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36 居心地の悪い場所

「君は、なんでこんなところにいるの?」


ナタリアの屋敷につき、玄関で待ちぼうけにあっていたら荷馬車で助けてやった男が聞いてきた。

オドオドとしたいかにも頼りのない姿を見ると他人事ながら情けのない奴だな、と感じてしまう。


「……他に行くところないから、かな。」

「そうなのかい? ご両親とかは?」


人のことなど言えた立場ではないが、流石に愚鈍な男だなと苛立ってしまう。

そんなもんがいるなら何故こんなところに一人で来ると思うのか、と。


しかし、はたと気づいた。

(あぁ、服装が庶民っぽくないのか……。)


リディアに仕立てられた服を着ているのだ。

雨に濡れたとはいえ、確かにこれでは浮浪児には見えないのだろう。


「いない。おっさんは? なんでこんなとこ来たの?」

「えっ。あ、ごめんよ。

おじさんは……。見ず知らずの子供に言うのは恥ずかしいんだけど借金で首が回らなくなってしまってね。」


まぁ、そんなことだろうとは思っていたので無関心に「ふーん」とだけ言って返した。


「何に使ったのさ。賭博とか?」

「……いや、それが。お金を使ったわけじゃないんだ。」


「? どういうこと?」


「どうやら、必要な税を納めていなかったみたいでね……。

その徴収証書をここの商会が債権として買い取ったってことで呼び出されたんだ。いや、情けない限りだよ。」


「……。」


男は力なく項垂れて誤魔化すように笑った。

落ち着かないのだろうか自分の手を揉むような仕草をしながら、何度も大きく息を吸い込んでは吐き出している。


「ははは、いや。でも、頑張ってどうにかしないとね。子供もいるんだ。まだ小さくてかわいい盛りなんだよ。」

「別に聞いてねーよ。」


「そ、そうかい。ごめんね。ははは……。」


それきり会話は途切れた。

俺としては、この男との会話は何故だか気持ちがざわつく気がしたので助かった。


迎えが来たのは、この居心地の悪い空気に嫌気がさし始めた頃だった。


「えぇーっと。お前がクルトか?」

「……あぁ。」


「来い。ナタリア様がお呼びだ。」


案内に続いて奥に歩き出した後に、ふと振り返ると男は不安そうな顔でこちらを見ていた。

自分の身を心配しているのだとばかり思っていたが、目が合うとか細い声で「大丈夫だよ。大丈夫だから。」と励ましの言葉を投げてきたのだ。


「……頼りない奴。」


俺はそれをどう受け取ればよいのか分からずに、誰にも届かない悪態をただつくしかなかった。



◇◇◇



「やぁ、ようこそ。君がクルトだね?」


部屋に案内されると長い金髪を靡かせた身なりの良い大女に迎えられた。


「あ、はぁ。はい。」

想像もしていなかった歓待を受けて気の抜けた返答を返すと、女は気を悪くするでもなく俺を心配するような素振りをみせた。


「細いな。男の子はもっと食べた方が良い。

お腹は空いていないかい? あとで食事を用意させようね。」


あまりの歓迎ぶりに居心地の悪さを感じていると、それを察してか女は一度距離を置く。


「挨拶がまだだったね。私はナタリア。この商会を仕切っている者だ。何か困ったことがあったら遠慮なく言ってくれ。」

「……はい。その、よろしくお願いします。」


「うん。では、さっそくで悪いんだけど。商会で雇うにあたってどんな仕事を任せられるか知りたいんだが、どんなことができる? 数字は読めるかい?」

「数は数えられます。足し引きも簡単なものなら。字もある程度。あとは、少しですが魔力が。」


「おぉ、いいね。流石は貴族の家で教育を受けただけのことはあるね。」

「……っ。」


その言葉に思わずびくりと体が跳ねた。

ナタリアが一瞬目を細めるのを感じ、自分でも何故か分からない動揺を隠すために視線を落とすとナタリアは声を和らげて続けた。


「すまない。私が無神経だった。」

「……いえ、そんなことは。」


「いや、これは私が悪い。

『貴族の趣味の悪いお遊び』で拾い上げられた子を迎えてそうそうこんな話をするべきではなかった。」


「……っ!」


「もう大丈夫だクルト。君は何も心配しなくていい。

君の居場所は元々『こちら』なのだから。」


ナタリアは腕を広げて近づいてくる。

まとわりつくような、悪寒がする気持ちの悪い抱擁だった。


「疲れたろう? ご飯を用意させるよ。私は仕事があるけど君は食事を取ると良い。

また少ししたら頼みたいことが出てくるかもしれないから、それまでゆっくりしていなさい。」


「……はい。」


俺の返事は届いているのか。

ナタリアは机にある書類をとって部屋を出た。


一人取り残されると手持無沙汰になり、用意された食事を黙ってとったのだ。

金回りがいいのだろう。リディアの元にいた時と変わらないか、あるいは贅沢なくらいの食事だった。


それなのに、冷えた食事だからだろうか味などほとんど感じなかった。


胃に入っていくはずのものが、どこにも落ち着かない気がしたのだ。

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