんか違うなと思って「シルヴァン」に変えました。

「……なんでこんなことに。」


食堂から出てロメリアの門を出ようとするまでに、通りかかる魔導士だの若い学者だのに声をかけられて握手を求められ、もみくちゃになる始末だった。

人が集まるたびにキアラが一喝しなければ、ちょっとした騒ぎになっていたかもしれない。


「そりゃあ、ダメだよ。あんな否定の仕方じゃ。

ちゃんと『啓示なんて受けてない』『聖女の認定なんてされてない』って事実関係を否定しないとさ。」


「それって私のせいですか?」


「そうだよ。君のせいだね。郷に入っては郷に従えって言うでしょ? ロメリアは噂好きの町なんだから。」


言いたいことは分からないではないが、流石にもうちょっと味方しくれても良いのではないかと思った。

というか、学者の町が眉唾含めて噂好きってどうなんだ。


「それは君の認識が甘いね。学者の情報網をなめすぎだよ。

風説から流言まで学者ってのはとにかくアンテナ張ってなんぼだからね、表に出てくる仮説や論文なんて基本的には数年前から裏で共有されてるくらいだよ。」


それについていけないものから古くなっていく。

情報交換の価値がない者から老いぼれとなって脱落していくのだとキアラはなんのけなしに続けた。


「でも、キアラは聖女の噂とかは知らなかったですよね? 私がロメリアに来てたことも。」


「ん? そりゃ、私はもう引退してるからね。」


「えっ?」


「寮母をしてるって言わなかったっけ?」


それは聞いていたが……。

てっきり、学者を続けながら寮母を兼任しているんだと思っていた。なにより、周囲からしっかりと敬意を払われている様子から第一線を退いた人物だとは思わなかったのだ。


「……。事故にあって以来ね、魔法がつかえなくなっちゃったんだよ。元々は魔導士系だったから、それを機にやめちゃったんだ。」


「で、でも。たとえば、学術系に転向したりは考えなかったんですか?」


「うん。考えなかった。」


きっぱりとした声であった。視線は落としたまま、歩きながら路傍の石を蹴り進めてキアラは会話を続けたのだ。

そのあまりに割り切ってしまっている態度に「なんで。」などと口をついて聞いてしまったのだ。言葉を発した瞬間に後悔をした。


「君がいたから。」


「……っ。」


キアラは笑って答えた。

少し眉をまげ、私の顔に困ったような表情をわずかに伺わせている。


「導師号がとれないアリステリアの落ちこぼれ。親子ほど年の離れた姉の出涸らし。学術系に転向しても先は見えてたよ。


なにより、姉さんが関係の冷え切っていたパラケルスから無理やりにでも君を養子として引き取ろうとしてた時点で貴族としての後継になれないことも明白だったからね。


誰に言わせても無理に続ける理由はなかったよ。むしろ、みっともなくしがみつけば家名を汚すだけ。」


「……それは。」


天才を求める町・ロメリア。

それは、『それ以外の人間』は常に身を削る椅子取りゲームをさせられているということに他ならない。

キアラの寂しげな表情は、それが才能だけの問題ではなかったのだろうことを告げているようであった。



つまり、疲れてしまったのだ。



「リディアのこと大好きだよ、わたし。5歳の時から面倒見てるんだもん。本当の妹だと思ってる。

でも、傍にいるのを辛く感じることもあるの。アリステリアの屋敷から出て寮母になったのは逃げたからなのかもね。」


「……ロメリアから、離れることは考えなかったんですか?」


最後の質問にしようと心に誓って尋ねたのだ。

どうしても聞きたかったことであった。


キアラは道なりに蹴っていたイシをついに置き去りにして答えたのだ。


「それができたら、楽だったろうね。」


それ以上の会話はなく、待ち合わせをしていたコゼットとクルトのもとへ送り届けるとキアラは目一杯の笑顔を作って私たちを見送った。

夕暮れが夜の暗さに変わる頃合いであったことを、ロメリアから伸びる影の長さが伝えていたのだ。

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